星守

うろこ雲

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星守

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 恒星が西の地平線に燃え尽きて、無数の星灯が夜空に瞬き出す頃。

 僕は銀麗草の丘の斜面に一人寝そべって夜空を見ていた。

 涼しい風が頬を撫で、草がさわさわとなる丘の頭上で一つ、また一つと星の輝きが増えていく。

 緩やかに巡る星々の地図を眺めながら、僕は傍らに置いたバスケットからサンドイッチと水筒を取り出した。

 ライ麦パンでレタスとハムとチーズを挟んだだけのサンドイッチ。

 シンプルだし大した手間もかからないが、僕はこれが一番好きだった。

 一口齧ると、レタスのシャキシャキした食感にハムの芳醇な香りが合わさり、それから舌に濃厚なチーズの塩気が感じられ。
 最後にパンに混ざったライ麦のぷちりとした音が歯に響く。

 三十回数え、味わいながらゆっくりと嚥下した。

 嗚呼、素晴らしい。

 やはりサンドイッチは偉大なり。

 ばらばらの個性を持つ食材達をパンで優しくまとめ上げ、口の中で味のハーモニーが広がる様は、さながら至福の味の旋律メロディを奏でる交響曲が如し。

 そして最後に瑠璃色の水筒に入れた熱々の珈琲をひと啜り。
 果実にも似た豆の香りが鼻腔に広がり、爽やかな酸味と確かな苦味が舌を震わせる。

 少し冷たい空気の中に白い吐息をほうっと吐き出すと、湯気の中に潜んだ珈琲の豊かな風味が感じられた。

 幸せな気分だ。

 日頃の悩みも何もかも吹き飛んでしまう。

 そうしてまたパンを一口、それから珈琲をもう一杯と交互に味わいながら、僕は視界いっぱいに広がる夜の天体劇場を眺めて過ごした。






 どれくらい時間が経っただろうか。

 残り僅かとなったサンドイッチを口に運んだ時、遠くで列車の汽笛にも似た音が鳴った。

「おっといけない。時間か」

 僕は急いで食べかけのサンドイッチをハンケチに包み、水筒と一緒にバスケットに放り込んで立ち上がった。

 すこうしゆっくりしすぎたようだ。

 銀色にうっすら輝く丘の斜面を登り、白い大理石でできた巨塔に向かう。

 塔の足下にある真鍮の扉の前に来ると、僕はポケットから小さな銀の鍵を取り出して、穴に嵌めて一回転させる。

 キィィという音で開いた重い扉の先に待っているのは、塔のてっぺんまで続く長い長い螺旋階段だ。

 靴の泥をブラシでこそぎ落としてから、僕は壁についた星のランプの小さな灯りを頼りに上がって行く。

 ちょっと遅刻気味だから、気持ち早めの足取りで二段飛ばし。

 いつもより急いで上がったつもりだったけれど、時間ぎりぎりの到着だった。

 階段を登りきった先に広がるのは見慣れたいつもの部屋。

 高い天井のドーム一杯に大きな星図が描かれていて、時間の経過とともにゆっくり動いている。
 隅の本棚には古めかしい本がぎっしり詰まっていて少し埃っぽい。
 その横には小さな机とインク、羽ペン、描きかけの羊皮紙と銀河の資料がごっちゃになって置かれていた。

 僕は額の汗を拭って荒い息を鎮めながら、ぴかぴかに磨き上げられた大理石の床をこつこつ鳴らして、正面の大きな窓の前へ歩み寄った。

 窓の向こうの景色を確認し、ポケットから懐中時計を取り出してあらためると、時間まであと二分に迫っていた。

「いけないいけない。ええっと、星の息吹はどこだっけ?」

 掃除をした時に星屑の瓶をどっかにやっちゃったらしく、探し出すのに一分かかってしまう。

「やばいやばい。リゲル二匙、アルタイル一匙、あとはえっと星雲を大さじ三杯だっけ。それから……」

 星の素を真鍮のパイプの蓋の中にどんどん入れていく。

 分量と順番を間違えると大変だから慎重に慎重に。でもなるだけ早く。

 いつもやってる仕事だけど、今日は焦っているせいか、いつも以上に時間がかかってしまった。

 でもなんとか準備は完了。

 蓋を閉めて窓から夜空を視認、ちょっと遅刻だけどまあ大丈夫だろう。

 僕は大きなレバーを握りしめ、めいっぱい下まで降ろした。















「星、綺麗だね」

「そうだね。でもいつもこの時間に見える星が見えないな」

「時期が終わったんじゃない?」

「ううん、今日はきっと見えるはずなのだけれど」

「あ、あれじゃない?いま光った黄色い星」

「え?どこどこ?」

「ほら、あれだよ。赤い星の横のやつ」

「本当だ。あれだよ」

「綺麗だね」

「うん、綺麗だ」

「さっき光り始めたんだけどそんなことってあるのかな?」

「さあ?もしかしたら星守ほしもりさんが遅刻したのかもね」

「ほしもりさん?」

「うん。夜になるとおっきな塔に登って星を灯す人のことだよ」

「へぇ。じゃあなんで遅刻したんだろ?」

「さあ。もしかしたらこんなふうに星空を眺めてゆっくりしすぎたんじゃない?」

「サンドイッチと珈琲を飲んでたりして」

「私は紅茶のほうがいいかなぁ」

「ふふ……わたしもっ。あ、また光った」

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