孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし

文字の大きさ
166 / 177

第百六十六話 少しでも追いつくために

しおりを挟む

 これは過去の記憶。
 わたしがまだこの王都のペンテシア伯爵家の御屋敷で雇われる前の数ヶ月間の思い出。





 アルレインの街には禁忌の森と呼ばれるところがある。

 立ち入りこそ禁じられていない場所だけど、近隣に住むアルレインの住民は狩人以外決して侵入することのない土地。
 周辺の森よりも強力な魔物が闊歩し、奥地にはさらに危険で刺激してはいけない魔物が潜んでいると噂される触れざる森。

 その森の中でわたしはひたすらに走っていた。

 遮る木々の枝を押しのける度傷が増える。
 一切の整備されていない足場は悪くよく転んでしまう。
 
 いままでの一切感じてこなかった死の気配。
 不安と恐怖、徐々に追い詰められていく危機感。
 呼吸は乱れ大粒の汗が首元を伝う。

 息を切らせ泥だらけになりながら、必死に森を逃げ惑い、それでもわたしの後を確実につけてくる悪意の塊。

「ギャ! ギャ!」

 ゴブリン。
 初めて目撃した時は森の動物を仕留めてその場で解体している場面だった。

 可愛さとは無縁の醜悪な子鬼。
 緑の肌に人よりは小柄な体格。
 でもその残虐性は命の奪い合いに無縁だったわたしには非常に辛いものだった。

 ゴブリンの鋭く尖った歯が解体した獲物の肉を啜る。
 両手と口元は血で赤く染まり、グチャグチャとしたなにかの咀嚼音が耳を不快にさせる。
 悦楽に浸る瞳。

 次の瞬間その瞳が木陰に隠れたわたしを、見つけた。

 警戒に殺意が生まれる瞬間。
 自分より弱い獲物を見つけた喜び。
 
 わたしはその場で……吐いた。

 あの光景はいまでも目に焼きついている。

 殺意に溢れ喜色ばんだゴブリンの笑み。
 緑の皮膚に滴り落ちる赤い鮮血。
 食い散らかされた獲物の臓物の鮮明さまでも何もかも。

 そのゴブリンが一心不乱に追いすがってくる。

「フ、【ファイアボール】!!」

 逃げながら放つのは火魔法。
 わたしの覚えた唯一の攻撃手段。
 火の魔力を球体に形成し撃ち放つ。

「ギャッ!」

 隙を窺った訳でもない正面からの迎撃は、案の定あっさりとかわされた。

 迫るゴブリン。
 吐く息は荒く、手には粗末な石の槍。

「アニス! 危ない!」

 わたしの天成器。
 右手に握った白銀の短杖フーラの危機を告げる叫び。

 でも……到底避けられるものではなかった。
 突き出された鋭利に尖った穂先。

 わたしはここで――――。

「ヴゥッ…………」

 石槍があと一歩まで迫る寸前、急に失速し目から光を失うゴブリン。
 地面にバタリと音をたてて倒れる。
 命が失われていた。

「アニス、また気を抜いたわね」

「お母さん……」  

 物陰から現れたのは普段の酒場で働く着飾った衣装とはまた違った、戦うための装束に身を包んだ母。
 わたしと同じ赤く長い髪は動きやすいように後ろに流すようにまとめられていて日常とはまた違った印象を受ける。

「コーラル、アニスはまだ戦闘訓練を初めたばかりなのよ。もっと寛容に……」

 その手に握られた大鎌から狙撃銃へと姿を変えたお母さんの天成器ヘレンがわたしを気遣ってくれる。

「駄目よ。アニス自身がクライ君に追いつきたいと願ったのだから無理は承知のはずだわ」

 射抜くような厳しい瞳。

 お母さんの言う通りだ。
 誰でもない、わたしが選んだ。

 故郷であるこの街を飛び出していった幼馴染み。
 狩人としてずっと側にいてくれると漠然と信じていた家族同然の男の子。
 クライに追いつくためにいまの生活を捨ててもいいとわたしが願った。

