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01.同じ夢
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また、同じ夢だ……。
頭のどこかで、ぼんやりと考える。
夢だということは、自分は眠っているはず。それなのに、これが夢だとわかるのは、実は目が覚めている……ということだろうか。
そうは思いながらも、目覚めている時のようなしっかりした感覚はない。意識はまるで他人のもののように、近く遠くを繰り返す。
場所は……わからない。ここはどこだろう。どこかの暗闇に、自分はいる。
上も下もわからない。どうなっているのだろう。床に寝ているらしい感覚もないから……それなら、浮いているのか。
身体が浮いているのなら、もっと軽く感じてもよさそうなのに。ここの空気は、ひどく重苦しい。
巨大な岩が周囲からじりじりと迫ってきているような、いつか自分の身体がその岩に押しつぶされてしまいそうな、いやな圧迫感だ。
いや、もしかすれば、自分はすでに押しつぶされ、さらにどこかへめり込んでしまったのでは……。
見えないのに、そういう感覚だけがしっかりあると、恐怖心でいっぱいになる。だが、ちゃんと見ることができて、本当に押しつぶされていたら……それはそれで恐ろしい。
ここの空間と同じような暗い気持ちが、明瞭でない頭の中をぐるぐると回っていた。
いやだ……ここにいたくない。どうすればいい? どうすれば、ここから逃げられる? せめて、ここがどこかわかれば、何か突破口が開けそうなのに。
もがこうとして、手足が動かないことに気付く。
浮いていると思ったのは、錯覚だったのか。それとも、感覚が完全に麻痺しているのか。
……そちらの方がありえそうだ。麻痺しているから、上も下もわからないのだろう。立っているのか、寝ているのかすらも。
同じ夢だ。
暗く、重苦しい空気の中、いつも自分はここに漂っている。身体は動かず、この場から逃げることもできず。
同じ夢だとわかっているのに、これから自分がどうなるのか、なぜわからないのだろう。
この先が違う? いや、これから起きることも、同じはずだ。ずっとそうだった。
……本当に、そうだったのか? 思い込んでいるだけじゃないのか。わからない。これが夢なら……夢だとわかっているが、とにかく早く覚めてくれっ。
心を解放すればいいのに
どこからか、声がした。どうせ上も下もわからない真っ暗な空間だから、どこからだろうがどうでもいい。とにかく、声がした。
こんな空間だから、地を這うような声が聞こえてきそうなものだが、そんなに低いものではない。むしろ、女性の声に近かった。
声変わりする前の少年か、若い女性か。どちらとも取れる、中性的な声だ。
そんな声が……どちらかと言えば、この暗い空間にはあまり似つかわしくないような声が、どこからか聞こえた。
どうして、そんな簡単なことができないの? とでも言いたげな口調だ。
少し小馬鹿にされているような気が、しないでもない。だが、そうではないだろう。
無邪気な子どもが、その素直さゆえの疑問を口にする。大人には響きすぎてつらくなるような質問だということが、わからないのだ。
この声も、いつものこと。言葉も一緒だ。そう……同じ夢だから。
あなたがいるべき場所は、そこじゃない
ここじゃない? こんな暗い場所ではない、ということか。
なら、どこへ行けばいい? いや、それよりも。どうすれば動ける? こんな場所になど、いたくないのに。
手も足も、どう力を込めても動かない。この状態をどうすればいい?
心を解放すればいいのに
また同じ言葉を繰り返す声。
そうだ、この声はいつも同じことを言う。
解放すれば、どうなる? 別の場所へ行けるのだろうか。なら、別の場所とは、一体どこなんだ。
明るい場所なのか。ちゃんと地に足がつくような場所なのか。
そもそも、心を解放するとはどういう意味だ。どうすれば、解放したことになるんだ?
いなくなればいいのに……そう思っているでしょう?
誰が? 誰がいなくなればいい? いや、いなくなっていい人間など、いるはずがない。誰もが懸命に生きている。いなくなっていい、なんてはずがない。
口に出した訳でもないのに、声はこちらの心を見透かしたように続ける。
本当にそう思っているの? 本当はそんなこと、思っていないのに
それではずっと、ここに閉じ込められたまま
閉じ込められたまま? いやだ。そんなのはいやだ。今すぐここから出たい。誰か……誰か早く出してくれっ。
だが、口は動かず、言葉は一つとして声にならない。心の叫びは、身体の外から出てくれない。
出たいのなら、心を解放して
そうすれば、身体も心も軽くなる
こんな場所から、すぐに出られる
解放すれば……認めてしまえば、ここから出られる。
いなくなればいい……。
そう考えていることを認めれば?
