異世界犯罪対策課

河野守

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第三章 異世界転売ヤー

第三話

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 奇妙な火事のあった翌日の早朝。時刻は午前六時を回ったばかりであり、少しずつ明るくなり始めたがまだ薄暗い。本日は土曜日であり、そのためもあってか道ゆく人々は新聞配達員とランニングをしている人間のみ。
 明善と落合はコンビニの駐車場に車を止め、とある場所をじっと見ていた。視線の先は駐車場から少し離れたアパート、グリーンフォレスト。築年数の古いアパートであるが、最近外観を修繕したようで名前の通り壁の色は深い緑色になっていた。二人はアパートのとある一室を凝視している。
「ふああ。眠いな」
 落合は大きな欠伸をし、目に溜まった涙を拭く。明善もつられそうになるが、なんとか欠伸を飲み込んだ。
「暁、ちょっとコーヒー買ってきてくれ。あとなんかメシ。お前の分も。今日は俺の奢りだ」
「ありがとうございます」
 五円札を渡された明善はコンビニでブラックのコーヒーと菓子パンを購入。買い物を済ませた後素早く車に戻り、落合にレジ袋とお釣りを渡す。
「甘いパンばかりじゃねえか」
「糖分の補給に良いかなと思いまして」
「医者に甘いモノは控えろと言われているんだけどな」
「落合さんは食べ物じゃなくて、タバコと酒の方をもう少し控えるべきですよ。そうすれば色々なものを遠慮なく食べられるのに」
「俺の娘と同じようなことを言いやがって。お前まで俺から楽しみを奪うのかよ」
 二人はブラックコーヒーの苦さで眠気を吹き飛びながら、体に栄養を補給すべくパンにかぶりつく。
「ホシは今日動くと思うか?」
「さあ、どうでしょうかね」
 明善達が見張っている部屋には、『マー君の個人輸入』のサイトを運営している人間が住んでいる。サイトに記載されている銀行口座を照会した結果、口座の持ち主はあっさりと見つかった。
 名前は真野正樹《まのまさき》。年齢は二十九歳。職業は転売屋や個人輸入業、と表現すれば良いだろうか。海外から安く商品を仕入れ、日本のサイトで売っている。過去に違法薬物を仕入れようとしたことがあったが、その時は証拠不十分で不起訴処分となっている。
「あ、出てきましたよ!」
  明善の指差す先、部屋から一人の男が出てきた。ボサボサの髪に上下ジャージとだらしない格好の男が出てきた。彼が真野である。
 真野は自分の車の前に立ち、タバコに火をつける。じっくり味わった後、吸い殻を地面に投げ捨て車に乗り込んだ。アパートから出た真野の車の後を、落合達は車間距離を大きく開けながらついていく。
「さて、どこにいくんだ?」
「この方向、商品を保管しているアパートですね」
「マジか。初日で検挙できそうだな」
 商品の発送経路を調べた結果、発送場所は真野が住んでいるアパートとは少し離れた別のアパートだった。商品を保管するために別途契約しているようだ。
 真野の行動を監視し、保管用のアパートに入ったところで、言い訳できないようにそれを抑える。それが異犯対の計画である。
 真野の車は尾行に気が付かず、例のアパートへ。警戒する素振りも見せず、車を降りて保管場所の部屋にまっすぐ歩いてく。楽しそうに鼻歌を歌っており、機嫌が良い。どうやら大量に商品が購入されたのだろう。このアパートに来たのも、発送する準備のため。
「今回は随分楽に検挙できそうだな」
「ですね」
「おっし、いくぞ」
 落合と明善も車を止め、車外に降りる。見張っていた愛美と合流し、三人は足音を立てないように真野の後ろをついていく。
 真野が部屋の鍵を開けドアノブに手をかけたところで、落合にその腕を掴まれた。
「は、は、なに、おたくら?」
 目を白黒させる真野に落合は警察手帳を見せた。
「おはよう、真野さん。警察だ。俺らが来た理由、わかるか?」
