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第三章
第67話 壬家の食えない婆さん
しおりを挟む門前町にある壬家の下屋敷を訪れたリズとルミネは、静葉の父親と居間で話をしていた。
「私は、神霊術が使えません」
十家にとって神霊術がどれほど大切な事なのか理解できるリズは、静葉の父である賢一郎がどのような思いでそれを話したのか、心中を察するのだった。
「そうでしたか。現在の十家でも神霊術を使えるものは僅かしかおりません。これも時代の流れなのでしょう」
「私は、静葉が生まれた時、娘が神霊術を使える事に喜びました。ですが、私はどうしようもない虚無感に襲われたのです。父である私が神霊術を使えなければ教える事もできません。そして、静葉は私の母親に引き取られたのです。壬家の当主となる為に」
「賢一郎おじ様はそれを恥じてると?」
「いいえ、恥という感情ではありません。嫉妬です。事もあろうか私は娘に嫉妬してしまったのです」
「そうでしたか……」
「嫉妬と娘を母親に取られた事に、私の存在価値は壬家にはなかったのです。そんな私は酒に溺れてしまいました。静葉の妻は、私の母親と一緒に暮らし始めました。妻は母親とソリがどうしても合わず、娘を置いて出て行きました。私は、とっくに愛想を尽かされてたのです。そんな中、私は、籐子と出会いました。静葉の腹違いの妹、琴葉を授かりました。琴葉は神霊術が使えません。そんな私は琴葉と自分を重ねてしまったのです。琴葉が可愛くて仕方ありませんでした」
「それじゃあ静葉さんは、どうなるのですか?父親に捨てられたようなものじゃないですか?母親も出て行ったと聞きました。静葉さんが可哀想です」
ルミネは、怒ってたようで口調も荒々しかった。
すると、賢一郎の隣に座っていたお婆さんが、
「静葉お嬢様は、厳しく当主様に躾けられて育ちました。見ている私でさえ可哀想な程でした。そして、静葉様は感情を押し込めたのです」
「そうでしたの。でも、最近の静葉さんは、良い笑顔をしてますわ。友人の私が保証します」
「静葉が……」
リズの言葉に賢一郎は、辛そうに言葉を残した。
「大体の事情はわかりました。静葉さんが家出をしたというのは嘘ですわよね」
「おそらく嘘だと思います。何故、そのような状況になったのかは何となく想像できますが……」
「今の奥様、籐子様ですね」
「多分……」
「静葉さんがいなくなった件について賢一郎おじ様は関わってないと判断してよろしいのですか?」
「直接には、関わりありませんが、籐子を暴走させたのは私の責任です」
「責任を感じてらっしゃるのなら、何故静葉さんを探さないのですか?」
「命の危険は無いと思っているからです。人の命を殺めれば神を祀る壬家は継げません。直接手を下さなかったとしてもです」
そこでルミネさんが声をあげる。
「私達親子は代々戊家に仕えておりますので、私の命より優先事項がございます。私の父なら優先すべき事はさっさと終わらせて、空いた時間に私を探すと思います。賢一郎様は何故動かないのですか?」
「そ、それは……」
「ばあやがご説明します。賢一郎様は気の弱い方です。おそらく、動くことが怖いのでしょう。ですが、静葉お嬢様の事は心配されております。皆様が思うような父親像とは違うかもしれませんが」
「そうですわね。ご家庭の歴史、事情がありますから。ですが、少しづつでも構いません。静葉さんに歩み寄って頂ければ友人として嬉しいです」
「ああ、努力しよう」
リズとルミネは、壬家の下屋敷を後にした。
2人は道すがら先程の賢一郎の話をする。
「何ですか!あの男の子は。子供ですか!」
「ルミネ、育った環境で人はどんな性格にもなります。あの人は、母親の愛情を充分に受けないで大人になってしまったのでしょう」
「壬龍子なら子育てよりも家をとりそうですね」
「それは私達戊家でも言える事です」
「そうでした。失言でした」
「十家の者達は、家を存続させる為に必死ですわ。そんな中で神霊術を使えないとなると私でも捻くれるかもしれません」
「お嬢様が捻くれるところは見てみたいです」
「ルミネは、もう、知りませんわ」
そんな時、リズのスマホが鳴る。
メッセージが届いたようだ。
「霞景樹からですわ」
リズは、そのメッセージを見て驚いた様子でルミネに伝える。
「静葉さんが見つかりましたわ。霞景樹と一緒にいるそうです」
「えっ!?」
「神社に向かうそうですわ。私達も戻りましょう」
「はい」
2人は、門前町を出て神社に引き返した。
◆
俺は今、迫力のある老婆と二人きりで話をしている。
静葉を連れて神社に戻り、静葉は疲れたのか流さんが自室に連れてって休ませている。
陽奈と瑠奈は、街まで動物たちのお礼にお礼する為に、焼き鳥を買いに行っていた。
俺は一人残され、この婆さんとサシでお茶を飲んでいた。
「この煎餅、うまいですね」
「そうか、もっとあるぞ。食え」
『ボリボリ……』
婆さんは、煎餅を食べずに、饅頭を頬張っている。
口の中に丸ごと入れたら喉に引っかかりそうだが、ムシャムシャと美味しそうに食べていた。
「うぬ?饅頭が欲しいのか?ほら、食え」
差し出された饅頭を口に入れる。
あんこが甘すぎず美味い。
「美味いですね。この饅頭も」
「そうじゃろう。昔からの味じゃ。お主、なかなか通じゃな?」
「美味いものは美味いですからね」
この婆さんは、何故か俺に食い物を進めてくる。
喉が渇いた。
お茶のおかわりが欲しい。
「お茶のお代わりもらってもういいですか?」
「構わん。そこにポットがあるじゃろう。自分で入れるが良い」
「では、遠慮なく」
自分のお茶を入れる前に婆さんにお茶を注いでから自分にも注ぐ。
「静葉はどうじゃ」
「どうとは?」
「なかなかめんこいじゃろう?」
「はい、美人だと思います」
「ほほほ、そうか、そうか」
何が嬉しいのだろう?
