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私の結婚。
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「結婚してください。」
突然のプロポーズだった。偶然街で出会った高校時代の後輩、悠介からのプロポーズだった。
「はい・・・!」
もちろん私は即答した。ずっとこの人と結婚したいと思っていたから。
でも、一つ気がかりなことがった。弟である。両親を事故でなくし、二人で生活していたため私が結婚したらあの子は一人になってしまう。家事全般を私がこなしているため、きっとあの子は何も出来ない。
「弟くんに挨拶しよう。」
「そうね。」
結婚するまでの間、家事のやり方を教えよう。私ができる最大限のことはあの子にしてあげたい。そうだ、髪を切るように言わなくちゃ。
* * *
「どうかよろしくお願いします。」
結婚の挨拶をしに来た時、弟の成長を感じた。私の知らないところで、気づかないうちに弟はしっかり成長していた。洗い物も洗濯も今日の分はしっかりとやっている。家事、いつの間にかできるようになっていたのだ。
「家事、いつからできるようになったの?」
悠介が帰ったあと、修に聞いてみた。
「姉ちゃんが悠介さん最初に連れて来た時からかなぁ。」
それは、約三年前の話である。そんなにも前から修はできるようになっていたのだ。修のことを見ているようで、全然見ていなかったことに気がついた。
「いつか姉ちゃんも結婚するし、やらなくちゃいけないと思ってね。」
なんだか涙が出てきそうになった。それを必死にこらえて、わざとちゃかす。
「そ、そんなに前からできるようになってたなら、代わりにやりなさいよぅ!」
「やべ!ばれた!」
弟が世界一誇らしい。自慢の弟である。こんな姉にずっとついてきてくれたこんな弟が姉の幸せを受け入れてくれる弟が最高に大好きだ。
この頃から少しずつ、病の片鱗が見え始めた。誰も気づかないまま・・・。
* * *
ある日の、式場に見学に来た時だった。その日は朝から頭痛が酷く、起き上がるのも困難だった。
「姉ちゃん大丈夫?」
薬を持った修が心配そうにこちらを見ている。慌てて笑顔を作る。
「大丈夫だよ、薬ありがとね。」
私の作り笑いをずっと昔から見抜いていたのは分かっている。それでも何も言わないのは何も言えないからなのか、単に優しいからなのか。その優しさがありがたい。
『辛いならやめとく?』
悠介からの連絡が入る。今日の式場は人気の式場で、見学の予約をとるのも難しいため、絶対に逃せなかった。
『行くよ、大丈夫。』
『そっか、無理しないで!』
薬のおかげで少し落ち着いたので、準備をする。修は仕事に行ったようだ。食べて!と書かれた紙の上にはお粥が置いてある。いつの間にか料理もできるようになっていたようだ。微笑まずにはいられなかった。
しばらくすると悠介が迎えにきた。心配そうな顔をしている。
「ここのところよく頭痛いって言ってたよね、病院行く?」
「んーん、大丈夫だよ!それより早く行こ!」
ただの頭痛だと思い、式場に向かう。着いた式場はとても美しく、むしろここでしか式を挙げたくないと思うほどに気に入った。
「ここにしよう!」
この真っ赤なバージンロード、本来は父さんと歩くはずだけど、私は修と歩きたかった。二人で歩く姿を想像した。
きっと、修は緊張するだろう。それで、多分二、三回躓いて周囲に笑われるんだ。それでも歩いて、悠介にバトンタッチして・・・。
考えただけで涙が出そうになった。きっと幸せだと思う。色々な人に祝福されて。
突如、強い頭痛に襲われて膝をついた。悠介が駆け寄り声をかけるが、全くもって耳に入らず、心臓の鼓動が早くなるのがわかる。何とか意識を保とうとしたが頑張りも虚しく意識を失った。
・・・修。
* * *
死因は、くも膜下出血だった。
