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第一話
足長おじさんは猫が好き
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配属されてから初めての、武見との外回りだ。
異動翌日には瀬津、その翌日には弥上と同行し、決まった巡回ルートは一通り頭に叩き込まれた。要注意の区画や、過去に揉め事の多かった場所もひととおり確認済みである。
弥上によれば、三ノ海は基本的に課に詰めていることが多く、外部への出動はよほどの事態が起きない限りないという。そもそも地域怪異相談課は少数精鋭で回している部署だ。通常業務の他、他部署から押し付けられる案件が重なり、さらに武見が増やす書類仕事もあって、業務は慢性的に回っていない状態が常態化していいるという。
体のいい雑用係だ、と苦笑していた瀬津の横顔が脳裏にふと過る。
そこへきて、異動したての新人に仕事を叩き込む手間まで増えたのだから、誰もが余裕を失っている。
正直、わがままを言っている場合ではないことは、天音でもわかる。
様々なあやかしと隣り合って暮らす社会だからこそ、目に見えているものにも、見えていないものにも配慮が必要になる。
三ノ海のように、人型でわかりやすい姿のあやかしばかりではない。
異局でなければ対処できない事案も数多く存在する。
忙しくないと言えば、明らかに嘘だった。
弥上の言葉を借りれば、異局の人間が街を歩くだけで、それ自体が抑止力になる――ということらしい。
「そのチンピラみたいな歩き方、なんとかならないんですか?」
「仕方がないだろう」
舌打ちが聞こえる。
ムッとして武見を見上げれば、視線を逸らされる。
武見という男はぶっきらぼうに答えるが、無視はしない。
聞けば応えるし、呼びかけには応じる。
嫌われているわけではなさそうだが、会話が長続きしたためしはない。
不機嫌そうに見える表情は平常運転のようで、少し長めの前髪に隠れてよくわからないが、眉間にはいつもしわが刻まれている。それがますます武見の顔立ちに凄みを持たせ、近寄りがたい印象を与えているのだろうが、慣れてしまえばそういうものだと割り切れてしまうので、天音も諦めて受け入れることにした。
「足が長いんだ」
「……足が、長い……」
足長おじさんは人には親切ですよ、と胸中で呟き、天音は外面を厳重に顔に張り付けたまま、東本町商店街を武見と並んで歩いていた。
もうずいぶんな距離を歩いている。
局を出てすぐ、一体どこに行くのかと問えば、「地域の見回り」だと回答がきた。
瀬津たちとの同行で既に経験済だが、明らかにルートが違うのは気のせいではないだろう。
まず最初に、武見に連れられて訪れたのは、繁華街の古びた雑居ビルの三階にある、男性専用のエステサロンだった。主の女性と親し気に挨拶を交わしたと思えば、「またいつでも来てね」と気安く声をかけられている。次はそこから少し離れた場所の、地下一階に潜るタイプのバー。歓楽街が近いので、飲み屋が多い区域だ。
日中は人の出入りがまばらで、二日酔いでゾンビのようになっている人も多い。店内を掃除中の店長と気安く会話をし、次は近くの公園へ。
猫が集まる小さな社のある神社で、武見が猫又のあやかしに猫缶を手渡すと、どこからともなく猫が集まってきた。武見のズボンのポケットが重そうだと思っていたら、猫缶が入っているとはさすがに思わず、顔が引きつった。
しばらくほほえましく様子を眺めていたのだが、突然現れた女性に「ここで猫にえさを与えないでください!」と叱られ、天音は平謝り。一緒に説教を受けてしかるべきの武見は、いつの間にか猫又と消えてしまっていた。
女性の姿が見えなくなるや否や、茂みの間からひょっこり顔を出した武見の姿に、さしもの天音も平常心を保つのが難しくなったが。放り投げられたカフェオレ一つで絆されてしまうという失態を犯してしまう。
安い。自分。と空しくなったが、気を取り直して見回り再開である。
おそらくきっと武見なりの情報収集の一環、――なのだろうと思うことにして黙って黙々と歩いていると、「所要を思い出した」と彼が向かったのは、百貨店の横にひっそりと店を構える宝くじ売り場だった。
さすがに職務時間に購入するのは、とうっかり小言を言ってしまったら、とても嫌な顔をされてしまった。
解せぬ。
「武見さん……。そろそろ戻らないと」
冬も近く、日暮れは早い。太陽が山の陰に隠れると、辺りはあっという間に闇に包まれてしまう。
「安心しろ。次が最後だ」
「最後……」