「違うっ! そんなことは考えていないっ」
誰かの……いや、自分の怒鳴り声で目が覚めた。
バネ仕掛けの人形のように飛び起き、全力で走って来たかのように肩で息をしている自分がいる。
額からこめかみ、頬をつたって汗が落ちた。
「いなくなれば……」
知らず口をついた言葉に、自分でもぎくりとする。
こんなことを本当に考えていたのか、と自分で自分が恐ろしくなった。
目が覚めると、はっきりわかる。
また、同じ夢を見ていた。
これで何日目だろう。二日目の時は「こんなこともあるのか」と思っていたが、気付けばもう十日以上経っている。
化け物が出て来るのではないが、これもやはり「悪夢」と言えるのだろうか。
毎日毎日、心を解放しろだの、いなくなればいいと考えているだろうだの……。夢とは言え、同じ言葉を聞かされて辟易する。
いなくなればいいだなんて、そんなことを考えたことはない。
考えて……いなかったか? 本当に? 実は心の奥底に、そういう気持ちを隠してはいなかったか?
そう思った瞬間、背中がぞくりとした。
考えていない。思っていない。本当にそうなのか? そんなことは……ない。
思っても仕方がないから。考えてはいけないことだから。心の奥底へと、自ら隠したのではなかったのか。
「楽になれるのに」
その声に、心臓が跳ね上がった。
夢の中の声。
それが、目が覚めた現実の世界で聞こえた。
いや、違う。気のせいだ。そんなはずがない。夢の声が、夢の外で聞こえるはずはない。
「心を解放して」
また聞こえた。顔を流れる寝汗が、冷や汗に変わる。
空耳でも何でもない。あの夢の中の声が、確かに聞こえてくるのだ。それも、すぐそばで。
夢の中より少し高いように思えたが、確かにあの声。
だが、暗い部屋の中を見回しても、声の主の姿はどこにもない。
「たった今、認めたでしょう? いなくなればいい、と」
夢とは違う言葉。夢の中で、こんなことを言われた覚えはない。
つまり……これは現実の声、なのか。
何か音がする。声ではなく、音。かちかちと、細かく何かが当たる音。
すぐにわかった。自分の歯だ。知らず身体が震え、同時に歯も鳴っているのだ。自分がそうなっていることにすぐ気付けない程、恐怖が全身を包み込んでいた。
今まで生きてきた中で、感じたことのない恐怖。
「解放すれば、楽になれる……」
「や、やめてくれっ」
耳をふさぐ。
もう、この声を聞くのはいやだ。わずかな心の隙間に容赦なく手を突っ込まれているような、嫌悪感と恐怖が身体を駆けめぐる。
「ふふふ……」
その様子をどこかで見ているのか、笑い声が聞こえた。耳をふさいでいるのに。
声は少し高くなり……汚れを知らない少女のような声へと変わっていく。
☆☆☆
「きゃっ」
小さな悲鳴と同時にごんっという、重くはないが軽くもない音。
「何やってんだよ、琴音。こんな所で、ガラス割るなよー」
向かい側に座る誠一郎が、電車の窓に頭をぶつけた琴音を見て笑う。
「だぁってぇ、急に大きく揺れるんだもん」
ぶつけた部分を手でさすりながら、琴音が言い訳する。
のんびり走るローカル線に乗り、窓の外を眺めていたら電車が急に大きく揺れたのだ。そのフェイントのせいで、少しばかり窓に寄って景色を見ていた琴音は、勢いでガラスにぶつかってしまった。
「彼氏でしょ。窓ガラスなんかより、ちょっとはあたしの方を心配してよね」
頬をふくらませて拗ねると、横から手が伸びてきた。
「よしよし。じゃあ、おまじないな。痛いの痛いの、飛んでけー」
琴音の額を軽くなでながらおまじないするのは、琴音の兄の遼太郎だ。
「お兄ちゃん、あのねぇ……」
心配してくれるにしても、これはどうなのだろう。完全に、幼児扱いだ。恥ずかしいし、ますます拗ねたくなる。周囲によその人がいなくて、よかった。
「ほら、痛いのを忘れただろ」
がっしりした身体の上に、人懐っこい笑顔。
短い黒髪に、やや上がり気味の目は、黙っていたら「体育会系のちょっと怖そうなお兄さん」に見られるのに。
こうして笑顔になると、不思議なくらい雰囲気が変わる。
「もう……」
昔からこの顔を向けられると、琴音も何だか怒れない。
うまくだまされてるなー、と自分でも思うが、やはり今も琴音は文句を言う気が失せてしまった。
シスコン、もしくは兄バカと呼ばれる遼太郎の仕草に苦笑を浮かべていた誠一郎だが、窓の外へ目を向けた。
頭のどこかで、ぼんやりと考える。
夢だということは、自分は眠っているはず。それなのに、これが夢だとわかるのは、実は目が覚めている……ということだろうか。