こんなに早く死んでしまうなんて思ってもいなかった。何度名前を呼んでも手を握っても咲は何も返してはくれなかった。
僕は絶望を感じた。あんなにも愛した人を、結婚するはずだったあの人を、突然失った。もう何もやる気が起きなかった。結婚式も、キャンセルの電話さえするのが嫌だった。
塞ぎ込んで、一週間がたった。布団に入り、眠れない日々を繰り返した。体が悲鳴をあげ始めたので、とりあえず冷蔵庫を開く。咲が残した作り置きが沢山あったが、もうどれも僕のように腐ってしまっている。
・・・不甲斐ない。
あの時、病院に連れていけばよかった。咲がなんて言おうと連れていくべきだった。
後悔は募るばかりで、何をしても何を見ても咲が頭に浮かぶ。ふと本棚を見ると、式場が載った本が目に付いた。重い足取りでそばに行きページをめくった。咲の書き込みが至る所にあった。
「すごく楽しみ!!」
咲の可愛い笑顔が蘇った。プロポーズした時の顔、式場が決まった時の顔、笑った顔泣いた顔怒った顔、あの時の苦しそうな顔。
それら全てが、僕を奮い立たせた。
やらなきゃ、結婚式。咲のために。
* * *
悠介、思い詰めないといいな。私がもし死んだら、他の人と幸せになって欲しい。
救急車のサイレンが響く中、そんなことを考えていた。ずっと悠介が私の名前を呼び続けるのが聞こえる。酷く悲しそうな声だな。
修は大丈夫かな。私が居なくても大丈夫かな。きっと大丈夫だよね。あんなにも成長してたんだ。いつか修もいい人見つかるといいな。
死にたくないな。
悠介が他の人と結婚するなんて嫌だ。私と結婚して欲しい。悠介と結婚したい。
修、本当はあなたがいなければ良かったって何度も考えた。なんで私が親代わりなんかしなくちゃいけないんだろうって。恨めしかった。でも、愛しかった。だって弟だもん。世界で一人しかいない私の弟だから。
私はあなたの、お姉ちゃんだから。
死にたくないよ・・・。
* * *
「知ってた、知ってたよ姉ちゃん。」
* * *
修、見えるよ。
笑顔で、私を見つめる悠介が。
本当にいい人と出会えてよかった。
今までありがとう。さようなら。
突然のプロポーズだった。偶然街で出会った高校時代の後輩、悠介からのプロポーズだった。
「はい・・・!」
もちろん私は即答した。ずっとこの人と結婚したいと思っていたから。
でも、一つ気がかりなことがった。弟である。両親を事故でなくし、二人で生活していたため私が結婚したらあの子は一人になってしまう。家事全般を私がこなしているため、きっとあの子は何も出来ない。
「弟くんに挨拶しよう。」
「そうね。」
結婚するまでの間、家事のやり方を教えよう。私ができる最大限のことはあの子にしてあげたい。そうだ、髪を切るように言わなくちゃ。
* * *
「どうかよろしくお願いします。」
結婚の挨拶をしに来た時、弟の成長を感じた。私の知らないところで、気づかないうちに弟はしっかり成長していた。洗い物も洗濯も今日の分はしっかりとやっている。家事、いつの間にかできるようになっていたのだ。
「家事、いつからできるようになったの?」
悠介が帰ったあと、修に聞いてみた。
「姉ちゃんが悠介さん最初に連れて来た時からかなぁ。」
それは、約三年前の話である。そんなにも前から修はできるようになっていたのだ。修のことを見ているようで、全然見ていなかったことに気がついた。
「いつか姉ちゃんも結婚するし、やらなくちゃいけないと思ってね。」
なんだか涙が出てきそうになった。それを必死にこらえて、わざとちゃかす。
「そ、そんなに前からできるようになってたなら、代わりにやりなさいよぅ!」
「やべ!ばれた!」
弟が世界一誇らしい。自慢の弟である。こんな姉にずっとついてきてくれたこんな弟が姉の幸せを受け入れてくれる弟が最高に大好きだ。
この頃から少しずつ、病の片鱗が見え始めた。誰も気づかないまま・・・。
* * *
ある日の、式場に見学に来た時だった。その日は朝から頭痛が酷く、起き上がるのも困難だった。
「姉ちゃん大丈夫?」
