月のように輝く

宇佐美 月明

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1『ミツケタ―――?』

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熱い炎が辺り一面を覆う。その上空には、バサバサと大きな羽を広げ、傍若無人に飛び回る巨大な黒い影。全てを咽み尽くし火を吐き続ける。この地に古いにしえより災いを齎す――赤い鱗の炎龍。
真っ赤に燃える火の粉と煙で前は見えない。
創生の泉の周りだけは炎が及んでいない。それ以外の場所は、飛び火した炎で益々燃え上がっている。創生の泉の守護の力を使って炎を鎮火しようとしているがその泉も枯れつつあった。

「一気に炎を鎮火させる。ブレイデン……、巫女姫をお願い」

声を押し殺し、彼女は呟く。
熱風で彼女の長い黒髪は舞い、頬は煤で薄汚れている。黒い双眸は険しく燃え広がる炎を睨みつけた。自らの両手を翳し、必死で炎の鎮静化を図ろうと己のもてる守護の力をありたっけ注ぐ。
その足元には、先程まで創生の泉に己の力を注ぎ尽くした幼い巫女姫が地面へ倒れ込んでいた。もてる限りの力を使い果たして……。
彼女に言われるがままブレイデンは、剣を構え巫女姫に寄り添う。それを見届けると彼女は薄っすらと微笑みを浮かべると唇だけで言葉を紡いだ。
『さようなら―――』
その瞬間、炎に取り巻かれた目の前の状況は一変し、氷と雪の世界へと変化する。
炎を吐きこの地を燃やしつくそうとした炎龍は厚い氷の中へと捉えられていた。
そして彼女は、この地を司る創生の泉と共に姿を消した。その後に残されたのは、大きな穴とどこまでも続く氷の世界だ。

ブレイデンは、呆然とその光景を眺める。鈍い音を立て、手から剣が力なく地面に落ちる。赤に近い緋色の髪を無造作に掻きむしり地面に突っ伏す。絞り出すように言葉を吐いた。
「ロッカ、絶対に取り戻して見せる」
地面に力一杯拳を叩きつけた。緋色の瞳からは一筋の涙が流れ、地に落ちる。

古の災いの眠りを監視し諌める管理者―――『緋焔の使い手』、そしてその災いを封じ眠りにつける黒の守護者。この地の者には生まれはしない黒を、生まれながら持つ異世界の渡り人……。
幾年月が流れ、創設の守護の力など衰えつつあるこの世界。もう、常人達はその力など無いことが普通であった。でもこれだけは変わらない。
古の災いの炎龍は、何百年に一度目覚めこの地を無に変えようとする。そしてその鎮静化を図るには『緋焔の使い手』と『黒の守護者』が不可欠だ。




 風が止んだ。彼女はランチをしている小さな古びた喫茶店から見える公園を眺める。その脇にある大きな人工の池は太陽の光を浴びてキラキラとしている。紅葉が赤く染まりその池に鏡のように写り込んでいた。
見事な赤い色は、彼女が封印した昔のあの青年を思い起こさせる。どうしているのかと……。

あの後、あの世界、あの地がどうなったか彼女には分からない。
「聞いているか?六花ろっか…。返事を聞かせてくれ」

 彼女の名前を呼んで現実に戻したのは、高実だ。偶然にも同じ会社になった腐れ縁の幼馴染である。

六花は、今『彼に結婚を前提に付き合ってくれ』と言われていた。

最近、昔馴染みで同期ということもあり何かと時間さえ合えばランチなど一緒に取る機会が多かった。
六花は、高実に返事をするために言葉をさがした。そんな予感はしていた。気心を知れた高実に何時しか心を許していた。だから告白されたら、その申し出を受けるつもりでいた。今この時までは……。でも、よりに寄ってこんな時になんで思い出すのだろう……。もう何年も封じ込めた青年の記憶……。その戸惑いを誤魔化すように食べかけのナポリタンをフォークに絡め取る。そっと気づかれないように六花は息を吐く。

