ゲームランカーのスパダリ彼氏

真義あさひ

文字の大きさ
57 / 106
第二章「何かと話題のインフルエンサー」

ランカー泰然、スピーチする

しおりを挟む
 世界最大級のVR技術カンファレンス。

 巨大ホールの天井は遥か高く、無数の照明とスクリーンの光が波のように揺れている。
 ここに集まっているのは、企業のCEO、政府関係者、研究者、業界の専門家たち。
 その錚々たる顔ぶれの中に、ひとつだけ異質な肩書きが混じっていた。

 ――VRゲーマー。

 登壇者リストに、はっきりと刻まれている。

 特別講演スピーカー:二条泰然

 控え室で、泰然は椅子に座り込み、頭を抱えていた。

「………………なあ」

「どうしたんだい?」

 怜司の声は、いつも通り落ち着いている。
 この状況で平常運転なのが、逆に怖い。

「やっぱり俺、場違いじゃないか? ここ、明らかに偉い人しかいねえぞ」

「まさか。君は“VRゲームという分野で世界に最も影響を与えている人物の一人”だから、ここに呼ばれたんだよ」

『はい来た怜司の理詰めフォロー』
『洗脳というより事実陳列罪』
『泰然、完全にプロデュース案件』

「いやいや、俺ただゲームやってただけだろ?」

「その“ただゲームをやっていただけ”の君に、今やVR関連企業が列を成してオファーを出しているんだけど?」

 怜司はそう言って、スマホを差し出した。

 表示されているスライドのタイトルは、やけに簡潔だった。

 ――泰然の影響力

 フォロワー数。
 市場への波及効果。
 企業コラボ依頼一覧。

 そして、一番下。

 政府・メタバース政策関連:協力依頼

 泰然は目を見開いた。

「……これ、俺?」

「君だよ」

『政府案件wwww』
『泰然、もう国家レベル』
『怜司、本気で世界獲りに行ってる』

「………………マジかよ」

 乾いた笑いが漏れる。
 笑うしかない。笑わないと、現実の重さに押し潰されそうだった。

 そのとき、控え室にも開幕アナウンスが響く。

「二条さん、まもなくご登壇をお願いします!」

 深く息を吸い、泰然は立ち上がった。

「……はあ。もういいや、やるしかねえな」

「うん。その覚悟で十分だよ、泰然」

 怜司の声は優しい。
 だがそれは甘やかしではなく、背中を押すための確かな手だった。

 大スクリーンに映し出される文字。

 ――プロゲーマー・二条泰然

 LOIの大君主オーバーロードを彷彿とさせるブラックスーツに真紅のシャツ。
 泰然は壇上に立ち、マイクを握る。

 視線の先には、国内外の〝偉い人たち〟。
 一瞬、喉が鳴った。

 だが、ひとつ呼吸をして、口を開く。

「ご紹介にあずかりました、二条泰然です。俺は……ただのゲーマーです。でも、メタバースのゲームを、俺ほど深く遊び尽くした人間はいないと自負しています」

 スライドが切り替わる。
 操作しているのは舞台袖の怜司だ。

 LOIの歴史。
 プレイヤーの成長。
 ゲームが生み出した経済と文化。

 泰然は、初めて自分の歩みを〝外から〟見た気がした。

 だから言葉が自然に続く。
 普段、ギルドマスターとして語ってきたように。
 噛み砕き、実感を込めて。

「VRゲームは、現実から逃げる場所じゃない。現実を生きる力をくれる場所です」

 会場が静まり返る。
 だが、誰一人として視線を外さない。

 最後に、泰然ははっきりと告げた。

「ゲームは、人生を変える力を持っています。俺は、それを身をもって証明してきました。これまでも――これからも!」

『うおおおおお!!!!』
『泰然、カッコよすぎる』
『これは伝説のスピーチ』

 拍手が、嵐のように巻き起こる。

 舞台袖で、その光景を見つめながら、怜司は小さく微笑んだ。

「……やっぱり君は、僕のヒーローだよ」

 その声は、誰にも届かないはずなのに。
 不思議と、泰然の背中に届いた気がした。

 こうして、VR業界の新しい時代が幕を開ける。

 ――そしてそれを支えるスパダリは、次の一手をもう考えている。

『怜司、次は何企んでるんだwww』
『泰然、もはや時代の象徴』




 控え室に戻った瞬間、泰然はソファに沈み込んだ。
 身体というより、魂が先に落ちた感じだった。

 ネクタイをぐいっと緩め、喉の奥から息を吐く。
 肺の底まで空気が抜けていくような感覚。

「……もう俺、しゃべる仕事とか無理」

