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0話 主人公たちを殺す物語
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人類最強。
そう謳われ、人々に称賛され、仲間と共に突き進んできた日々。
アリーゼ王国の平和を脅かす魔人族と戦い、奴らを滅ぼすべく俺達の歩みは止まらない。
「魔人族を殺せ!」
奴らは強い魔力を内包する【魔石】の恩恵を独占し、古来よりアリーゼ王国と敵対し続けた……それが魔人族だ。
奴らの息の根を止めるのが俺の宿命にして運命。
今も魔人族が潜む魔界とやらに進軍を果たし、王国の精鋭騎士たちを率いて侵攻中だ。
「勇者様! 【魔人王】の居城を確認いたしました!」
俺の事を『勇者』と呼んだ騎士の報告に対し、彼らを導くようにして握った剣を天高く掲げて見せる。
同時に幾つもの閃光が走り、騎士たちの前に立ち塞がっていた数十匹の魔人族を黒こげの物言わぬ骸へと変える。
俗に言う勇者の雷というやつだ。
「周辺で無駄な抵抗を試みる魔人族の制圧をしろ。【魔人王】はこの俺に任せろ」
そう命令すれば、歴戦の騎士達は崇敬の眼差しで深々と頷く。
まさか学校のクラスで地味だった部類の俺が、勇者や英雄なんて呼ばれる日が来るとはな。
つい高校生だった頃の自分を思い出して笑ってしまう。教室の隅で退屈な毎日に飽き飽きしていた俺が、この世界では英雄だ。この異世界に来て二年しか経っていないのに、ずいぶんと長い時間を過ごした気がする。
郷愁、なんてものはない。
もう地球にいた時の俺とは違う。
この世界に来てから俺に与えられたのはチート能力の数々。
全属性の第四界級魔法素養と、聖剣術に対する天賦の才。それに加えて、【魂強度の上昇】10倍というとんでもない代物。他の追随を一切許さないチート力で、俺は歴代の英雄たちを遥かに凌ぐ武人となっていた。
その恩恵のおかげで、人族の三倍は魔力を持つと言われる魔人相手でも容易く死に至らせる。今も必死の形相で襲いかかって来る魔人どもをばったばったとなぎ倒し、敵の居城奥深くへと歩を進めていく。
「ふっ」
戦場であるにも拘わらず、自然と微笑んでしまう。
身体は軽く、腹の底から力がみなぎる。そして敵は軽く、彼らのほどばしる絶叫が俺を戦いへと駆り立てる。
眼前に立ちふさがる者は何人たりとも屠り尽くすのみ。
今なら何でもできる、そう確信すればするほど俺の歩みは早まっていく。
これが主人公というものなんだろうな。
そう、俺はまさにラノベなんかに出てくる主人公なのだ。
「ここか……」
颯爽と魔人城を進撃し、ものの数分で【魔人王】が居座るであろう間の扉前まで到達。
巨大で重厚な扉ではあるが、俺はそれを片手で軽々と押し開けてゆく。
「魔人王の城って言っても、ヒロの力の前じゃ相手にならないようだね」
「ちょっとヒロ君! 私たちの分も残してよー」
「さすがヒロ様です。しかし、奥にいる魔人王との戦いでは我らにも尽力させてください」
ここまで苦楽を共に駆けた仲間たちが不平の声を上げる。そう聞こえるだけで、実は俺に心酔しきっているのを理解しているので気分は高揚する。
「女の子を戦わせるなんて、そんな野暮な事はさせないよ。ボクがみんなを守る!」
力強く彼女たちへ答えると、みんながトロンとした目付きで俺を見つめる。
「ヒロは男の中の男だなぁ」
「ヒロ君……かっこよすぎー……」
「くぅぅ……ヒロ様はなんと神々しい殿方なのでしょうか……」
今の俺はまさにハーレム。
仲間のロリ盗賊と巨乳魔法使いと美人聖騎士は俺にメロメロで、さらに本国で俺の無事を祈るアリーゼ王国の美姫アリゼーとも将来を誓い合う仲なのだ。
日本ではクラス内の女子と喋るだけでも一苦労したあの俺が、今やハーレム街道まっしぐらの順風満帆な人生を送っている。
あとは、この鬱陶しい魔人族どもを殺して、平和なハーレムライフを存分に味わいつくすのみ。
「お前が魔人王か?」
それにはまず、目の前で偉そうにふんぞり返っている目障りな魔人王とやらを殺す必要があった。
◇
漆黒に埋めつくされた空間へ、ふと眩い光が入り込む。
ついに来てしまったか。
魔人族が滅びを迎える日が……。
ゆっくりと開く扉の先を眺め、そんな絶望を胸中で漏らす。
巨大な両扉が重い軋み音を上げ、それがまるで悲鳴のように聞こえる。魔人王へと繋がるその扉から見える、逆光によって真っ暗な闇を背負いし集団が奏でるに相応しい旋律だ。
「お前が魔人王か?」
悲哀にくれた内心を押し隠し、眼下に迫った人族の少年を見下ろす。容姿は黒髪黒目と珍しい容貌の少年、もうすぐ青年にさしかかろうとする彼は人族にして17歳前後であろう。
体躯は我の半分もない矮小さでありながら、態度は大きく、実力も巨大なのだろうな。
「いかにも。そういう貴様は勇者か……」
「そう言ってる奴らもいるな」
鼻をすすり、これ見よがしに自慢げに語る少年。
【神々殺しの白銀輝】が【知性ある者】の自由を神々より勝ち取り、星歴を定めてまだ200年と経たないのに……人族とは傲慢なものよな。そんなにも魔人を殺し回った行いが誇らしいのか!
煮えくりかえる腸を理性の力で抑えつけ、なんとか言葉を紡ぐ。
「これ以上の戦いは無益だろう。故に貴様に提案があるのだが……」
同胞にとっての殺戮者。そんな野蛮者に対話を持ちかけるのは、種の存亡が懸っているから。
勇者を討滅すると息巻いていた妻も息子も、やつらの手にかかり命を落としていった。残った娘にはこの魔人王城に敵が集中しているうちに民をまとめさせ、逃げさせてはいるが……生き長らえても、この惨状では明日の命も知れぬ。
愛する家族に先立たれてしまった悲しみと、怒りに燃えた心を苦渋の決断で冷やし込む。
……勇者たちの、勇者の力は余りにも強大だ。奴ら人族の度重なる快進撃は勇者に起因する。
相対しただけで感じる。
奴の魔力量は【魔人王】であるこの我の5倍はあろうか。
何のために戦場に立たず、荘厳なる魔人王の間に我がいるのか。戦況の劣勢は火を見るより明らか。ならば最後は王らしく、敗者であっても一族を背負う者として威厳と尊厳を損なうことなく――魔人族が築き上げた歴史の集合体、つまりは象徴である魔人王の間を背景に、我らが【知性ある者】であると勇者に示し……かつては知性を持つ同士として、共に神々へと反旗を翻した仲であると……恭順の意を以って民の命だけは保証してもらうためだ。
「どうか、我の首を以って、魔人族の民の今後を保証してはくれまいか」
自身の誇りをへし折り、憎き相手に民の助命を願い請う。
【魔石】を欲し続ける人族に負けぬように、同胞を導いてきた自負はある。先代より受け継いだものを、民の文化を、命を、我の代で屈服せざるを得ないのは万感にも及ぶ屈辱。なれど、民草の命は何物にも代えられない。
しからば、アリゼー王国でも屈指の強者である勇者と約定も交わす事ができたならと……一縷の望みを賭けて頭を垂れる。
「あんたの首だけをもらったところで解決はしない。今さらこの戦いを止められると?」
勇者は剣を斜めに構え、汚く嗤う。
「で、あろうな……」
これが200年前よりアリーゼ王国が貫き続けた姿勢。
我らにとっては自分の親と同等以上に大切な【魔石】を寄越せと。何の権利があって我らが一族の宝を奪うのか。
あちらが今更引けない理由も理解はできる。ここまで多くの血が流れた。【魔石】を巡った戦争は長きに渡り、両種族の怨恨を深めていったのだ。しかし貴様如き若輩者がこの戦の何を知っている?