そうは思いながらも、目覚めている時のようなしっかりした感覚はない。意識はまるで他人のもののように、近く遠くを繰り返す。
場所は……わからない。ここはどこだろう。どこかの暗闇に、自分はいる。
上も下もわからない。どうなっているのだろう。床に寝ているらしい感覚もないから……それなら、浮いているのか。
身体が浮いているのなら、もっと軽く感じてもよさそうなのに。ここの空気は、ひどく重苦しい。
巨大な岩が周囲からじりじりと迫ってきているような、いつか自分の身体がその岩に押しつぶされてしまいそうな、いやな圧迫感だ。
いや、もしかすれば、自分はすでに押しつぶされ、さらにどこかへめり込んでしまったのでは……。
見えないのに、そういう感覚だけがしっかりあると、恐怖心でいっぱいになる。だが、ちゃんと見ることができて、本当に押しつぶされていたら……それはそれで恐ろしい。
ここの空間と同じような暗い気持ちが、明瞭でない頭の中をぐるぐると回っていた。
いやだ……ここにいたくない。どうすればいい? どうすれば、ここから逃げられる? せめて、ここがどこかわかれば、何か突破口が開けそうなのに。
もがこうとして、手足が動かないことに気付く。
浮いていると思ったのは、錯覚だったのか。それとも、感覚が完全に麻痺しているのか。
……そちらの方がありえそうだ。麻痺しているから、上も下もわからないのだろう。立っているのか、寝ているのかすらも。
同じ夢だ。
暗く、重苦しい空気の中、いつも自分はここに漂っている。身体は動かず、この場から逃げることもできず。
同じ夢だとわかっているのに、これから自分がどうなるのか、なぜわからないのだろう。
この先が違う? いや、これから起きることも、同じはずだ。ずっとそうだった。
……本当に、そうだったのか? 思い込んでいるだけじゃないのか。わからない。これが夢なら……夢だとわかっているが、とにかく早く覚めてくれっ。
心を解放すればいいのに
どこからか、声がした。どうせ上も下もわからない真っ暗な空間だから、どこからだろうがどうでもいい。とにかく、声がした。
こんな空間だから、地を這うような声が聞こえてきそうなものだが、そんなに低いものではない。むしろ、女性の声に近かった。
声変わりする前の少年か、若い女性か。どちらとも取れる、中性的な声だ。
そんな声が……どちらかと言えば、この暗い空間にはあまり似つかわしくないような声が、どこからか聞こえた。
どうして、そんな簡単なことができないの? とでも言いたげな口調だ。
少し小馬鹿にされているような気が、しないでもない。だが、そうではないだろう。
無邪気な子どもが、その素直さゆえの疑問を口にする。大人には響きすぎてつらくなるような質問だということが、わからないのだ。
この声も、いつものこと。言葉も一緒だ。そう……同じ夢だから。
あなたがいるべき場所は、そこじゃない
ここじゃない? こんな暗い場所ではない、ということか。
なら、どこへ行けばいい? いや、それよりも。どうすれば動ける? こんな場所になど、いたくないのに。
手も足も、どう力を込めても動かない。この状態をどうすればいい?
心を解放すればいいのに
また同じ言葉を繰り返す声。
そうだ、この声はいつも同じことを言う。
解放すれば、どうなる? 別の場所へ行けるのだろうか。なら、別の場所とは、一体どこなんだ。
明るい場所なのか。ちゃんと地に足がつくような場所なのか。
そもそも、心を解放するとはどういう意味だ。どうすれば、解放したことになるんだ?
いなくなればいいのに……そう思っているでしょう?
誰が? 誰がいなくなればいい? いや、いなくなっていい人間など、いるはずがない。誰もが懸命に生きている。いなくなっていい、なんてはずがない。
口に出した訳でもないのに、声はこちらの心を見透かしたように続ける。
本当にそう思っているの? 本当はそんなこと、思っていないのに
それではずっと、ここに閉じ込められたまま
閉じ込められたまま? いやだ。そんなのはいやだ。今すぐここから出たい。誰か……誰か早く出してくれっ。
だが、口は動かず、言葉は一つとして声にならない。心の叫びは、身体の外から出てくれない。
出たいのなら、心を解放して
そうすれば、身体も心も軽くなる
こんな場所から、すぐに出られる
解放すれば……認めてしまえば、ここから出られる。
いなくなればいい……。
そう考えていることを認めれば?
