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魔術師カズン、子供時代の終わり
魔術師カズン、孤独の終わり/リースト侯爵ヨシュアは諦めない
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邪悪な錬金術師イマージ・ロットによる虚無の侵食を受けた者のうち、ヨシュアとユーグレンのダメージは深刻だった。
本人たちは虚無魔力の最後の痕跡を自力で克服しようと努めたのだが、しばらく足掻いた後で結局は聖者のルシウスに浄化を頼むことになってしまった。
敵から最後に受けた、コールタールのような虚無魔力の塊は、聖者ルシウスの浄化を受けてなお大きな魔力の消耗をふたりに残した。
それでもユーグレンは半年で日常生活に復帰できたが、より被害の大きかったヨシュアはそれから4年近く寝たきり生活を送ることになる。
ほとんど寝台から身体を起こすこともできない有様で、4年目を過ぎた頃からようやく少しずつリハビリを行いながら日常生活に戻ることができた。
最初の1年目、環を通じてカズンから叔父のルシウスに送られてくる近況報告の手紙を読んでもらい、ヨシュアは泣いた。
あんなに食べることが大好きな人が、食うものに困って何日も水だけで過ごしたり、口に合わない旅先の食事で腹を壊したりなんて内容だった。
自分がそこにいて慰めてやれないことが、ヨシュアは辛くて仕方がなかった。
そしてまた寝込むの繰り返し。
このようなありさまだったから、ヨシュアは魔力使いとして、環を出すための修行をするどころではない。
それどころか、自由にならない身体を持て余すように、カズンへの執着が増した。
「……環を発現させるときだけでも、カズン様へのこだわりを消すことはできぬのか?」
「そんなことするぐらいなら、死んだほうがまし」
叔父の聖剣の聖者ルシウスにはことあるごとにたしなめられたのだが、ヨシュアはまったく彼の“忠告”を聞かない。
既に環使いとなっていた友人のホーライル侯爵令息ライルの言葉も聞かず、頑なに己の想いを掴んで離すことがなかった。
そんなヨシュアに理解を示したのは、ユーグレン王子のみ。
このふたりも結局、カズンがいなくなったことで、互いの関係に適切な表現の言葉が付けられなくなってしまっている。
ユーグレンは、戦いの後、間もなく王太子となった。
カズンの父ヴァシレウスがイマージ・ロットの手で命を絶たれ金塊にされてしまった後、失意に沈んだ国王テオドロスが退位を表明した。
次の王には、ユーグレンの母、王太女グレイシアが女王として即位している。
ユーグレンは自分が虚無魔力の悪影響で健康が優れないことを理由に立太子を辞退しようとしたのだが、母のグレイシアが許さなかった。
ユーグレンもヨシュアと同じで、環の訓練は遅々として進んでいない。
修行しようにも、これまでの王子教育に加えて王太子教育と国王教育が本格的に始まってしまった。
まったく時間の余裕がない。
それでも月に二度、ヨシュアの見舞いに行くことだけは決して欠かすことがなかったのはさすがというべきか。
一方、旅に出たカズンは、己の幼馴染みの執念を行く先々で思い知った。
どこにいても手紙が来る。荷物が届く。
たまにリースト伯爵領産の鮭や中骨の缶詰、鶏ガラスープなども入っている。
それに加えて、母セシリアやユーグレンやライル、グレン、カレンなどからの荷物や手紙も時折混ざっていた。
(どこが『幸運1の自分じゃ探し出せない』なんだ?)