度し難い雪辱に塗れた我らが一族の無念を、ぽっと出の貴様はどれほど理解している?
長らく拮抗状態だった戦争を容易くひっくり返した張本人が、魔人族は死に絶えろと言うか。
軽々と無慈悲な台詞を吐きだす貴様は、勇者などではなく殺戮者以外の何者でもない。
言葉も軽ければ、その頭の中身も軽いに違いないのだろうな。
ならばこちらの重みを思い知らせるのみ。無抵抗で蹂躙されるつもりは毛頭ない。
「で、あるならば……貴様ら人族の好きにはさせぬ。容易くこの魔人王デュランの首が取れると思うな」
「望むところだ。今まで雑魚ばかりで退屈してたとこだからな」
名乗りすらしない、か。
それに勇者が語った雑魚、と放つ口調には嘲りと侮蔑が含まれているのを聞き逃しはしなかった。侮辱の対象は……侵略から友を、家族を、愛する者を守るために散っていった同胞の事――――我が妻や息子の事か!
死者を愚弄し、あまつさえ命の価値すら理解できぬ者が勇者とな。このような者に、我が一族は膝を屈するのか。
視界が真っ赤に染まり、膨れがある怒気と共に己の魔力を開放させる。
「王魔禁則――――破軍・百黒の迅雷」
「聖剣流――――奥義・羅刹刃!」
闇と光、双方の攻撃がぶつかりあえば、魔界の大地を揺るがすのも当然か。
我らの故郷が崩壊するのが先か、我の身体が朽ちるのが先か――滅びゆく運命であろうとも、大人しく蹂躙を享受する我が一族ではない。
◇
「なかなかだったぞ、魔人王・デュラン!」
「ッッ」
場は荘厳なる巨城の最奥、魔人王の間。
そこには二つの影が立っていた。いや、圧倒的な巨躯を誇る者が膝を突き、片やシルエットの細い人族が、堂々とその手に握る剣を敗者に鋭く向けている。
「魔人王、何か言い残す事はあるか?」
「……」
雌雄は決した。
人族の勇者は無傷。対照的に魔人王の頭部にあった立派な双角は折れ、一族の頂点を象徴する衣装と身体は、破壊の限りを尽くされた。その様は魔人王城と同じ惨状になっている。力に屈服するかのように無言でうなだれている魔人王だが、彼の瞳は後悔と憎悪に濡れ、闘志は未だに燃え続けている。しかし、身体が気持ちについてこない。そんなはがゆさの中で、魔人王は己の最後を迎えようとしていた。
「ヒロ。さっさと殺してしまった方がいい」
「魔人族なんて皆殺しがお似合いだしー」
「早急に【魔石】を持ち帰り、王に献上致しましょう」
勇者の放つオーラがすさまじく、薄れがちになっていた存在が三者。魚のフンといっても過言でない、勇者の取り巻き三女子たちが口々に横やりを入れる。
「あたしが遺跡から発見してあげた伝説の剣、【七聖の宝剣】とヒロの力が合わされば最強」
「ヒロ君の聖剣流と、私が教えてあげた【第四界級魔法】を同時に放てば無敵だもんねー」
「私が捧げた【祝福】がヒロ様の魂にめぐる限り、邪なる者を必ずや滅する力になります」
「だから、がんばって!」
「がんばれー!」
「心より応援しております!」
女子たちの黄色い声援を浴びた勇者は、魔人王が何か言いかけるのも待たずに剣を振り被った。
「残す言葉はないようだな! では覚悟しろ、魔人王!」
声高らかに勇者は叫び、強大な輝きを帯びた白刃を閃かせる。その一太刀は大地を裂き、山を砕き、海を割る。神の領域に一歩踏み入れる、それほどまでの威力を誇る剣が魔人王へと振り下ろされ――――
なかった。
『ボキンッ』
魔人王ごと城を両断するはずだった勇者の剣は、小枝の如く中ほどからポッキリと折れてしまったのだ。突如として刃身の上部が消失した剣、それを信じられないように見つめる勇者。
『伝説の剣が折れるなんて、ありえない』そんな驚きがまざまざと勇者の顔には深く刻まれていた。
数瞬後、彼ら彼女らは一人の闖入者がいるのに気付く。
それは勇者と魔人王の間を遮るようにして、ぽやっと立ち尽くしている小さな娘だ。白銀の長い髪がゆらめき、深紅の瞳は眠たそうに半眼だ。
その煌めく髪は【光の精霊王】の祝福を受けたが如く、月のように静かに全員を照らす。どこか退屈そうに勇者を見据える両眼は、【薔薇の女王】から祝福を受けたかのように甘美で魅力的な光を帯びていた。
今にも消え入りそうな程の透明感を持つ純白の肌、その美しさを一際眩しく演出する漆黒のドレスをたなびかす美少女。
例えるなら、そう――寝物語に登場する、恋に落ちた亡国の王子を救うためにその身を捧げ、儚く消えた【白氷の追憶姫】のような純白さ。それらを優しく包むはこの世の物とは思えない、神が作りたもうた至高の装飾と造形美があしらわれた豪奢な闇夜の衣装。
「――――ッ!?」
目にした者の魂を掴んで離さない美しさが、少女にはあった。
誰もが彼女の美の前ではひれ伏し、口を開くのも憚れる。そんな絶対的な何かを漂わせる美少女に対し、みなが沈黙する他ないと選択した中で、ただの一人だけが言葉を発しようとしていた。
その豪胆さ、さすがは人類最強なだけある、と言いたいところだったが――
その可憐さに魅入られたのか、勇者の口からは無意識に保護欲を示す言葉がこぼれてしまう。
「君、一体こんなところで、何を……? 危ないから、ボクが魔人王を倒した後、結婚しよう」
言っている事が支離滅裂であり、勇者自身も自分の失言を数瞬後には自覚したのだろう。人類最強は自らの口を慌てて塞いでいた。
勇者すらも籠絡させ、億人が求めるであろう尊顔を物憂げに伏せ、彼女は静かに呟いた。
「すこし、寝坊をしてしまった……」
人類最強の血迷った台詞など、まるでなかったかのような言葉が紡がれる。
【花と歌の王妃】に祝福されているような美声、一度聴いたら心に感涙のさざ波を立たせる音が響く。
演奏者は当然、銀髪の美少女だ。
「勇者とやら。そなたは転生者、もしくは転移者か?」
彼女の問い掛けにみなが疑問符を浮かべるなか、勇者だけは呼吸が止まったかのように動かなくなった。
空気を凍らした当の本人である銀姫は、子犬のようにスンスンと匂いを嗅ぐようにして鼻を可愛らしく動かした。
「問う、そなたは【日本】からの転生者であるよな?」
勇者に質問を浴びせながら、彼女は平然と明後日の方角をボーっと眺め始める。まるでこれ以上の確認は無意味であり、興味を失ったかのような少女の態度にみなが困惑してしまう。
『カラン』
そして、その乾いた音によって場の動揺は増す一方。
なぜなら勇者の折れた剣の半身を、少女の右手が無造作にポイしたからだ。
今の今まで、彼女の美しさに当てられ、彼女の右手が何を持っているのかさえ気付けなかった愚者たちもここに来て、ようやく理解する。
この小柄で幼い少女が、勇者の振るった剣を防いだのか、と。
素手でへし折ったのか、と。
疑問系になってしまうのは、あまりにもそれが非現実的な光景だからだ。状況証拠的にはそれしかないのだが、可憐で無防備な女児の在り方に人類最強の剣をどうにかできる、というイメージが浮かばないのだ。
「俺は――」
口を開きかけた勇者に対し、気だるげに少女は手を横へ振る。
「よい、息の匂いが 臭い。転移者と把握した」
少女はそう明言するが、双方がいる位置では人間の口臭を嗅げる距離ではない。それなのに、そのような言いぶりに勇者は不信に思って眉根を寄せた。
「勇者とやら。なぜ魔人族を攻め立てる」
魔人王討伐。この重要な局面で、正体不明の少女にわざわざ答えてやる義理はない。しかし勇者は少女の詰問に、魔人討伐に反対の空気があると敏感に悟った。だからこそ、この無知で哀れ、無垢なる美少女に自分たちには何ら後ろめたいものがないと教えてやろうとする。