「ごめん……。高実のことは嫌いじゃない。でもその、わたし――」

言い淀む六花の言葉を高実は眉を寄せてから、ふと笑った。

「いいよ、六花わかった。気長に待つさ。だからって態度を変えるのはよしてくれ。今まで通りに」

「高実、ごめん……」

六花は下を向いたままもう一度謝った。

そのまま何事も無かったように、高実は話題を変えてくれてランチを済ませ、会社に戻った。高実の心使いに六花は心から感謝し、そして申し訳なく思った。高実は、端正な顔立ちや気遣いが出来る性格、そして同期の中でも一番の出世頭として同じ職場の女性から人気がある。その女性達のアプローチに高実が困っていたのを知っていた。その予防線になればとランチを一緒に取るようになった。女性陣から色々聞かれることがあったが六花は決して多くを語らずにいた。高実との穏やかな時間はとても居心地がよかった。あわよくば高実と恋愛関係になれたらとずるい考えをしていた。自分の本当の気持ちを封じ込めて……。

今日は金曜日、会社の決算月が終わり定時で帰宅の途につく。ランチの後、高実は外回りに行きそのまま会わずにいた。トボトボと最寄りのバス停に向かう。やはり秋は、風が少し寒く感じる。昼間喫茶店から眺めていた公園に差し掛かる。その前にバス停があった。また、池の写り込んだ紅葉に目を奪われる。
その時、鞄の中で携帯が震える。六花は鞄から携帯を取りだした。覗き込んだ画面に、SMSのメッセージが表示されている。

そこには、見たことない読めない文字が浮かび上がった。だが、急にその文字を理解出来るようになった。

『ミツケタ―――?』

六花は、画面の文字を心の中で呟いた。その瞬間辺りが一変する。
周りがみるみるうちに変わっていく。色が消える。そして、次第に薄く青みがまして揺らぐ。冷たい濡れた感覚に身体がさらされていく。六花の茶色い髪がその中で漂う。ここは水の中だ。慌てて息を止めた。六花は息苦しさを感じ、視線を上げる。光を帯びた水面が見える。水から出ようとした。だが、水圧で手足が思うように動かない。
寧ろ足に何かが絡んでいるようだ。六花はパニックを起こす。水の中で足をバタつかせ藻掻く―――。ますます、息が苦しくなる。必死で水面めがけて手を伸ばした。
骨ばった指が六花の手首を行き成り掴む。そして勢いよく水面に引き上げられた。その瞬間、六花の肩に激痛が走っる。
「痛っ――!」

水から陸地に上げられる。六花は大きく息をしたが肩が痛過ぎて声にならない。
六花は、その場で蹲る。

「ロッカ、やっと引き戻せた。見つけられた――」

感極まり安堵したかのような男の低い声がした。六花はその聞き覚えのある声に、一瞬痛みを忘れ身構える。次に、フツフツと怒りが沸き起こり唇を噛む。そして顔を上げ黒目がちな目で、その声の主を睨んだ。

「何するのよ、勝手に人を呼び寄せるな!それに腕、脱臼したじゃん、この馬鹿力!」

その男は、緋色の瞳をへにゃっとさせ目に涙を溜めて、眉間を下げた。そして、困ったように笑う。あれからどれくらい時間が経ったか分からないが、整った男の顔は六花が知っている頃より、年を重ねて見える。

「仕方ないだろう……。会いたかったのだから」

彼女の時間軸で言うと6年ぶりのその顔は相変わらずイケメンで六花は胸の鼓動が高鳴った。
六花はまた肩の痛みを思い出し悶絶する。

「さあ、ロッカ……。君の治療をしなくてはならないし、この世界に馴染ませるためにもね、交わろう?」

その男は、にっこりと甘い微笑みを浮かべる。六花は、この男の性格を思い出した。絶対確信犯だ―――。
ワザと六花の腕を脱臼させた。六花は学生時代テニスをしていて、右腕は脱臼症状を発症しやすくなっていた。それをこの男は知っている。相変わらずこの男は笑顔とその甘い声で腹黒いことをやってのける。

「覚えてなさいよ、ブレイデン……」

六花のワントーン下がった恨めしい声に、男は緋色の目で嬉しそうに微笑む。

二人のいるその場所は、薄暗く寒い。冷たい澄んだ空気が流れている。そして、六花を引き上げた水辺には輝く月が美しく写り込んでいた。その男の緋色の瞳も月の光を浴び怪しく光る。寒さなのか、その男の眼差しなのか、六花は身震いをした。

古の災いの眠りを監視し諌める管理者―――『緋焔の使い手』のブレイデンに……。
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