「……ごめんなさい」

「……謝る必要はないわ。何が悪かったか自分でも分かっているわね」

「はい」

 戦うことに関してお母さんは厳しい。

 わたしがクライに追いつくため生き方を変えることを決意した時、その決断を両親に相談した。
 お父さんは泣き叫び、反対にお母さんは真剣な瞳で頷き返した。

 いま思えば過酷な道を選んだと思う。
 アルレインの街でお父さんの酒場を手伝い暮らしていく日々。
 平穏で温かい、時折酒場のお客さんにからかわれるくらいの暴力とは無縁な日常。
 
 日常をすべてを捨てる決断だった。
 だからこそお母さんはこの決断の過酷さを知っていてわたしに厳しく教えてくれている。

「解体を終わらせたら次の相手を探すわよ。……今度は風下に立つことを忘れないように。さっきのゴブリンは警戒を怠っていなかった。僅かな環境の変化に神経を尖らせていた。だからこそ襲撃者の貴女より先に気づいたのよ。戦闘経験の浅い貴女は戦い方を工夫する必要がある。常に考えなさい。自分にとってどれが最善で、どれが最悪なのかを」

「はい!」

 返事は完結に素早く。
 この戦闘訓練を行うにあたって取り決めてある決まり事の一つ。

 でも……やっぱりお母さんは厳しくても優しい。
 さっきのゴブリンへの銃撃といい、いまの助言といい、わたしを心から心配してくれている。

 何度やっても慣れない苦手な解体を終わらせ次の相手を探す。
 といってもこの禁忌の森には自分から探すまでもなく多くの魔物が生息している。

 したがって探すのは一体で行動している逸れた魔物だ。
 上手く奇襲をかければわたしでも勝てると見込める相手。
 この訓練では自分の持っている手札で勝てる相手を探し打ち倒すことが求められている。

 と、その前にステータスを確認しておかないと。

「【ステータスオープン】」


名前 アニス・クラックス
年齢 14
種族 人間 level8
クラス 治療士 level2
HP:456/500
SP:200/220
STR:14
VIT:11
INT:21
MND:21
DEX:24
AGI:12 

スキル
火属性魔法 回復属性魔法 気配察知

天成器 フーラ
基本形態 短杖
階梯 第一階梯
EP︰300/300
エクストラスキル
格納 魔力増幅 念話


 空中に浮かぶステータスの青白い表示を見て思う。
 ……つくづくわたしは戦うことに向いていないな、と。

 体術など身体を動かすためのスキルは一切ない。
 火属性魔法こそあるものの、それもお母さんのスパルタな訓練でやっと使えるようになった《ファイアボール》の魔法一つのみ。

 回復属性魔法のスキルはクラス取得の際に手に入った星神様からの贈り物であってわたし自身の力ではない。

 それでもわたしは鍛え続ける。
 お母さんの課す試練を乗り越え先に進む。
 それがわたしが日常を捨てても本当に望んだことだから。
 




 クライから遅れること数ヶ月。
 わたしはお母さんと共にアルレインの街を旅立った。

 見送りに詰めかけてくれた多数の人々。
 先に旅立ったシスタークローネこそいないけれど、わたしがこの街で関わってきた多くの人たち。

 みんな優しくて他人の気持ちを推し量れる温かい人々。
 別れの挨拶に胸が苦しくなる。

 でも、それ以上に新しい土地に向かうことに高揚感を感じてしまっていた。

 あんなにこの街が好きだと思っていたのに。
 ずっとここで生活していくと思っていたのに。

 わたしってこんなに薄情だったのかな。
 人目も憚らず号泣し泣き崩れるお父さんを見ながら罪悪感に苛まれる。

 でも、でもわたしは選んだんだ。

「みんな、集まってくれてありがとう。……わたし、行くね! いままでありがとうございました!!」

 深く頭を下げ、見送りの拍手に後ろ髪を引かれながらも故郷を旅立つ。
 目指す先に彼がいる。

 たとえどれほど遠くてもきっと追いついてみせる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...