「ディ、魔人族は長年アリーゼ王国と敵対し、戦争状態だから……人として、困っている人々の助けになるのなら戦うのが当然だ。ま、まして俺のように特別な力を持つ者ならな!」
勇者はすらすらと述べる。その台詞に勇者の取り巻きが黄色い声を上げるが、少女が感銘を受けた様子はない。むしろ誰にも聞こえない声量でごにょごにょと何かを思案し始めた。
「……にぽん人の転生者、転移者は平和主義の輩が多いはずなのに……」
しかしそれも数瞬の事で、彼女は真冬の凍土を連想する冷たさで、勇者の宣言に口を挟む。
「他に戦う理由は?」
「……魔人族は生活を豊かにできる【魔石】という資源を独占している。これらの資源を平等に分かち、富を分配し、その恩恵を享受し合うのは当然だ!」
少女の問いに対して勇者は流暢に語った。
王族が、大臣が、騎士たちが、民達が望む声。勇者の耳に何度も語られた内容だ。
勇者は自分で喋る内容に確かな正当性を感じ、今一度自分の崇高な使命を確信する。そうなると彼の口は止まらず、自身の発する言葉に酔いしれる。
「魔人族によっていくつかの村々は焼かれ、多くの人々が戦いの犠牲になった! 彼らの無念を背負い、平和な日々をもたらすために魔人族を滅ぼすのがボクの使命なんだ!」
「魔人族にとって【魔石】とは、親の命が消える時に形見とし、その一家の跡継ぎに残される至宝だと理解しているのか?」
即座に淡々と切り返す銀髪の美少女。
「それはッッ」
勇者にとって初耳である。【魔石】とは所持しているだけで魔力を高め、いくつかの魔法を習得できる媒体だとは理解していた。【魔石】の恩寵で農作物を豊かに実らしたり、生活圏を清潔に保つ魔法などが誰でも使えるようになる、そう聞いていた。飢えや貧困、病気で苦しむ人間を救えると思い立ち、勇者は今まで魔人族が持つ【魔石】を奪ってはアリーゼ王国に献上していたのだ。
「格差や貧困は、その種族の統治者がどうにかするものであろうに。その解決策として、戦争という手段を取る場合もあるが……アリーゼ王国の宮廷内では毎晩、贅を尽くした宴が開催されているとか」
遠回しに他種族の権利を侵害するよりも、王や貴族の贅沢を市民に分配すればよいと窘められる勇者。
彼は内心、『どうりで……魔人族が死ぬと光って明滅した後、【魔石】を落とすのか』と、今更ながらに納得していた。彼は今まで、魔人族は体内に【魔石】を埋め込み、魔力を得ては暴力のために活用していると聞かされてきた。殺せば【魔石】との融合が解け、【魔石】がドロップするのが魔人族、そう思いこんでいたのだ。稀に二個の【魔石】を落とす者がいるのを不思議に思っていたが、彼女の発言はそれを裏付ける。死ぬと同時に【魔石】になるのが魔人族ならば、親より受け継いだ【魔石】の分と合わせて二個になる……。
「この魔界を見て理解に及ばぬのか? 土地は痩せ、【黒】の魔力が満ち過ぎて作物が育ちにくい……【魔石】の恩恵がなければ魔人族は飢える」
【魔石】を奪われ、追い詰められた魔人族は飢えを凌ぐために、国境に隣接した人里を襲って食糧を奪う。
「そなたは先程、多くの人間が魔人族によって命を奪われたと言っていたが……そも、この戦を先に仕掛け、【魔石】欲しさに多くの魔人族を襲撃したのはアリーゼ王国の方だ」
淡々と語る少女に対し、勇者の顔が青に染まっていく。
そんな話は知らなかった。王族や大臣、騎士や民から聞く話は魔人族が【魔石】を独占し、しかも村や町を襲ってくるという事だけだ。
「そも【魔石】に含まれた魔力の内容はそれぞれ異なる。特に農産物の成長を促進する【魔石】はこの地の種族にとってかなりの貴重物。魔人族たちはせめて農産物関係の【魔石】返還を求めるも、アリーゼ王国側はこれを拒否。それどころか、更なる【魔石】を寄越せと声高に主張。歴代の魔人王たちは減りゆく【魔石】分を補い、民を生かすためにもアリーゼ王国に折れるわけにはいかなかった」
200年前に発端する魔人族とアリーゼ王国の戦史は、人間側の王族によって都合のいい内容に塗り替えられ人民へと伝わっていた。もちろん、勇者もこの異世界に来てたったのニ年。そんな歴史があろうとは夢にも思わず、がむしゃらに魔人族を殺し回っていた。
「嘘だ……そんなのは嘘だ!」
勇者がここまで、この少女の相手を大人しくしていた理由は彼女が美しいからというのもあったろう。しかし、それよりも【転移者】という存在を知っているからして、自分と同じ境遇の人間なのかもしれないと思い至ったからだ。【ニポン】と、微妙に発音は異なるものの、確かに自分の故郷である日本を話題にしているのも間違いない。
「そもそも君は何者なんだ!?」
「余はしがない歴史学者よな」
「……なっ、なにが歴史学者だ! 証拠は!? アリーゼ王国が魔人族を先に攻めたという証拠はどこにある! ボクは信じないぞ!」
「証拠ならここにあるよな」
ばさりと床に落とされたのは、アリーゼ王家の紋章が掘り込まれた立派な装丁の本だった。
「それはアリーゼ国王が国庫に保管していた、記録書だ。ちょうど二百年前の事柄が細かく記されている」
勇者は本に刻印されたものが、本物のアリーゼ王家の紋章であるとわかり苦虫を潰したような表情へと変わる。
急いで中身を見れば、そこには魔人族の集落を先制攻撃として攻め落とし、その原因を魔人族になすりつけた事実が綴られていた。
目の前の少女がこれを如何にして入手したのか、などの疑問は尽きないが、それよりも自分が信じてやってきた事が悪かもしれないと思い至った勇者は動揺してしまう。
「馬鹿な……何かの間違い……いや、こんな物はあてにならない!」
折れた剣を横に振り、銀髪の少女を威圧するように勇者は叫ぶ。
「アリゼー姫はボクの事を救国の英雄と言ったんだ! それに仲間たちだって、ボクの事を信じて一緒に戦ってくれてる!」
そうよそうよ! 急に横から現れて適当な事を言わないで! と、色めき立つ勇者の取り巻きたち。これほど理詰めにされても彼女たちが勇者を支持するのは……別にそんな真実はどうでもいいからだ。彼女たちにとって大切なのは、勇者の力に頼れば楽して自分たちも英雄と称賛される、確固たる地位が将来は約束される、などの報酬である。
「余の臣下が千年ほど生きてるそうだ。なので生き証人として呼ぶのも――――」
「でたらめを言うと、容赦しないぞ」
見解の相違を悟った少女は、無関心そうに小さな溜息をこぼす。
「正義が果たしてどちらにあろうと関係ない」
ではここまでの門答は一体なんだったのか、彼女の言葉に呆気に取られる勇者陣。
「私の知る歴史にアリーゼ王国の滅亡はあっても、魔人族の絶滅はない」
淡々と事実を語るように彼女は続ける。
「歴史に歪を生みだす異世界転生者、転移者であれば、滅ぼすのみよな」
その言葉に勇者は震えた。それは怒りによって誘発された衝動。
容易く自分のルーツを全否定する少女に対し、ついに勇者の敵対心が燃え上がる。
「ボクはッッ! 誰よりも強い!」
絶対の力があると自負する者は、都合の悪いものに目をつむり我を通す事が稀にある。それが悪いわけではない。人間として自身が貫く理想や夢のためには必要な儀式、そのような行いが必要な時もある。
「ボクが敵を倒せば、みんなが褒めて感謝する! ボクは、ボク達は正しい!」
承認欲求の増大。