薬を持った修が心配そうにこちらを見ている。慌てて笑顔を作る。
「大丈夫だよ、薬ありがとね。」
私の作り笑いをずっと昔から見抜いていたのは分かっている。それでも何も言わないのは何も言えないからなのか、単に優しいからなのか。その優しさがありがたい。
『辛いならやめとく?』
悠介からの連絡が入る。今日の式場は人気の式場で、見学の予約をとるのも難しいため、絶対に逃せなかった。
『行くよ、大丈夫。』
『そっか、無理しないで!』
薬のおかげで少し落ち着いたので、準備をする。修は仕事に行ったようだ。食べて!と書かれた紙の上にはお粥が置いてある。いつの間にか料理もできるようになっていたようだ。微笑まずにはいられなかった。
しばらくすると悠介が迎えにきた。心配そうな顔をしている。
「ここのところよく頭痛いって言ってたよね、病院行く?」
「んーん、大丈夫だよ!それより早く行こ!」
ただの頭痛だと思い、式場に向かう。着いた式場はとても美しく、むしろここでしか式を挙げたくないと思うほどに気に入った。
「ここにしよう!」
この真っ赤なバージンロード、本来は父さんと歩くはずだけど、私は修と歩きたかった。二人で歩く姿を想像した。
きっと、修は緊張するだろう。それで、多分二、三回躓いて周囲に笑われるんだ。それでも歩いて、悠介にバトンタッチして・・・。
考えただけで涙が出そうになった。きっと幸せだと思う。色々な人に祝福されて。
突如、強い頭痛に襲われて膝をついた。悠介が駆け寄り声をかけるが、全くもって耳に入らず、心臓の鼓動が早くなるのがわかる。何とか意識を保とうとしたが頑張りも虚しく意識を失った。
・・・修。
* * *
死因は、くも膜下出血だった。
こんなに早く死んでしまうなんて思ってもいなかった。何度名前を呼んでも手を握っても咲は何も返してはくれなかった。
僕は絶望を感じた。あんなにも愛した人を、結婚するはずだったあの人を、突然失った。もう何もやる気が起きなかった。結婚式も、キャンセルの電話さえするのが嫌だった。
塞ぎ込んで、一週間がたった。布団に入り、眠れない日々を繰り返した。体が悲鳴をあげ始めたので、とりあえず冷蔵庫を開く。咲が残した作り置きが沢山あったが、もうどれも僕のように腐ってしまっている。
・・・不甲斐ない。
あの時、病院に連れていけばよかった。咲がなんて言おうと連れていくべきだった。
後悔は募るばかりで、何をしても何を見ても咲が頭に浮かぶ。ふと本棚を見ると、式場が載った本が目に付いた。重い足取りでそばに行きページをめくった。咲の書き込みが至る所にあった。
「すごく楽しみ!!」
咲の可愛い笑顔が蘇った。プロポーズした時の顔、式場が決まった時の顔、笑った顔泣いた顔怒った顔、あの時の苦しそうな顔。
それら全てが、僕を奮い立たせた。
やらなきゃ、結婚式。咲のために。
* * *
悠介、思い詰めないといいな。私がもし死んだら、他の人と幸せになって欲しい。
救急車のサイレンが響く中、そんなことを考えていた。ずっと悠介が私の名前を呼び続けるのが聞こえる。酷く悲しそうな声だな。
修は大丈夫かな。私が居なくても大丈夫かな。きっと大丈夫だよね。あんなにも成長してたんだ。いつか修もいい人見つかるといいな。
死にたくないな。
悠介が他の人と結婚するなんて嫌だ。私と結婚して欲しい。悠介と結婚したい。
修、本当はあなたがいなければ良かったって何度も考えた。なんで私が親代わりなんかしなくちゃいけないんだろうって。恨めしかった。でも、愛しかった。だって弟だもん。世界で一人しかいない私の弟だから。
私はあなたの、お姉ちゃんだから。
死にたくないよ・・・。
* * *
「知ってた、知ってたよ姉ちゃん。」
* * *
修、見えるよ。
笑顔で、私を見つめる悠介が。
本当にいい人と出会えてよかった。
今までありがとう。さようなら。
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