はじめて愛をくれた人

たがわリウ

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目の前の優しさを信じることに

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 勘違いであったことがわかり恥ずかしさと安心が同時にやってきた私の肩に、手が置かれる。
 竜胆が覗き込むように近づいてきた。

「松葉のことはまだ話していないが、もしや何か言われたのか? 故郷のことにでも触れられたか?」

 今まで近づきすぎない距離を保ってきた竜胆が、焦ったように私に問う。大きくなった声が慌てぶりを表していた。初めて私に触れた大きな手にも、気づいていないのかもしれない。

「いえ、私が早とちりをして、不安になってしまっただけなのです」
「……早とちり?」
「はい……あの方が竜胆様の真の伴侶ではと……」
「真の伴侶……?! 何を申す、儂の伴侶は松葉だけだ!」

 なかば叫ぶかのように言った竜胆。共に過ごしている時には聞いたことが無いほどの大きな声だった。反射的に体が硬くなった私に気づいたのか、ハッとし「すまぬ」と謝罪する。
 自分のことにこんなに必死になってくれる竜胆を見て、驚きと喜びが広がった。

「……しかし、何故不安になったのだ? 儂はおぬしのこととなると余裕がないからな。都合良くとらえてしまうぞ」

 何故不安になったのか。私を覗き込む竜胆の強い視線の内に、期待が込められている。
 自分でもまだ上手く言葉にはできない。けれど先程感じた苦しさをなかったことにはできない。もう自分自身にも隠せないほど胸の奥の感情は大きくなっていた。

「竜胆様に大切にされるのは私だけだと思いたいのです……」
「……松葉、儂がこのように大切にするのは、おぬしだけだ」
「……私も、このような感情を抱くのは竜胆様にだけでございます」

 蘇芳様には子をなすための相手が数人いた。自分と夜を過ごさない日は相手のことを恨めしく思ったこともあったが、それは今抱いているような独占欲ではない。自分と家のために蘇芳様に飽きられてはならないプレッシャーと、伴侶という立場での意地のようなものだった。
 しかし今、目の前で必死になっている竜胆に抱いているのは、傍から居なくならないで欲しい、特別に思うのは私だけであってほしいという単純な願いだった。

「松葉!」
「っ」

 気づけば体はきつく抱きしめられていた。勢いよくぶつかったが竜胆はよろめくこともしない。
 包まれる竜胆の香りにどきまぎとしながら、ずっとこのぬくもりが欲しかったのだなと胸に落ちた。竜胆に触れて欲しい、竜胆に触れたいと思うほど想いが強くなっていたのかと自分で驚く。
 息苦しくて顔を動かすと真っ赤に染まった耳が見え、心臓が握りしめられる。私の体温もいっきに上昇した。

「そうか……そうか。こんなに嬉しいことはない」

 喜びを噛み締めるかのように竜胆は声を落とす。少し黙ったあと、また言葉を続けた。

「儂のこの想いと同じものがおぬしから返ることはないと思っておったのだ。おぬしからすれば、儂は恨んでも仕方のない相手ゆえ」

 すぐに首を振ろうとしたが動くのを止める。ここに来た当初は竜胆のことを恨んでいたのは事実だった。

「はじめは、ただおぬしを気の毒だと思った。辛い立場だ。しかしおぬしと日々を過ごすうちに、なんと不器用で強い者かと考えを改めた。気づいた時には松葉、おぬしのことを愛しく思っておったのだ」

 竜胆への気持ちを自覚しても叩き込まれた性質を消しきることはできない。今でも、もしかしたら竜胆の思惑に翻弄されているだけなのではないかと怖くなる。
 私にはもう何を信じたらいいのかわからない。だから、目の前の優しさを信じることにした。

「私も同じでございます。竜胆様をお慕いしております。しかし竜胆様の仰るとおり、私ははじめ、あなたに敵意を持っておりました……申し訳ありません」
「やめてくれ。松葉が謝ることではない。おぬしはおぬしのやり方で生き抜こうとしただけだ」

 その言葉を聞き、私も竜胆の着物を握りしめる。大きな体にしがみついた。あぁ、ここに居ていいのだ。ようやく居場所を見つけられたのだと心の底から安心する。
 あれだけ勢いよくぶつかっても平気だった竜胆は私の行動に少し身じろぐ。その反応を素直に可愛らしいと思った。

「……何度も言いかけては決心がつかず言えなかったことがある。……松葉、今晩床を共にしてもよいか?」

 近づく時は声をかける。気遣ってそっと歩く。遠慮がちに離れて座る。毎日顔を合わせ、言葉を交わす。穏やかな眼差しで相手を見やる。
 思い返してみれば竜胆と私、ふたりで過ごす日々には、口にはしないながらも想いがこぼれていたように思う。これが慈しみというものだろうか。

「はい、もちろんでございます、竜胆様」

 私が頷けば竜胆の体から力が抜ける。緊張していたのだなとわかり、ついに息を吐いて笑ってしまった。
 竜胆の腕の中、これが愛しさであることは確信していた。
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