17歳の少年が突然、強大な力を持ってしまったら、こういうケースもありえてしまう。自身の莫大な力を行使して他者をないがしろにし、自分は甘い蜜の中でまどろみ続ける。人間、誰しも自分が一番可愛いのは当たり前の話だ。
この少年が特別に悪人という訳では決してない。
「ボクは特別なんだ! なのに君はさっきから、なんて態度なんだ!? この勇者を前にして、何様のつもりだ!?」
普段は絶対に口にしないような驕った台詞。常日頃から謙虚な部類であった彼だが、やはり自身が持つ絶対武力は他者よりも優れているという優越感を生む。それを綺麗事で隠し、表面上では出さずとも彼の心に燻り続けていた火種、それが今爆発しただけの事。
「やはり義など水面にたゆたう月のように不確かなもの、か。力で弱者を握りつぶす、強者こそが正義だと、そうさえずる事を教えてくれたのは転生者であるお前たちよな」
勇者に対し、彼女は明後日の方向を見続けたまま独り言のように呟く。
白銀の美姫が奏でる言葉にわずかな熱が灯ったと、この場の誰もが気付いていない。
「なぜこちらを見ようともしない! そうかッッ、嘘が看破され、怯えているのか!」
一切の視線を合わせず、人類最強の恫喝を目の前にして微動だに揺れない心。
それが銀髪美幼女の内心であるが、その考えを推しはかれる者はこの場に誰一人としていない。
「怯え……そうやもしれない」
ぽそりと呟き、少女は勇者を初めて見据えた。
「これから殺す者など、見たくはない」
今までずっと気だるげな表情を崩さなかった彼女が、ここにきてわずかな変化を見せる。それは唯一にして一瞬、悲痛を押し殺す美少女の顔だ。
「このっ、馬鹿にするのもいい加減にするんだな! ボクは勇者だぞ! 剣が折れても魔法で魔人王ごと君を滅ぼしてやる!」
勇者は眼前の矮小な小娘を捻り潰すには、あまりに巨大すぎる魔力を込める。
「第一界、炎界より【発火】を召喚! 第二界、進界より【豪火】へ! 第三界、風界を交え【風雲】を! 第四界、概念合成を施し【竜】を具現!」
城一つを容易く灰塵へと化す、聖なる豪火で焼きつくさんと膨れ上がった魔法が勇者の右手を熱く明滅させた。
「遥かなる悠久の風よ、今一度舞い踊り、我が怒りの炎を荒ぶる竜に転ぜよ!【竜の吐息】!」
それは伝説の大賢者が編み出した秘術中の秘術。
生物の頂点に座すと言われる竜種が吐き出す、豪炎に匹敵する大魔法。
あわや、その第四界級魔法が炸裂するかと思いきや、銀髪の少女が可愛らしくほっぺを膨らましたと同時に、勇者の手から巨大な竜巻が生まれた。否、それは勇者から生じたものではない。なぜなら天を分かつほどの強風は、勇者の赤い光もろとも空へと消し飛ばしてしまったのだ。
何が起きたのか。
何の事はない、銀髪幼女が息を吹きかけただけだ。ぷくっと両頬がわずかに膨らみ、口がちょこっとすぼめられているのが何よりの証拠である。
「ば、ばかな……」
狼狽する勇者に、幼女は構わずに何事かを呟く。
「【原初の十天教典】――――第三説」
「魔法が効かないのなら、直接殴り飛ばしてやる! 我が祝福よ! 主の呼び声に応じ、この拳に宿れ! 【巨人の一撃】!」
勇者の膂力は常人の何十倍もある。それに加えて戦神の祝福を加えた馬鹿力で幼い子女を殴りつければ、どうなるか。その美麗な顔や身体ごと消し飛ばす――よくて彼女の顔面が陥没し、血をまき散らしながら彼方へ吹き飛ぶだろうと誰もが悲惨な想像をめぐらした。
「……【触れられざる高貴】」
しかし、現実は全くの逆だった。
勇者が彼女に拳を伸ばし、少女もまた勇者に手を伸ばした。
そうして相互が触れ合うかに見えた刹那――
激しい閃光と共に、時空が歪む程の衝突音が鳴り響く。
「ぺぎゅぁッッ!?」
そしてカエルが潰れるような声と共に、勇者の方だけが弾け飛んだ。
人類最強にして数々の敵を圧倒的な力でねじ伏せた男が、やわい綿のごとく爆散していく。内蔵を散りばめ、肉片と鮮血の通り雨が吹き荒び、あたりは静寂と化す。
誰もがありえない光景を目にして愕然する。
「ッ…………!?」
「…………!」
「…………」
「……」
時が制止するとはこの事だろう。
偉大なる魔人王ですら口を半開きにし、今起きた事態を飲み込めずに少女を見つめるばかりだ。
人類最強の取り巻きだった三人の女子達は勇者だった肉塊を見つめ、小鹿のように震えてはぺたりと床に座り込んでしまった。
それから数時間か数分が過ぎたか、判別がつかない程にその場に残った者は混乱と恐慌に陥っていた。例外は銀髪美幼女ただ一人だけ。
彼女は誰にも目を向けず、用は済んだといった風情でくるりと踵を返し、その場を立ち去ろうとする。
そうしてようやく、止まった時が動きだした。
幼女が歩くのを察知して、勇者の取り巻きだった女子たちは悲鳴と嗚咽をまき散らしながら逃走し出す。
魔人王は彼女たちを追う事はなく、銀髪幼女におそるおそると声をかけた。
「ゆ、勇者を討滅した偉業、魔人族を代表して礼を述べたい」
魔人族を統べる王ですら、この幼女の前では畏怖の念を隠せず、わずかに声が上ずっている。
「このご恩、魔人王である我と、我ら魔人族は未来永劫に忘れぬ……」
魔人王は幼女が見上げるほどの巨躯を深く折り曲げ、膝を突いては頭を垂れる。その仕草が示すは絶対的な恭順の意。
「……恩など忘れて構わない」
自らに見返りを一切求めない姿は、魔人王の目に神々しく映った。
「そなたらの魔法研究は、将来の世界に役立つ。期待している」
まるで未来をその目で直接見て来たかのような、確信に満ちた表情で遠くを見つめる銀姫。
「癒せ、【万薬の女神ロロナ】が権能、【血癒の結晶光】」
彼女がそう呟けば、虹色の光彩が魔人王の全身を優しく包み込む。同時に紅玉の粒が降り注ぎ、それはまるで血の雨が降ったかのように見える。しかし、傷付いた魔人王の身体がみるみる間に回復し、折れた角まで元通りになってしまった。
こんな魔法は第五界級でも、その上の絶界級でも見た事がない。まさに魔人王にとっては奇跡の業そのものであった。さらには無償の救済である。
絶大な力を誇示するでもなく、敗者の義務を負えと契約するでもなく。
「絶対なる強者に対し、折れずに立ち向かった心は称賛に値する。決して、大事な者の生殺与奪を敵に握らせぬよう、抗い続けろ。己が持つその力で以って、種の存続を保て」
ただただ静かに未来を見据える、誇り高き眩しい姿に魔人王は自身の仕えるべき者が誰かを悟った。
かような存在に自分達が期待をされている。そう感じると魔人王は感謝と感動で、身体と心が、その身に宿る魂が震えるのであった。
「少し眠くなってきた……帰る」
そんな魔人王の内心をいざ知らず、彼女はマイペースにポツリと呟きを漏らす。
「せめて、御身の名をお聞かせ願いたい。許し願えるのなら、如何様な存在かも……」
魔人王の願いを叶えるようにして、少女の口からは朗々と名が語られる。
「……ロザリア・ブラッティドール・ヴァルディエ・ロ・オブリス・ルクス」
彼女は銀輝の長髪をなびかせ、ぽつりと呟く。
「余は――――伝説を殺す者――」
そして少女は消え去った。
その後、震え収まらぬ魔人王は即座に人族と戦い続ける同胞の元へ飛翔する。その胸に、『勇者は既に亡き者。であるならば、勝機はある』と揺るぎない思いを秘め、自身の魔力を最大にして憎き人族の騎士団へと放ったのだった。
世界の命運を握るは勇者でも魔王でもない。