カズンは荷物を受けとるたびに首を傾げたが、深く考えることはしなかった。
だってヨシュアだしな、と。
昔からあの麗しの幼馴染みはそんな感じだった。
再会できたのはそれから何年も後のことだ。
ヨシュアのあまりの頑迷さと不甲斐なさに、リースト伯爵家の一族の娘が怒って、彼を後見人のルシウスともども追放したのだ。
「しばらく放牧してあげるわ」と言って。
これ幸いにとヨシュアはカズンを追っていき、暇を持て余すことになったルシウスは、バカンスを兼ねて旅に出た。
ちょうど、師匠の魔術師フリーダヤから、困難な境遇に置かれていた、とある聖女を指導するよう頼まれていたこともある。
不思議な縁が働いたもので、旅先のカズンからも、同じその聖女を助けてやってほしいと手紙を受け取ったばかりだった。
「カズン様、ようやく見つけた」
「おまえな。僕のことなんか追ってないで、家のことはどうした。貴族の義務だろう?」
「そんなの勝手に旅に出て里帰りひとつしないあなたに言われたくないです。……何かオレに言うことないんですか?」
「ただいま」
「……お帰りなさい」
まだ旅先で、故郷アケロニア王国でない場所での再会だった。
カズンはいまだ、父親の仇であるイマージ・ロット、ロットハーナの末裔に辿り着けていない。
それでもカズンは「ただいま」と言ってくれた。
ヨシュアに、ただいま、と。
他の誰でもないヨシュアに。
感無量だった。
数年ぶりに見た大好きな人にはもう、故郷にいたときのような子供っぽさはどこにもない。
冒険者がするような旅装束姿で、今の彼を見て、かつて甘えん坊で食いしん坊だった一国の愛され王族だと見抜ける者はいないだろう。
対するヨシュアは、ネイビーのラインの入った白の軍服、肩から提げたマントにも染みひとつない。
実家リースト伯爵家、いや数年前のロットハーナの末裔からカズンやユーグレン王子を守った功績で今は侯爵に陞爵したリースト家。その正装姿だった。
もうすっかり一人前の大人の男となった幼馴染みがカズンを迎えに来た。
最後に見たときはまだ線の細さがあった彼も、今では父方の叔父と同じくらい背も伸びていた。
その白皙の顔にはかつてカズンの顔にあった黒縁眼鏡がある。
何年もの間、自分の顔にあった眼鏡をヨシュアは外し、一日たりとも忘れることのなかった大事な人の顔に戻した。
「うん。やっぱりカズン様はそうでなきゃ」
「うわ、眼鏡、久し振りだ」
カズンがずり落ちそうになった眼鏡のブリッジを中指で押し上げている。
その夢にまで見た仕草に、ヨシュアは己の目が潤むのを感じた。
「来るのが遅いぞ、ヨシュア。僕はお前を待ってたのに」
「……ごめんなさい」
そこは素直に叱られておいた。
5年以上も待たせてしまったのだ。この間、カズンには山ほどの試練があったと聞いている。
だが、とりあえずはだ。
「じゃあ、まずは話し合い。しましょうか?」
「何のだ?」
「我らの関係をどうするかに決まってるでしょう!」
「えっと……お前は今後はもうずっと僕の側にいてくれるのだろう?」
「え?」
「……え?」
一瞬、カズンが何を言っているかわからなくて、ヨシュアの頭の中が真っ白になった。
「おお。おまえも環、使えるようになったじゃないか」
「!?」
ハッとなってヨシュアが自分の身体を見下ろすと、足元に光の円環が出現している。
「は、はは……何だ……こんなに簡単なことだったんですね……」
(環を出そうとするときだけ、頭の中の雑念を止めればいいんじゃないか。何なんだ、叔父様もライル様も、カズン様への執着を捨てろなんて紛らわしいこと言うから!)
