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2章 10歳のエルザ

6 人生最期の願い

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「要するに、今って王太子は貴方を捕らえるか、殺すかをしたい。第二王子たちは貴方と無事に接触したい。まとめればそういう感じなんだと思う。だから王太子が貴方のことを知ったら、エルザごと貴方は本当に殺されるかもしれない」

 ファニーはせっかく先生の部屋にきたのだから、とラックに置かれている新聞をパラパラと見ていた。

「とりあえずは、今日の新聞には載ってないみたいだけど……」

「何か探しているの?」

「聖女レティーシアの記事。死亡記事があったらレティーシアさんは少しは余裕持って過ごせるでしょ? みんなに死んだと思われているんだから。でも病気で公務ができないとかだったら、レティーシアさんは生きてるという扱いになっているわけで、王太子側がレティーシアさんの魂が外に逃げ出していることを気づいて探している可能性もあるってことだから、警戒しなきゃなって思った」

 そんなこと、考えもしなかった。そう思ってレティーシアは青くなる。

「ファニーって、字が読めたの?」

 リラが驚いている。彼女が字を読めるのを知らなかったのだろう。しかし、それは驚くべきことなのだろうか。
 この孤児院は文字を教わらないのだろうか。
 この子たちは10歳は行ってる気がする。それなのに文字を読めたことを驚くということは、文字が読めないのが当たり前の世界なのだろう。

「うん、隠していただけ。私はこの孤児院に来る前に文字を教わっていたから、文字は読めるの。でも教わったもの以外はわからないふりしてる。その方が都合がいいから」

 みんな、相手が賢かったり能力あったりしたら、頼ってくるようになって、面倒くさいから。

 そう言い切ったファニーの言葉にレティーシアはあっけにとられた。
 なんと達観していて冷静なのだろう。と思うと同時に、孤児院では字を教わってないという事実にも驚いた。

「ファニー……貴方、何者なの……? いくつ?」

 この子はどうしてこんなに賢いのだろう。そうレティーシアは思う。
 自分はこの子より年上のはずなのに自信を無くしてしまいそうだ。

「私? 12だよ。何者って言われても、由緒正しい平民だよ。両親も誰だかわかっているし、別にいいおうちの生まれじゃない。これに関しては間違いない話だよ」

「……」

 レティーシアは貴族として生まれ、そして王太子妃になる者として、この国でもトップクラスの教育を受けてきた存在だろう。
 それなのに、確実にその自分より教育を受けていない年下のこの子の方が、明らかに利に敏く賢く、周囲を冷静に見ることができている。
 それは知識や教養などでは計れない、いわゆる地頭の差だと思い知らされ、人として負けた気がしてへこんでしまった。

 しかし、レティーシアのその落ち込みに気づいていないファニーは、質問を重ねてくる。

「ねえあと、他にも何かヒントになりそうなことない? 魂を切り離す儀式の前でも後でも、覚えていることはなんでも欲しいんだけど」

 ヒントというより、覚えていることといえば……。

 そう考えていたせいだろう。思わず口から洩れていた。

「口づけ……」

「は?」

「……な、なんでもっ、なんでもない!」

 印象が強すぎて、考える前に口から出てしまっていたが、子供達にはまだ早いだろう。


 しかし――。


 レティーシアは考えに耽る。


 死にゆく私の唇を奪った奴は、本当に誰なんだろう。

 確実にを知ってる人が行ったはずだ。

 そうでないと、あんなセリフは話せない。


 私の夢。

 『人生最期の日に私が愛する人に口づけられて見送られたい』というもの。
 
 私のそんなたわいもない夢を知ってる人は限られている。
 
 それに人生最期の日の願いについて、話しをした相手はエドワードだった。
 彼がその口づけの相手になると思っていたから。
 今では彼が率先してレティーシアの命を狙っているというのだから、何がどうなるかわからない。
 そもそもあんな戯言を律儀に守る人がいるのもおかしい話なのだが。

 あの時、自分の近くにいたのはマルセルとリカルド。可能性としたら、護衛の騎士たちもありえるだろう。

 しかし、一応侯爵令嬢であり、聖女でもある自分の唇を奪うなんて、身分が低い者からしたら考えられないことのではないだろうか。

 となると、王子二人のうちのどちらかになるのだが。
 言葉遣いからしたらリカルドの方が近いような気もするが、きっとリカルドではないと思う。
 なぜならレティーシアはリカルドには嫌われていたから。

 表面上は和やかに過ごしてはいたようには見えただろうけれど、レティーシアとリカルドはどこかで一歩引いた付き合いをしていた。


 それは初めて会った時に原因があった。
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