一人の歴史学者にして、不老不死の超越者。
【転生者殺しの眠り姫】である。
またの名を【千血の銀姫】という。
そう謳われ、人々に称賛され、仲間と共に突き進んできた日々。
アリーゼ王国の平和を脅かす魔人族と戦い、奴らを滅ぼすべく俺達の歩みは止まらない。
「魔人族を殺せ!」
奴らは強い魔力を内包する【魔石】の恩恵を独占し、古来よりアリーゼ王国と敵対し続けた……それが魔人族だ。
奴らの息の根を止めるのが俺の宿命にして運命。
今も魔人族が潜む魔界とやらに進軍を果たし、王国の精鋭騎士たちを率いて侵攻中だ。
「勇者様! 【魔人王】の居城を確認いたしました!」
俺の事を『勇者』と呼んだ騎士の報告に対し、彼らを導くようにして握った剣を天高く掲げて見せる。
同時に幾つもの閃光が走り、騎士たちの前に立ち塞がっていた数十匹の魔人族を黒こげの物言わぬ骸へと変える。
俗に言う勇者の雷というやつだ。
「周辺で無駄な抵抗を試みる魔人族の制圧をしろ。【魔人王】はこの俺に任せろ」
そう命令すれば、歴戦の騎士達は崇敬の眼差しで深々と頷く。
まさか学校のクラスで地味だった部類の俺が、勇者や英雄なんて呼ばれる日が来るとはな。
つい高校生だった頃の自分を思い出して笑ってしまう。教室の隅で退屈な毎日に飽き飽きしていた俺が、この世界では英雄だ。この異世界に来て二年しか経っていないのに、ずいぶんと長い時間を過ごした気がする。
郷愁、なんてものはない。
もう地球にいた時の俺とは違う。
この世界に来てから俺に与えられたのはチート能力の数々。
全属性の第四界級魔法素養と、聖剣術に対する天賦の才。それに加えて、【魂強度の上昇】10倍というとんでもない代物。他の追随を一切許さないチート力で、俺は歴代の英雄たちを遥かに凌ぐ武人となっていた。
その恩恵のおかげで、人族の三倍は魔力を持つと言われる魔人相手でも容易く死に至らせる。今も必死の形相で襲いかかって来る魔人どもをばったばったとなぎ倒し、敵の居城奥深くへと歩を進めていく。
「ふっ」
戦場であるにも拘わらず、自然と微笑んでしまう。
身体は軽く、腹の底から力がみなぎる。そして敵は軽く、彼らのほどばしる絶叫が俺を戦いへと駆り立てる。
眼前に立ちふさがる者は何人たりとも屠り尽くすのみ。
今なら何でもできる、そう確信すればするほど俺の歩みは早まっていく。
これが主人公というものなんだろうな。
そう、俺はまさにラノベなんかに出てくる主人公なのだ。
「ここか……」
颯爽と魔人城を進撃し、ものの数分で【魔人王】が居座るであろう間の扉前まで到達。
巨大で重厚な扉ではあるが、俺はそれを片手で軽々と押し開けてゆく。
「魔人王の城って言っても、ヒロの力の前じゃ相手にならないようだね」
「ちょっとヒロ君! 私たちの分も残してよー」
「さすがヒロ様です。しかし、奥にいる魔人王との戦いでは我らにも尽力させてください」
ここまで苦楽を共に駆けた仲間たちが不平の声を上げる。そう聞こえるだけで、実は俺に心酔しきっているのを理解しているので気分は高揚する。
「女の子を戦わせるなんて、そんな野暮な事はさせないよ。ボクがみんなを守る!」
力強く彼女たちへ答えると、みんながトロンとした目付きで俺を見つめる。
「ヒロは男の中の男だなぁ」
「ヒロ君……かっこよすぎー……」
「くぅぅ……ヒロ様はなんと神々しい殿方なのでしょうか……」
今の俺はまさにハーレム。
仲間のロリ盗賊と巨乳魔法使いと美人聖騎士は俺にメロメロで、さらに本国で俺の無事を祈るアリーゼ王国の美姫アリゼーとも将来を誓い合う仲なのだ。
日本ではクラス内の女子と喋るだけでも一苦労したあの俺が、今やハーレム街道まっしぐらの順風満帆な人生を送っている。
あとは、この鬱陶しい魔人族どもを殺して、平和なハーレムライフを存分に味わいつくすのみ。
「お前が魔人王か?」
それにはまず、目の前で偉そうにふんぞり返っている目障りな魔人王とやらを殺す必要があった。
◇
漆黒に埋めつくされた空間へ、ふと眩い光が入り込む。
ついに来てしまったか。
魔人族が滅びを迎える日が……。
ゆっくりと開く扉の先を眺め、そんな絶望を胸中で漏らす。
巨大な両扉が重い軋み音を上げ、それがまるで悲鳴のように聞こえる。魔人王へと繋がるその扉から見える、逆光によって真っ暗な闇を背負いし集団が奏でるに相応しい旋律だ。
「お前が魔人王か?」
悲哀にくれた内心を押し隠し、眼下に迫った人族の少年を見下ろす。容姿は黒髪黒目と珍しい容貌の少年、もうすぐ青年にさしかかろうとする彼は人族にして17歳前後であろう。
体躯は我の半分もない矮小さでありながら、態度は大きく、実力も巨大なのだろうな。
「いかにも。そういう貴様は勇者か……」
「そう言ってる奴らもいるな」
鼻をすすり、これ見よがしに自慢げに語る少年。
【神々殺しの白銀輝】が【知性ある者】の自由を神々より勝ち取り、星歴を定めてまだ200年と経たないのに……人族とは傲慢なものよな。そんなにも魔人を殺し回った行いが誇らしいのか!
煮えくりかえる腸を理性の力で抑えつけ、なんとか言葉を紡ぐ。
「これ以上の戦いは無益だろう。故に貴様に提案があるのだが……」
同胞にとっての殺戮者。そんな野蛮者に対話を持ちかけるのは、種の存亡が懸っているから。
勇者を討滅すると息巻いていた妻も息子も、やつらの手にかかり命を落としていった。残った娘にはこの魔人王城に敵が集中しているうちに民をまとめさせ、逃げさせてはいるが……生き長らえても、この惨状では明日の命も知れぬ。
愛する家族に先立たれてしまった悲しみと、怒りに燃えた心を苦渋の決断で冷やし込む。
……勇者たちの、勇者の力は余りにも強大だ。奴ら人族の度重なる快進撃は勇者に起因する。
相対しただけで感じる。
奴の魔力量は【魔人王】であるこの我の5倍はあろうか。
何のために戦場に立たず、荘厳なる魔人王の間に我がいるのか。戦況の劣勢は火を見るより明らか。ならば最後は王らしく、敗者であっても一族を背負う者として威厳と尊厳を損なうことなく――魔人族が築き上げた歴史の集合体、つまりは象徴である魔人王の間を背景に、我らが【知性ある者】であると勇者に示し……かつては知性を持つ同士として、共に神々へと反旗を翻した仲であると……恭順の意を以って民の命だけは保証してもらうためだ。
「どうか、我の首を以って、魔人族の民の今後を保証してはくれまいか」
自身の誇りをへし折り、憎き相手に民の助命を願い請う。
【魔石】を欲し続ける人族に負けぬように、同胞を導いてきた自負はある。先代より受け継いだものを、民の文化を、命を、我の代で屈服せざるを得ないのは万感にも及ぶ屈辱。なれど、民草の命は何物にも代えられない。
しからば、アリゼー王国でも屈指の強者である勇者と約定も交わす事ができたならと……一縷の望みを賭けて頭を垂れる。
「あんたの首だけをもらったところで解決はしない。今さらこの戦いを止められると?」
勇者は剣を斜めに構え、汚く嗤う。
「で、あろうな……」
これが200年前よりアリーゼ王国が貫き続けた姿勢。
我らにとっては自分の親と同等以上に大切な【魔石】を寄越せと。何の権利があって我らが一族の宝を奪うのか。
あちらが今更引けない理由も理解はできる。ここまで多くの血が流れた。【魔石】を巡った戦争は長きに渡り、両種族の怨恨を深めていったのだ。しかし貴様如き若輩者がこの戦の何を知っている?
