忌憚

雲井咲穂(くもいさほ)

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オリエンテーリング

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 高校の時の話だ。


 F県の青年自然の家に林間学校をすることになった。


 女子校だったので虫がたくさん出る環境での野外活動は嫌だよねぇと話していた気がする。


 自然の家の入所式の後、施設の説明や入浴の手順を経て、与えられた部屋に一班6人グループで入って荷解きをした。8畳ほどの部屋に小さな化粧台と、二段ベットが8人分。部屋の名前はカシオペア。それぞれの部屋に星座の名前が当てはまれているのがおしゃれだった。


 トイレは共有で、廊下を出て向かって右側。中央の階段に繋がるホールの横に併設されていた。洗面所も必然的にそこになる。


 部屋は電気をつけても薄暗く、年代物のドレープのカーテンがなんだか埃っぽい。

 残念ながらベランダは嵌め殺しになっていて、外に出ることはできない。

 先輩が、この「開かないベランダ」についてこんなことを言っていた。



 昔ね林間学校のベランダで転落事故があったらしいよ。

 自殺、とは直接的に言わなかったものの、何とも気味が悪い話だと思った。

 宿泊棟は二階以上になるので、確かに打ち所が悪ければその可能性もあるかもしれない。ともあれ、気味が悪すぎてベランダの向こうを見ていたくなくて、全員一致でカーテンを朝まで締め切っておくこととした。

 夜、夕食前に、「アスレチックオリエンテーリング」をすることになった。

 自然観察の家の周囲の野山に組まれたアスレチックコースの中継点に先生がスタンプを持って待っていて、各班で回るというものだった。

 懐中電灯を二つ、スタンプ台を一つ持たされ、全部終了すると「サプライズセット」と職権がもらえるという、何とも過酷な企画だった。

 とはいえ、アスレチックをして回らなければならない、というルールではなく。


 時刻も真夏の18時スタートということもあって、やや薄暗い中、アスレチックの設備を見て回りながら軽く散歩をするという感じだった。


 スギの木やらやシダ科の植物が群生している虫達の宝庫の環境で、私たちは嫌々ながらスタートすることになった。

 最初は順調だった。中間地点までは凹凸が少ないコースが中心で、足場の悪い朽ちかけの階段なども目立たなかったからだ。



 ただ、徐々に足元が不安定になったり坂道のような急こう配が増えて行った。



 班長の女の子と同じ班の仲間が地図を確認しながら懐中電灯で道を示すのをおしゃべりしながらついて行く。

 前にいる班の子に出くわすこともあったり、後ろの班の子に追い抜かれたりした。

 中継地点で待ち構えている先生は、説明の時言っていなかったのに「クイズ」を出してきて、正解するとスタンプを押してもらってそのまま通れるけど、失敗するとスクワット10回を課されることになる。

 有能な班のメンバーのおかげで、比較的スムーズに通れたのだが、一か所難所があった。

 オリエンテーリングの地図によると丁度中間地点で、大きな岩がある場所だった。


 大人二人分くらいの横幅の、地面からぽこんと飛び出たような形の大きな岩だ。その岩は地面から50センチ程の高さがあり、その岩の横に学年主任が仁王立ちして待っていた。

 途中休憩の別の班の女の子たちは、その岩の上で腰を下ろして写真を撮っていたり、水筒のお茶を飲んでいたりしていた。

 翳るようにたくさんの木々が岩に向かって伸びていて、開けているはずなのになんだか薄気味悪い場所だった。

 汗だくになりながら到着すると、岩の横に立つ学年主任とその上に立つもう一人の先生が迎えてくれ、「じゃんけん」の勝利との引き換えで通してくれることになった。

 この学年主任の先生にじゃんけんで勝つのがなかなか大変で、通貨に時間がかかってしまった。

 じゃんけん勝負をしている間も、後ろから続々と別の班の子たちが来る。

 勝てないままだと、この中間地点に滞在する時間が長くなってしまうので、必然的に人口密度が増えることとなる。

 ようやく勝利し通過しようとした時、誰かの悲鳴が聞こえた。






 吃驚して振り返ると、同級生の声が聞こえる。



 行った道を少し引き返して見れば、岩の上で休憩をしていた同じクラス鵜の同級生が「いたーい」と膝を抱えていた。どうやら岩の上でふざけていると同級生の体にぶつかって滑って落ちてしまったらしい。



 幸いなことに長ズボンのジャージだったので、特に大きなケガにもならず、頭を打ったりもなかったようだ。ただ、落ちる時に受け身を取ろうと変な態勢になって手首と足首を捻ってしまったらしく、この場所が中間地点だということもあって、後続で訪れる予定の先生を待って自然の家に戻るということになった。


 その他の生徒は、何事もなかったようにオリエンテーリングを続けるようにと指示をされ、私たちはまた、だらだらと終点に向けて歩き続けることになった。


 泥だらけの格好で点呼が終わり全員で記念撮影を取って、夕食を食堂で食べてから入浴し、それぞれの部屋に戻った。


 あれだけめんどくさいし、虫が出るし、夜のアスレチックなんてしたくなーい、ださーい、と言っていたわりに私たちは結構思い出に残るレベルで楽しんでいたように思う。

 こうして、小さなトラブルなどはあったが、二日目の登山も終え、全ての行程を終了した私たちは無事帰路につくことになった。





 林間学校が終了して一ヶ月ほど経った頃、生徒に一枚ずつ大判の写真が配られた。


 大判の集合写真である。



 班ごとにまとまってクラスごとに撮影した写真に、引率してきた先生が全員映っている。



 それを見て、「あれ?」と思った。

 一人いないのだ。




 同じ異変を同じ班の子や別の班の友達、隣のクラスの友人も気づいたらしく、「ひとりいない」という話が瞬く間に学年中、後輩や先輩に回って学校全体に広がっていった。



「いたはずの人がいない」



 のである。




 オリエンテーリングの、あの岩の上で生徒を待機していたセミロングの白い長そでのシャツに、ジーンズ姿のメガネをかけた40代くらいの女の先生がどこにもいないのだ。


 いや、むしろ。


 この学校にそんな先生はいない。


 オリエンテーリングは学校のイベントの一環だから、施設の人は関係ないはずだ。


 けれど妙なのは、見た、という人がいる一方で見ていないという人もかなりの人数いたということだった。

 私は明らかにそこにいる、とわかっていたし、同じ班の子たちもそうだった。

 ただ、学年主任の先生は「確かにいた」と言っていて「先生だった」と思う、とコッソリ教えてくれた。表向きには諸々の事情から「いなかった」と言っているけれど。

 今よく考えれば様々な不自然な点が思い浮かぶのだが、頭が考えることを拒否しているのか。考えた端から「そんなはずはない」とかき消されていく。

 けれど、集合写真に写っている引率の先生の数に一を足すと、やっぱり一人多いのだ。




 あの「先生」は、今でもあの場所に立っているのだろうか。

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