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第一話 迷子の心に風をふかせて
しおりを挟む毎日が、すこしでもやさしいものでありますように。
どうしよう。おかあさん。どこかいっちゃった。
えんえんと泣きながらスカートの裾を掴んだちいさな女の子に、掴まれた女性はもちろん、通行人のみなさんもどうしようか悩んでいた。なにしろ交番が遠く、迷子さんは混乱している。とりあえず落ち着いてもらわなければ、と、女性が思考をうんうんしているなか、風が吹いて。
「はあい! こんにちは。魔法少女リリカル・リリー、そこはかとなく登場よ」
その風に乗って、魔法少女は、はたして。空から現れたのだった。
心やさしい町民の皆さんは「あら、リリーちゃんがきたなら安心ねえ」とか「お嬢ちゃん、リリーちゃんとさやちゃんならなんとかしてくれるからな」とか、迷子さんに話しかけながら笑顔で歩いていく。迷子さんは、掴んでいたスカートの裾を掴み続けることも忘れて、ぽかんと、現れた魔法少女を見つめ、流していた涙も驚きで止まったようだった。
「まどかさん、ちいさなレディは私たちがお母さんのもとに送り届けますよ」
「ああ~、リリーちゃん、安心だわあ。わたし、これから検診で」
「おなか、おおきくなってきましたね。お気をつけて」
「ありがとう。レディちゃん、リリーちゃんとさやちゃんがお母さんのところまでつれてってくれるからね。最後まで一緒にいられなくてごめんねえ」
ぽかんとしていた迷子さんが、慌てて、どうしたらいいだろうと考えながら、女性ーまどかさんに、ありがとう、ごめんなさいと言って、それにまどかさんは、謝らないで、こちらこそごめんねえ、早く会えるといいね、とこたえ、産婦人科への道をまた進んでいった。
「さて、レディちゃん、お名前を聞かせてもらってもいいかな?」
「あ、えっと。ゆま。南野、ゆま。ろくさい」
「みなみのゆまさん。ろくさいね。おーけー。鞘香、おねがい」
「はーい。ゆまちゃん、ちょっとまっててね」
ゆまちゃんは、呼ばれた鞘香というお姉さんが、魔法少女リリカル・リリーの手に一度、触れて、そのまま空の彼方に飛んでいくのを見届けたのちに、
「お、お姉さん」
「リリーって呼んで?」
「リリーさん、魔女なの!」
「そうよ」
「すごい! はじめて会った!」
「あら、光栄だわ」
「魔女って、魔法が使えるんでしょう? 今のも魔法?」
「そう、いまのも魔法。鞘香が今、お巡りさんにご連絡して、お母さんを一緒に探してくれているわ。安心して待っていましょう」
「鞘香さんは、使い魔? とか?」
「違うわ。鞘香は、人間の、たいせつな友達よ。だから、たいせつな仕事も任せられるし、その間に私がゆまちゃんを守れるの」
「な、なるほど……」
「もちろん。たまに喧嘩もするけどね」
リリーはくすりと笑った。ゆまちゃんは、はっとしたような顔をして、どうしよう、と呟く。
「どうしたの?」
「ゆま、おかあさんと、けんかしたの、お母さん、赤ちゃんのことばっかりだから……大嫌いって言っちゃった」
「あら」
「お母さん、怒ってるかな。ゆまのこと、いらなくなってたらどうしよう」
ゆまちゃんは、お母さんのお腹の中にいる妹のことで、喧嘩したことを思い出し、また泣きたいような気持ちになってぎゅっと、小さくなってしまいたくなっていた。でもリリーにそれを話すのは違うような気もして、心の方が、ずっと、迷子な気分だ。
するとリリーは、あらあら、と、優しく笑って。
「なぜ喧嘩したかは、わからないけれど。いらない、なんてことは無いわよ」
「そんなの、お母さんじゃないもん、わからないよ」
「いいえ、わかるわ。お母さんは、ゆまちゃんがたいせつよ」
「どうしてわかるの」
「いろいろ理由はあるけれど、一番は、ゆまちゃんが、お母さんのこと、大好きだからよ」
そう。ゆまちゃんは、お母さんが大好きで、大嫌いなんて嘘だった。大嫌いと泣いた時、お母さんはとても傷ついた悲しいかおをしていて、赤ちゃんのための病院から、お母さんから、逃げ出すように走り出したら、ここにいた。
「お母さん、悲しいって顔、してたでしょう?」
「してた……」
「じゃあ、だいじょうぶ。ほら」
顔をあげて、と、リリーはゆまちゃんを促し、そちらを見ると、走っちゃいけないはずのお母さんが、えっちらおっちら走ってこちらに向かってくるのが見えた。
ゆまちゃんこそ慌てて、
「お母さん、走ったらだめ! ゆまが、そっちにいくから!」
それでもお母さんは止まらず、駆けていくゆまちゃんと、まんなかくらいで、ひしと抱き合った。
「ゆま、ごめんねえ」
「おかあさん、ゆまこそ、ごめんなさい」
「ううん、ママがごめんなの。お姉ちゃんになることをおしつけて、ごめんんね」
そこで、お母さんが勘違いしていることに気づいたゆまちゃんは、なんて伝えたらいいかわからず、けれど一生懸命「お姉ちゃんがいやなんじゃないの……」といって。でもお母さんはずっと「ごめんね」と泣いている。もうどうしたらいいのか、途方に暮れたゆまちゃんに、うしろから、やさしいこえが助けにきた。
「ゆまちゃん、お母さんと最近、二人でお出かけした?」
「え。あ、してない……」
「たくさん絵本、読んでもらえてるかな?」
「ううん……ちょっとだけ」
「そういうことじゃないかなと、私は思いますわ。ゆまちゃんのお母さん」
すると、はっとしたお母さんが、また泣きそうになりながら、ゆまちゃんを、あらためてぎゅっとして。
「さみしくさせて、ごめんねえ」
ゆまちゃんは、そこではじめて、この気持ちは、さみしい、だったんだと伝わって、ほっとして、今日いちばんに、泣いたのだった。
「リリーさん、鞘香さん。今日はありがとうございました」
「いえいえ。お帰り道、お気をつけて。ゆまちゃん、またどこかでね」
「うん、ありがとうございました!」
南野親子が帰路につき、うしろすがたを見送って。リリーは、ただのリリに戻ってゆく。
「おつかれさま。リリ」
「ありがと……よかったわ。鞘香もありがとう」
「いえいえ。帰って課題、やっつけよ~」
「ええ。おばさまのクッキー、楽しみにしていたの」
「そっち?」
リリと鞘香、二人でひとつの魔法少女は、今日も誰かをちょっとだけ助けて、日常に戻っていく。
明日もどうか、やさしい日であるように、祈りながら。
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