度し難い雪辱に塗れた我らが一族の無念を、ぽっと出の貴様はどれほど理解している?
長らく拮抗状態だった戦争を容易くひっくり返した張本人が、魔人族は死に絶えろと言うか。
軽々と無慈悲な台詞を吐きだす貴様は、勇者などではなく殺戮者以外の何者でもない。
言葉も軽ければ、その頭の中身も軽いに違いないのだろうな。
ならばこちらの重みを思い知らせるのみ。無抵抗で蹂躙されるつもりは毛頭ない。
「で、あるならば……貴様ら人族の好きにはさせぬ。容易くこの魔人王デュランの首が取れると思うな」
「望むところだ。今まで雑魚ばかりで退屈してたとこだからな」
名乗りすらしない、か。
それに勇者が語った雑魚、と放つ口調には嘲りと侮蔑が含まれているのを聞き逃しはしなかった。侮辱の対象は……侵略から友を、家族を、愛する者を守るために散っていった同胞の事――――我が妻や息子の事か!
死者を愚弄し、あまつさえ命の価値すら理解できぬ者が勇者とな。このような者に、我が一族は膝を屈するのか。
視界が真っ赤に染まり、膨れがある怒気と共に己の魔力を開放させる。
「王魔禁則――――破軍・百黒の迅雷」
「聖剣流――――奥義・羅刹刃!」
闇と光、双方の攻撃がぶつかりあえば、魔界の大地を揺るがすのも当然か。
我らの故郷が崩壊するのが先か、我の身体が朽ちるのが先か――滅びゆく運命であろうとも、大人しく蹂躙を享受する我が一族ではない。
◇
「なかなかだったぞ、魔人王・デュラン!」
「ッッ」
場は荘厳なる巨城の最奥、魔人王の間。
そこには二つの影が立っていた。いや、圧倒的な巨躯を誇る者が膝を突き、片やシルエットの細い人族が、堂々とその手に握る剣を敗者に鋭く向けている。
「魔人王、何か言い残す事はあるか?」
「……」
雌雄は決した。
人族の勇者は無傷。対照的に魔人王の頭部にあった立派な双角は折れ、一族の頂点を象徴する衣装と身体は、破壊の限りを尽くされた。その様は魔人王城と同じ惨状になっている。力に屈服するかのように無言でうなだれている魔人王だが、彼の瞳は後悔と憎悪に濡れ、闘志は未だに燃え続けている。しかし、身体が気持ちについてこない。そんなはがゆさの中で、魔人王は己の最後を迎えようとしていた。
「ヒロ。さっさと殺してしまった方がいい」
「魔人族なんて皆殺しがお似合いだしー」
「早急に【魔石】を持ち帰り、王に献上致しましょう」
勇者の放つオーラがすさまじく、薄れがちになっていた存在が三者。魚のフンといっても過言でない、勇者の取り巻き三女子たちが口々に横やりを入れる。
「あたしが遺跡から発見してあげた伝説の剣、【七聖の宝剣】とヒロの力が合わされば最強」
「ヒロ君の聖剣流と、私が教えてあげた【第四界級魔法】を同時に放てば無敵だもんねー」
「私が捧げた【祝福】がヒロ様の魂にめぐる限り、邪なる者を必ずや滅する力になります」
「だから、がんばって!」
「がんばれー!」
「心より応援しております!」
女子たちの黄色い声援を浴びた勇者は、魔人王が何か言いかけるのも待たずに剣を振り被った。
「残す言葉はないようだな! では覚悟しろ、魔人王!」
声高らかに勇者は叫び、強大な輝きを帯びた白刃を閃かせる。その一太刀は大地を裂き、山を砕き、海を割る。神の領域に一歩踏み入れる、それほどまでの威力を誇る剣が魔人王へと振り下ろされ――――
なかった。
『ボキンッ』
魔人王ごと城を両断するはずだった勇者の剣は、小枝の如く中ほどからポッキリと折れてしまったのだ。突如として刃身の上部が消失した剣、それを信じられないように見つめる勇者。
『伝説の剣が折れるなんて、ありえない』そんな驚きがまざまざと勇者の顔には深く刻まれていた。
数瞬後、彼ら彼女らは一人の闖入者がいるのに気付く。
それは勇者と魔人王の間を遮るようにして、ぽやっと立ち尽くしている小さな娘だ。白銀の長い髪がゆらめき、深紅の瞳は眠たそうに半眼だ。
その煌めく髪は【光の精霊王】の祝福を受けたが如く、月のように静かに全員を照らす。どこか退屈そうに勇者を見据える両眼は、【薔薇の女王】から祝福を受けたかのように甘美で魅力的な光を帯びていた。
今にも消え入りそうな程の透明感を持つ純白の肌、その美しさを一際眩しく演出する漆黒のドレスをたなびかす美少女。
例えるなら、そう――寝物語に登場する、恋に落ちた亡国の王子を救うためにその身を捧げ、儚く消えた【白氷の追憶姫】のような純白さ。それらを優しく包むはこの世の物とは思えない、神が作りたもうた至高の装飾と造形美があしらわれた豪奢な闇夜の衣装。
「――――ッ!?」
目にした者の魂を掴んで離さない美しさが、少女にはあった。
誰もが彼女の美の前ではひれ伏し、口を開くのも憚れる。そんな絶対的な何かを漂わせる美少女に対し、みなが沈黙する他ないと選択した中で、ただの一人だけが言葉を発しようとしていた。
その豪胆さ、さすがは人類最強なだけある、と言いたいところだったが――
その可憐さに魅入られたのか、勇者の口からは無意識に保護欲を示す言葉がこぼれてしまう。
「君、一体こんなところで、何を……? 危ないから、ボクが魔人王を倒した後、結婚しよう」
言っている事が支離滅裂であり、勇者自身も自分の失言を数瞬後には自覚したのだろう。人類最強は自らの口を慌てて塞いでいた。
勇者すらも籠絡させ、億人が求めるであろう尊顔を物憂げに伏せ、彼女は静かに呟いた。
「すこし、寝坊をしてしまった……」
人類最強の血迷った台詞など、まるでなかったかのような言葉が紡がれる。
【花と歌の王妃】に祝福されているような美声、一度聴いたら心に感涙のさざ波を立たせる音が響く。
演奏者は当然、銀髪の美少女だ。
「勇者とやら。そなたは転生者、もしくは転移者か?」
彼女の問い掛けにみなが疑問符を浮かべるなか、勇者だけは呼吸が止まったかのように動かなくなった。
空気を凍らした当の本人である銀姫は、子犬のようにスンスンと匂いを嗅ぐようにして鼻を可愛らしく動かした。
「問う、そなたは【日本】からの転生者であるよな?」
勇者に質問を浴びせながら、彼女は平然と明後日の方角をボーっと眺め始める。まるでこれ以上の確認は無意味であり、興味を失ったかのような少女の態度にみなが困惑してしまう。
『カラン』
そして、その乾いた音によって場の動揺は増す一方。
なぜなら勇者の折れた剣の半身を、少女の右手が無造作にポイしたからだ。
今の今まで、彼女の美しさに当てられ、彼女の右手が何を持っているのかさえ気付けなかった愚者たちもここに来て、ようやく理解する。
この小柄で幼い少女が、勇者の振るった剣を防いだのか、と。
素手でへし折ったのか、と。
疑問系になってしまうのは、あまりにもそれが非現実的な光景だからだ。状況証拠的にはそれしかないのだが、可憐で無防備な女児の在り方に人類最強の剣をどうにかできる、というイメージが浮かばないのだ。
「俺は――」
口を開きかけた勇者に対し、気だるげに少女は手を横へ振る。
「よい、息の匂いが 臭い。転移者と把握した」
少女はそう明言するが、双方がいる位置では人間の口臭を嗅げる距離ではない。それなのに、そのような言いぶりに勇者は不信に思って眉根を寄せた。
「勇者とやら。なぜ魔人族を攻め立てる」
魔人王討伐。この重要な局面で、正体不明の少女にわざわざ答えてやる義理はない。しかし勇者は少女の詰問に、魔人討伐に反対の空気があると敏感に悟った。だからこそ、この無知で哀れ、無垢なる美少女に自分たちには何ら後ろめたいものがないと教えてやろうとする。
