春に嵐。――特別怪異犯罪捜査課 諏佐天音の事件簿

雲井咲穂(くもいさほ)

文字の大きさ
6 / 15
第一話

足長おじさんは猫が好き

しおりを挟む
 配属されてから初めての、武見との外回りだ。

 異動翌日には瀬津、その翌日には弥上と同行し、決まった巡回ルートは一通り頭に叩き込まれた。要注意の区画や、過去に揉め事の多かった場所もひととおり確認済みである。

 弥上によれば、三ノ海は基本的に課に詰めていることが多く、外部への出動はよほどの事態が起きない限りないという。そもそも地域怪異相談課は少数精鋭で回している部署だ。通常業務の他、他部署から押し付けられる案件が重なり、さらに武見が増やす書類仕事もあって、業務は慢性的に回っていない状態が常態化していいるという。

 体のいい雑用係だ、と苦笑していた瀬津の横顔が脳裏にふと過る。
 そこへきて、異動したての新人に仕事を叩き込む手間まで増えたのだから、誰もが余裕を失っている。

 正直、わがままを言っている場合ではないことは、天音でもわかる。
 様々なあやかしと隣り合って暮らす社会だからこそ、目に見えているものにも、見えていないものにも配慮が必要になる。

 三ノ海のように、人型でわかりやすい姿のあやかしばかりではない。
 異局でなければ対処できない事案も数多く存在する。

 忙しくないと言えば、明らかに嘘だった。
 弥上の言葉を借りれば、異局の人間が街を歩くだけで、それ自体が抑止力になる――ということらしい。

「そのチンピラみたいな歩き方、なんとかならないんですか?」
「仕方がないだろう」

 舌打ちが聞こえる。
 ムッとして武見を見上げれば、視線を逸らされる。

 武見という男はぶっきらぼうに答えるが、無視はしない。
 聞けば応えるし、呼びかけには応じる。

 嫌われているわけではなさそうだが、会話が長続きしたためしはない。
 不機嫌そうに見える表情は平常運転のようで、少し長めの前髪に隠れてよくわからないが、眉間にはいつもしわが刻まれている。それがますます武見の顔立ちに凄みを持たせ、近寄りがたい印象を与えているのだろうが、慣れてしまえばそういうものだと割り切れてしまうので、天音も諦めて受け入れることにした。

「足が長いんだ」
「……足が、長い……」

 足長おじさんは人には親切ですよ、と胸中で呟き、天音は外面を厳重に顔に張り付けたまま、東本町商店街を武見と並んで歩いていた。

 もうずいぶんな距離を歩いている。
 局を出てすぐ、一体どこに行くのかと問えば、「地域の見回り」だと回答がきた。

 瀬津たちとの同行で既に経験済だが、明らかにルートが違うのは気のせいではないだろう。
 まず最初に、武見に連れられて訪れたのは、繁華街の古びた雑居ビルの三階にある、男性専用のエステサロンだった。主の女性と親し気に挨拶を交わしたと思えば、「またいつでも来てね」と気安く声をかけられている。次はそこから少し離れた場所の、地下一階に潜るタイプのバー。歓楽街が近いので、飲み屋が多い区域だ。

 日中は人の出入りがまばらで、二日酔いでゾンビのようになっている人も多い。店内を掃除中の店長と気安く会話をし、次は近くの公園へ。

 猫が集まる小さな社のある神社で、武見が猫又のあやかしに猫缶を手渡すと、どこからともなく猫が集まってきた。武見のズボンのポケットが重そうだと思っていたら、猫缶が入っているとはさすがに思わず、顔が引きつった。

 しばらくほほえましく様子を眺めていたのだが、突然現れた女性に「ここで猫にえさを与えないでください!」と叱られ、天音は平謝り。一緒に説教を受けてしかるべきの武見は、いつの間にか猫又と消えてしまっていた。

 女性の姿が見えなくなるや否や、茂みの間からひょっこり顔を出した武見の姿に、さしもの天音も平常心を保つのが難しくなったが。放り投げられたカフェオレ一つで絆されてしまうという失態を犯してしまう。

 安い。自分。と空しくなったが、気を取り直して見回り再開である。

 おそらくきっと武見なりの情報収集の一環、――なのだろうと思うことにして黙って黙々と歩いていると、「所要を思い出した」と彼が向かったのは、百貨店の横にひっそりと店を構える宝くじ売り場だった。

 さすがに職務時間に購入するのは、とうっかり小言を言ってしまったら、とても嫌な顔をされてしまった。
 解せぬ。

「武見さん……。そろそろ戻らないと」

 冬も近く、日暮れは早い。太陽が山の陰に隠れると、辺りはあっという間に闇に包まれてしまう。

「安心しろ。次が最後だ」
「最後……」

 とても信じられない、と表情にでも出ていたのだろうか。あるいは、うんざりした顔になっていたか。
 おそらくはその両方だろうが、ほんの一瞬だけ、武見が口の端を上げた気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...