手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される

碧衣 奈美

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第七話 鏡

7-03.お別れ会

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 突然立ち上がったカミルレが、そんなことを尋ねてきた。
「え? う、うん、あるけど」
 この状況で、なぜ放課後の時間の有無を聞かれるのかわからないまま、ルナーティアはうなずいた。
「じゃあ、今から残れる人だけで、エイクレッドのお別れ会をしましょ」
「お別れ会?」
「何、それ?」
 突然の提案にルナーティアが驚く横で、エイクレッドが首をかしげる。
 竜の世界に歓迎会だの、お別れ会だのがあるかはともかく、少なくともエイクレッドは知らないようだ。
「たださよならって言って終わるだけじゃ、淋しいでしょ。だから最後に、みんなでわいわいするのよ。各自で飲み物は調達して、お小遣いに余裕がある人は購買部でお菓子を買うとかしてね。急だから何も用意ができないし、今はこれくらいしかできないけど」
 カミルレの提案に「おー、いいね」といった声がたくさん上がる。
「賛成!」
「確かに、挨拶して終わり、なんて淋しいもんなぁ」
 短い期間ではあった。でも、彼らにとってエイクレッドはクラスメイトだ。
「俺も出ていいか? お前達よりは余裕があるから、お菓子の差し入れくらいはしてやれるぞ」
「やったぁー」
 担任の言葉に、クラスが盛り上がる。
「あ、あの……念のためにもう一度言っておくけど、絶対に明日エイクレッドが帰れるって保証はないのよ」
 これだと、完全にエイクレッドが竜の世界へ帰れる、という状況が前提になっている。まだそうと決まった訳ではないのに。
「うん、ちゃーんと聞いたわ。だけど、帰れるかも知れないんでしょ。だったら、今日やっておかないとね。でないと、絶対に後悔するじゃない。やっぱり、あの時にしておけばよかったぁって」
「そうそう。これって、一生心に引っ掛かる後悔だよな」
「やった後悔より、やらない後悔の方が大きいって言うものね」
「そこに竜が関わってるなら、なおさらだよな」
「準備したから来てって訳にはいかないでしょ。連絡先もわからないしね」
 クラスメイトの言葉に、カミルレは大きくうなずく。彼女をはじめ、クラスメイトは完全にやる気の雰囲気だ。
「よし。そうと決まったら、買い出しに行くか」
 クフェアの声で、お別れ会の開催が決定した。教室に歓声が上がる。
「先生、あたし、チョコが食べたい」
「俺、ポテチ!」
「ポップコーンもっ」
「わかった、わかった。お前達は、さっさと自分の飲む物を買って来い」
 クフェアは軽く手を振って、教室を出て行く。近くにある量販店へ、買い出しに行くようだ。
 ジュークとボーシュが荷物持ちを買って出て、担任について行く。
 他のクラスメイトは飲み物を買うべく、それぞれ自分のバッグから財布を取り出した。
 自分の分を友達に頼んだクラスメイトは、机を動かしてセッティングを始める。さらに別のクラスメイトは、魔法で小さな花などを出して教室を飾りだした。
 急遽決まったお別れ会に戸惑っているのは、ルナーティアだけだ。
「あたし、今日は用事があって、どうしても残れないの。エイクレッド、元気でね。いつかまた、会える日を楽しみにしてるわ。だけど、次は黙って来ちゃダメよ」
「俺、このにせもの紅竜、死ぬまで残せるように魔法をかけるよ。いつでもエイクレッドのことを思い出せるように」
 都合で帰らなければならないクラスメイト数名が、エイクレッドに挨拶して帰って行く。名残惜しそうに、何度も手を振って。
「ねぇ、ルナーティア」
 肩に乗るエイクレッドが話しかける。
「なぁに?」
「みんな、楽しそうだね」
 みんなノリがいい。普段はライバルでもあるクラスメイトだが、こんな臨機応変に動くとは思わなかった。
 彼らの様子を見て「ちゃんと挨拶しておこう、と思ったことは間違っていなかった」とつくづく感じられる。
「うん、エイクレッドも楽しんでね」
☆☆☆
「へぇ、竜のお別れ会かぁ」
 いつものように、パラレル魔界へつながる石碑へ向かう道中、ルナーティアから話を聞いてリクリスが笑った。
「短期間ではあったけれど、ずっと一緒の教室にいたからだろうね。短期留学生、みたいなものかな。エイクレッドは、みんなに親しまれていたんだね」
「うん。みんな、楽しくて優しかったよ」
「ここぞとばかりに、囲まれていたらしいですよ」
 レシュウェルは、昨夜のうちにルナーティアからその話を聞いている。
