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九日目目―初心者講習&昇級試験&ギルマスとの面会
しおりを挟む前世の記憶。
それは、俺に関する記憶だけ不確かだった。でも、そこで生活した色々な記憶はちゃんと残っている。
自分の名前や年齢・いつ死んだか?友達の顔・名前があやふやなのだ。
会社の名前も思い出せないが、ブラックな会社だったことは覚えている。
♢
「おはよう、ルイ!よく眠れたかい!?」
「はい。おはようございます、タバサさん」
毎朝恒例の元気な挨拶を受け、俺も挨拶を返した。
一階には、セッティングされた机たちがある。それらの椅子に腰を降ろせば、彼女が元気よく配膳してくれる。
「今日は、実習と昇格試験なんだろう?たっぷりお食べ!」
「はい」
(逆に眠くなってしまうな…)と曖昧に流しながらも、出された朝食は残さず食べた。
体調も悪くないし、食べ物を粗末に出来ないもんな。
なにより調理してくれたのが、あのブレイドさんだ。上手いんだよな、あの人の料理。
(今後再訪する場合の定宿決定だな…)
と、足取り軽く「行ってきま~す!」と声を掛け、元気よく宿を出たのだった。
♢
「……そこまで!」
昇級試験の監督官の声が響き、俺はうつ伏せの姿勢を解いた。
「ぐぁ~~!?」
「落ちた…」
「やれば出来るぜ!?俺!」
と、俺以外の受験者が、自身の試験の出来を想像して騒いでいた。
(急遽、初心者講習&試験の予定を入れたから、俺だけかと思ってたけど……)
(あっ!?講習は勿論、俺一人でしたよ?)(←心の声)
初心者講習は、メリダ婆さんに教わった内容と変わりなかった。なんなら、鳥の狩りなど有用なやり方を教わったルイは、ラッキーだったと思う。
昇級試験は、一ヶ月に一度と決められている。今回の騒ぎは、昇級試験の前だったようだ。後なら、こんなハードスケジュールを組まずに済んだが、こんな結末が待っているとは知らなかったんだ。
誰にも止めようがないよな、うん。
俺は静かに自問自答をして答えを出すと、未だ騒ぎが収まらない部屋を後にした。
因みに、試験の結果は、ギルマスとの面会時間同時の発表となる……ギルマスなら結果を知ってるだろ。そっちで聞くか。
(それまでに、一階の食堂で飯を済ませてしまおう)
俺が一階に降りれば、時間帯のせいなのか、ギルドのホールには、数名の冒険者たちが食事や依頼を見ていただけだった。
♢
「……ルイ君。お待たせ!」
食堂で痺れを切らす前にやってきたバレンを一瞥し、俺はカウンターへ声を掛ける。
「やっと来たか……すみません。一時に面会予定のルイと申します」
「僕に対する態度と、違い過ぎない?」
と、隣でごちゃごちゃ抜かす時間ギリギリ野郎は、無視である。
勿論、誰と…とは言わない。
こんな閑散とした静かなホールでは、個人の会話など筒抜けである。
「………あぁ、お待ちしておりましたよ。バレン様も、ご連絡を頂いております。私、スズナがご案内致します」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
ギルマスが『通達を出しておく』と言っていたからな。俺のギルドカードを見て察したのだろう。
彼女も、『誰が』とは言わなかった。実に気が利くスズナさんである。
俺とバレンがお礼を言えば、彼女は立ち上がる。
背が高い。スラリとスタイルが良さそうだ。あっという間に、カウンターの端にある板を上げ、こちらへやってきた。
カウンターから出てきた彼女は、とても綺麗だった。直視出来ない。
身長は、170を超えているだろう。
ウエストはキュッと締まり、その分、上と下が映えるのだ。なにがとは言わないが。例に洩れず、お御足も見事である。
誰もいなかったら、絶対に拝んでいた。
そんな事を考えているとバレる訳にはいかない。そんなことになれば、俺は恥か死ぬ。必死にポーカーフェイスを意識して繕った。
しかし、内心で指を咥えた俺のことなど関せず。バレンは、隠しもせずに見惚れていた。実に堂々たる覚悟である。
「こちらへどうぞ」
彼女の黒髪に親近感が湧くが、紅の瞳は、何故か俺をソワソワとさせた。彼女に導かれた俺たちは、ギルマスの執務室へ向かった。
(案内なんていらないけど、ギルマスの立場なら、仕方ないのかね?)