老人の考えることは、若者の俺にはよくわからない。
「で、一緒に温泉に浸かったそうじゃな」
「ええ、妹達と一緒でしたけど」
「ほほほ、そうか、そうか」
一部の老人は歳を取るとエロくなるという。
この婆さんもその類なのかもしれない。
「今日はここに泊まって行け。明日は、大事な奉納神楽の日じゃ。滅多に見られんぞ」
「ご迷惑なのでは?」
「部屋はたくさん余っておる。気にするでない」
「じゃあ、遠慮なく」
今から帰っても疲れるだけだ。
それなら、ここでのんびりした方がいい。
「霞の者は不思議な術を使うという。本当か?」
「術はいろいろありますけど、みんな普通ですよ」
「壬家の神霊術は、一つだけじゃ」
「静葉さんの神霊術を拝見しました。見事な術です。霞の者では真似できません」
「ほほほ、静葉がのう。あやつは天才じゃ」
「そうでしょうね。効果範囲も広いですし」
婆さんは、三つ目の饅頭を口に入れる。
誤嚥しても知らないぞ……
「ほら、これも食え」
饅頭を飲み込んだ婆さんは、今度は干し柿を進めてきた。
「では、いただきます」
う、美味い……
「これすごく甘くて美味いです」
「庭先で採れたものを干しただけじゃ。じゃが、一味違うじゃろう?」
「ええ、肉厚で濃厚です」
「ほほほ、そうか、そうか」
婆さんは満足そうだ。
「ところで静葉を助けてくれた礼をしなければのう」
「たまたまですので、礼必要ありません」
「まあ、今は祭りでたいした礼もできぬ。後に渡すが構わんか?」
「ええ、お構いなく。それに、こんなに美味しいものを食べさせてくれたのです。これでチャラで構いません」
「わははは欲がないのう。だが、好感は持てるぞよ」
婆さんに好かれても……
「さて、本題じゃ。明日の奉納神楽舞の時に一緒に行って欲しい」
「構いませんけど、どこにですか?」
「当神社の御神体の前までじゃ。普通なら部外者は許可できん。だが、霞の者となれば話は別じゃ。良いかのう?」
「そんな貴重な場所に入ってもよければ構いませんが」
御神体の前で踊るのか?
昔から続く神社らしい儀式だ。
面白そうだしね。
「言質はとったぞ。何があっても神楽舞を踊る巫女を守って欲しい」
うむ!?守る?
「守るとは?」
「言葉の通りじゃ」
酔っ払いとかが乱入して儀式の邪魔をしないようにする為かな?
警備員のようなものか?
「わかりました」
俺はそう言って2つ目の干し柿に手を伸ばした。
◆
「えっ、静葉が帰って来た!」
連絡を受けた壬 籐子は、驚きを隠せなかった。
携帯で話す奥の稽古場には、娘の琴葉が舞の練習をしている。
「はい、ですが龍子様は明日の神楽舞は琴葉お嬢様に踊らせると先程通達されました」
「ほっ……そうですか。お婆様も琴葉の事をお認めになったようですね」
「はい、そうだと思います」
「わかったわ。明日は、門前町から琴葉と出発します」
「ええ、事はお嬢様の晴れ舞台、楽しみにしております」
少し筋書きは違えども、計画に大きな変更はないようだ。
安堵した籐子は、一心不乱に踊る琴葉を見つめていた。
「琴葉が次期当主に正式に任命されれば、店の方も……」
その呟きは、誰にも聞かれる事はなかった。
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