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十日伊予

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1564 旅路

兄貴の機嫌

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 髪の色に触れてからと言うものの、ツィオの機嫌が悪い。アルバが夜の公演に行く時も挨拶をくれなかったし、夕飯の時も黙ってアルバの皿から肉を取って、何も話してくれない。アルバはツィオに冷たくされると、どうしようもなく不安になった。ツィオが自分の付き人をやめると言い出したらどうしよう。もう兄弟分じゃないと言い出したらどうしよう。そう考えては、胸が痛くなる。心臓が鷲掴みにされているような、嫌な閉塞感がずっとある。
 何度もツィオには謝っているのだが、それも取り合ってもらえない。アルバはもうパニックになりそうだ。ツィオが赤毛の話で怒ったのはわかるが、どうしてここまで怒り続けるのかはわからない。どうしたら許して、また可愛がってもらえるのかも。フランマは「あんな小せえやつ気にするな」と言うが、聞き入れることはできない。むしろ、こんなに困っているときにツィオを馬鹿にされて、いら立ちすら覚える。
 寝る時になっても、ツィオは相変わらずだ。黙ってシーツを整えてベッドに乗ると、隣に寝ようとしたアルバを手で追い払う。顔はそっぽを向いたままだ。
「あ、兄貴」
 寝床にも入れてもらえず、アルバの不安は限界に達する。シャツの裾をぎゅっと握り、体を震わせ、泣き方を覚えているのならすぐにでも泣き出しそうだ。
「怒らないで……」
 小さく、アルバがつぶやく。ツィオは彼を見ないまま、聞こえるように舌打ちをした。その音に、アルバがビクッとなる。
「お前、どうせ俺のこと見下してんだろ」
 あからさまに怒っている声音で、ツィオが言う。アルバはその言葉に、背筋が寒くなった。自分はこんなにツィオを好いているのに、彼にはそんなふうに思われていたなんて。悲しさが喉元まで込み上げる。
「そんなわけない」
「そうだよ。舞台に出てちやほやされるのを覚えて、自分が俺より上だって思ってんだよ」
 否定するアルバに、ツィオは冷たく言い放つ。父親譲りの美しい黒髪のアルバに、皆の前で自分の赤毛に言及されるのは彼には耐え難い屈辱だった。アルバに悪気がなかろうと、彼を許せない。
「なんでそんなこと言うの……?」
 アルバの声は震えている。横になってこちらを見もしないツィオに少しでも振り向いてほしくて、触れようとしたら手で払われた。ペシっと叩かれた手の甲の痛みに、彼の胸がぎゅうっと締め付けられる。
「ぼくのこと嫌わないで」
 アルバは懇願した。脳裏に、自分の名前も呼んでくれなくなった祖母と、腹を押さえる妹の姿が浮かぶ。
「ぼくには兄貴しかいないのに。家族だってぼくのこと好きじゃなかったのに。兄貴にも嫌われたら、ぼく、どうしたらいいか」
 彼の必死な声に、ツィオは更にいら立ってまた一際大きく舌打ちをする。
「本当に俺に嫌われたくなきゃ、なんでもできるよな」
 起き上がり、アルバに歪んだ顔を向けた。彼を困らせて、泣いて謝らせよう。そんな考えが頭にある。
「今から素っ裸で野営地まわってこい。旅団の全員にケツの穴まで晒したら、信用してやるよ」
 その言葉に、アルバは真っ青になった。無茶を求めるツィオに対して悲しみや怒りはない。ただ、彼が言うにはそうしなければ許されないと、真っ先にそう思った。少しためらってから、覚悟を決めて自分のズボンを下ろす。まさか、本当に言うことを聞くとは思わず、ツィオは驚く。呆然として、服を脱いでいくアルバを見つめていると、汗が額をつたった。
「行ってくる」
「何してんだ。やめろ!」
 全て脱ぎ去って、前も隠さずに馬車の扉を開けようとするアルバに、ツィオが大きな声を出す。
「だって兄貴が」
 唇を噛んで、アルバはうつむく。ツィオは呆れて息を吐いた。頭をかくと、布団の上に片膝を立てて座り直す。
「お前本当にばかだな」
 そう小さくつぶやいて、アルバに両手を広げてみせた。それを見たアルバは、最初、何が起こっているのか理解できずに立ち尽くす。
「こっち来い」
 言わせるなよ、と少しいら立ちつつも、ツィオはぶっきらぼうに言う。ツィオが自分を許そうとしていることに気づき、アルバは信じられないという顔をした。慌てて彼の腕の中に飛び込むと、しっかりと抱きつく。
「許してくれる……?」
「ん」
 ツィオはアルバの背中を撫でてやる。それから彼を抱きしめてやった。怒りが完全に消えた訳ではないが、自分のためなら恥を晒すことも厭わない存在が腕の中にいてくれることが、とても心地よかった。
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