異世界犯罪対策課

河野守

文字の大きさ
87 / 107
第四章 異世界から来た小さな暴君

第一話 姫君の訪問

しおりを挟む
 月は九月に入った。明善が住んでいる地域はまだ残暑が厳しい。だが、夕方には冷えるようになり、人々は上着を携帯するように。明善もそうである。出勤する朝は半袖のTシャツにジーンズという軽装であるものの、鞄にウインドブレイカーを入れて部屋を出た。須賀川署へ徒歩で出勤する途中、あるものが目に入る。
「なんだ、あれ?」
 交差点に複数の人間が立っており、道ゆく人々にチラシのようなものを配っている。通行人達は関わりたくないという表情だが、彼らは気にせずチラシを強引に渡していた。
「いいですか、みなさん。この世界は野蛮な異世界に侵食されているのです。最近も異世界の品が出回り、多くの怪我人が出ました。都内では大勢の子供が誘拐されそうになりました。このままでは我らが世界が滅んでしまう。今こそ異物を排除し、この美しく純粋な世界を守ろうではありませんか!」
 中年の男性が『異世界を許すな!』というタスキをかけ、通行人にマイクで呼びかけている。彼の側に立つ人々も賛同し、異世界を排する旨の発言を通行人に浴びせかけている。
「これ、どうぞ。お兄さんも見て。異世界がどんなに酷いかわかるから」
 年配の女性が明善にチラシを渡してきて、明善はそれを大人しく受け取った。チラシには異世界の所業がいかに酷いものであるか、これでもかと書かれている。確かにチラシに書かれている事件は事実である。だが、少し、いや大分誇張されている。
 ああ、そういうことか。
 明善は彼らの正体がわかった。彼らは異世界排斥主義者。その名の通り、ありとあらゆる異世界のものを排除しようとする人々だ。異世界の存在が判明した当初から存在する集団及び考え方であり、特に最近は彼らの動きが活発になっている。活発になった理由は、少し前に発生した異世界の不良品を転売する事件である。犯人達は捕まったのだが、問題はその後。犯人達は東北地方を中心に品物を売り捌いており、不良品が市民の間に大量に出回り、それらを回収する必要があったのだ。警察や自治体は品物を提出するように呼びかけたが、品物を原因とした事故が多発。確かに事故は起きている。だが、チラシには書かれた怪我人多数というのは真っ赤な嘘。物品の破損はあったが、実際は被害者数はゼロである。だが、世間を騒がせるのには十分であり、ワイドショーなどでよく取り上げられていた。マスコミが視聴率目当てに大袈裟に報道し、それを受けた民間人が不安になり過剰反応する。そして、世論を見て空気を読んだマスコミがさらに騒ぎ立てる。少しの間、そのような負のスパイラルが続いていた。
 明善は女性に軽く会釈をした後、足早にその場を立ち去る。
 何か異世界関連の事件が起きたら、センセーショナルに報道され、異世界排斥主義者の活動が活発になる。これはよくあることだ。少し時間が過ぎれば、マスコミも世間も飽きる。世間が事件に慣れるということを望むのは、警察官としては批判されるだろう。だが、異世界との関係が悪化すれば、未解決事件の捜査にも影響が出てしまうかもしれない。それらの事件を解決するためには、各世界との情報共有が欠かせないのだ。厳しい言い方になるが、明善に言わせれば彼ら異世界排斥主義者の考えは、今も家族、友人の帰りを待っている人々の願いを踏み躙る、短絡的なものである。
「おい」
 明善が須賀川署の玄関に着くと、後ろから呼び止められた。
「はい?」
 反射的に振り向くが、そこには誰もいない。
「あれ、今声が」
「こっちだ、こっち」
 声の方向は下。視線を下げると、そこには一人の少女。年齢は十歳前後。黒髪は腰まで長く、かなりの小柄。目鼻立ちはくっきりしており、日本人の容姿とは少し違う。
 ハーフの子かな。将来的には美人さんになるな。
 そう思いながら、明善は腰を曲げ少女と視線を合わせる。
「どうしたいんだい、お嬢ちゃん?」
「お前、ここの者か? 警察という」
「そうだけど。何かお巡りさんに用かい?」
 明善は少女の頭を撫でようと手を伸ばす。だが、その手はピシャリと撥ね除けられた。
「無礼者が。簡単に私の頭を撫でようとするな」
「ああ、ごめん」
 大きな瞳で睨みつけられ、明善は謝罪。
 いくらなんでも慣れ慣れしかったかな。
「それでお嬢ちゃんの要件はなんだい?」
「まず、そのお嬢ちゃんという呼び方はやめてもらうか。私を子供扱いするな」
 このぐらいの年頃なら、背伸びしたいのだろう。明善もよく大人の真似をしてコーヒーを飲んだり、難しい言葉を多用したりした頃がある。
 気難しい性格の子だなと思いながらも、彼女の言葉に従うことに。
「これは失礼。では、なんと呼べ良いかな?」
「名前で構わん」
「名前で?」
「そうだ。聞くが良い」
 少女は誇らしげに胸を逸らす。
