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第三章

私の、友人です?

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 ヒューの嘆き声を背に、ミレッタの案内でコーデリアたちは広場へと駆けていった。

 広場に足を踏み入れると、屋台が軒を連ね、行き交う人々のざわめきが混ざり合っている。果物や焼き菓子の甘い香りが漂い、革細工や金属がぶつかる音が賑わいに紛れる。

 ざわりざわりと、さざ波のように耳に届く音の中をかき分けるようにして、コーデリアはなるべく人垣の隙間を見つけ、足早に進んでいく。

「こっちだ」

 カイルに手を引かれ、人ごみをかき分けて進む。ぎゅうぎゅうに詰まった肩が触れ合うほどの混雑の中、その喧騒の奥から、ひときわ強い声が響いているのにハッとする。

「こんな粗悪品をこんな値段で売りつけるつもり!?」

 よく聞きなれた声。間違いない。キャリーンだ。

 かなり尖ったその怒声が、広場の空気を裂くように轟いている。

「ちょっと、すみません。失礼します」

 カイルに抱き寄せられるような格好で、隙間を潜り抜け、コーデリアはやがて見えてきた僅かな隙間から急にパッと開けた場所に出た。乾いた空気が顔をかすめ、砂埃の香りがさっと鼻横を通る。

 やがて眼前に映し出されたその光景に、コーデリアはう、と息をのんだ。人々の輪の中心に、陽光を浴びたオレンジ色の髪が鮮やかに揺れている。

「キャリ……」

 思わず呼びかけようとしたが、即座に喉奥に声を引っ込める。彼女はすっかり冷静さを失っているようだった。獣が毛を逆立てるが如く、肩を怒らせて、まっすぐ誰かに大声を張り上げている。

「これ。最近、領内で問題視されている結界装置よね。こんな壊れやすい代物を売ろうだなんて、どういうつもり?」

 よく通る声でそう放ちながら、キャリーンが指さしているものに視線を向ける。彼女の真向かいには珍しい服装の青年が立っており、肩を竦めた後へらへらと笑いながら何かを差し出して見せている。

「いやいや、お嬢さん。これはうちの自社製品でしてね。問題になっているルーヴェニック産の魔道具とは違うんですよ」

 まるで他人事のような調子の抜けた声だ。微塵も焦燥を感じさせないどころか、自分に非があるなどと微塵も思っていない泰然とした様子。その姿に、記憶の縁にほろりと滲んだ既視感を感じ、コーデリアは思わず眉間を撫でた。そのまま、じっと男を注視する。

 毛皮の円筒形の帽子、獣の尾を思わせる襟巻、薄灰色の外套の隙間から覗く白い布地。この辺りでは見かけない、冬仕様の重装備のようだ。肌寒い季節でもないのに、やけに入念に場違いな防寒をしている。まるで、何かから身を隠すが如く。

 コーデリアの位置からだと男の顔はよく見えない。何せ円筒形の防止の下に、砂色の布で顔の半分以上を覆っているし、視線はキャリーンに向けられたままだ。大仰な道化師のようなゆったりとした動きで、彼女に説明している声は耳に届くのだが、言葉自体が芝居がかっていてまるで信用できない人物の見本のようである。

 わずかに捉えられたのは、帽子と布の隙間から覗く金色の髪と瞳。

(……あの色、どこかで?)

 微かな既視感に胸がざわついた。

「違う? どこをどう見たって同じじゃない!」

 キャリーンの怒気は収まるどころか、さらに勢いを増していた。

「すぐに不具合を起こすくせに、高値で売りつけるなんて、詐欺もいいところよ!」
「お嬢さん、話を聞いてくださいな。何度も言っておりますが、これは私共が独自に開発した装置でして」
「どこがどう違うっていうのよ!」
「ですから、先ほども言いましたが、この魔石を入れるところの窪みが――」

 男が指で示しながら説明しようとするのだが。

「嘘をつこうたって、そうはいかないわよ!」
「この、詐欺師! お前のせいで、お屋敷が――っ!」

 キャリーンの最大級の怒声が広場に響き渡る。同時に、コーデリアが「え」という間もなく、彼女の足が弧を描いた。

 一瞬の出来事だった。

 振り上げられたしなやかな足が鋭く風を切って唸り、男の顔を覆っていた布を巻き取った。

 乾いた空気を裂くように、はぎ取られた布がふわりと宙を舞い、ゆっくりと地面に落ちる。

「――あ」

 布の下から現れたのは、褐色の肌に金色の髪、そして糸のように細められた双眸。

 ――間違いない。

 あの顔は嫌というほど知っている。

「ツォンフェン・アルファナムーン!!」

 コーデリアは鋭く名を呼んだ。

 男――ツォンフェンは嬉しそうに目を開き、「あらら」とでも言いたげに片手を上げた。その隙を突き、キャリーンが怒涛の勢いで詰め寄る。

「このっ、詐欺師!」
「詐欺師ではないんだけどネ」

 眼前に突き出された掌底を難なく避けながら、ツォンフェンは踊るように身を翻し、適度に間合いを取りながらキャリーンの攻撃を軽やかにかわしていく。

 彼の足さばきは優雅で、余裕の笑みを崩さない。

(なんでまた、こんな厄介なのが……)

 コーデリアは眩暈を払いのけるように深く息を吐いた。

 キャリーンの拳が再び振り下ろされるが、ツォンフェンは左に体を傾けただけで避け、一瞬反応の遅れた少女の頭を片手で掴んだ。

「ぐっ……!」
「やぁ、コーデリア。ひさしぶりー、元気だったぁ?」
「こ、の……!」
「キャリーン! やめなさい!」

 野次馬の輪の中からイェニーが飛び出し、キャリーンの背後に迫る。すぐさま、羽交い絞めにしたところでツォンフェンの手がイェニーから離れた。

「放して!」
「いい加減にしなさい!」

 イェニーは、もがきながら声を荒げているキャリーンを引きずるようにして移動させる。足をばたつかせて駄々をこねるその様子は、非常に年相応で子供っぽいものだった。

「コーデリア」
「ツォンフェン。あなた……、なんでこんなところに」

 また厄介なのが現れたとため息交じりに片手を上げて応じると、ツォンフェンはアハハと明るく笑いながら悠然とこちらの方へと歩み寄る。

「いやー、ほんと懐かしいねぇ。まさかこんなところで再会できるなんて、運命感じちゃうなぁ?」
「……知り合いか?」

 静かに様子を見守っていたカイルが、コーデリアのすぐ背後から低く問いかける。見上げれば、不機嫌ではないようだがツォンフェンを油断ならないと判じた様子のカイルがのっそりと立っている。その判断は、正確なほど正確だ。

「はい。まぁ、えっと、その。知人……というか、腐れ縁、というか、勧誘を受けたというか、ですね」
「勧誘?」

 なんの勧誘か、と問われ「商人の」と小さく零しながらしどろもどろになって答えていると。

「――お初に御目文字いたします、ライグリッサ辺境伯カイル様」

 ツォンフェンが恭しく礼を取った。その所作は洗練され、カイルも思わず目を瞠るほどだった。

 コーデリアは胡散臭そうに彼を手のひらで示し、観念したように口を開く。

「彼の名前はツォンフェン・アルファナムーン。自身の行商隊を束ねる商人で――。私の、友人です?」
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