異世界犯罪対策課

河野守

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第一章 女子高生行方不明事件

第三話

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 まず手始めとして、明善は我妻の家を訪ねた。
「……いやー、すごいな」
 我妻の家は署から車で三十分ほど離れた山中にあった。その家は一言で言えば、豪邸だった。巨大な門の向こうには、広い庭と大きな白い二階建ての洋風な建物。庭師を雇っているのだろう、大きな花壇には綺麗な花が植えてある。
 一体どれだけ稼げばこのような家を建てられるのか、教えてほしいぐらいだ。警察官である明善の給料では一生無理なことはわかる。まるで別世界の光景に、明善はしばしば驚き見つめていた。
「っと、見惚れている場合じゃないな。話を聞かないと」
 鉄の門は閉め切っており、インターフォンの類は見つからない。どうやって中の住人を呼び出すのか悩んでいると、門の向こうにエプロン姿の中年女性がいることに気がついた。
「あのー、すいません!」
 女性に届くように大声を出す。こちらの存在に気がついた女性が小走りで向かってくる。
「はい、何か御用でしょうか?」
「突然の訪問、すいません。私、こういう者です」
 門越しに警察手帳を開いて見せる。
 女性には明らかな戸惑いの色。警察官が突然訪ねてきたのだから、無理もないだろう。
「我妻和奏さんについて、お聞きしたいことがありまして」
「和奏お嬢様ですか?」
 お嬢様? ということは、この女性は親族ではないのか。
「失礼ですが、あなたは我妻さんの家とはどのような関係でしょうか?」
「私は家政婦として雇われています。それでお嬢様のことについて聞きたいとのことですが」
「はい。和奏さんのご友人から、和奏さんが一週間ほど行方不明だと相談を受けまして」
 友人とぼかして高校のクラスメイトと明言しなかったのは、後々余計なトラブルを避けるため。我妻和奏がどういう性格かわからないが、警察に相談した沢宮のことを逆恨みするかもしれない。
「ああ、そのことですか……」
「まず、確認したいのですが、行方不明ということは事実でしょうか?」
「……はい」
「詳しく聞かせてもらえますね?」
 家政婦の話によると、友人達とのカラオケから帰ってきた和奏は夕食を済ませた後、キャリーバッグを持ち外出した。家政婦はどこに行くのか訪ねたが、彼女は行き先を教えてくれなかった。
「ただ、お嬢様は夏休みの間だけ旅行に行くと、そう言っていました」
「夏休みの間、?」
「はい。それで毎日のようにお嬢様とメールや電話で連絡を取り合っていたんです」
「連絡を取り合っていた? 和奏さんと連絡が取れるのですか?」
「ええ。ただ……」
「ただ?」
「二日前から連絡が取れなくなってしまいまして。連絡が来なくなったんです。こちらからメールを送っても返信がなく」
「なんですって⁉︎」
 せっかく足取りを追えると思ったのだが。
 我妻は夏休みの間だけと言った。少なくとも、彼女自身は夏休みの間だけ、異世界に行くつもりだったのだろう。そして、心配をかけないように、家政婦には連絡を欠かさなかった。だが、何故急に連絡が取れなくなった? 家を出てからの五日間は何故家政婦と連絡が出来た? 自分は無事だと周りに思わせるために、数日間の連絡をアルミトスが許したのか。
「家政婦さん、和奏さんからのメールを見せていただけませんか」
「はい。わかりました」
 明善はスマホのカメラでメールの文面を全て撮影。メールの数は少なくなく、後で署に戻って一つずつ確認しよう。
 明善はもう一つの疑問を確認する。
「警察には和奏さんの捜索届けが出されていないんです。なぜご両親は届けを出さないのですか?」
 家政婦は言い淀み、忙しなく指を動かす。はたして話していいものか、悩んでいるようだ。十秒ほど経ち、ようやく決心がついたのか、小さい声で話し始める。
「それは……世間体です」
「……はい?」
 明善は思わぬ解答に素っ頓狂な声を上げる。
 世間体?どういうことだ? 最愛の娘を心配していないのか?
 明善の戸惑いが顔に出ていたのか、家政婦は補足。
「旦那様はとある大手企業の社長をしています。一方の奥様も外資系のかなり上の立場です。それで公私共に上の人間に相応しい振る舞いをする必要がある、と」
「……まさか」
「はい。お二人とも自分の娘が行方不明であると知られ、世間体が悪くなることを憂いているのです。娘一人まとめに躾けることができないのか、と」
 上流階級には上流階級特有の悩みがあるのだろう。それでも、娘よりも世間体、他者の評価を気にするのは明善には理解出来なかった。何を差し置いても、娘を探すべきではないのか、と。
「……ご両親にもお話を聞きたいのですが、本日こちらにいらっしゃるのでしょうか?」
 家政婦は首を振る。
「旦那様は二ヶ月前からアメリカのサンフランシスコに出張に行っております。奥様の方も半年前から海外を飛び回っており、現在はインドにいます。普段からお嬢様とは連絡はしていませんので、お二人に聞いても何故お嬢様が家を出たのかよく知らないでしょう」
 明善は呆れると共に、腑に落ちた。
 沢宮さんが我妻さんの家庭のことで口籠ったのは、これか。
 我妻家はすでに崩壊しているのだ。両親は仕事ばかりで、娘のことには無関心。それどころか、己の仕事に悪影響が出るのではないかと危惧しているのだ。
「他に和奏さんの親族の方はいるでしょうか?」
「いいえ。お嬢様の親族は旦那様と奥様だけです。あとは遠い親戚が何人か」
「この家に勤めている家政婦は、あなただけでしょうか?」
「自分を含めて三人おります」
「なるほど。家政婦さん、お願いがあるのですが」
「なんでしょう?」
「和奏さんのお部屋を見せてもらうことは可能でしょうか? それと他の家政婦の方々にもお話を聞きたい」
「ええ、ええ。もちろん、構いません。旦那様達にはお伺いは不要でしょう。どうせ二つ返事で許可するはずですから。むしろ、大事になる前になるべく早く警察の方に見つけてほしいと、そう思うかもしれません。門を開けますので、少々お待ちください」
 家政婦がエプロンのポケットから何かを取り出す。それは小さなリモコンのようで、彼女は門に向けた。すると、鈍い音を立て門がゆっくりと開き始めた。
 「では、こちらへ」と案内する家政婦に、明善は続いて門をくぐった。
 我妻の人間がいない、広く寂しい屋敷へと向かう。
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