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秋雨前線
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秋雨前線が停滞している。
傘を叩くほどでもなく、だからといって、降っていないわけでもない。こういう中途半端な天気は嫌いだ。図書館からの帰り道は、酷く憂鬱だった。本の返却期限が今日までだったから来たけれど、家にいるべきだったと後悔している。
雨に嫌気がさしたので、一度コンビニに入って立ち読みをしたが、止む気配はない。仕方がないので、ポテトチップスと牛乳を買って店を出た。
その時だった。
猫の声がする。
古びたマンションの陰に置かれたダンボールの中に、仔猫が一匹捨てられていた。僕は無類の猫好きである。だが、親は筋金入りの猫嫌い。連れて帰っても、また嫌な目で見られるのがオチだ。
ごめんよと心の中で呟き、その場を後にする。
空を見上げる。
このままでいいのだろうか。
足を止める人がこの先現れるとは限らない。箱はもうくたくたになるほど濡れていて、予報は今週いっぱい雨だ。今、この仔猫を救ってやれるのは僕だけだ。せめて、あの子が元気になって貰い手が見つかるまで世話をしよう。
マンションまで戻って仔猫を抱き上げると、弱々しく鳴いた。かなり、雨で体力を奪われているようだ。立ち止まって息を確かめると、規則正しい呼吸音が聞こえた。
コンビニの袋から牛乳を出して、少し指につけてやると、小さな舌でなめた。牛乳をなめるだけの元気はあるようだ。これなら、体さえ暖めてやれば早く回復するかもしれない。あまりたくさん与えても、腹を壊してしまうので、牛乳は一度しまう。肩と首で傘を挟み、両手で体をさすってやると震え出した。
もしかして、寒さを感じないほど体が冷えているのではないか。僕は上着の中に仔猫を入れ、歩きながら暖める。毛が濡れているせいか、仔猫が冷たく感じた。
嫌な予感がする。
この子を埋葬しなければならないような。
ダメだ。それだけは。
親は猫嫌いだが、僕は何度も猫を拾って帰っている。飼うことは許してもらえないので、貰い手がつくまで預かるという形で。その中で、一度だけ猫を救えなかったことがある。
ちょうど、今日のような雨の日だった。
あの日の二の舞にはしたくない。
僕は猫を抱えて走った。目の前の信号は青、家に向かって一気に走り抜ける。猫に夢中だったからか、傘でよく見えなかったのか。それとも、青信号だという油断からか、僕の前には真っ赤な車がいた。もう、避けられない。
激しい衝撃を受け、時が止まった。
僕は交差点に寝転んでいる。景色はみんな白黒だ。
僕の胸から飛び出した猫だけが、綺麗な茶色だった。
『助けてくれてありがとう。ミルク美味しかったよ。僕はもうあんまり生きられないの。だから、僕がお兄ちゃんの代わりに天国に行くね』
待って、と言いたかったが声にならない。
『僕、お兄ちゃんのこと忘れないから』
その後は、不思議なことに雨の音しかしなかった。
目を覚ましたのは翌日のことで、色々と検査をしたが体に異常はなかった。僕を轢いた人に猫がいなかったか聞いてみたが、知らないという。親はそんなことどうでもいいとさんざん泣いて、家に連れて帰られた。
「にゃーん」
家に帰ると、赤い首輪をつけた茶色の仔猫がいた。
「あんた猫飼いたがってたでしょう。お父さんの許しも貰ったから、飼っていいわよって言おうとしたらこれだもの」
「この子、飼ってもいいの?」
「今まで、随分我慢させたから、誕生日のプレゼントよ。可愛がってやりなさい。餌や躾は自分でするのよ」
「ありがとう、母さん」
あの時の猫と同じ色の仔猫、僕はミルクと名付けることにした。
秋雨に震えていた、幻のような仔猫を思い出しながら、そっと胸に抱く。
一週間、雨の予報だったはずなのに、空には虹が架かっていた。