さすがに、幼い頃から魔力使いとしての研鑽を積んでいたヨシュアは、すぐに環を発現させるための秘訣を掴んだ。
難しいことは何もなかった。
大切な人への想いを捨てる必要もなく、ただ一時的に頭の中で彼への想いを語る言葉を止めるだけで良かったのだ。
しかし、そんなことより何より重大なことが明らかになっていた。
ヨシュアはカズンが出奔したとき、彼が自分の手の中からすり抜けたと思って、絆を繋ぎ止めるにはどうすればいいか必死だった。
ずっとそんなことばかり考えていたから、叔父のルシウスが必死になって環が出せるよう助言をくれていたのに、できなかったのだ。
だが蓋を開けてみればどうだ。
当のカズンはずっと、ヨシュアを待ってくれていたんじゃないか。
ヨシュアは、カズンが律儀で義理堅い性格であることを忘れていたのだ。
別れ際、カズンに一方的に気持ちを押しつけていたヨシュアと、素直にヨシュアがいつか自分に追いつくと旅の間も気楽に考えていたカズン。
何としてでもカズンを手に入れてやると何年もしつこく思い続けたヨシュアと、自分とヨシュアには切れることのない絆があるからと安心して旅を続けていたカズン。
そうしてふたりは何年もの時間を、すれ違ったまま無駄にしていた。
それに、この現実はヨシュアに猛烈な羞恥と反省をもたらした。
環に覚醒した今だからわかる。
足元に出た環を爪先で踏みつけると、同じ環使いのカズンと何となく繋がっている感覚があった。
(ごめんなさい、カズン様。オレはあなたにこだわって、あなたの側にいたくて、……ずっと自分のことしか考えてなかった。そんなの本当にあなたのことを思って考えていたわけじゃなかった)
その執着こそがヨシュアを環と、既に環に覚醒しているカズンと隔絶させていたのだと、ヨシュアはやっと自覚した。
叔父のルシウスや友人のライル、それにこれまで助けてくれた人々がはっきり教えてくれなかったのは、誤りを指摘してヨシュアを傷つけないよう慮ってくれていたからだ。
彼らの優しさをヨシュアはようやく理解できた。
「とりあえず、どこか宿に入りましょう」
「? それは構わないが」
「防音のきいた部屋のあるところがいいですね」
「そう、なのか?」
だとすると壁の厚い建物で、それなりのお値段のする宿になるだろう。
「一週間ぐらい、誰にも邪魔されないと最高です」
「そんなに何をすることがあるんだ? 宿なんて寝に帰るだけだろう?」
「そうですね。でも話すこと、たくさんあるでしょう?」
ヨシュアはにこ、と微笑んだ。
麗しの美貌は大人になってからも健在だった。
ふつうの人ならこれで落ちるのだが、カズンは付き合いが長い分、その辺が鈍いからヨシュアの意図に気づかない。
その夜、一室だけ取った宿の部屋では、古くからの幼馴染みふたり、明かりが消えることなく語る言葉が尽きることはなかった。
宿から出たとき、カズンはもう独りではなかった。
隣には気心知れた麗しの青年がいて、上機嫌で当たり前のようにカズンに付いてくる。
やがて他の仲間たちも合流してきて、故郷を出奔した頃からは考えられないほど賑やかな旅路となっていく。
そうして、魔術師カズンの冒険は続いていくのだった。
◇◇◇
「……カズン様。いまカーナ王国にルシウス叔父様とユーグレン様がいるってご存知でしたか?」
「ん? ルシウス様には僕から現地の聖女を助けてくれるよう頼んでいたが……ユーグレンまでいるのか!?」
それはさすがに初耳だった。
5年以上振りに顔に戻った黒縁眼鏡がずり落ちそうになる。
「そのユーグレン様から環を通じて緊急の手紙が届きました。……叔父様が瀕死の重傷を負ったと」
「!???」
あの魔王とまで呼ばれる聖剣使いの聖者が、重傷!?
それは世界の崩壊レベルの危機ではないか!?
「せっかく再会できたのに名残惜しいですが、オレはカーナ王国へ行きます。では……」
「ま、待て待て待て! 僕も行く、ルシウス様が負傷するほどの何があの国で起こっているのだ!?」
そもそも、少し前までカズンが立ち寄っていたのが、西の小国カーナ王国なのだ。
あの国は聖女の虐待という未曾有の大事件が起こっていて、その解決のためにカズンは少なからず協力をした。
「一緒に行こう。ヨシュア」
力強く頷くカズンの胸元には、かすかに黄金色の魔力をまとう光の環がある。
微笑みを返すヨシュアの足元には、群青色の魔力を帯びた環が。
これから向かう場所が旅の終わりの地になることを、まだふたりは知らなかった。
ヨシュアは何があってもカズンから離れる気はなかったし、カズンは己の環が示す方向へ向かうだけ。
王弟カズンの冒険前夜 終
→聖女投稿 第三章へ続く
最後までご覧いただきありがとうございました!
本人たちは虚無魔力の最後の痕跡を自力で克服しようと努めたのだが、しばらく足掻いた後で結局は聖者のルシウスに浄化を頼むことになってしまった。
敵から最後に受けた、コールタールのような虚無魔力の塊は、聖者ルシウスの浄化を受けてなお大きな魔力の消耗をふたりに残した。
それでもユーグレンは半年で日常生活に復帰できたが、より被害の大きかったヨシュアはそれから4年近く寝たきり生活を送ることになる。
ほとんど寝台から身体を起こすこともできない有様で、4年目を過ぎた頃からようやく少しずつリハビリを行いながら日常生活に戻ることができた。
最初の1年目、環を通じてカズンから叔父のルシウスに送られてくる近況報告の手紙を読んでもらい、ヨシュアは泣いた。
あんなに食べることが大好きな人が、食うものに困って何日も水だけで過ごしたり、口に合わない旅先の食事で腹を壊したりなんて内容だった。
自分がそこにいて慰めてやれないことが、ヨシュアは辛くて仕方がなかった。
そしてまた寝込むの繰り返し。
このようなありさまだったから、ヨシュアは魔力使いとして、環を出すための修行をするどころではない。
それどころか、自由にならない身体を持て余すように、カズンへの執着が増した。
「……環を発現させるときだけでも、カズン様へのこだわりを消すことはできぬのか?」
「そんなことするぐらいなら、死んだほうがまし」
叔父の聖剣の聖者ルシウスにはことあるごとにたしなめられたのだが、ヨシュアはまったく彼の“忠告”を聞かない。
既に環使いとなっていた友人のホーライル侯爵令息ライルの言葉も聞かず、頑なに己の想いを掴んで離すことがなかった。
そんなヨシュアに理解を示したのは、ユーグレン王子のみ。
このふたりも結局、カズンがいなくなったことで、互いの関係に適切な表現の言葉が付けられなくなってしまっている。
ユーグレンは、戦いの後、間もなく王太子となった。
カズンの父ヴァシレウスがイマージ・ロットの手で命を絶たれ金塊にされてしまった後、失意に沈んだ国王テオドロスが退位を表明した。
次の王には、ユーグレンの母、王太女グレイシアが女王として即位している。
ユーグレンは自分が虚無魔力の悪影響で健康が優れないことを理由に立太子を辞退しようとしたのだが、母のグレイシアが許さなかった。
ユーグレンもヨシュアと同じで、環の訓練は遅々として進んでいない。
修行しようにも、これまでの王子教育に加えて王太子教育と国王教育が本格的に始まってしまった。
まったく時間の余裕がない。
それでも月に二度、ヨシュアの見舞いに行くことだけは決して欠かすことがなかったのはさすがというべきか。
一方、旅に出たカズンは、己の幼馴染みの執念を行く先々で思い知った。
どこにいても手紙が来る。荷物が届く。
たまにリースト伯爵領産の鮭や中骨の缶詰、鶏ガラスープなども入っている。
それに加えて、母セシリアやユーグレンやライル、グレン、カレンなどからの荷物や手紙も時折混ざっていた。
(どこが『幸運1の自分じゃ探し出せない』なんだ?)
