165 / 271
1566 蜜月
チャンス
しおりを挟むラスは馬を飛ばし、アルバの泊まるホテルに急いでやってきた。アルバとダイモンにも、もう勅令は届いているようで、二人は困惑した様子でラスを出迎える。
「大丈夫だよ、アルバ。私はどうやってでも君を守る。父さんだって君のために力になるよ」
アルバを抱きしめて安心させてから、ラスはダイモンに目をやる。
「ねえ、アルバの希望通りにしてくれるよね?」
当然のこととしてそう尋ねると、ダイモンは目を泳がせた。
昼前には勅令が関係者以外にも発表され、都は混乱する。多くの貴族が「アルバを我が家の一員に」とダイモンに使者を寄越す。彼らは数え切れないほどの贈り物を急ごしらえし、使者には気が遠くなるような額の袖の下について耳打ちをさせる。貴族だけでなく、特権を欲しがる豪商たちも都に駆けつけている。この好機に乗らないのは、ラスと約束をしたシンシアたちの家くらいだ。
ラスはダイモンについて歩き、寄ってくる使者や豪商を追い払う。彼は、ダイモンは腹にいちもつあると感じていた。ダイモンが金に目をくらませないよう、他の連中がかなわないくらいの額を渡そうかと先に相談をしたが、彼ははっきりと返事をしない。それがラスの心を曇らせていた。
そんなラスの後ろを、アルバは彼のシャツの裾を摘んでついていく。ラスを信じているので不安はない。色々なことが決まった後、ラスとどうするかだけが気がかりだ。勅令が出てからはバタバタしてちゃんと話せておらず、この先アルバが旅芸人を辞めるかラスがついてくるかの結論はまだ出せていない。ダイモンに近寄る者たちを警戒してラスはピリピリしていて、今話すわけにもいかない。
ダイモンがラスたちに付きまとわれながらホテルのロビーを歩いていると、歓声と困惑の混じった声が玄関から聞こえてくる。見やると、何人もの護衛と使用人に囲まれ、三つの豪華な輿が担がれている。ラスはそれを見るなり、追い払おうと立ち上がる。すると輿の護衛たちは、ラスの身分に怯みながらも彼を押し返す。慌てて、ラスの護衛たちが彼を守ろうと飛びついてくる。彼らが揉み合いになっていると、一番豪華で大きい輿から、貴族風の男が降りてきた。
「ご無礼をお許しください、御子息さま。我が家の命運がかかっておりますゆえ」
男はラスにうやうやしく礼をすると、腰を抜かしそうなダイモンに顔を向ける。
「ザラス家の当主、アンジャンド・ザラスだ。わざわざ私自ら出向いてやったのだ、光栄に思え」
彼がふてぶてしく言うと、他の輿から恐る恐るリザモンドとジーグリッドが降りてくる。基本的に平民の前に姿を現さない貴族が三人も出てきて、あたりにはどよめきが広がった。その反応に、ジーグリッドが「卑しく愚かな民草め」と顔をしかめる。
彼らは使用人に言いつけ、ダイモンを捕まえてホテルの外に連れ出す。ラスは追いかけて止めようとしたが、安全のために自分の護衛たちに止められる。ダイモンが連れていかれてしまうと、ラスは大きくため息をついて椅子にどっかりと座り込んだ。
「当主がこんな所まで出て来るなんて、それも次期当主まで連れて。私にあんな態度だったし、彼ら、本気だ」
そう独り言を口にし、ふとアルバの顔色に気がつく。彼は何があったかわかっておらずおろおろとしているので、ラスは安心させるためにニコッと笑って見せた。
「心配しないで」
優しく言い、アルバの髪を撫でる。と、遠巻きに様子を見ていたフランマとスースが駆けてきた。
「お前、大丈夫かよ! ダイモンの野郎、貴族レベルの金を積まれたら何をするかわからねえ!」
ザラス家の登場に目を白黒させながら、フランマがまくしたてる。アルバは彼を落ち着かせようと、両の手のひらを見せて振った。
「そう騒がないの。ラスさまに本気で楯つける貴族なんていないんだし、こんな言い方は良くないけれどあの人だってラスさまの方がお金も権力もあるってわかってますよ」
スースは少し心配しながらも、落ち着いた様子だ。彼女の言葉に、ラスは困ったように頭をかいた。
「うーん、ちょっと、そこが微妙なんだよね。私も一座への融資の話はしたんだけど、反応が悪くって……」
ラスがそう言った途端、スースの目が丸くなる。彼女はダイモンが金で動かなかったのかをもう一度確かめると、頭を抱えて大きく息を吐く。
「あの人、本当に、もう……!」
呆れ返って目をぐるりと回し、スースはホテルの外へと走っていく。彼女には珍しく慌てた様子に、ラスもアルバも、フランマもぽかんと口を開けた。
0
あなたにおすすめの小説
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる