14 / 18
涙を誘うぬくもり
しおりを挟む
※元の相手との行為の描写があります。
虫の声が聞こえる穏やかな夜。布団の上。竜胆と共に過ごす愛しい時間。ぴりぴりとした緊張感だけがいつもとは違った。向かいあって座る私たちの言葉は少ない。
「松葉……何か気に病むことでもあるのか?」
「……竜胆様」
普段通りではいられなかった私に、竜胆はとっくに気がついていたのだろう。言わなければと思うのに、そう思うほどこの場から逃げ出したくなる。
心配を滲ませて私を見る竜胆。意を決して口を開いた。
「このような我儘、口にしていいはずがないのですが……。もしお許しくださるのであれば、元の家へ……帰らせていただけませんか」
昔の方が上手く言えただろうと思う。なんとでも理由をつけて、お互いを納得させられたはずだ。
でも今は、微笑みを貼り付けることさえできない。私の本心は竜胆から離れたいわけではないから、帰る理由をいい加減につけることもできなかった。
こんなに大切にして貰えたのに、竜胆にも邸の者にも、受け入れ始めてくれた民にも迷惑をかける。本当の理由を言えない私は、ただ要望だけしか伝えられなかった。竜胆を傷つけたくないのに、上手く言葉が浮かばない。
「そうか……何も気づいてやれず、すまなかった」
「……咎めないのですか」
「そんな顔をしておる者を咎められん」
「……っ」
竜胆の指が頬をなぞる。そこでようやく、自分が泣いていることに気づいた。
一度実感すれば涙はぼろぼろ溢れてくる。喉が熱く呼吸をするのも苦しくて、竜胆の体にしがみつく。竜胆のことを裏切ったようなものなのに、優しく抱きしめられた。その行為がさらに涙を誘う。
「……っぅ」
「大丈夫だ、何も心配することはない。おぬしが去ろうと、儂の想いは変わりはせぬ」
大きな手が背中をさすり、私のすべてを受け入れる。こんなに優しい人をどうして傷つけなければならないのだろう。帰りたくない。竜胆から離れたくない、ここにずっといたい。
逞しい腕の中で泣きながら、口にはできない願いを胸の内で叫んでいた。
座敷にはお酒の匂いが漂っていた。膳を前にした蘇芳様は赤い顔をしている。足を進ませながら、以前より贅沢品が減ったことに気づいた。置いてあるお酒も前ほど高級なものではない。
「松葉、ようやく戻ったか」
「お久しぶりでございます、蘇芳様。この松葉、再び蘇芳様のお傍に」
「やはりお前は美しいな……竜胆には勿体ないというもの」
深々と頭を下げた私の頬に蘇芳様は手を置く。強引に上を向かせ、口付けてきた。至近距離で香るお酒の匂いに、思わず顔をしかめそうになる。
繰り返される口付けは早急に深くなり、熱い舌が私の口内で好きに動いた。
「ん、んぅ」
「はぁ……やはりお前は格別だ」
一度体を離した蘇芳様は、着物の前を開く。下半身を露出させ、私に近づくよう促した。
「さぁ、以前のように咥えてくれ」
「はい……」
ぎらついた目の奥に、支配欲が見える。前は咥えろと言われても何も考えずにできたのに、今はそれに口を付けるのを躊躇った。しかし蘇芳様に気取られてはいけない。
頭に浮かんだ竜胆の顔に申し訳なく思いながら、蘇芳様のものを飲み込んでいった。
「ん」
「いっときとはいえ、お前を好きにできたのだ。竜胆は浮かれておっただろう」
咥えたものを刺激する私を見て、蘇芳様は満足気に口角を上げる。
竜胆に「咥えてみろ」なんて言われたことはない。好き勝手に体を触られたことも、触ることを要求されたこともない。
「っく」
「んぅ」
竜胆の気遣いや優しさを知ったいま、どうしても私への扱いを比べてしまった。蘇芳様の行為は強引で、そこに優しさなどなかった。この人は、ずっと私を都合の良い道具として扱ってきたのだ。
そんな男に体を許すしかないこと、本当に私を愛してくれる竜胆を裏切らなければならないことに、悔しくて情けなくて涙が込み上げる。
離れている間に心も蘇芳様から離れたなんてことを知られてはならない。涙を我慢し、ただ無心に舌を動かした。
「はっ」
「っ、んっ」
あの邸で今頃、竜胆は何をしているだろう。これまでと変わらずに過ごせていたら、今も竜胆と同じ布団で眠っていたのだろうか。
優しく、力強く、想いは変わらないと言った声を思い出す。
蘇芳様は食事の途中のようだが、きっと次は私の着物が脱がされるだろう。体に少しも熱が宿っていなければ不審に思われるのを避けられない。
私は自然と、ここにはいない愛しい人を思い浮かべた。
「はっ……松葉、もっと奥へ」
「ぅっ、っん」
頭に置かれた手が強引に喉の奥へ押し込む。
私が舐めているのも、私に触れる手も、荒い呼吸も、竜胆のもの。この行為をなんとか乗り切るために、竜胆が相手であると思い込んだ。
離れても、私のよすがは竜胆だ。
