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十日伊予

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1568 箱庭

愚かさ

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 自分の屋敷の書斎で、雷神は大量の書類と役人に囲まれている。前王に国を託されて以来、彼には常に、山のような仕事が積まれている。屋敷を出る機会は公務ばかりで、屋敷に戻っても仕事仕事で休まらない。息子のことでずっと塞ぎ込んでいる妻に割いてやれる時間も少ない。彼は寝ずとも平気な体だが、気持ちはひどく疲れている。
 そんな彼の元に、今日は城の高官が直々に「お伺い」に来ていた。
「前王の還葬式への返事だ。参列する」
 雷神は挨拶もそこそこに、高官に案内状の返事を渡す。高官はそれを受け取ると深く礼をした。
「ご参列について、心からの感謝を申し上げます。現国王さまも、最高神さまの出席をお喜びであられます」
 高官は最初から本題には触れず、少しの間、前王と現王について話をする。今回の「お伺い」は雷神が激怒するだろう案件なので、まずは空気をほぐしている。
「では、御子息さまの元に、お子が授からないことですが──」
 やがてそんな言葉で、要件が切り出された。雷神がピクリと目元を引きつらせル。高官は様子を見ながら、言葉を選んで淡々と話を続けた。シンシアが妊娠しないこと、雷神の血筋を貴族に入れたいこと……そして、ラスにその能力がないなら、雷神に直接血を分けて欲しいこと。話が核心に触れると、雷神の額には青筋が浮かぶ。
「そんなことができるか!」
 彼は憤慨し、高官に怒鳴った。それも折り込み済みで来ている高官は、まったく嫌な役目だと内心で毒づいた。
「ドナ以外の女を……それも息子の嫁を抱けなど、お前たちはどうかしている!」
「これは、国祖神さまの重要なお役目の一つでした。後を引き継がれたあなたさまにも……」
「黙れ! それ以上、不愉快なことを口にするな!」
 冷静に諭そうとする高官に、雷神はつばきを飛ばして怒鳴り散らかす。彼の怒声に屋敷の梁はびりびりと震え、その声は部屋で臥せっているドナにも届く。ドナはしばらく夫の怒鳴り声を聞いていたが、やがてベッドを降りた。彼女はふらふらする体で、使用人に肩を貸されて書斎へと向かう。
「……そう、怒らないであげて」
 使用人に書斎のドアを開けさせ、ドナがそう言いながら顔を出す。雷神は久々に部屋から出てきた妻に驚き、自分が怒っていたことも忘れて彼女に駆け寄った。
「ドナ! 体は平気か⁉︎」
 長く伏せていたせいで痩せ切ってしまったドナの肩を、壊れ物のように慎重に抱こうとする。しかし、ドナは夫の腕を拒否して身を引いた。
「話は聞いたわ」
 拒絶に加え、彼女がそんなことを言うので、雷神は慌てふためいてしまう。
「ち、違う。私はお前を裏切るようなことはしない。わ、私が愛しているのはお前とラスだけだ」
 どもりながら弁解しようとする雷神に、ドナは冷たい表情を見せる。彼女は夫を無視し、彼の後ろにいた高官を見やった。
「その話、受けます。あなた、お役人さんの言うことを聞いてちょうだい」
 高官に会釈し、自分には蔑むような目を向けるドナに、雷神は泣きそうになる。
「私が愛しているのはドナとラスなんだ、どうか……」
 すがろうとした彼を無視し、ドナは書斎を後にする。雷神は高官も構わず、彼女を追って飛び出した。
「なぜ不貞を許す。私に愛想をつかしたのか? ドナ、どうか、そんなことは許さないと言ってくれ」
 泣き出しそうな顔で自分の横についてくる雷神を、ドナは変わらず無視してすたすたと歩き続ける。雷神は目を潤ませ、必死で妻を振り向かせようとする。
「お前だって、私とラスを何より愛しているだろう?」
 彼があれこれと投げてくる言葉の中に、そんなせりふが出ると、ドナは不意に立ち止まった。妻が思い直してくれたと明るくなる雷神とは反対に、彼女の顔色はこの世の終わりのようだ。
「私は、シャマシュとトパをかわいいと思っていたのよ」
 唇を振るわせ、ドナがつぶやく。予想していない言葉を返され、雷神は眉をひそめた。ドナは彼を見もしない。
「今だってそう思ってあげたい。どうして今になってそう思ってしまうのか……。私が全部悪かったのに。あの時シャマシュたちを連れていけば、諦めなければ、ううん、私があなたを選ばなければ、耐えていれば……」
「そんなことを言わないでくれ」
 訳がわからないが、その先を言わせてはいけないと察し、雷神が遮る。
「ラスを産んで、三人、家族で暮らして、しあわせだったろう?」
「もうやめて」
 しかしそれは逆効果で、ドナは心を閉ざしてしまう。彼女は「ついて来ないで」ときつく言いつけ、雷神をそこに残して自室に逃げ込んでしまう。
 ドナはベッドにまた臥せって、少しの涙を流す。どうしたってラスを否定したくない。楽になりたい。シャマシュに、トパに、どうか許されたい。それが愚かな考えとはわかっているが、そこから抜け出せるような人間であったなら、彼女は子どもを捨てなかった。


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