とても信じられない、と表情にでも出ていたのだろうか。あるいは、うんざりした顔になっていたか。
おそらくはその両方だろうが、ほんの一瞬だけ、武見が口の端を上げた気がした。
異動翌日には瀬津、その翌日には弥上と同行し、決まった巡回ルートは一通り頭に叩き込まれた。要注意の区画や、過去に揉め事の多かった場所もひととおり確認済みである。
弥上によれば、三ノ海は基本的に課に詰めていることが多く、外部への出動はよほどの事態が起きない限りないという。そもそも地域怪異相談課は少数精鋭で回している部署だ。通常業務の他、他部署から押し付けられる案件が重なり、さらに武見が増やす書類仕事もあって、業務は慢性的に回っていない状態が常態化していいるという。
体のいい雑用係だ、と苦笑していた瀬津の横顔が脳裏にふと過る。
そこへきて、異動したての新人に仕事を叩き込む手間まで増えたのだから、誰もが余裕を失っている。
正直、わがままを言っている場合ではないことは、天音でもわかる。
様々なあやかしと隣り合って暮らす社会だからこそ、目に見えているものにも、見えていないものにも配慮が必要になる。
三ノ海のように、人型でわかりやすい姿のあやかしばかりではない。
異局でなければ対処できない事案も数多く存在する。
忙しくないと言えば、明らかに嘘だった。
弥上の言葉を借りれば、異局の人間が街を歩くだけで、それ自体が抑止力になる――ということらしい。
「そのチンピラみたいな歩き方、なんとかならないんですか?」
「仕方がないだろう」
舌打ちが聞こえる。
ムッとして武見を見上げれば、視線を逸らされる。
武見という男はぶっきらぼうに答えるが、無視はしない。
聞けば応えるし、呼びかけには応じる。
嫌われているわけではなさそうだが、会話が長続きしたためしはない。
不機嫌そうに見える表情は平常運転のようで、少し長めの前髪に隠れてよくわからないが、眉間にはいつもしわが刻まれている。それがますます武見の顔立ちに凄みを持たせ、近寄りがたい印象を与えているのだろうが、慣れてしまえばそういうものだと割り切れてしまうので、天音も諦めて受け入れることにした。
「足が長いんだ」
「……足が、長い……」
足長おじさんは人には親切ですよ、と胸中で呟き、天音は外面を厳重に顔に張り付けたまま、東本町商店街を武見と並んで歩いていた。
もうずいぶんな距離を歩いている。
局を出てすぐ、一体どこに行くのかと問えば、「地域の見回り」だと回答がきた。
瀬津たちとの同行で既に経験済だが、明らかにルートが違うのは気のせいではないだろう。
まず最初に、武見に連れられて訪れたのは、繁華街の古びた雑居ビルの三階にある、男性専用のエステサロンだった。主の女性と親し気に挨拶を交わしたと思えば、「またいつでも来てね」と気安く声をかけられている。次はそこから少し離れた場所の、地下一階に潜るタイプのバー。歓楽街が近いので、飲み屋が多い区域だ。
日中は人の出入りがまばらで、二日酔いでゾンビのようになっている人も多い。店内を掃除中の店長と気安く会話をし、次は近くの公園へ。
猫が集まる小さな社のある神社で、武見が猫又のあやかしに猫缶を手渡すと、どこからともなく猫が集まってきた。武見のズボンのポケットが重そうだと思っていたら、猫缶が入っているとはさすがに思わず、顔が引きつった。
しばらくほほえましく様子を眺めていたのだが、突然現れた女性に「ここで猫にえさを与えないでください!」と叱られ、天音は平謝り。一緒に説教を受けてしかるべきの武見は、いつの間にか猫又と消えてしまっていた。
女性の姿が見えなくなるや否や、茂みの間からひょっこり顔を出した武見の姿に、さしもの天音も平常心を保つのが難しくなったが。放り投げられたカフェオレ一つで絆されてしまうという失態を犯してしまう。
安い。自分。と空しくなったが、気を取り直して見回り再開である。
おそらくきっと武見なりの情報収集の一環、――なのだろうと思うことにして黙って黙々と歩いていると、「所要を思い出した」と彼が向かったのは、百貨店の横にひっそりと店を構える宝くじ売り場だった。
さすがに職務時間に購入するのは、とうっかり小言を言ってしまったら、とても嫌な顔をされてしまった。
解せぬ。
「武見さん……。そろそろ戻らないと」
冬も近く、日暮れは早い。太陽が山の陰に隠れると、辺りはあっという間に闇に包まれてしまう。
「安心しろ。次が最後だ」
「最後……」
とても信じられない、と表情にでも出ていたのだろうか。あるいは、うんざりした顔になっていたか。
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