と呑気に思っていた俺だったが……俺たちを案内してくれたスズナさんが、この冒険者ギルドの【サブマスター】だと紹介されるまで、後数分。
✠ ✠ ✠ ✠
「やぁ!ルイ君も、バレン君もいらっしゃい!この時を、首を長~くして待ってたよ!さぁ、座ってくれ」
「左様で…ウレシイカギリデス」
「バレンと申します。失礼致します」
「どうぞどうぞ!それにしても、ルイ君は、なぜ片言なのかな?」
俺と会えたのが、そんなに嬉しいのか?
蒼の瞳と金の髪に、麗しいお顔。今の彼に華が飛んでいるのは、気の所為ではないだろう。
ギルマスに勧められた応接ソファに、バレンと一緒に腰掛ける。バレンは、恐る恐るといった感じだ。
「そう言うギルマスこそ、とても幸せそうですね?」
と俺が言えば、我が意を得たり!と言わんばかりに、更に瞳が輝き、表情が映える。彼の周囲には、間違いなく華が咲き残っている。
「そりゃ、そうでしょう!?あの爆風だよ!?魔法の訓練所の結界は無事だったけど、的などの備品類は全損!」
それを聞いたバレンは、(なにやってるのさ!?)という責めの視線を、俺に飛ばしてくる。だがこれも、さっくり無視である。
「それに!これはこの間も言ったけど!実験と称した、あの爆風!それに加えて、無詠唱!高ランク冒険者が、やっと身につける事が出来る技能の秘密!それに君の属性は、無属性でスキルは申告なしだよ?興味深いことしかないじゃないか!?逆に、何故興味を惹かれた?と疑問に思うことが、不思議でならない……」
よく息つく暇もなく、そんなに喋れますね?それにしても……心底不思議そうな真顔で迫りくる、ギルマスの恐怖。美人が真顔で迫ると怖いって、本当なんだな。
「俺も、日々勉強の最中なんですよ。今日は、俺の中で分かっていることしか話せませんからね」
(一昨日も思ったが、これはヤべぇ。この人、バレンと同タイプだ。気になることは、とことん突き詰める奴だ)
「…まぁ、それは後でたっぷり聞こう。では改めて、ここにいるサブマスのスズナと一緒に、私の紹介もしておこう。私の正式な名は、ドーザ・メルオレン。君の愛読書【生活魔法のススメ】の著者で、生活魔法の第一研究者でもある」
「……スズナさんが、サブマスですか?」
なにか訂正が必要な言葉が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「おどろ…いた!?
「はい。こちらのゼント支部でサブマスを勤めさせもらっています。スズナと申します。改めて、宜しくお願い致します」
「痛い…そこは、私に驚く所だろう?」
とぶすっと膨れるドーザの頬を、サブマスがもう一度、指でぶっ刺した。
「ぶふっ!?いったいなぁ!君の爪は綺麗だけど、少しは手加減してよね!?」
抗議中の頰をぶっ刺したり、ギルマスの扱いに容赦ないサブマスだな。
頰を押さえながら、ブツブツと文句を言うギルマスに、『お褒めに預かり光栄です』と微笑む強いサブマス。
「綺麗な華には、棘があるのですよ。お気をつけ下さい。それよりも、私は業務の途中ですので、これで失礼しますね。ルイさん、これは貴方の試験結果です。ギルマスの面会と同時刻でしたので、特別に別紙案内という扱いになりました」
俺に封筒を差し出しながら、説明をするサブマス。
「あっ、ギルマスに聞けば分かると思ってたので……ありがとうございます」
ここまで丁寧に扱われると、逆に恐縮してしまうな。俺は素直に頭を下げ、お礼を言った。
「気になさる必要はありません。これも仕事のうちですので。これからの活躍を、応援しております」
「ありがとうございます」
昨日判明した必要な勉学に、冒険者稼業。両立は大変だろうが、頑張ろう。
「それで、結果はどうなの?」
サブマスが退室するなり、隣に座るバレンは、ズイッと顔を寄せてきた。
ギルマスはこちらに構わず、未だ不機嫌そうに呟いている。恐らく、サブマスへの恨み言だな。
「だから、近いって言ってるだろ?一度、目の検査に行ったらどうだ?」
コイツのパーソナルスペースは、一体どうなってるんだ?横に座っているから、彼の薄い胸板が肩に当たって、地味に痛い。
「酷い……」
恭しく眼鏡を取り、鳴き真似をするバレンに、怪訝な視線を投げ掛けた俺は、ひっそりとため息を吐いた。
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