「ディ、魔人族は長年アリーゼ王国と敵対し、戦争状態だから……人として、困っている人々の助けになるのなら戦うのが当然だ。ま、まして俺のように特別な力を持つ者ならな!」
勇者はすらすらと述べる。その台詞に勇者の取り巻きが黄色い声を上げるが、少女が感銘を受けた様子はない。むしろ誰にも聞こえない声量でごにょごにょと何かを思案し始めた。
「……にぽん人の転生者、転移者は平和主義の輩が多いはずなのに……」
しかしそれも数瞬の事で、彼女は真冬の凍土を連想する冷たさで、勇者の宣言に口を挟む。
「他に戦う理由は?」
「……魔人族は生活を豊かにできる【魔石】という資源を独占している。これらの資源を平等に分かち、富を分配し、その恩恵を享受し合うのは当然だ!」
少女の問いに対して勇者は流暢に語った。
王族が、大臣が、騎士たちが、民達が望む声。勇者の耳に何度も語られた内容だ。
勇者は自分で喋る内容に確かな正当性を感じ、今一度自分の崇高な使命を確信する。そうなると彼の口は止まらず、自身の発する言葉に酔いしれる。
「魔人族によっていくつかの村々は焼かれ、多くの人々が戦いの犠牲になった! 彼らの無念を背負い、平和な日々をもたらすために魔人族を滅ぼすのがボクの使命なんだ!」
「魔人族にとって【魔石】とは、親の命が消える時に形見とし、その一家の跡継ぎに残される至宝だと理解しているのか?」
即座に淡々と切り返す銀髪の美少女。
「それはッッ」
勇者にとって初耳である。【魔石】とは所持しているだけで魔力を高め、いくつかの魔法を習得できる媒体だとは理解していた。【魔石】の恩寵で農作物を豊かに実らしたり、生活圏を清潔に保つ魔法などが誰でも使えるようになる、そう聞いていた。飢えや貧困、病気で苦しむ人間を救えると思い立ち、勇者は今まで魔人族が持つ【魔石】を奪ってはアリーゼ王国に献上していたのだ。
「格差や貧困は、その種族の統治者がどうにかするものであろうに。その解決策として、戦争という手段を取る場合もあるが……アリーゼ王国の宮廷内では毎晩、贅を尽くした宴が開催されているとか」
遠回しに他種族の権利を侵害するよりも、王や貴族の贅沢を市民に分配すればよいと窘められる勇者。
彼は内心、『どうりで……魔人族が死ぬと光って明滅した後、【魔石】を落とすのか』と、今更ながらに納得していた。彼は今まで、魔人族は体内に【魔石】を埋め込み、魔力を得ては暴力のために活用していると聞かされてきた。殺せば【魔石】との融合が解け、【魔石】がドロップするのが魔人族、そう思いこんでいたのだ。稀に二個の【魔石】を落とす者がいるのを不思議に思っていたが、彼女の発言はそれを裏付ける。死ぬと同時に【魔石】になるのが魔人族ならば、親より受け継いだ【魔石】の分と合わせて二個になる……。
「この魔界を見て理解に及ばぬのか? 土地は痩せ、【黒】の魔力が満ち過ぎて作物が育ちにくい……【魔石】の恩恵がなければ魔人族は飢える」
【魔石】を奪われ、追い詰められた魔人族は飢えを凌ぐために、国境に隣接した人里を襲って食糧を奪う。
「そなたは先程、多くの人間が魔人族によって命を奪われたと言っていたが……そも、この戦を先に仕掛け、【魔石】欲しさに多くの魔人族を襲撃したのはアリーゼ王国の方だ」
淡々と語る少女に対し、勇者の顔が青に染まっていく。
そんな話は知らなかった。王族や大臣、騎士や民から聞く話は魔人族が【魔石】を独占し、しかも村や町を襲ってくるという事だけだ。
「そも【魔石】に含まれた魔力の内容はそれぞれ異なる。特に農産物の成長を促進する【魔石】はこの地の種族にとってかなりの貴重物。魔人族たちはせめて農産物関係の【魔石】返還を求めるも、アリーゼ王国側はこれを拒否。それどころか、更なる【魔石】を寄越せと声高に主張。歴代の魔人王たちは減りゆく【魔石】分を補い、民を生かすためにもアリーゼ王国に折れるわけにはいかなかった」
200年前に発端する魔人族とアリーゼ王国の戦史は、人間側の王族によって都合のいい内容に塗り替えられ人民へと伝わっていた。もちろん、勇者もこの異世界に来てたったのニ年。そんな歴史があろうとは夢にも思わず、がむしゃらに魔人族を殺し回っていた。
「嘘だ……そんなのは嘘だ!」
勇者がここまで、この少女の相手を大人しくしていた理由は彼女が美しいからというのもあったろう。しかし、それよりも【転移者】という存在を知っているからして、自分と同じ境遇の人間なのかもしれないと思い至ったからだ。【ニポン】と、微妙に発音は異なるものの、確かに自分の故郷である日本を話題にしているのも間違いない。
「そもそも君は何者なんだ!?」
「余はしがない歴史学者よな」
「……なっ、なにが歴史学者だ! 証拠は!? アリーゼ王国が魔人族を先に攻めたという証拠はどこにある! ボクは信じないぞ!」
「証拠ならここにあるよな」
ばさりと床に落とされたのは、アリーゼ王家の紋章が掘り込まれた立派な装丁の本だった。
「それはアリーゼ国王が国庫に保管していた、記録書だ。ちょうど二百年前の事柄が細かく記されている」
勇者は本に刻印されたものが、本物のアリーゼ王家の紋章であるとわかり苦虫を潰したような表情へと変わる。
急いで中身を見れば、そこには魔人族の集落を先制攻撃として攻め落とし、その原因を魔人族になすりつけた事実が綴られていた。
目の前の少女がこれを如何にして入手したのか、などの疑問は尽きないが、それよりも自分が信じてやってきた事が悪かもしれないと思い至った勇者は動揺してしまう。
「馬鹿な……何かの間違い……いや、こんな物はあてにならない!」
折れた剣を横に振り、銀髪の少女を威圧するように勇者は叫ぶ。
「アリゼー姫はボクの事を救国の英雄と言ったんだ! それに仲間たちだって、ボクの事を信じて一緒に戦ってくれてる!」
そうよそうよ! 急に横から現れて適当な事を言わないで! と、色めき立つ勇者の取り巻きたち。これほど理詰めにされても彼女たちが勇者を支持するのは……別にそんな真実はどうでもいいからだ。彼女たちにとって大切なのは、勇者の力に頼れば楽して自分たちも英雄と称賛される、確固たる地位が将来は約束される、などの報酬である。
「余の臣下が千年ほど生きてるそうだ。なので生き証人として呼ぶのも――――」
「でたらめを言うと、容赦しないぞ」
見解の相違を悟った少女は、無関心そうに小さな溜息をこぼす。
「正義が果たしてどちらにあろうと関係ない」
ではここまでの門答は一体なんだったのか、彼女の言葉に呆気に取られる勇者陣。
「私の知る歴史にアリーゼ王国の滅亡はあっても、魔人族の絶滅はない」
淡々と事実を語るように彼女は続ける。
「歴史に歪を生みだす異世界転生者、転移者であれば、滅ぼすのみよな」
その言葉に勇者は震えた。それは怒りによって誘発された衝動。
容易く自分のルーツを全否定する少女に対し、ついに勇者の敵対心が燃え上がる。
「ボクはッッ! 誰よりも強い!」
絶対の力があると自負する者は、都合の悪いものに目をつむり我を通す事が稀にある。それが悪いわけではない。人間として自身が貫く理想や夢のためには必要な儀式、そのような行いが必要な時もある。
「ボクが敵を倒せば、みんなが褒めて感謝する! ボクは、ボク達は正しい!」
承認欲求の増大。
17歳の少年が突然、強大な力を持ってしまったら、こういうケースもありえてしまう。自身の莫大な力を行使して他者をないがしろにし、自分は甘い蜜の中でまどろみ続ける。人間、誰しも自分が一番可愛いのは当たり前の話だ。
この少年が特別に悪人という訳では決してない。
「ボクは特別なんだ! なのに君はさっきから、なんて態度なんだ!? この勇者を前にして、何様のつもりだ!?」
普段は絶対に口にしないような驕った台詞。常日頃から謙虚な部類であった彼だが、やはり自身が持つ絶対武力は他者よりも優れているという優越感を生む。それを綺麗事で隠し、表面上では出さずとも彼の心に燻り続けていた火種、それが今爆発しただけの事。
「やはり義など水面にたゆたう月のように不確かなもの、か。力で弱者を握りつぶす、強者こそが正義だと、そうさえずる事を教えてくれたのは転生者であるお前たちよな」
勇者に対し、彼女は明後日の方向を見続けたまま独り言のように呟く。
白銀の美姫が奏でる言葉にわずかな熱が灯ったと、この場の誰もが気付いていない。
「なぜこちらを見ようともしない! そうかッッ、嘘が看破され、怯えているのか!」
一切の視線を合わせず、人類最強の恫喝を目の前にして微動だに揺れない心。
それが銀髪美幼女の内心であるが、その考えを推しはかれる者はこの場に誰一人としていない。
「怯え……そうやもしれない」
ぽそりと呟き、少女は勇者を初めて見据えた。
「これから殺す者など、見たくはない」
今までずっと気だるげな表情を崩さなかった彼女が、ここにきてわずかな変化を見せる。それは唯一にして一瞬、悲痛を押し殺す美少女の顔だ。
「このっ、馬鹿にするのもいい加減にするんだな! ボクは勇者だぞ! 剣が折れても魔法で魔人王ごと君を滅ぼしてやる!」
勇者は眼前の矮小な小娘を捻り潰すには、あまりに巨大すぎる魔力を込める。
「第一界、炎界より【発火】を召喚! 第二界、進界より【豪火】へ! 第三界、風界を交え【風雲】を! 第四界、概念合成を施し【竜】を具現!」
城一つを容易く灰塵へと化す、聖なる豪火で焼きつくさんと膨れ上がった魔法が勇者の右手を熱く明滅させた。
「遥かなる悠久の風よ、今一度舞い踊り、我が怒りの炎を荒ぶる竜に転ぜよ!【竜の吐息】!」
それは伝説の大賢者が編み出した秘術中の秘術。
生物の頂点に座すと言われる竜種が吐き出す、豪炎に匹敵する大魔法。
あわや、その第四界級魔法が炸裂するかと思いきや、銀髪の少女が可愛らしくほっぺを膨らましたと同時に、勇者の手から巨大な竜巻が生まれた。否、それは勇者から生じたものではない。なぜなら天を分かつほどの強風は、勇者の赤い光もろとも空へと消し飛ばしてしまったのだ。
何が起きたのか。
何の事はない、銀髪幼女が息を吹きかけただけだ。ぷくっと両頬がわずかに膨らみ、口がちょこっとすぼめられているのが何よりの証拠である。
「ば、ばかな……」
狼狽する勇者に、幼女は構わずに何事かを呟く。
「【原初の十天教典】――――第三説」
「魔法が効かないのなら、直接殴り飛ばしてやる! 我が祝福よ! 主の呼び声に応じ、この拳に宿れ! 【巨人の一撃】!」
勇者の膂力は常人の何十倍もある。それに加えて戦神の祝福を加えた馬鹿力で幼い子女を殴りつければ、どうなるか。その美麗な顔や身体ごと消し飛ばす――よくて彼女の顔面が陥没し、血をまき散らしながら彼方へ吹き飛ぶだろうと誰もが悲惨な想像をめぐらした。
「……【触れられざる高貴】」
しかし、現実は全くの逆だった。
勇者が彼女に拳を伸ばし、少女もまた勇者に手を伸ばした。
そうして相互が触れ合うかに見えた刹那――
激しい閃光と共に、時空が歪む程の衝突音が鳴り響く。
「ぺぎゅぁッッ!?」
そしてカエルが潰れるような声と共に、勇者の方だけが弾け飛んだ。
人類最強にして数々の敵を圧倒的な力でねじ伏せた男が、やわい綿のごとく爆散していく。内蔵を散りばめ、肉片と鮮血の通り雨が吹き荒び、あたりは静寂と化す。
誰もがありえない光景を目にして愕然する。
「ッ…………!?」
「…………!」
「…………」
「……」
時が制止するとはこの事だろう。
偉大なる魔人王ですら口を半開きにし、今起きた事態を飲み込めずに少女を見つめるばかりだ。
人類最強の取り巻きだった三人の女子達は勇者だった肉塊を見つめ、小鹿のように震えてはぺたりと床に座り込んでしまった。
それから数時間か数分が過ぎたか、判別がつかない程にその場に残った者は混乱と恐慌に陥っていた。例外は銀髪美幼女ただ一人だけ。
彼女は誰にも目を向けず、用は済んだといった風情でくるりと踵を返し、その場を立ち去ろうとする。
そうしてようやく、止まった時が動きだした。
幼女が歩くのを察知して、勇者の取り巻きだった女子たちは悲鳴と嗚咽をまき散らしながら逃走し出す。
魔人王は彼女たちを追う事はなく、銀髪幼女におそるおそると声をかけた。
「ゆ、勇者を討滅した偉業、魔人族を代表して礼を述べたい」
魔人族を統べる王ですら、この幼女の前では畏怖の念を隠せず、わずかに声が上ずっている。
「このご恩、魔人王である我と、我ら魔人族は未来永劫に忘れぬ……」
魔人王は幼女が見上げるほどの巨躯を深く折り曲げ、膝を突いては頭を垂れる。その仕草が示すは絶対的な恭順の意。
「……恩など忘れて構わない」
自らに見返りを一切求めない姿は、魔人王の目に神々しく映った。
「そなたらの魔法研究は、将来の世界に役立つ。期待している」
まるで未来をその目で直接見て来たかのような、確信に満ちた表情で遠くを見つめる銀姫。
「癒せ、【万薬の女神ロロナ】が権能、【血癒の結晶光】」
彼女がそう呟けば、虹色の光彩が魔人王の全身を優しく包み込む。同時に紅玉の粒が降り注ぎ、それはまるで血の雨が降ったかのように見える。しかし、傷付いた魔人王の身体がみるみる間に回復し、折れた角まで元通りになってしまった。
こんな魔法は第五界級でも、その上の絶界級でも見た事がない。まさに魔人王にとっては奇跡の業そのものであった。さらには無償の救済である。
絶大な力を誇示するでもなく、敗者の義務を負えと契約するでもなく。
「絶対なる強者に対し、折れずに立ち向かった心は称賛に値する。決して、大事な者の生殺与奪を敵に握らせぬよう、抗い続けろ。己が持つその力で以って、種の存続を保て」
ただただ静かに未来を見据える、誇り高き眩しい姿に魔人王は自身の仕えるべき者が誰かを悟った。
かような存在に自分達が期待をされている。そう感じると魔人王は感謝と感動で、身体と心が、その身に宿る魂が震えるのであった。
「少し眠くなってきた……帰る」
そんな魔人王の内心をいざ知らず、彼女はマイペースにポツリと呟きを漏らす。
「せめて、御身の名をお聞かせ願いたい。許し願えるのなら、如何様な存在かも……」
魔人王の願いを叶えるようにして、少女の口からは朗々と名が語られる。
「……ロザリア・ブラッティドール・ヴァルディエ・ロ・オブリス・ルクス」
彼女は銀輝の長髪をなびかせ、ぽつりと呟く。
「余は――――伝説を殺す者――」
そして少女は消え去った。
その後、震え収まらぬ魔人王は即座に人族と戦い続ける同胞の元へ飛翔する。その胸に、『勇者は既に亡き者。であるならば、勝機はある』と揺るぎない思いを秘め、自身の魔力を最大にして憎き人族の騎士団へと放ったのだった。
世界の命運を握るは勇者でも魔王でもない。
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【転生者殺しの眠り姫】である。
またの名を【千血の銀姫】という。
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