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 畑の方まで駆けつけてみると、そこにはボージの年老いた父親と、ボロボロの服装をした数人の大柄な男たちが言い争っていた。強盗だ、とタッカーは呟いた。

「ウチのブドウが欲しけりゃ、市場から正規の値段で買えッ!」

「何言ってんだこのジジイ! たかがそんなちんけなブドウに金なんか払ってられるかってんだ!」

「そうだそうだ、さっさと寄越しやがれ!」

「みんなはそんなこと言わずにちゃんとお金を出してくれているんだ! それに、ウチのブドウは王宮への上納品でもあるんだぞ!」

「知るかそんなこと! 早く寄越せってんだよこのクソジジイ!」

 自分の父親と、大切に育てているブドウに対する差し迫った危機的状況を見つめながら、ボージは顔を真っ赤にして歯を食いしばっていた。しかし、トラブルの輪の中に入っていこうと一歩踏み出しかけると、タッカーはボージの肩に手を置いた。

「冷静に」

「お、おう」

 タッカーの顔からは、先ほどまでの無邪気な笑顔が消えていた。

「お前らが何を言おうが、ブドウはワシの子どもじゃ! ワシが手間暇、愛情を注ぎ込んで育てたブドウをお前らにタダでやるわけにはいかん!」

「やれやれ、聞き分けの悪いジジイだぜ。すんなり言うことを聞いていれば命だけは助けてやったのにな」

 そう言ってリーダー格の男は、別の男に対して顎をしゃくって見せた。

「へい!」

 指示を受けた男は、へらへらと笑いながらポケットからナイフを取り出した。それを見てボージは再び割って入ろうとするが、それをタッカーが許さなかった。

「どうして…!」

「事態は俺がなんとかするから」

 ボージは歯痒そうにタッカーを睨んだ。不思議だ。タッカーはいったいどうやってこの場を収めようと考えているのだろう。ボージの父親の命が危険に晒されているというのに。黙って見ているなんて、酷だ。

「な、なにを…!」

「ジジイ。わかったか。今なら猶予をやろう。死にたくなかったら今すぐブドウを全部、この袋に詰めろ。いいか? 今すぐにだ」

 そう言ってリーダー格の男は、大きな網の袋を突き出した。そして乱暴にドサッと、自分の目の前に置いた。

「チキショウ…。チキショウ…」

「ヘヘッ、やっとわかったかジジイ。最初からさっさとやれってんだ!」

 タッカーは、この期に及んでもなお、ボージを引き止める。ボージの父親は悔し涙を流しながら、ブドウを袋に詰める作業を始めた。
 100房以上ある大量のブドウが、ろくでなしの強盗の手に渡ってしまうと思うと、ブドウを育てた張本人ではない私ですら、やりきれない気持ちになる。

「アバよ、ジジイ! また収穫できたら取りにくっから!」

 強盗一味は非常識な言葉を堂々と吐き捨て、畑から立ち去ろうと背を向けた。その時だった。タッカーが颯爽とリーダー格の元へ向かって走り出したかと思えば、物凄い脚力で宙に舞い上がり、男の後頭部目掛けてドロップキックを喰らわせた。男はその場に倒れ込んだ。

「何すんだ、てめえ!」

「そいつ、連れて帰れ」

「しゃらくせえ!」

 別の男が、ナイフをタッカーに向けて突き出した。私は思わず悲鳴をあげる。しかし、タッカーは素早かった。素早くナイフを交わし、男の手首にピンポイントで蹴りを入れた。

「ぐわぁ!」

 男はナイフを落とし、手首を抑えてしゃがみこんだ。

「今なら猶予をやろう。死にたくなかったら今すぐブドウを全部、お爺さんに返せ。そしてこの場を立ち去れ!」

 タッカーは力強く言い放つ。強盗一味は恐れをなし、1人残らず逃げていった。一目散に、振り返ることなく逃げていく姿は、無様なものであった。

「大丈夫でしたか、お爺さん!」

 お爺さんは泣きながら、タッカーに対する感謝の気持ちを述べた。ボージも、よっぽど嬉しかったのだろう、タッカーに抱きついた。タッカーは照れ臭そうだ。
 私はタッカーの勇姿に見惚れていた。胸のときめきが止まらなかった。
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