扉の向こう~黒ねこについて行ったら異世界へ~

碧衣 奈美

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17.方向オンチ

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「あなたには、結界が何らかの物質として見えるのですね」
 昼間、デューロウが見えると言う黒いもやも見たし、ここへ来て琴音は見えないものが見える力を確かに得ているようだ。
「えっと、もしかして……見えてるの、あたしだけ?」
 あんなにはっきり見えているのに。自分にしかわからないなんて、何だか不思議な気がする。
 正直に言えば、ああいうものは不気味なのであまり見たくない。
 不思議と言えば、この扉の近くにいると何となく怖いと感じるのも不思議だ。
 視覚のみに頼るなら、そこにあるのは木の扉だけなのに。その扉が、なぜか怖いと感じてしまう。
 黒いもやを漂わせていた人が近くにいた時と、同じ感覚だ。一人で立っているのが怖くて、ついそばにいる誠一郎の腕にすがってしまう。
「ぼくは結界の力を感じるけど、物としては見えないよ。コトネさん、もしかして守扉者の力があるんじゃない?」
「えー、あたしにあんなお札なんて、出せないわよ」
 出せたとしても、出したくない。
「ことがそのうち、何かしでかしそうな気がしてきたな」
「お兄ちゃんっ」
「琴音、どうせ出すなら、もっといい物を出してくれよな」
「誠ちゃんまで……」
 琴音が頬をふくらます。その顔を見て、バルムが少し笑った。
「さぁ、あなた達は守院へ戻ってください。ここにいては、おかしな影響を受けないとも限りません」
 確かに、ここにいては守扉者達の集中の邪魔になるだろう。ただ、どんなものかを見たかっただけなのに。
「あの……バルムさん。気を付けてくださいね」
 力を使いすぎないで、という意味もある。だが、琴音は別の方も気になった。
 中にいる数人の守扉者達のうち、二人に黒いもやが漂っているのが見えたのだ。
 闇に囚われているなら、結界を張っているというのはフリだけかも知れない。
「ええ、ありがとう」
 バルムはどこまでわかっているのか。
 穏やかな笑みを浮かべて、そう返事するだけだ。
☆☆☆
 護所から離れると、怖いという感覚は薄れた。
 扉を見たいと言ったのは琴音だが、そこから離れて一番ほっとしているのも琴音だった。
「ねぇ、デューロウ」
 守院へ戻ると、琴音がこそっとデューロウに耳打ちした。
「それなら、そこの廊下を行って……」
「ありがと」
 デューロウに教えられた方へ、琴音は小走りに向かった。
「トイレか? 男はいざとなりゃ、どこででもできるけど、女って大変だよなぁ」
「誠、神殿って呼ばれるような場所なんだから、妙な所でするなよ」
「わかってるって」
 くだらないことを言いながら、三人はさっきの部屋へ戻った。
「あの扉が、封印ってことか。何も感じられない俺達からすれば、ただの扉でしかなかったけど。あれ、木製なのか?」
「触ったことはないけど、本物の木じゃないはずだよ。最初に封印された時の力が、ああいう形で具現化したって聞いたから」
「で、あれが開くと、一大事ってことだな。かなり厚そうな扉に見えたけど、封印の強度を表してるってところか」
 その厚い扉を開こうとする程に、闇は力を取り戻しつつある、ということだ。
 しばらく沈黙が続く。それを最初に破ったのは、遼太郎だった。
「デューロウ、さっきも三人で話していたんだけど」
「え? あ、はい……」
 少しうつむきがちだったデューロウは、慌てて顔を上げた。
「きみに道を開く力が戻ったら、すぐに帰らせてほしい。中途半端な状態のまま、放り出すみたいですごく心苦しいんだけど……。本音を言えば、俺達も命は惜しい。それに、琴音を早く安全な場所へ帰したいんだ」
 誠一郎は何か言いたげだったが、黙っていた。
「そう……だよね」
 デューロウは伏し目がちだったが、相手の申し入れを断ることはしなかった。
 その気になれば「レイリーンが見付かるまでは帰さない」と言うこともできるのだが、素直に受け入れてくれたのだ。
 二人にすればありがたいことなのだが、あまりにしおらしくうなずかれると、こちらに非はなくても申し訳ない気分になる。
「ごめん。俺達にはやっぱり人を捜すノウハウはないし……あ、つまり捜すコツみたいなものを知らないし、闇雲に捜し回っても時間を無駄にするだけだ」
 デューロウいわく、一緒に捜してくれるなら誰でもよかったのだろう。しかし、現実問題として人を捜し出そうとするなら、やはり経験や能力などがやはり必要なのだ。