「私の名前はイーリス・ノル・エータニア・アリオンだ」
「え、イーリス、なんて?」
 長ったらしい名前で覚えられなかった。
 日本人の名前じゃないし、やはりハーフの子かな。
 聞き返す明善に、少女は不満顔。
「人の名前を聞き返すなんて、失礼だぞ。一度で覚えろ」
「申し訳ない。君の名前は日本人には長い名前でね」
「まあ、良いだろう。私は寛容だ。上に立つ者、心を広く持たなければ。では、もう一度言うぞ」
 少女の口が開いた時、明善のスマートフォンが鳴る。
「ごめん、お嬢ちゃん。ちょっと失礼」
「あ、またお嬢ちゃんと子供扱いしたな!」
 抗議する少女を宥めながら、ポケットからスマートフォンを取り出し名前を確認。液晶画面には異締連のルルの名前が出ている。
「はい、もしもし。明善です」
「ちょっと良いかい?」
 いつもならルルは長い挨拶から入るのだが、今日はなし。電話から聞こえてくる声音もかなり焦ったものだ。
 何かよっぽどのことがあったのは明確である。明善は仕事モードに瞬時に頭を切り替える。
「どうしたの?」
「かなりまずい事態でね」
「具体的には?」
「今日、トリスタに駐在している異締連の職員がこっちの世界に来る予定だったんだ。あの違法な品物を横流ししていた事件の確認でね」
 トリスタは異世界の一つ。先日の転売事件の犯人の片割れがその世界の出身であり、トリスタで製造された違法、危険な品をこちらの世界で売り捌いていた。トリスタはこの事件を重く受け止め、こちらの世界に何度か調査に来ている。
「それは知ってる。須賀川署にも来る予定だよね」
「そう。それでね、ゲートを開いた際に急遽別件が入ってね、その職員が少しの間ゲートから離れたんだ。開きっぱなしで」
「あの、話が見えないんだけど。もっと簡潔に言ってくれる?」
「ああ、ごめん。僕もちょっと焦っててね。それで隙を見てそのゲートを通って、そちらに向かった人物がいるんだ。その人物がね、問題でね」
「問題? 犯罪者とか?」
「いや、もっとまずい。王族なんだ、その方」
「王族?」
「そう。王族といってもまだ幼い子供だけど」
「……子供?」
「名前はイーリス・ノル・エータニア・アリオン王女殿下。前々からこっちの世界を見たいと言っていてさ、ついゲートに入ってしまったんだと思う。彼女はトリスタ最大のアリオン王国の第一王女で、何かあったら大問題になる!」
「……」
 その長い名前は今さっき聞いた気がする。
 明善はスマートフォンを耳につけたまま、膨れっ面の少女に向き直る。
「もう一度、名前を教えてくれる?」
「教えようと思ったのに、そっちが話を中断したのだろう。仕方がない、教えてやる」
 明善の言葉はルルにも届いており、「わかった」という返答。おそらく、自分に向けられた言葉だと思ったのだろう。
「我が名は」
「その子の名前は」

「「イーリス・ノル・エータニア・アリオン」」
 明善は思わず天を仰いだ。「おい、聞いているのか、警察!」と服を引っ張りながら抗議する第一王女を無視し、雲一つ無い秋の青空を見上げる。
 これからとんでもなく面倒な事態になると、嫌な予感が頭をよぎったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

溺愛兄様との死亡ルート回避録

初昔 茶ノ介
ファンタジー
 魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。  そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。  そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。  大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。  戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。  血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。 「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」  命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。  体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。  ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。  

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...