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第ニ章

閑話 ストーカー・アイドル 連城 萌

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 私こと連城 萌の朝は早い……

「おねえちゃん、私のハンカチ知らない? 」
「なあ、俺の靴下、片っぽないんだけど」
「びえぇぇ~~ん。拓人兄がぶったーー! 」
「おねぇちゃん、琴美のオムツ変えないとーー」

 ボロい安アパートの一室で、騒がしい中で朝食を作っている連城 萌は、その下に5人の幼い兄弟がいた。

 小学6年生になる 連城 桜
 小学4年生の連城 大輔
 小学1年生の連城 拓人
 5歳になる連城 杏
 生まれて8ヶ月の連城 琴美

 そして今、兄弟達の朝食を用意している私、連城 萌 中学3年だ。

 連城家は、半年前、両親が離婚して子供達は母親と一緒に暮らしている。
 父親は、事業に失敗して多額の借金を負い離婚届を置いて何処かに行ってしまった。
 住んでいた家は担保に取られて借金は大幅に減ったが、まだ返済は残っている。
 本来は、父親が返さなければならない借金だ。
 だが、母親が連帯保証人になっていた為、父親が蒸発しても借金はなくならなかった。

 そんな母親は、昼も夜も働きづめなので家庭の事は私が主にこなしていた。

「姉ちゃん、給食費口座から引き落とされなかったんだってさ」

「えっ、本当? 桜、なんで言わないの? 」

「桜姉ちゃんは言いづらかったんだよ。だから、俺が言ってるんだ」

「大輔、わかったわ。で、いつまでなの? 」

「早くお願いしますって袋を渡された。3人分……」

「そう、何とかするわね」

 一人当たり1ヶ月、4300円
 三人だと12900円か……

 財布を見ると、中身は千円札が6枚と小銭しか入っていなかった。

 これは家計費だし使えないよね ……

 お給料、前借りするしかないか……

 アイドルをしている連城 萌は事務所から月に15万円の給料が支払われていた。
 レッスン代などが引かれると手元には8万円ぐらいしか残らない。

 もっと、有名になれば……

 しかし、私より歌と踊りの上手な可愛い女の子はたくさんいる。
 そんな事を考えながら朝食を弟達に食べさせて私も学校に行く用意をする。

 中学3年の私は、来年は高校生だ。
 私の通う私立の女子校は、中高一貫校なのでエスカレート式に上がれるから受験の心配はない。

 その分レッスンに力を入れられる。
 もっと、練習して上手くならないと……

 そこそこ売れるようにはなったけど、それは私のスタイルと顔だけだ。
 歌が特別上手なわけではないし、ダンスも同じこと。

 容姿も武器になるのは知っている。
 だけど、それだけでは私の夢は叶えられない。

 そう、私はハリウッド映画に主演女優として出るのが夢。
 私の脚本による私主演の映画。
 目指すはレッド・カーペット。
 ロサンゼルス郊外の高台の豪華な家に家族みんなが平和に暮らすこと。
 それが、私の夢だ。

 その夢の為に、霞 景樹が必要だったのに……

 初めて会ったのは、六本木の焼肉屋さん。
 マネージャーに連れられて、家族の事を相談してた時、あの柚木 麗華さんと一緒に現れたモサイ男。

 将来、私のスポンサーになってくれるような人は、日頃からチェックしている。
 麗華さんは、その中でも理想な人だ。
 女性だし、家柄もいいし、それに美人だ。

 仕事柄、お金持ちの人に会う機会は多い。
 でも、大人の男性はイヤラシイ目でジロジロ見てくるし、身体目当てなのが一目瞭然だ。
 そんな人がスポンサーになってしまえば、将来の汚点になり兼ねない。
 今は、どこで暴露されるかわからない時代だ。
 築きあげたものが一瞬で無くなってしまう。
 だから、業界の人もパス。
 噂は直ぐに広まっっちゃうからね。

 だから、身体目当ての大人の男性はパス。
 お金持ちの美人なお姉様を捕まえるのがベストな選択。
 そんな中で、霞 景樹が現れた。

 年齢も私と同じくらい?
 少し年上かもしれない。

 同じ年頃の男性なら彼氏として付き合っていたという言い訳も通る。
 誰かの愛人より、世間体はいいはずだ。
 純愛だしね……えへへへ。

 それに、あのモサイ男ならわたしの言うことを聞きそうだし、利用できる。
 何たって、私はアイドルなのだから……

「おねえちゃん、早くしないと間に合わないよ」

「そうだったわ」

 私は、みんなも用意をして、妹の杏と琴美を保育園に預けて学校に行く。
 お母さんは、夜勤明けで朝9時には帰ってくるはず。

 借金返済の為に、夜勤を多くこなしている私の母親は、看護士をしている。
 女性にしてはお給料が良いみたいだが、借金で大半が消えてしまう。

「取り敢えず、給食費を何とかしないと……」

 私の頭の中は、給食費の事でいっぱいだった。





 学校に着いて席に座ると、仲の良い友達が話しかけてきた。

「ねぇ、萌知ってる? 」
「何を? 」
「今週の土日に、蒼山川学園の文化祭があるんだって」
「そうなんだ。えっ、本当に? 」
「うん、萌も行く? 」
「う~~ん、ちょっとまだ予定がわかんないかな」
「そっかーー大変だね。アイドルも」
「まあね~~」

 今週の土曜日か……
 その日は夕方5時までにスタジオ入りすれば問題なはず。
 時間は、あるわ。
 ここで、霞 景樹を落とす。
 それから、私の下僕となって貢いでもらうのよ。
 まあ、その代わりに私の胸くらいならお触りしてもOKよ。
 胸だけだから!

