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第百六十四話 それぞれの長期休暇 出奔教師の旅路
しおりを挟む「【ロックアロー・マグナム3】」
分厚い赤い毛に覆われた熊の魔物レッドベアの腹部に、魔法因子を加えた岩魔法が炸裂する。
俺の最も得意な高威力短距離用の中級魔法因子。
「グフウゥッ!?」
岩の矢は毛の下の筋肉質な厚い肉をも貫き背中にまでその威力を伝える。
悶絶するレッドベア。
いや、これは悶絶どころじゃないな。
腹部に穿たれた穴からは血が滴り小規模な血溜まりを作る。
地面に溜まった赤い血の池に倒れる巨体。
ただでさえ赤い毛で覆われたレッドベアがさらにその毛を赤く塗らす。
「グガアアア!!」
「【ロックカッター・クイック】」
不意を打ってきたもう一体のレッドベアに今度は初級魔法因子の一つ、《クイック》を加えた岩魔法。
速度を重視し威力はほとんどなくなる魔法因子だが、その分魔法の展開速度と弾速は並外れている。
顔面にぶち当たる岩の刃。
「グゥ……」
残念ながらやはり切断とまではいかない。
顔面を覆う分厚い毛すら切れていない。
だがそれで十分。
「ほらよっ」
戦斧の天成器、俺の相方であるキーリアを振るう時間は捻出出来た。
たたらを踏み隙を晒すレッドベアの顔面に両刃の両手斧による渾身の斬撃。
「―――――っ!!」
言葉にならない悲鳴とはこのことか。
頭蓋を切り裂く生生しい感触が手のひらに伝わってくる。
あー、これは致命傷だな。
運良く、レッドベアにとっては運悪く当たりどころが良かったらしい。
そのまま額から両手斧を生やしたままピクリとも動かなくなるレッドベア。
「……大分血が飛び跳ねちまったな」
当たりどころのせいか飛び跳ねた血が辺りを赤く染め上げる。
この旅用に誂えた裾の長い外套に滴る雫。
濃い血の匂いが辺りに立ち込め鼻孔をつく。
「さて、血の匂いに誘われて新らしい魔物が来る前に解体するとするか」
キーリアとの二人旅のせいか最近めっきり増えた独り言で自身に気合いを入れ直し、解体用のナイフでレッドベアを手際よく切り裂いていく。
山籠りしていると魔物の肉も貴重な食料だ。
特にレッドベアは独特の臭みもあるが血抜きをしっかりすればそれなりに食えるし上手い。
丁度いい感じに血も抜けてきてるしな。
鬱蒼とした森の中、二頭のレッドベアの解体を済ませ道なき道をひたすら進む。
学園に生徒たちを残したままの修行の旅。
魔物を倒し、魔物を倒し、強い魔物を探して倒す。
一体どれくらい経っただろうか。
もう学園は長期休暇に入った頃か?
自慢の妹でもあるアシュリーに生徒たちを無理矢理託した。
アイツが宮廷魔導士になってからは会う機会も少なくなっていたが、あの優秀な妹になら俺の生徒たちを安心して預けられる。
……アイツは幸か不幸か他の人から比べて優秀なせいでこれまで孤独に生きてきた。
アイツは基本一人でなんでも出来る。
それこそ他人がついていけない速度で学習し、理解する。
魔法技術だけじゃない。
あらゆる知識をまるで乾いた土が水を吸い込むように吸収してしまう。
そんなアイツを周りの人々は理解できないものとして扱った。
きっと……彼らにはアシュリーは奇妙な子供に映ったのだろう。
大人顔負けの知識を惜しげもなく披露し、時に間違いを誰よりも冷静かつ平静に指摘する。
なんでもないように極自然に。
そんな子供がいるのかと彼らは内心で恐れたはずだ。
距離を取り腫れ物を扱うように丁寧に接した。
結果、深いそれこそ親愛の情を抱こうとするものは現れなかった。
そして、本人もそれで構わないと諦観していた。
俺がアイツをよくからかうのも人の輪に入ることを無意識に拒絶してしまう、そんな気質を少しでも和らげるためだ。
人並み外れた能力を持っていたとしてもアシュリーもただの普通の人なのだと気づかせてやるための些細な切っ掛けになればと……そう願って。
ま、からかうと反応が面白いからでもあるけどな。
無意識に他人と距離を取ってしまうアシュリーには、きっと俺の生徒たちとの触れ合いはなにかを変える助けになるはずだ。
また、アシュリーの豊富な知識もまた生徒たちにいい刺激をもたらすだろう。
それに、きっと俺の生徒たちならアイツと接している内に気付く。
はじめは取っ付きにくいヤツだと感じても、俺の自慢の妹は案外可愛いところもあるのだと。
「にしてもこれで道は合ってるよな? なんか似たような景色ばっかり見ている気がするが」
「もう何日も森の中を彷徨ってる。方角は合っているはずだけどまだ街道は見えないようね。また適当に歩くから……」
呆れたように話すキーリア。
仕方ないだろ。
この修行の旅だって急遽支度を整えて出発したんだ。
当初は予定なんてそれほど立てていなかった。
取り敢えず生徒たちを守れる力をつけると一念発起したものの、目的地はなく王都近辺で山籠りしながら魔物を倒し続ける日々。