傘を叩くほどでもなく、だからといって、降っていないわけでもない。こういう中途半端な天気は嫌いだ。図書館からの帰り道は、酷く憂鬱だった。本の返却期限が今日までだったから来たけれど、家にいるべきだったと後悔している。
雨に嫌気がさしたので、一度コンビニに入って立ち読みをしたが、止む気配はない。仕方がないので、ポテトチップスと牛乳を買って店を出た。
その時だった。
猫の声がする。
古びたマンションの陰に置かれたダンボールの中に、仔猫が一匹捨てられていた。僕は無類の猫好きである。だが、親は筋金入りの猫嫌い。連れて帰っても、また嫌な目で見られるのがオチだ。
ごめんよと心の中で呟き、その場を後にする。
空を見上げる。
このままでいいのだろうか。
足を止める人がこの先現れるとは限らない。箱はもうくたくたになるほど濡れていて、予報は今週いっぱい雨だ。今、この仔猫を救ってやれるのは僕だけだ。せめて、あの子が元気になって貰い手が見つかるまで世話をしよう。
マンションまで戻って仔猫を抱き上げると、弱々しく鳴いた。かなり、雨で体力を奪われているようだ。立ち止まって息を確かめると、規則正しい呼吸音が聞こえた。
コンビニの袋から牛乳を出して、少し指につけてやると、小さな舌でなめた。牛乳をなめるだけの元気はあるようだ。これなら、体さえ暖めてやれば早く回復するかもしれない。あまりたくさん与えても、腹を壊してしまうので、牛乳は一度しまう。肩と首で傘を挟み、両手で体をさすってやると震え出した。
もしかして、寒さを感じないほど体が冷えているのではないか。僕は上着の中に仔猫を入れ、歩きながら暖める。毛が濡れているせいか、仔猫が冷たく感じた。
嫌な予感がする。
この子を埋葬しなければならないような。
ダメだ。それだけは。
親は猫嫌いだが、僕は何度も猫を拾って帰っている。飼うことは許してもらえないので、貰い手がつくまで預かるという形で。その中で、一度だけ猫を救えなかったことがある。
ちょうど、今日のような雨の日だった。
あの日の二の舞にはしたくない。
僕は猫を抱えて走った。目の前の信号は青、家に向かって一気に走り抜ける。猫に夢中だったからか、傘でよく見えなかったのか。それとも、青信号だという油断からか、僕の前には真っ赤な車がいた。もう、避けられない。
激しい衝撃を受け、時が止まった。
僕は交差点に寝転んでいる。景色はみんな白黒だ。
僕の胸から飛び出した猫だけが、綺麗な茶色だった。
『助けてくれてありがとう。ミルク美味しかったよ。僕はもうあんまり生きられないの。だから、僕がお兄ちゃんの代わりに天国に行くね』
待って、と言いたかったが声にならない。
『僕、お兄ちゃんのこと忘れないから』
その後は、不思議なことに雨の音しかしなかった。
目を覚ましたのは翌日のことで、色々と検査をしたが体に異常はなかった。僕を轢いた人に猫がいなかったか聞いてみたが、知らないという。親はそんなことどうでもいいとさんざん泣いて、家に連れて帰られた。
「にゃーん」
家に帰ると、赤い首輪をつけた茶色の仔猫がいた。
「あんた猫飼いたがってたでしょう。お父さんの許しも貰ったから、飼っていいわよって言おうとしたらこれだもの」
「この子、飼ってもいいの?」
「今まで、随分我慢させたから、誕生日のプレゼントよ。可愛がってやりなさい。餌や躾は自分でするのよ」
「ありがとう、母さん」
あの時の猫と同じ色の仔猫、僕はミルクと名付けることにした。
秋雨に震えていた、幻のような仔猫を思い出しながら、そっと胸に抱く。
一週間、雨の予報だったはずなのに、空には虹が架かっていた。
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アルファポリス初投稿、おめでとうございます。
これを機会にどんどん作品を出して下さい!
楽しみにしてまふ。
感想ありがとうございます✨頑張ります。