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1566 蜜月
仲違い
しおりを挟む周りが大騒ぎになる中、当人のアルバはというと、これみよがしにラスと拠点をうろつくようになった。噂自体は嫌だし、向けられる奇異の目線も故郷のことを思い出してしまう。しかしそれ以上に、自分がラスに認められ、愛されていることを見せびらかしたい。彼はツィオに空けられた穴を必死で埋めようとしている。
ラスはそれまでより距離が近くなったものの、それ以外は自然なままでいる。付き合ったからあれをしなきゃ、これをしてもらわなきゃ、とアルバが一生懸命頭の中で考えても、ラスに届くことはない。アルバとは反対に、彼には焦りも不安もなく、大好きなアルバと恋人として一緒にいられることへの充足感だけで満ちていた。
付き合い始めてすぐのある朝方、アルバは拠点の入り口で、ラスが訪ねて来るのを待っていた。彼が関係を公言してから、ダイモンはアルバが出歩くことに強く言えなくなっている。せめてフードで顔を隠せと言ってくるのみだ。
まだ出店も開いておらず、ひとけは少ない。アルバは入り口の大きなゲートの柱にもたれかかり、地面に尻をつけて座るとあくびを一つした。と、都に続いている道から、数人の若い男女が歩いて来るのが見える。身なりからして、女たちは娼婦だろう。男たちは彼女たちと一晩遊んで朝帰りしたようで、皆、気だるげながらもどこか満足そうだ。
女性に興味を持ったことのないアルバは彼らを呆れた目で見ていたが、男たちの一人がフランマだと分かった瞬間、たちまち体をこわばらせた。彼とはいまだにお互いを避け合っている。フランマもアルバに気がつくと、楽しげな表情が気まずいものに変わる。その顔を見たくなくて、アルバはうつむいた。
彼らは娼婦とゲートから少し離れたところで別れると、男だけになって歩いてくる。フランマに気を遣っているのだろう、彼らの会話にはアルバのことは出てこない。
「本当に奢ってもらっても良かったんですか、フランマさん」
フランマと一緒にいたのはジャグリングの後輩芸人たちらしく、そんな話し声が聞こえて来る。
「ああ、気にすんな。俺も先輩によく世話になったからな。お前らも後輩ができたら連れてってやれよ」
優しげなフランマの声が、うつむいたアルバの耳に届く。アルバは消えてしまいたい気持ちでいっぱいだ。どうしたらいいかわからない。
「じゃあ、悪いけど先帰っててくれ」
不意に、フランマの足音がアルバの前で止まる。後輩たちの足音は遠ざかっていくが、フランマはそこに留まったままだ。アルバの心臓がばくばくと鳴る。得体の知れない恐怖が喉を駆け上がり、吐き出してしまいそうだ。
座り込み、下を向いたっきりのアルバを、フランマはじっと見下ろす。しばらくためらうと、黙って彼の隣に座った。
「色々聞いてるよ」
なんでもないふうに、フランマがアルバに言葉をかける。
「御子息と付き合うのか?」
そう尋ねられても、アルバは顔を上げられず、返事もできない。何か言うべきなのは分かっている。質問に対する返事だとか、形だけでもいい、「ごめん」だとか。しかし、口を開くのが怖くてたまらない。ツィオのように突き放されてしまうのが怖い。ツィオとの時とは違うのに、どうしても勇気が出ない。
フランマは少しの間アルバを眺めていたが、やがて何も言わずに立ち上がった。彼が去っていっても、アルバは顔を上げられない。これまでならもっと話していたのに。そう思うと寂しくてたまらなくて、そしてツィオを失った時にフランマを想わなかった自分の愚かさを嘆いてしまう。アルバはラスが来るまで、ずっと地面を見つめていた。
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