「い、いや。なんのことだか。言っておきますけど、俺何も悪いことしてませんよ。確かに前に輸入関係でトラブりましたけど、不起訴になったじゃないですか。あん時はちょっと知識不足でしたけど、今はちゃんと法律を守ってますよ。チケットとか薬品とかは扱っていません」
 目を泳がせながら長舌に喋る姿は、誰がどう見てもやましいことをしているとわかるもの。
 そんな真野に対し、落合は「ああ、そうそう。部署名を名乗るのを忘れた」と、額を手で抑えるわざとらしいリアクションをとってみせる。
「俺達の部署はな、異犯対ていう名前なんだ。わかるか? 異犯対。異世界犯罪対策課」
 その名前を聞いた真野は更に動揺を深くする。
「い、異犯対?」
「そう。名前の通り、異世界関連の犯罪を取り締まる。おや、大丈夫? なんか、顔色が悪いけど」
「え、いや」
「もしかして、何か心当たりでも」
「ま、まさか」
 しどろもどろになる真野に、明善は追撃。一枚の紙を開いて見せた。
「真野さん、これ何かわかりますか? 令状です。捜索差押令状。あなたには異世界産禁止•規制品の持ち込み及び、所持違反の嫌疑が掛かっています。この令状はあなたが借りているこの部屋の家宅捜索を許可すると、裁判所が発行したものです。では、令状を読み上げますね」
 警察官が家宅捜索を行う際、発行された令状を必ず読み上げなければいけない。読み上げる明善の声を聞きながら、真野は大きくため息を吐いた。
「では、真野さん、これから家宅捜索に入ります。よろしいですね?」
  真野は明善の言葉にただただ頷くのみ。これ以上言い訳しても無駄だと、もうすでに諦めているようだ。
「では、失礼する」
 落合が最初に部屋に入り、真野と明善、愛美はそれに続く。真野の腕は逃げられないように、明善にがっちり掴まれている。
「うお」
 落合は部屋の様子を見て驚愕。
 ダンボールが床から天井までうず高く積まれている。玄関もダンボールに占領されており、人一人がやっと通れる。
「いやー、ずいぶんな量だな」
 品切れをなるべく起こさないためだろう。
 これらのダンボールには危険な商品が入っている。崩してしまわないように落合達は気をつけながら、リビングへ。五畳1Kのリビングも段ボールが所狭しと並んでいる。
「ん?」
 そこで明善はあることに気がついた。リビングの中央には小さなテーブル。テーブルの上には空になったコンビニ弁当や、ビールの空き缶が散乱している。テーブルの前にはテレビが置いてあり、遮らないようにダンボールがどけられていた。
 あれ? 真野は別の場所で寝泊まりしているはず。なのになぜ弁当の空き箱が。それにテレビも。まるで誰かが住んでいるような生活感だ。
 その時である。
「なんだ、騒がしいな。二日酔いなんだ、マノもう少し静かにしてくれ」
 しゃがれた男の声。ダンボールの向こうから眠り眼の背の高いが現れた。男は明善達の姿を見ると眠気が消えたようで、激しく狼狽。
「け、警察⁉︎ 異犯対か!」
 名前がすっと出てくるあたり、この男は異犯対を警戒していたようだ。男の容姿は目鼻立ちがはっきりとしており、肌は浅黒い。
「マノ、ヘマをしたな! 」
 男が手のひらをかざすと、バチっと青白い火花が散る。
 異世界人! この狭い室内で異能を使うつもりか!
 明善は愛美に真野を任せ、男に接近。男は一瞬狼狽えるも、突っ込んで来る明善に向かって雷撃を放った。だが、異能は明善の能力で無効化。雷は明善の体に触れようとした瞬間に消え去る。霧散した雷を呆けて見ている男を押し倒し、床に組み敷きながら手錠をかけた。
「はい。公務執行妨害で逮捕」
「くそ、放せ!」
「抵抗しない!」
 男は手足をばたつかせ、必死に明善の拘束を解こうとする。男は体格が良く力も強い。だが、明善も訓練を積んだ警察官だ。簡単に振り解けるほど、柔な相手ではない。
 男はしばしの間抵抗していたがようやく無駄だとわかったのだろう、「ちくしょう……ちくしょう……!」という恨み節を零し、ようやく大人しくなった。
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