虫の声が聞こえる穏やかな夜。布団の上。竜胆と共に過ごす愛しい時間。ぴりぴりとした緊張感だけがいつもとは違った。向かいあって座る私たちの言葉は少ない。
「松葉……何か気に病むことでもあるのか?」
「……竜胆様」
普段通りではいられなかった私に、竜胆はとっくに気がついていたのだろう。言わなければと思うのに、そう思うほどこの場から逃げ出したくなる。
心配を滲ませて私を見る竜胆。意を決して口を開いた。
「このような我儘、口にしていいはずがないのですが……。もしお許しくださるのであれば、元の家へ……帰らせていただけませんか」
昔の方が上手く言えただろうと思う。なんとでも理由をつけて、お互いを納得させられたはずだ。
でも今は、微笑みを貼り付けることさえできない。私の本心は竜胆から離れたいわけではないから、帰る理由をいい加減につけることもできなかった。
こんなに大切にして貰えたのに、竜胆にも邸の者にも、受け入れ始めてくれた民にも迷惑をかける。本当の理由を言えない私は、ただ要望だけしか伝えられなかった。竜胆を傷つけたくないのに、上手く言葉が浮かばない。
「そうか……何も気づいてやれず、すまなかった」
「……咎めないのですか」
「そんな顔をしておる者を咎められん」
「……っ」
竜胆の指が頬をなぞる。そこでようやく、自分が泣いていることに気づいた。
一度実感すれば涙はぼろぼろ溢れてくる。喉が熱く呼吸をするのも苦しくて、竜胆の体にしがみつく。竜胆のことを裏切ったようなものなのに、優しく抱きしめられた。その行為がさらに涙を誘う。
「……っぅ」
「大丈夫だ、何も心配することはない。おぬしが去ろうと、儂の想いは変わりはせぬ」
大きな手が背中をさすり、私のすべてを受け入れる。こんなに優しい人をどうして傷つけなければならないのだろう。帰りたくない。竜胆から離れたくない、ここにずっといたい。
逞しい腕の中で泣きながら、口にはできない願いを胸の内で叫んでいた。
座敷にはお酒の匂いが漂っていた。膳を前にした蘇芳様は赤い顔をしている。足を進ませながら、以前より贅沢品が減ったことに気づいた。置いてあるお酒も前ほど高級なものではない。
「松葉、ようやく戻ったか」
「お久しぶりでございます、蘇芳様。この松葉、再び蘇芳様のお傍に」
「やはりお前は美しいな……竜胆には勿体ないというもの」
深々と頭を下げた私の頬に蘇芳様は手を置く。強引に上を向かせ、口付けてきた。至近距離で香るお酒の匂いに、思わず顔をしかめそうになる。
繰り返される口付けは早急に深くなり、熱い舌が私の口内で好きに動いた。
「ん、んぅ」
「はぁ……やはりお前は格別だ」
一度体を離した蘇芳様は、着物の前を開く。下半身を露出させ、私に近づくよう促した。
「さぁ、以前のように咥えてくれ」
「はい……」
ぎらついた目の奥に、支配欲が見える。前は咥えろと言われても何も考えずにできたのに、今はそれに口を付けるのを躊躇った。しかし蘇芳様に気取られてはいけない。
頭に浮かんだ竜胆の顔に申し訳なく思いながら、蘇芳様のものを飲み込んでいった。
「ん」
「いっときとはいえ、お前を好きにできたのだ。竜胆は浮かれておっただろう」
咥えたものを刺激する私を見て、蘇芳様は満足気に口角を上げる。
竜胆に「咥えてみろ」なんて言われたことはない。好き勝手に体を触られたことも、触ることを要求されたこともない。
「っく」
「んぅ」
竜胆の気遣いや優しさを知ったいま、どうしても私への扱いを比べてしまった。蘇芳様の行為は強引で、そこに優しさなどなかった。この人は、ずっと私を都合の良い道具として扱ってきたのだ。
そんな男に体を許すしかないこと、本当に私を愛してくれる竜胆を裏切らなければならないことに、悔しくて情けなくて涙が込み上げる。
離れている間に心も蘇芳様から離れたなんてことを知られてはならない。涙を我慢し、ただ無心に舌を動かした。
「はっ」
「っ、んっ」
あの邸で今頃、竜胆は何をしているだろう。これまでと変わらずに過ごせていたら、今も竜胆と同じ布団で眠っていたのだろうか。
優しく、力強く、想いは変わらないと言った声を思い出す。
蘇芳様は食事の途中のようだが、きっと次は私の着物が脱がされるだろう。体に少しも熱が宿っていなければ不審に思われるのを避けられない。
私は自然と、ここにはいない愛しい人を思い浮かべた。
「はっ……松葉、もっと奥へ」
「ぅっ、っん」
頭に置かれた手が強引に喉の奥へ押し込む。
私が舐めているのも、私に触れる手も、荒い呼吸も、竜胆のもの。この行為をなんとか乗り切るために、竜胆が相手であると思い込んだ。
離れても、私のよすがは竜胆だ。
10
あなたにおすすめの小説
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる