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第一章

第6話 動き出す思惑

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 新ジュク駅から徒歩で10分程歩いた距離にある風俗店が建ち並ぶ雑居ビルの一室で4人の男女が真剣な面持ちで話し込んでいた。

「霞の者が都入りしたようだ」

 30代半ばの恰幅の良い男が話しだした。

「上京したのは、高校生って聞いてるわよ。それも中学生の妹達と一緒に。少し、警戒し過ぎじゃないの? 」

 20代後半の妖艶な女が、タバコを吸いながらそれに答える。

「相手がガキでも霞の者だ。警戒はしていて損は無い」

 40代後半のその場所に似合わない紳士が眼鏡を手で『クイッ』とあげてそう答えた。

「まぁ、相手がガキなら正攻法じゃなくってもいくらでもやりようがある」

 貫禄のある50代後半の男が、ガラガラした低い声でウィスキーを煽りながら呟いた。

「では、まず、俺が仕掛けるとしようか」

 最初に報告した男がそう言って立ち上がる。

「お手並み拝見って事だな」

「私にも少しやらせてよ」

 吸い終わったタバコを灰皿で潰し、女性も一緒に立ち上がった。

「わかった。抜かるなよ」

「ああ」「ええ」

 そう答えた男女は部屋を出て行った。

 それを見ていた貫禄のある50代の男は、

「あいつらは狂ってるからな。酷いことにならなきゃいいがな……」

「表立って動く事はないだろう。何せ我等は『くれないの者』だからな」

 40代の紳士は、頬にある傷が疼くかのように似合わない優しい指使いでその傷をさすっていた。






 かのえ家の朝は早い。

 5時に起床して日課の素振りをしている絵里香は、昨夜の穢れの討伐に行けなかった事によって溜まったストレスを解消していた。力強く竹刀を振るうその身体は、いつもより力がこもっている。

 すると、竹刀を持って庭に出てきた父親がそこにいた。
 父の剣術姿は、子供の頃に見たきりだ。
 驚いてその姿を見つめてしまった。

「お、おはようございます、父上。珍しいですね、素振りですか? 」

「おはよう、絵里香。昨日、面白い人物に会ってな。感化されたようだ」

「父上に影響を与える人物が、この日本にいるとは思えませんが? 」

「あははは、そんな事はないぞ。私を買い被りし過ぎだ。それより、絵里香のクラスに転校生が来たらしいな」

「は、はい。よくご存知で……」

 学校の様子を一度も聞いたことがないと父親がどうしてそんな事を聞くのか絵里香は不思議だった。

「どんな人物なんだ? 」

「はい。田舎から出てきた男子です。私がクラス委員長として学校を案内しました」

「うむ、それで? 」

「……はい。その男子は、何と言いますか掴み所のない感じです」

「ふむ……掴み所のない人物か……絵里香はその男子をどう思う? 」

「えっ!? どう思うと言われましても気に留めた事がなかったものですから、どう答えて良いのか……そうだ。彼は私に嘘をつきました。たあいの無い嘘でしたが私は、嘘をつく人間に好意は持てません」

「嘘か……それは、良くないね。でも、必要な嘘もこの世の中にはある」

「それは理解しているつもりですが、正直に答えても何も差し障りのない嘘です。そのような嘘を顔を変えずにつく人物は好きではありません」

「そうか……わかった。だが、仲良くしてあげてほしい。転校生というのは不安なものなのだ」

 父が、私の学校の事を聞く事自体珍しいのだが、生徒個人である転校生にここまでこだわるのは異常としか思わなかったようだ。

(何故、父は転校生にこだわるのだろうか……)