「なぁ、守扉者の中で人を捜し当てる力を持った奴、いないのか? デューロウ達は、特別な力を持ってるってことに誰かが気付いて、神殿へ連れて来られたんだろ。そいつに、レイリーンの居場所とかはわからないのか?」
 力を持つ人間の存在を感じ取れるなら、間違いなく力を持つレイリーンを感じ取れるはずだ。
「たぶん、わかったとは思うけど……今はもういないんだ。守扉者を見付け出す力を持つ人は、今までにも神殿にいたらしいけど。ぼく達の力を見出した人は、それを最後に力を失って、神殿を出て行ったんだ」
「見事なまでに、タイミングわりぃな」
 考えてみれば、そういう力の人間がいれば、この件はとっくに解決していそうなもの。だからこそ、長引いているのだ。
「実際にいないものをあれこれ言ったって、どうしようもない。とにかく、明日には帰らせてほしいんだ」
「……うん、わかった」
 一応、話はついた。ひどく後味が悪いものではあるが。
 またしばらく、沈黙が続いた。
 今度は、誠一郎がそれを破る。
「……琴音、遅くないか?」
☆☆☆
 デューロウに教えられた方へ向かい、何とか用を足した琴音。
 ほっとして廊下へ出たのはいいが……自分がどっちの方向から来たのか、わからなくなってしまった。
 自他共に認める方向オンチが、ここで発動したらしい。
「えーと……確か、トイレに入る時は左に曲がったから、出る時は逆。だから、右へ行けばいいのよね」
 琴音は入って来た時の光景を思い出すため、端から見れば映像を戻すように後ろ向きになって歩いてみる。
 だが。
 それなら、左へ行かなくてはならない。戻るために右へ行くなら、それはちゃんと「前を向いた状態」での場合だ。
 出発地点からいきなり間違えていることにも気付かず、琴音は戻るべき部屋からどんどん離れつつあった。
「おっかしいな。こんな光景だったかしら。んー、行こうとするのに精一杯で、ちゃんと周りを覚えてなかったもんね」
 しかも、琴音が最初に評したように、ここは小さな校舎のような造り。真っ直ぐな廊下に同じような扉の部屋がずっと並んでいるので、どれが何の部屋なのかもわかりにくい。
 間違えていても、すぐには「自分は別の場所にいるらしい」ということに気付かないのだ。
「えー、何で着かないのぉ?」
 いい加減後ろ向き歩きに疲れた琴音は、回れ右をした。
 琴音の記憶では、この先には壁が待っているだけ。この建物へ入るためのドアが横にあって、そのすぐ近くにデューロウから事情を聞かされた部屋があるはずなのだが……。
 記憶とは別の場所に立っているので、ドアはない。
「やっちゃったかな……」
 かな? ではなく、やっちゃったのだ。真逆の方向へ、ずっと歩いて来てしまった。
 それなら、今来た道を戻り、とりあえず出発点からやり直せばいいのだが……。
 迷ってしまったことを自覚していながら、方向オンチはさらなる新天地を求めてさまよう。そして、自ら袋小路へと追い込まれるのだ。
「きっと、角を一つ曲がりそこねたのよ」
 そう言いながら、琴音は曲がってもいない角を曲がる。見た覚えのない廊下は、果てしなく続いているように思われた。こういう時に限って、誰にも会わない。
 黒もやを漂わせて、女の子を捜すフリしながら実は捜してないって人でも、道くらいは教えてくれるよね。
 こんなことまで考えるのだが、やはり誰も通りかかってくれない。行く時には、何人かの姿を見たのだが。
「なんでぇ? この建物、外から見た限りだとそんなにややこしい造りじゃなかったはずでしょお?」
 催眠術にでもかかっている気分になってきた。
 現実には同じ建物の中なのだが、琴音には全く別の場所のように感じる。で、ますます自分の現在地がわからなくなるのだ。
「どうして地図くらい、どこかに貼っておいてくれないのよ」
 それは地図を貼る必要がないくらい、単純な造りだからである。
 しかし、今の琴音には完全に迷宮と化していた。それに、案内図があったとしても、どの部屋へ戻ればいいのかはわからないだろう。
「疲れちゃった……」
 それでなくても、今日はあちこち歩いていたので足が痛い。それに加えて、こんなにさまよっていたりすれば、精神的にも疲れは倍増だ。
「ふぅ……」
 琴音は立ち止まると、壁にもたれて座り込んだ。
 いっそ、ここでじっとしていた方がいいかも知れない。戻って来ない琴音を心配して、遼太郎や誠一郎が捜しに来てくれるだろう。
 彼らが琴音を見付ける方が、琴音がさまよってどうにか目的地に到着するよりもずっと早いはずだ。
「……? え、何?」
 もたれていた壁に、琴音の身体がめりこみ始めた。慌てて、壁から身体を離す。
「何なの、この壁……」
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