カズンは荷物を受けとるたびに首を傾げたが、深く考えることはしなかった。
だってヨシュアだしな、と。
昔からあの麗しの幼馴染みはそんな感じだった。
再会できたのはそれから何年も後のことだ。
ヨシュアのあまりの頑迷さと不甲斐なさに、リースト伯爵家の一族の娘が怒って、彼を後見人のルシウスともども追放したのだ。
「しばらく放牧してあげるわ」と言って。
これ幸いにとヨシュアはカズンを追っていき、暇を持て余すことになったルシウスは、バカンスを兼ねて旅に出た。
ちょうど、師匠の魔術師フリーダヤから、困難な境遇に置かれていた、とある聖女を指導するよう頼まれていたこともある。
不思議な縁が働いたもので、旅先のカズンからも、同じその聖女を助けてやってほしいと手紙を受け取ったばかりだった。
「カズン様、ようやく見つけた」
「おまえな。僕のことなんか追ってないで、家のことはどうした。貴族の義務だろう?」
「そんなの勝手に旅に出て里帰りひとつしないあなたに言われたくないです。……何かオレに言うことないんですか?」
「ただいま」
「……お帰りなさい」
まだ旅先で、故郷アケロニア王国でない場所での再会だった。
カズンはいまだ、父親の仇であるイマージ・ロット、ロットハーナの末裔に辿り着けていない。
それでもカズンは「ただいま」と言ってくれた。
ヨシュアに、ただいま、と。
他の誰でもないヨシュアに。
感無量だった。
数年ぶりに見た大好きな人にはもう、故郷にいたときのような子供っぽさはどこにもない。
冒険者がするような旅装束姿で、今の彼を見て、かつて甘えん坊で食いしん坊だった一国の愛され王族だと見抜ける者はいないだろう。
対するヨシュアは、ネイビーのラインの入った白の軍服、肩から提げたマントにも染みひとつない。
実家リースト伯爵家、いや数年前のロットハーナの末裔からカズンやユーグレン王子を守った功績で今は侯爵に陞爵したリースト家。その正装姿だった。
もうすっかり一人前の大人の男となった幼馴染みがカズンを迎えに来た。
最後に見たときはまだ線の細さがあった彼も、今では父方の叔父と同じくらい背も伸びていた。
その白皙の顔にはかつてカズンの顔にあった黒縁眼鏡がある。
何年もの間、自分の顔にあった眼鏡をヨシュアは外し、一日たりとも忘れることのなかった大事な人の顔に戻した。
「うん。やっぱりカズン様はそうでなきゃ」
「うわ、眼鏡、久し振りだ」
カズンがずり落ちそうになった眼鏡のブリッジを中指で押し上げている。
その夢にまで見た仕草に、ヨシュアは己の目が潤むのを感じた。
「来るのが遅いぞ、ヨシュア。僕はお前を待ってたのに」
「……ごめんなさい」
そこは素直に叱られておいた。
5年以上も待たせてしまったのだ。この間、カズンには山ほどの試練があったと聞いている。
だが、とりあえずはだ。
「じゃあ、まずは話し合い。しましょうか?」
「何のだ?」
「我らの関係をどうするかに決まってるでしょう!」
「えっと……お前は今後はもうずっと僕の側にいてくれるのだろう?」
「え?」
「……え?」
一瞬、カズンが何を言っているかわからなくて、ヨシュアの頭の中が真っ白になった。
「おお。おまえも環、使えるようになったじゃないか」
「!?」
ハッとなってヨシュアが自分の身体を見下ろすと、足元に光の円環が出現している。
「は、はは……何だ……こんなに簡単なことだったんですね……」
(環を出そうとするときだけ、頭の中の雑念を止めればいいんじゃないか。何なんだ、叔父様もライル様も、カズン様への執着を捨てろなんて紛らわしいこと言うから!)
さすがに、幼い頃から魔力使いとしての研鑽を積んでいたヨシュアは、すぐに環を発現させるための秘訣を掴んだ。
難しいことは何もなかった。
大切な人への想いを捨てる必要もなく、ただ一時的に頭の中で彼への想いを語る言葉を止めるだけで良かったのだ。
しかし、そんなことより何より重大なことが明らかになっていた。
ヨシュアはカズンが出奔したとき、彼が自分の手の中からすり抜けたと思って、絆を繋ぎ止めるにはどうすればいいか必死だった。
ずっとそんなことばかり考えていたから、叔父のルシウスが必死になって環が出せるよう助言をくれていたのに、できなかったのだ。
だが蓋を開けてみればどうだ。
当のカズンはずっと、ヨシュアを待ってくれていたんじゃないか。
ヨシュアは、カズンが律儀で義理堅い性格であることを忘れていたのだ。
別れ際、カズンに一方的に気持ちを押しつけていたヨシュアと、素直にヨシュアがいつか自分に追いつくと旅の間も気楽に考えていたカズン。
何としてでもカズンを手に入れてやると何年もしつこく思い続けたヨシュアと、自分とヨシュアには切れることのない絆があるからと安心して旅を続けていたカズン。
そうしてふたりは何年もの時間を、すれ違ったまま無駄にしていた。
それに、この現実はヨシュアに猛烈な羞恥と反省をもたらした。
環に覚醒した今だからわかる。
足元に出た環を爪先で踏みつけると、同じ環使いのカズンと何となく繋がっている感覚があった。
(ごめんなさい、カズン様。オレはあなたにこだわって、あなたの側にいたくて、……ずっと自分のことしか考えてなかった。そんなの本当にあなたのことを思って考えていたわけじゃなかった)
その執着こそがヨシュアを環と、既に環に覚醒しているカズンと隔絶させていたのだと、ヨシュアはやっと自覚した。
叔父のルシウスや友人のライル、それにこれまで助けてくれた人々がはっきり教えてくれなかったのは、誤りを指摘してヨシュアを傷つけないよう慮ってくれていたからだ。
彼らの優しさをヨシュアはようやく理解できた。
「とりあえず、どこか宿に入りましょう」
「? それは構わないが」
「防音のきいた部屋のあるところがいいですね」
「そう、なのか?」
だとすると壁の厚い建物で、それなりのお値段のする宿になるだろう。
「一週間ぐらい、誰にも邪魔されないと最高です」
「そんなに何をすることがあるんだ? 宿なんて寝に帰るだけだろう?」
「そうですね。でも話すこと、たくさんあるでしょう?」
ヨシュアはにこ、と微笑んだ。
麗しの美貌は大人になってからも健在だった。
ふつうの人ならこれで落ちるのだが、カズンは付き合いが長い分、その辺が鈍いからヨシュアの意図に気づかない。
その夜、一室だけ取った宿の部屋では、古くからの幼馴染みふたり、明かりが消えることなく語る言葉が尽きることはなかった。
宿から出たとき、カズンはもう独りではなかった。
隣には気心知れた麗しの青年がいて、上機嫌で当たり前のようにカズンに付いてくる。
やがて他の仲間たちも合流してきて、故郷を出奔した頃からは考えられないほど賑やかな旅路となっていく。
そうして、魔術師カズンの冒険は続いていくのだった。
◇◇◇
「……カズン様。いまカーナ王国にルシウス叔父様とユーグレン様がいるってご存知でしたか?」
「ん? ルシウス様には僕から現地の聖女を助けてくれるよう頼んでいたが……ユーグレンまでいるのか!?」
それはさすがに初耳だった。
5年以上振りに顔に戻った黒縁眼鏡がずり落ちそうになる。
「そのユーグレン様から環を通じて緊急の手紙が届きました。……叔父様が瀕死の重傷を負ったと」
「!???」
あの魔王とまで呼ばれる聖剣使いの聖者が、重傷!?
それは世界の崩壊レベルの危機ではないか!?
「せっかく再会できたのに名残惜しいですが、オレはカーナ王国へ行きます。では……」
「ま、待て待て待て! 僕も行く、ルシウス様が負傷するほどの何があの国で起こっているのだ!?」
そもそも、少し前までカズンが立ち寄っていたのが、西の小国カーナ王国なのだ。
あの国は聖女の虐待という未曾有の大事件が起こっていて、その解決のためにカズンは少なからず協力をした。
「一緒に行こう。ヨシュア」
力強く頷くカズンの胸元には、かすかに黄金色の魔力をまとう光の環がある。
微笑みを返すヨシュアの足元には、群青色の魔力を帯びた環が。
これから向かう場所が旅の終わりの地になることを、まだふたりは知らなかった。
ヨシュアは何があってもカズンから離れる気はなかったし、カズンは己の環が示す方向へ向かうだけ。
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