「本来、なかなか出会うことのない竜だからね。その気持ちはわかるよ。ぼくはこうしてエイクレッドと濃い時間を過ごせているけれど、確かに聞いてみたいことは色々とあるからね」
「まだやることがあるって意識しかなかったから、俺にはお別れ会なんて考え、浮かびもしなかった。ルナーティア、家族にはどう言って来たんだ?」
「そのままって言うか……。術がうまくいけば、エイクレッドは今日帰れるよって。だから、元気でねって挨拶はしてあるの」
「お姉ちゃん、泣いてたよ。ウィスタリアがルナーティアのお姉ちゃんでも、絶対泣かないと思う。だから、びっくりしちゃった」
 先週、エイクレッドの姉のウィスタリアが、ルナーティアとレシュウェルの前に姿を見せている。その時は、弟の予想外のサイズに驚いたせいか、言葉少なに帰って行った。
 最初に現れた時は「人間に竜の力が取り戻せるかしら」とずいぶん挑発的と言おうか、挑戦的な態度だったのに。
 どちらが本当のウィスタリアなのかは知らないが、挑戦的な方のウィスタリアなら確かに泣きそうな気はしない。
 そんな話をしながら、一行はパラレル魔界へ通じる石碑の前へ来ると、順にその中へ入って行く。
 景色は一気に自然のど真ん中となり、空気も変わった。
「さて、ここからは気を引き締めないとね」
 レシュウェルとリクリスは、それぞれ炎馬えんばを呼び出す。
 間をおかず、ログバーンとディージュが、彼らの前に現れた。
「今日も頼む……と言いたいところなんだが、話しておきたいことがある」
「改まって、何だ」
 レシュウェルの真面目な口調に、ログバーンはわずかに首をかしげる。
「必要な素材が無事に集まれば、パラレル魔界での採取は今日で最後だ。ただ、前回のように俺達を、と言うか、エイクレッドを狙って来る魔物が移動中にたぶん現れる」
「あーあ、あのコウモリみたいなのがってことね。魚もいたっけ」
 横で聞いていたディージュが、口を挟む。
「先生とも話していたんだ。魔力を消費して、エイクレッドの気配は前より薄くなっている。だとしても、炎馬と魔法使いの取り合わせだとわかれば、そこに竜がいると想定して、襲って来る奴がいる可能性は高い」
「毎回、同じ顔ぶれだからな。確かに、そう考える奴はいるだろう」
「今回の目的地はここから少し離れているから、そんな奴が現れる回数も増えるんじゃないかと思う。いちいち相手にしなくてもいいが、全てをまいて進めるかはわからない。だから、そんな面倒なことはいやだと思うなら、今回は別の魔獣に頼もうかと考えている」
 襲って来る魔物をいちいち撃破していたら、目的地へなかなか着けない。ログバーン達も、そんな魔物が何度も現れれば、いらいらするだろう。
「面倒なのは、お前達の方ではないのか?」
「え?」
「炎馬と一緒にいたら、魔物が現れる。他の魔獣なら、そんな奴らに目を付けられずに済む。炎馬と一緒にいない方が、お前達は問題なく進めるのだろう?」
「たぶん、そうだと思う」
 魔獣相手に、あれこれ取り繕っても仕方がない。
 レシュウェルは、ログバーンの言葉を素直に認めた。
「現実問題として、炎馬以外の魔獣と一緒の方が、魔物に目を付けられる回数は減るだろうな」
「では、なぜ我々を呼び出した? 最初から、別の奴に頼ればいい話ではないか」
「そうよ。呼び出しておいて、行くのをやめるか、なんてなぜ聞くの?」
 人間にとって不都合なら、最初から呼ばなければ済む話だ。それなのに、わざわざ呼び出す意図が、炎馬達にはわからない。
「信用しているから」
「……信用、だと?」
 想像しなかった返事に、ログバーンはやや戸惑った表情を浮かべる。
「別の奴を呼べば済む話なのは、わかっている。だけど、俺はログバーン以外の魔獣とはまだそんなになじみがない。そいつらにエイクレッドの事情を話して、そいつらがエイクレッドをどうこうしようと考えないか。俺には、その辺りの判断できないんだ。呼び出した奴がそうそうおかしなことをするとは思わないが、知恵が働く奴は事故を装って何かすることだって考えられる。そうやって疑い始めたら、キリがないんだ」
 疑いたくはない。だが、対象となるものは、竜の力。強い力を欲する者は、どこでどういう行動を起こすかわからない。
「その点、ログバーンは最初から関わっているから、今更事情を話す必要もない。状況も、全部わかってくれている。もしエイクレッドに前みたいなことがあれば、助けてもらえる。だから、呼んだんだ。でも、さっき言ったように、面倒なことが起きる回数が増えると予想できるから、意思確認したい」
 話すレシュウェルを、ログバーンはじっと見ている。
「ふぅん。ずいぶん頼られてるのねぇ。リックは?」
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