はじめて愛をくれた人

たがわリウ

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涙を誘うぬくもり

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※元の相手との行為の描写があります。


 虫の声が聞こえる穏やかな夜。布団の上。竜胆と共に過ごす愛しい時間。ぴりぴりとした緊張感だけがいつもとは違った。向かいあって座る私たちの言葉は少ない。

「松葉……何か気に病むことでもあるのか?」
「……竜胆様」

 普段通りではいられなかった私に、竜胆はとっくに気がついていたのだろう。言わなければと思うのに、そう思うほどこの場から逃げ出したくなる。
 心配を滲ませて私を見る竜胆。意を決して口を開いた。

「このような我儘、口にしていいはずがないのですが……。もしお許しくださるのであれば、元の家へ……帰らせていただけませんか」

 昔の方が上手く言えただろうと思う。なんとでも理由をつけて、お互いを納得させられたはずだ。
 でも今は、微笑みを貼り付けることさえできない。私の本心は竜胆から離れたいわけではないから、帰る理由をいい加減につけることもできなかった。
 こんなに大切にして貰えたのに、竜胆にも邸の者にも、受け入れ始めてくれた民にも迷惑をかける。本当の理由を言えない私は、ただ要望だけしか伝えられなかった。竜胆を傷つけたくないのに、上手く言葉が浮かばない。

「そうか……何も気づいてやれず、すまなかった」
「……咎めないのですか」
「そんな顔をしておる者を咎められん」
「……っ」

 竜胆の指が頬をなぞる。そこでようやく、自分が泣いていることに気づいた。
 一度実感すれば涙はぼろぼろ溢れてくる。喉が熱く呼吸をするのも苦しくて、竜胆の体にしがみつく。竜胆のことを裏切ったようなものなのに、優しく抱きしめられた。その行為がさらに涙を誘う。

「……っぅ」
「大丈夫だ、何も心配することはない。おぬしが去ろうと、儂の想いは変わりはせぬ」

 大きな手が背中をさすり、私のすべてを受け入れる。こんなに優しい人をどうして傷つけなければならないのだろう。帰りたくない。竜胆から離れたくない、ここにずっといたい。
 逞しい腕の中で泣きながら、口にはできない願いを胸の内で叫んでいた。



 座敷にはお酒の匂いが漂っていた。膳を前にした蘇芳様は赤い顔をしている。足を進ませながら、以前より贅沢品が減ったことに気づいた。置いてあるお酒も前ほど高級なものではない。

「松葉、ようやく戻ったか」
「お久しぶりでございます、蘇芳様。この松葉、再び蘇芳様のお傍に」
「やはりお前は美しいな……竜胆には勿体ないというもの」

 深々と頭を下げた私の頬に蘇芳様は手を置く。強引に上を向かせ、口付けてきた。至近距離で香るお酒の匂いに、思わず顔をしかめそうになる。
 繰り返される口付けは早急に深くなり、熱い舌が私の口内で好きに動いた。

「ん、んぅ」
「はぁ……やはりお前は格別だ」

 一度体を離した蘇芳様は、着物の前を開く。下半身を露出させ、私に近づくよう促した。

「さぁ、以前のように咥えてくれ」
「はい……」

 ぎらついた目の奥に、支配欲が見える。前は咥えろと言われても何も考えずにできたのに、今はそれに口を付けるのを躊躇った。しかし蘇芳様に気取られてはいけない。
 頭に浮かんだ竜胆の顔に申し訳なく思いながら、蘇芳様のものを飲み込んでいった。

「ん」
「いっときとはいえ、お前を好きにできたのだ。竜胆は浮かれておっただろう」

 咥えたものを刺激する私を見て、蘇芳様は満足気に口角を上げる。
 竜胆に「咥えてみろ」なんて言われたことはない。好き勝手に体を触られたことも、触ることを要求されたこともない。

「っく」
「んぅ」

 竜胆の気遣いや優しさを知ったいま、どうしても私への扱いを比べてしまった。蘇芳様の行為は強引で、そこに優しさなどなかった。この人は、ずっと私を都合の良い道具として扱ってきたのだ。
 そんな男に体を許すしかないこと、本当に私を愛してくれる竜胆を裏切らなければならないことに、悔しくて情けなくて涙が込み上げる。
 離れている間に心も蘇芳様から離れたなんてことを知られてはならない。涙を我慢し、ただ無心に舌を動かした。

「はっ」
「っ、んっ」

 あの邸で今頃、竜胆は何をしているだろう。これまでと変わらずに過ごせていたら、今も竜胆と同じ布団で眠っていたのだろうか。
 優しく、力強く、想いは変わらないと言った声を思い出す。
 蘇芳様は食事の途中のようだが、きっと次は私の着物が脱がされるだろう。体に少しも熱が宿っていなければ不審に思われるのを避けられない。
 私は自然と、ここにはいない愛しい人を思い浮かべた。

「はっ……松葉、もっと奥へ」
「ぅっ、っん」

 頭に置かれた手が強引に喉の奥へ押し込む。
 私が舐めているのも、私に触れる手も、荒い呼吸も、竜胆のもの。この行為をなんとか乗り切るために、竜胆が相手であると思い込んだ。
 離れても、私のよすがは竜胆だ。
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