 絵里香の胸中は複雑な思いだった。

「そうですね。それは、クラス委員長として義務ですから」

「うむ。どうだ? 絵里香。少し私と立ち会い稽古しないか? 」

「本当ですか? 喜んで」

 絵里香は嬉しそうな笑顔を浮かべて握っていた竹刀に力を込めた。






 近畿地方にある大きな神社の社務所では、壬家みずのえけ現当主の壬  龍子たつこがスーツ姿の女性からある報告を受けていた。

「ほ~~霞家がのう」

「都入りしたそうです」

「それは霞家当主の話か? 」

「いいえ、その息子と娘だと聞いております」

「子供達を都入りさせたのか? で、幾つなんだ? 」

「高校一年の16歳、娘達は中学二年の14歳との事です」

「まだまだ幼いのう」

「ですが、噂ですと男子は霞家きっての天才だそうです」

「ほう、ほう。天才とな……欲しいのう」

「はい。是非とも、壬家の神霊術にその力の一端を取り入れたいです」

「霞家の技術を盗むも良し、それよりは種が欲しいものじゃ」

「種ですか? 」

「そう、子種じゃ。孫娘と同じ歳じゃしのう」

静葉しずは様ですか? 」

「高校を卒業してからと思っておったが、早いに越した事はなかろう? 」

「わかりました。そのように取り計らいます」

「頼んじゃぞ」

 報告をした女性が社務所を出て行くと、そこに残った壬  龍子は、白髪混じりの髪を束ね直して杖を付き重い腰を上げた。

 そして、

「壬家の力の源の為に、是非とも欲しいぞ。霞の者よ……」

 誰かに伝わる事なく、その声は消えて無くなった。






「で、兄様は結局依頼をお引き受けしたのですね」

「はい、そうです」

「それならわざわざ行かなくてもいいのに~~とんだ無駄足じゃない」

「陽奈、それは俺にとっては大事な事だったんだ」

「ふ~~ん、約束したプリンを忘れるほど? 」

「だから、それは帰る途中で穢れを祓っていたら忘れてしまったというか、なんと言うか……」

「兄様にとって、私達の約束は低級邪鬼を相手しただけで忘れるほど軽いものなのですか? 」

「そんな事はない。今日はちゃんと買ってくるよ」

 双子妹達の前で正座させられている俺の状況は理解してくれただろうか。
 庚家を後にして帰り際に湧き出た低級邪気の討伐をして、妹達と約束したプリンを買って帰るのを忘れたのだ。

 でも、正座までする必要は無いと思うが……

「兄様、顔に反省の色が出てませんよ」
「あ~~プリン食べたかったなぁ~~」

「それぐらいにしてあげたらどう? 景樹だって好きで忘れた訳じゃ無いのだから」

 流石、茜叔母さん。

「まあ、そうですね。そう言うことにしておきましょう」
「プリン、プリン」

 流石に、朝からこれでは今日1日が思いやられる。

「ところで茜さん、その荷物はどうしたの? 」

 茜叔母さんは大きな荷物を持っていた。

「今日から沖縄に出張なのよ。二週間はかかると思うわ」

「いいなぁ~~私も沖縄行ってみたい」
「そうですね。南国の海で新しく買った水着を着て兄様を悩殺するのも悪くはありませんね」

「陽奈、瑠奈。遊びじゃ無いの! 仕事なのよ。日米間の合同演習の予定を協議しに行くのよ」

 茜叔母さんは、防衛庁に勤めている。
 大きな仕事を任される重要な要職に就いているようだ。

「でも、毎日仕事ってわけじゃないんでしょう? 休みの日だってあるんじゃないの? 」
「良いですね。仕事を終えて浜辺でトロピカルジュースを飲みながら1日を過ごすなんて」

「双子ちゃんが考えているような時間は取れないわ。それでなくても、ムサイおっさん達の相手しなくちゃいけないのに、私の方がその夢のような時間が欲しいわよ」

 大人にも色々な事情があるようだ。
 偏屈な人間相手をしているより、邪鬼を狩っている方が何倍もマシだと思う。
 この世で一番面倒くさいのは、主に人間関係だ。

 だから、俺はボッチで充分幸せだ。
 肉親である妹達とは縁を切れないが……

「茜さんが留守の間は、きちんと家の事をやっておくよ。だから安心して仕事頑張って」

「景樹は優しいねぇ~~ありがとう」『ギューー』

 いきなり茜叔母さんに抱きしめられた。

「あ~~いいなぁ」
「ギルティーです。茜さんとはいえ兄様に抱きつくなんてこの私が許しません! 」

 妹達は相変わらずだ。



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