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嫌なやつ

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 黙り込むあたしを置いて、たっちゃんと宇野の話は進む。
 どうやら、たっちゃんはすでに宇野と面識があるらしい。一週間前、学校の裏庭の花壇を手入れしていたたっちゃんを、たまたま通りかかった宇野が手伝った。ただ、それだけのこと。見ず知らずの女の子にすっと親切できる宇野の天然たらしもどうかと思うけど、たったそれだけで恋に落ちるたっちゃんもどうかと思う。
「あのっ、本当にありがとう。僕、ずっとお礼が言いたくて……」
 たっちゃんが、勇気を振り絞った様子でそう言う。あー、初々しくてかわいいなー。こんな表情向けられて何も感じないとか、男はどうしてんの。いや、ちょっとはドキドキしているけど、たっちゃんが男の子だからって、抑え込んでるとか? そう思い、チラッと目線を上げ宇野を見ると、宇野は目をまん丸くしていた。
「森って、自分のこと『僕』って言うんだ」
 宇野の言葉を耳にした瞬間、たっちゃんは青ざめた。聞かれたくないことがあるように、視線だけであたしを垣間見る。悲しい、黒目がちな目。初めてじゃない。前にも見たことがある。どこで? あたしはたっちゃんの視線が戻る前に、もう一度その顔を見たかった。だけどそれは一瞬のことで、あたしが再びたっちゃんを見る時には、たっちゃんは笑顔になっていた。貼り付いたような、作り物の笑顔。その下には、あたしの知らないことが隠されている。きっとそう。
「ほら、なんとなく。癖みたいなもので、別に今更変える気はないから……」
 たっちゃんは困ったような笑みを浮かべ、言い訳のように言葉を並べる。その必死な表情が痛々しく思えて、あたしは宇野の腕をつかんだ。
「えっ、桑田?」
「早く帰ろ」
 宇野と帰るのは心底嫌だが、この場で話題を変えるためだ。しょうがない。
「たっちゃん、今日は宇野も一緒だけど、いいよね」
「あっ、うん」
 たっちゃんが、慌てて首を縦に振る。戸惑っていて、少し嬉しそうな顔。宇野を見ると、同じような表情をしている。なんだ、宇野もまんざらでもないんじゃん。そりゃ最初は女の子だと思ってたんだもんね。
 嫌なことばっかりだ。と思う。特に不幸が立て続けに起こった訳じゃないけど、嫌なことばっかり。ああ、たっちゃんに好かれる奴はみんな、死んじゃえばいいのに。あたしの中の、最も人間らしい場所がそう言っている。あたしはたっちゃんが傷つくのが嫌なはずなのに、そう願っている。本当にそうなったら絶対後悔するって分かっているのに、そんな未来を想像している。帰り道、あたしは喋らなかった。たっちゃんは緊張でそれどころじゃなかったけど、宇野は機嫌の悪いあたしを気にしていた。こういう所が嫌い。宇野が良い奴だと、宇野を妬んでいる自分が嫌な奴に思えてくるから。大嫌い。
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