 まあ、取り敢えずは、給食費よね……

 時は過ぎて、放課後……

 学校帰りの私は、まず、今夜のおかずを調達しなければならない。
 近所のスーパーで牛乳の安売りがあるはず。
 それに、そこは他と比べて野菜が安い。

「今日は、クリームシチューにしよう」

 私は買い物を済ませて家に帰る途中、泣きべそをかいている小学6年生の桜と出会った。

「桜、どうしたの? 」

「おねえちゃん、お財布落としちゃったよ~~」

「えっ、お財布を? どうして? 」

「だって、おねえちゃん大変そうだから代わりに夕食の買い物に行こうと……」

「そっか、桜は優しいね。じゃあ、交番の届けておこう。見つかるかもしれないよ」

「本当? 」

 私は、桜と一緒に交番に届けた。
 その財布は、食費が入ってる我が家では貴重なものだ。

「見つかったら連絡する」と警察官の人に言われて家に帰る。
 桜は、仕切りに「ごめんなさい」と謝っていた。

 アパートに着くと、不審な男が家の中を伺うかのようにウロウロしている。

「誰? 不審者? 」
「おねぇちゃん、怖いよ~~」
「大丈夫。おねえちゃんがついてるから! 」

 私は、勇気を振り絞ってその男に声をかけた。

「そこで、何してるの! 警察呼ぶわよ」

 男は、私の怒鳴り声でこちらを見た。
 その男は、あの霞 景樹だった。

「あの~~財布が道に落ちてたのですけど、住所が書いてあったので持ってきたのですが……」

「えっ……! 」

「おねえちゃん、あの財布だよ」

 霞 景樹は、持っていた財布を妹の桜に手渡した。

「どうしてあんたがここにいるのよ! 」

 私は思わず声が大きくなっていた。

「どうしても、と言われても仕事の下見できました。来週から配る地域が増えたので……」

 配る? 何を?

「まあ、いいわ。お礼を言っておくわ」

「別に、お礼を言われ程でもありません。この近くに用があったついでですから」

 霞 景樹、もしかして、私をストーカーして……

「おねえちゃん。中に入ってお茶を飲んでってもらおうよ」
「そうね……えっ、それはマズイわ」

 そう答える間に、桜は家に霞 景樹を招き入れてしまった。

「はあ~~どうするのよ! 私! 」

 でも、あいつは私の事を気づいてないようだった。
 もしかしたら、誤魔化せるか……
 デパートで私の顔を見たのは一瞬だし、アイドルとしての私をあいつは知らなかったし……

「よしっ、いけそうね」

 財布を届けてもらったお礼はしないといけない。
 お金を渡せる余裕はないしお茶ぐらいはご馳走してもおかしくないわ。

 家の前で何度もシュミレーションをこなして、決心した私は家の中に入った。

 でも、そこで意外な光景を目にした。

「え~~と、何してるのかしら? 」

「わかりません。何故かこうなってしまって……」

 霞 景樹の膝の上には5歳の妹杏が腰掛け、その傍らにはゲームをしながら寄りかかる弟の拓人。桜はお茶の用意をしていて、弟の大輔は宿題を教わっていた。

「あ、姉ちゃん。この人、姉ちゃんの彼氏だろう? 」

 宿題をしていた大輔が突然変な事を言い出した。

「ち、ちがうわよ! 何言ってるのかしら。大輔は! 」

「姉ちゃん、顔真っ赤にしてら~~」

「こらっ!拓人、言っていいことと悪い事があるんだからね! 」

「わーーい、姉ちゃんが怒ったーー! 」

 私をからかってふざけている大輔と拓人。
 それを見ながらニコニコしてる霞 景樹 。

 みんな気に入らない!

「おねえちゃん、これ、霞さんが使ってくれってくれたの」

 桜は、茶封筒を私に見せた。
 中身を確認すると一万円札が3枚入っている。

「どういう事? 何でお金が? 」

「大輔が給食費が払えないんだって言ったらバッグからそれを出してきて使ってくれって渡されたのよ」

 大輔めーー!!

「ちょっと、あんた! これ、もらう理由がないんだけど? 」

「あげたんじゃありません。落としたんです」

「はい!? どういう事なの? 」

「この家に落としたのですが、桜さんが拾ってくれたのでお礼に渡しただけです」

「何言ってるの? 私の家が貧乏だからって馬鹿にしてるの? 」

「そんな事はないです。実は、高価な指輪を買わなくても良くなったので使い道がないんです。だから、落としました」

 指輪……もしかして、デパートで私に買ってあげれなかったからなの……
 私、気づかれてた……

「そ、そうなの? そういう事なの? 」

「そうです」

「へ~~少しは、私を認めたんだあ。へ~~」

「はあ……」

 なんだ。そういう事なのね。
 霞 景樹は、もう私にメロメロって事かしら……

「わかったわ。これは預かっておくわ」

「そうして下さい」

 その日の夕食、霞 景樹は、私の作ったクリームシチューを食べて上手いと言って帰っていった。

 まあ、現金は予想外だったけど、これはありがたく使わせてもらうわ。
 私の手作りのシチューを食べたのだから、これじゃあ、足りないけどね……
 見てなさい。霞 景樹。
 貴方をもっとメロメロにさせちゃうんだから……





「しかし、賑やかな家だったな……なんか懐かしいような気がする」

 夕食をご馳走になった後、朝刊配達の順路を確認して帰路につく俺は、あの上から目線の女子と何処かで会った気がした。

 興味のない年頃の女子は、みんな同じ顔に見える。

「あの言い方、ストーカー・アイドルに似てたけど、気のせいだよね……」

 俺は、コンビニに立ち寄って陽奈と瑠奈にアイスを買って帰るのだった。
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