「違うっ! そんなことは考えていないっ」
誰かの……いや、自分の怒鳴り声で目が覚めた。
バネ仕掛けの人形のように飛び起き、全力で走って来たかのように肩で息をしている自分がいる。
額からこめかみ、頬をつたって汗が落ちた。
「いなくなれば……」
知らず口をついた言葉に、自分でもぎくりとする。
こんなことを本当に考えていたのか、と自分で自分が恐ろしくなった。
目が覚めると、はっきりわかる。
また、同じ夢を見ていた。
これで何日目だろう。二日目の時は「こんなこともあるのか」と思っていたが、気付けばもう十日以上経っている。
化け物が出て来るのではないが、これもやはり「悪夢」と言えるのだろうか。
毎日毎日、心を解放しろだの、いなくなればいいと考えているだろうだの……。夢とは言え、同じ言葉を聞かされて辟易する。
いなくなればいいだなんて、そんなことを考えたことはない。
考えて……いなかったか? 本当に? 実は心の奥底に、そういう気持ちを隠してはいなかったか?
そう思った瞬間、背中がぞくりとした。
考えていない。思っていない。本当にそうなのか? そんなことは……ない。
思っても仕方がないから。考えてはいけないことだから。心の奥底へと、自ら隠したのではなかったのか。
「楽になれるのに」
その声に、心臓が跳ね上がった。
夢の中の声。
それが、目が覚めた現実の世界で聞こえた。
いや、違う。気のせいだ。そんなはずがない。夢の声が、夢の外で聞こえるはずはない。
「心を解放して」
また聞こえた。顔を流れる寝汗が、冷や汗に変わる。
空耳でも何でもない。あの夢の中の声が、確かに聞こえてくるのだ。それも、すぐそばで。
夢の中より少し高いように思えたが、確かにあの声。
だが、暗い部屋の中を見回しても、声の主の姿はどこにもない。
「たった今、認めたでしょう? いなくなればいい、と」
夢とは違う言葉。夢の中で、こんなことを言われた覚えはない。
つまり……これは現実の声、なのか。
何か音がする。声ではなく、音。かちかちと、細かく何かが当たる音。
すぐにわかった。自分の歯だ。知らず身体が震え、同時に歯も鳴っているのだ。自分がそうなっていることにすぐ気付けない程、恐怖が全身を包み込んでいた。
今まで生きてきた中で、感じたことのない恐怖。
「解放すれば、楽になれる……」
「や、やめてくれっ」
耳をふさぐ。
もう、この声を聞くのはいやだ。わずかな心の隙間に容赦なく手を突っ込まれているような、嫌悪感と恐怖が身体を駆けめぐる。
「ふふふ……」
その様子をどこかで見ているのか、笑い声が聞こえた。耳をふさいでいるのに。
声は少し高くなり……汚れを知らない少女のような声へと変わっていく。
☆☆☆
「きゃっ」
小さな悲鳴と同時にごんっという、重くはないが軽くもない音。
「何やってんだよ、琴音。こんな所で、ガラス割るなよー」
向かい側に座る誠一郎が、電車の窓に頭をぶつけた琴音を見て笑う。
「だぁってぇ、急に大きく揺れるんだもん」
ぶつけた部分を手でさすりながら、琴音が言い訳する。
のんびり走るローカル線に乗り、窓の外を眺めていたら電車が急に大きく揺れたのだ。そのフェイントのせいで、少しばかり窓に寄って景色を見ていた琴音は、勢いでガラスにぶつかってしまった。
「彼氏でしょ。窓ガラスなんかより、ちょっとはあたしの方を心配してよね」
頬をふくらませて拗ねると、横から手が伸びてきた。
「よしよし。じゃあ、おまじないな。痛いの痛いの、飛んでけー」
琴音の額を軽くなでながらおまじないするのは、琴音の兄の遼太郎だ。
「お兄ちゃん、あのねぇ……」
心配してくれるにしても、これはどうなのだろう。完全に、幼児扱いだ。恥ずかしいし、ますます拗ねたくなる。周囲によその人がいなくて、よかった。
「ほら、痛いのを忘れただろ」
がっしりした身体の上に、人懐っこい笑顔。
短い黒髪に、やや上がり気味の目は、黙っていたら「体育会系のちょっと怖そうなお兄さん」に見られるのに。
こうして笑顔になると、不思議なくらい雰囲気が変わる。
「もう……」
昔からこの顔を向けられると、琴音も何だか怒れない。
うまくだまされてるなー、と自分でも思うが、やはり今も琴音は文句を言う気が失せてしまった。
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