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十日伊予

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1564 旅路

手癖

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 故郷では遠くに見えていた火山が、すぐ近くにそびえている。初めて訪れた街道沿いの大きな街は、屋台や屋根の薄い高床の家ばかりの故郷とは違い、しっかりした日干しレンガの建物が並ぶ。その景色の中に立ち上がっていくテントを、アルバは自分の馬車から眺めていた。彼の手元には読み書きの本と、字の練習に使っている小さな黒板がある。故郷からこの街までの旅路の間に、自分の芸名と一座の名前くらいの字は覚えた。
 馬車の外では、下働きや、あまり人気のない芸人や見習いたちがテントを設営している。近くでは、他の芸人が芸の稽古をしていた。街に遊びに出ている芸人もいるが、アルバはダイモンに拠点の外に出るなと厳しく言われている。アルバは姿を見ることだけでも価値があるので、無闇に出歩かれると商売が成り立たない、と。アルバにはそれがつまらなかった。さすがに設営は人手が必要とのことで、ツィオもそちらに駆り出されていていない。一人で読み書きの練習をする気にもなれず、他の芸人たちを羨ましげに見ていると、街から拠点に帰ってきた一輪車乗りの三人が目についた。街で買ったのだろう、三人は揚げたパイにかじりついて、中に包まれたチーズが口元からパイ生地へと伸びている。ごくり、とアルバは唾を飲んだ。
 馬車をおり、三人へと歩いていく。三人はアルバに気がつくと、嫌そうな顔をした。一座には珍しい生まれの彼を歓迎する芸人ばかりではなく、実績もないのにダイモンに優遇されるアルバを厭う芸人も多くいる。
「それ、くれよ」
 アルバは遠慮もなく三人に手を差し出す。嫌われるのも、人のものを欲しがるのもこれまでの生活では当たり前で、彼には何の恥じらいもない。三人は更に顔をしかめた。
 少し離れたところで、ツィオが支柱を他の下働きと一緒に運んでいる。彼はアルバが仲の良くない芸人といるのを見て慌てる。アルバは、この間も彼を良く思わない芸人と揉めた。揉め事の対処は付き人であるツィオの仕事だ。ツィオは仕事を通りがかった他の下働きに押し付ける。また仕事を増やしてくれるなよ、と胸の内で祈りながら、アルバの元へと急いだ。
「嫌だよ。自分で買ってきな」
「お前にやるもんなんてないよ。ダイモンの親父さんにあれだけもらってるのに、まだ欲しいのかよ」
 三人が嫌悪を丸出しにして、口々に言う。アルバはきょとんとした顔をして、それから、三人のうちの一人の頬を前触れなくぶった。アルバの表情は変わらないが、他の一輪車乗りと、駆けてきているツィオの顔が真っ青になる。
「アルバ! 芸人には手を出すなって、あれだけ言ったろ!」
 ツィオが怒鳴りながら駆けつけた。平然と暴力を振るったアルバだったが、ツィオに怒られるとあたふたする。だってこいつがくれなかったから、舐めたことを言うから、と言い訳するが、ツィオに「ばか野郎!」と叩かれると押し黙った。
「すみません、アルバはまだ田舎のやり方が抜けてなくて。俺の方から厳しく言っておくんで、ここはおさめてくれませんか」
 そう言い、ツィオは、ぶたれて赤くなった頬を手で押さえて呆然としている一輪車乗りに頭を下げる。腕を伸ばし、背の高いアルバの後頭部を掴むと、彼にも頭を下げさせた。一輪車乗りたちはもごもごと口の中で文句を言うが、体格のいいアルバを恐れ、口から先には出さずに去っていく。
「あのな、下働きはともかく、芸人は大事な売り物なんだ。怪我させたり痕をつけたら、俺まで親父にぶっ殺される」
 三人がいなくなると、ツィオは呆れつつもアルバに諭す。アルバは背を丸め、しゅんとうなだれた。
「ごめんなさい、つい」
 大きな体に似つかわしくないくらいに、幼くしょぼくれる。まぶたを伏せ、ちょっとだけ目を動かしてツィオの表情を確認すると、彼は眉頭を寄せアルバを厳しく睨みつけていた。アルバの胸に不安が込み上げ、着ているシャツの胸元をぎゅっと握る。
「……ぼくのこと嫌いになった?」
 ノーと言ってくれることを願いながら、そう尋ねる。ツィオが呆れて目をぐるりと回した。
「俺に嫌われたくないなら、その手癖をどうにかしてくれないか」
「する! 治す! 兄貴のこと困らせない!」
 ツィオの言葉に、アルバは食い気味に答える。この前ももうしないと言っていたよな、とツィオは頭が痛くなったが、アルバが必死そうなのでひとまず許してやることにした。微笑み、「もうするなよ」と肩を軽く叩いてやると、アルバの顔が見違えるほどに明るくなる。
 問題は起こすし面倒くさいやつだけど、可愛いんだよな。ツィオはアルバの嬉しげに自分を見る表情に、怒る気をなくす。アルバは一癖あるが、扱いやすい。少し怒ればすぐに言うことを聞くし、何なら不機嫌をちらつかせるだけでも大人しくなる。そして自分が笑いかけてやると、これ以上ないほど喜ぶ。それがツィオには可愛く思えた。
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