だが、無作為に戦っていても容易に力が手に入る訳ではない。
なによりいまより劇的に強くなるならやはり鍵となるのはキーリアの第四階梯、そのエクストラスキルを万全に操れるようになる必要がある。
今後の展望について改めて考えていると不意に聞こえたのは森を裂く悲鳴。
「きゃあああああ」
「だ、誰かぁ、助けてくれぇーーー」
「まったく……こんな森の中で騒がしいもんだ。……魔物にでも襲われたか?」
悲鳴は悲劇に満ちていて己の不幸を呪っていた。
仕方ない。
あんな声を聞いておいてここで見捨てるのは流石に忍びない。
「行くの?」
「ああ、キーリア助けに行くぞ」
悲鳴は思いの外近くから聞こえた。
なら街道を通る最中に何者かに襲われたのかもしれない。
木々を掻き分け走る。
間に合えと心の中で強く念じながら。
森から街道に飛び出した俺が出会したのは魔物の襲撃にあった商会の馬車だった。
目的地に行く途中突然物陰から現れた無数の魔物に襲われたようだ。
三台ある馬車の内一台は横転し、車輪が見事に外れている。
だが幸いなことに魔物からの犠牲者は居らず軽い怪我を負った者が少数いるだけ。
それもポーションで傷跡も残らず消えるだろうから不幸中の幸いだろう。
しかし、彼らを襲う魔物を倒した後、護衛らしき人物がいないのが気に掛かった。
この規模の隊商なら少なくとも冒険者のパーティーの一つか二つがついているはず。
それに商会の規模にもよるが専属の護衛役を担う冒険者も抱え込んでいてもおかしくない。
それで、護衛はどうしたんだよと聞いてみると、どうやら護衛役の冒険者とは俺が助けに入る少し前に逸れてしまったらしい。
なんでも街道の途中でビッグセンチピードの群れに襲われた彼らは護衛役の指示もあって距離を取るように言われていたそうだ。
しかし、群れの内の一体が吐き出した酸が馬車を引く馬を掠めたことで状況が一変した。
痛みからか焦った馬は馬車を引き連れ街道の先に。
一台の馬車が無理矢理にでも戦場を離脱してしまったことで他の二台もそれを慌てて追ってしまったとのことだ。
結果的に護衛役を自らの手で置いていってしまった訳だが、不幸は続く。
さらなる魔物の襲撃に合いもう駄目かと絶望に立たされていたそうだ。
ま、俺がそこに現れたから悲劇は起きなかった訳だが。
「レリウス殿、この度のご恩は決して忘れはしません」
堅苦しい挨拶の隊商のリーダー。
どうやら今回命を救われたことを大分感謝してくれているらしい。
深く頭を下げ、両手を固く握る。
……他の商人やその家族からの熱い視線もあるし、ちょっとむず痒いな。
「今回は不幸な事故だったが、俺たちも馬車の守りに対する注意が足りなかった。偶然だとしてもアンタが立ち寄ってくれて助かった。お陰で依頼主も無事だ。礼をいわせてくれ」
合流した護衛役の冒険者は隊商の規模にしては数が少ない感じだったが根が真面目なのだろう。
不足の事態に対処出来なかったことを大分悔いているようだった。
落ち込んだ背中を叩いて少しだけだが励ましてやる。
強くなろうと願うヤツをあまり無碍にも出来ない。
商会の馬車が魔物に襲撃されている場面に出会してから数日。
俺はというと隊商のリーダーの勧めもあって馬車に同乗させて貰っていた。
街道をゆっくりと進む馬車。
護衛役の冒険者からは『大恩あるレリウスさんを護衛として働かせるなんてとんでもない。休んでいてくれ』といわれてしまい馬車に揺られるままに暇を持て余していた。
「ねえねえ、レリウスさんは冒険者なの?」
そんな俺に純粋な眼差しで尋ねてくるのは隊商のリーダーの息子アルダ。
どうやら暇そうにしているのを目敏く見つけたらしい。
まあ、馬車に乗っているだけなんて大人でも飽きるからな。
子供にとっては新しい玩具を見つけたようなもんだ。
ここ数日俺はアルダからの質問責めに合っていた。
「あー、冒険者だった時代もあるが、いまは教師をしている」
「きょうしぃ? なら、先生なの? 僕もお父さんにいっぱい教わってるよ。だから……お父さんが先生!」
「見たところ学校に通っていてもおかしくない歳だが、根無し草の商人の子供ならそういうこともあるか」
「年? えーと年は九歳!」
他愛もない日常の会話。
だが……なぜか学園の生徒たちを思い出す。
こんな純粋無垢な訳じゃない。
寧ろ手を煩わせるような生徒ばかり。
だが、離れていると無性に彼ら、彼女らの姿が思い浮かぶ。
馬車に揺られながら風を浴び、アルダとの会話を楽しむ。
その間も目的地には着々と近づいていた。
そう、偶然にも俺の目指す先は隊商が行く行き先と同じだった。
腕利きで実力主義の冒険者の揃う闘争溢れる場所。
無限とも思える尽きることのない魔物を倒し、その魔石で以て発展した都市。
帝国に存在するダンジョンを中心に栄えた迷宮都市。
そこで俺は必ず強くなる。
この胸に鮮明に浮かぶ俺の生徒たちを守る力を得るために。
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