姉の結婚。

浅葱

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姉の結婚。

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 「バージンロードは君が歩いてくれるかい?」

 結婚式前日、俺は姉の結婚相手である悠介さんに呼ばれ近くのカフェで二人でコーヒーを飲んでいた。義兄さんとは、交際を知らせに来た時と結婚を知らせに来た時、しかもいずれも姉がいた時しか会ったことがないので、二人で会うのは初めてで少し気まずかった。
「どうかな?僕はしゅうくんにお願いしたい。」
「はぁ・・・。」
義兄さんは、大企業に務める会社員で、とてもしっかりした性格をしている。髪型から服装まできっかりしていて隙がないような人だ。そんな人がなぜあのようにマイベースでのんびりとした姉と結婚しようと思ったのかは疑問でしかない。
「本当に姉でいいんですか?悠介さんまだ若いですし、いくらでも・・・」
 その点俺は全くの真逆を行くような男だ。まるで清潔感もない。仕事はしているものの、家のことは全て姉に任せていた。伸びきった髪も後ろで無造作に束ねている。姉には何度も切れと言われていたが、億劫で切る事はしなかった。そんな俺が結婚式で、姉の横を歩くのは気が引けた。
「僕は咲さんを愛してるから。」
 迷いもなく僕にそう告げる義兄さんの顔は笑顔で、眩しさすら感じる。姉は本当にいい人を見つけたと心からそう思う。
義弟おとうとの君に言うのも恥ずかしいんだけどね。」
 そういうと一口コーヒーを飲んだ。悠介さんのメガネが曇った。

  *  *  *

 両親は、俺が十七歳で姉が二十五歳の時に事故で亡くなった。それからは姉が親代わりで俺を養い、高校を卒業させてくれた。姉の苦労は計り知れないものであり、俺なんかがわかったような口をきけない。
「いい加減髪の毛切りなさいよぅ。」
「分かってるって。」
姉は俺が何をしようが決して怒らないし、否定しない人だった。本当に母性に溢れた人で、姉が親代わりでも何も不自由はなかった。
 そんな中、二十七歳を迎えようとした姉が突然家に彼氏を連れてきた。それが悠介さんである。
「はじめまして修くん。」
 爽やか好青年の悠介さんは姉の二歳年下で、高校時代のコンピューター部の後輩だったらしい。ある時街で出会い、高校の時からずっと好きだったと悠介さんの方から告白したようだ。こんなしっかりしてる彼に姉は騙されてるのではないかと心配になったが、ずっと疲れて笑うのもぎこちなかった姉が心から笑っている毎日を見ている限りそれはないと信じた。
 姉の幸せを、心から喜ぶと同時に、姉を取られてしまうという悲しさも少なからず、いや、割と大いにあった。ずっと一緒だった姉がどこか遠くに行ってしまうようで悲しかったが、俺のために尽くしてくれた姉の幸せを俺が崩すことは絶対にしたくなかった。
 「私たち結婚します。」
 三十路になりやっと決意を固めたのか、悠介さんと二人で報告に来た。結婚式は姉はやらないでいいと言ったが、悠介さんと悠介さんの両親がご好意で金額を負担てくれて、行うことになった。
「お姉さんを僕にください。」
 父親が居ないため、俺に常套句言うことになった悠介さんは真っ直ぐ真剣な面持ちで頭を下げた。そんな悠介さんに姉は驚きつつも照れながら笑っていた。
「姉を、のんびりとした性格で、ご迷惑をお掛けしてしまうかもしれないですが、どうかよろしくお願いします。」
 結婚式の準備は着々と進められた。もちろん俺も呼ばれ、近くで見守れればそれでいいと思った。姉の、美しいウェディングドレスを見れればそれでいいと、そう思っていた。

  *  *  *
 そして今に至る。
 実は式の日程は予定よりも一ヶ月伸びていた。それでも式を行おうとする悠介さんに前日になって呼び出されたのだ。
 改めて決意を固めたという顔をしている。
 コーヒーは既に冷め湯気も立たなくなっていた。義兄さんはコーヒーを飲み終えたようでじっと俺の方を見据えている。
「どうかな?咲も喜ぶと思う。」
 姉はサプライズが大好きだから、きっと喜ぶ。義兄さんはそれをよく分かっていて、きっと企画してくれたのだろう。最初は姉が一人で歩く予定であったが、義兄さんなりのサプライズが俺もなぜか嬉しかった。
「お受けします。姉の幸せのためならなんだってしますよ。」
「ありがとう。君たち姉弟は本当に強い絆で結ばれているね。」
 なんだか照れるが、そんじょそこらの人が簡単に切れるものではないと思う。
「じゃあ明日、よろしくね。段取りは追ってすぐに連絡するよ。」
 そういうと俺の分まで会計を済ませ、早々に店の外へ出てしまった。きっと明日の式で忙しいのだと思う。
 俺は覚めたコーヒーを一気に飲み店を出た。時間は十四時二十七分、まだまだ十分に時間があった。俺はその足で、ずっと億劫で行けなかった場所に向かった。

   *  *  *

 本当に、よく晴れた日だ。
 今日この日、俺の姉は結婚する。
 何人もの人間が不安な顔をしている。ただ悠介さんはその中でもずっと笑顔を絶やさずにいた。

 もう少しで始まるね。
 まだ引き返せますよ?
 そんなことはしないよ。僕は誰がなんと言おうと咲さんと結婚したい。
 俺は誰がなんと言おうと二人の結婚を祝福します。
 ありがとう。じゃあ、段取り通りお願いね。
 分かりました。ではまた。
 そうだ、髪。とても似合ってるよ。

 そして、扉は開かれた。数多くの拍手と、すすり泣く声、結婚式のBGM。俺が歩く先には笑顔で、こちらを向く義兄さん。
 
 
 俺の横には、誰もいない。

 
 ただ俺の腕の中には、姉の遺影がある。


 歩幅を合わせることはない。俺の歩幅でバージンロードを歩く。一歩、また一歩と悠介さんの方へ進む。途中二、三回躓いて、周囲に笑われた。それでも歩いた。

 姉ちゃん、見えるか?
 笑顔で、姉ちゃんを見つめる悠介さんが。
 本当にいい人と出会えてよかった。
 今までありがとう。結婚おめでとう。

 姉の遺影を悠介さんに渡す。
 
 悠介さんはこちらを見て、力ずよく頷いた。
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