 言い切ったはずなのに、声に力がない。
 疲労が、感情ごと押し潰している。

「君、普段は配信でずっと喋ってるのに?」

「それは別!」

 目を閉じると、スポットライトの熱、拍手の音、無数の視線がまだ脳裏でちらついた。
 あれは歓声だったはずなのに、今は全部、騒音みたいに感じる。

 怜司は隣のテーブルでミネラルウォーターのキャップを開けながら、いつも通りの声で言った。

「でも、君のスピーチ、とても良かったよ?」

 泰然は、片目だけ開けて怜司を睨む。

「……お前さ、褒めてもダメだからな。俺はもうやらん」

『泰然、おつかれー!』
『正直めちゃくちゃ良かったぞ!』
『でも終わった直後の虚無顔かわいい』

 スマホが震え続けている。
 通知音が、心拍計みたいに一定のリズムで鳴り止まない。

 怜司はその画面を一瞬見ただけで、何事もなかったかのように泰然に視線を戻した。

「君はね、疲れているときほど素直になる」

「はあ? どこがだよ」

「顔」

「……うるせ」

 泰然は背もたれに頭を預けた。
 もう言い返す元気すらない。

 だから、ぽろっと本音が落ちる。

「俺は……ゲームやってるのが一番楽しいんだよ……」

 それは弱音というより、確認だった。
 自分がどこに立っている人間なのか、忘れそうになっている。

 怜司は一瞬だけ目を細め、それからスマホを泰然の視界に滑り込ませた。

「そうだね。でもね、泰然。君のゲームプレイを、世界中が見ている」

「……またなんか持ち出してきたな?」

 泰然は半目で画面を見る。
 嫌な予感しかしない。

「次はね。海外進出だ」

 言葉の軽さに反して、内容は重かった。

 “海外”の二文字が頭に直撃した瞬間、泰然の肩がびくっと跳ねた。

『はい出た!!!!』
『怜司、やっぱり次のフェーズ用意してたwww』
『もう人生プロデューサーじゃん』

 画面が切り替わる。
 世界のVR市場拡大レポート。グラフ。数字。難しそうな英単語。

 そして、最後に容赦なく表示されたのは、

 ――海外イベント出演オファー:二条泰然。

 泰然は目を細めて固まった。

「……これ、俺?」

 喉がきゅっと鳴る。

 怜司は当然のように頷く。

「君だよ」

「いやいやいや、俺、英語とか無理だからな?」

 今世紀最大級の防衛線を張ったつもりだった。

 だが怜司は、さらっと言う。

「大丈夫。僕が通訳するから。それにLOIの翻訳機能もなかなか精度が良いし」

 泰然は、両手で顔を覆った。
 抵抗が音もなく消されていく。

『障害が次々消えていくwww』
『怜司、詰ませに来てる』

「……俺、これもう逃げられねえやつじゃん?」

 それは質問じゃなく、悟りだった。

 怜司は満足そうに微笑み、泰然の頭にそっと手を置く。
 指先で、ゆっくり髪を撫でる。

「大丈夫だよ。全部、僕がついてる」

 よしよしと、まるで子どもをあやすみたいな手が優しすぎて、泰然は文句を言う気力を失った。

『よしよしで誤魔化すなwww』
『でもこれ、泰然に効くんだよな……』

 控え室の外では、まだスタッフの足音と拍手の余韻が続いている。
 それはまるで、世界が次の扉を叩いている音みたいで。

 泰然は目を閉じた。

(……怖えよ。でも……)

 怜司の手が、そこにある。

 こうして、最強ランカー、二条泰然の世界進出は静かに始まった。

 本人のメンタルは削られながら。
 そのたびに、スパダリに撫でられて誤魔化されながら。

 ――なお、怜司の計画は、まだ半分も開示されていない。



  ☆ ☆ ☆



 空港ロビーはちょっとした騒ぎになった。

 サイン。
 写真。
 動画。

「ギルドに入れてくれ!」という熱烈な勧誘(※加入済み)。

 泰然は完全にキャパオーバーだった。

「え、待って、俺、名前……ローマ字で書けばいいんだよな……?」

『そこからwwww』
『漢字で行け!漢字で!!!』
『海外ファンが「泰然」の字体で沼るやつ』

 震える手で書いたサインは、なぜか妙に達筆になったり、逆に子どもの落書きみたいになったりする。
 本人の精神状態が、そのまま筆圧に出ていた。

 そんな泰然の背後で、怜司は完全に〝仕事モード〟だった。

「一列に並んでください。写真は一人一枚まで。サインは名前のみでお願いします」

 めちゃくちゃ流暢な英語に、泰然は思わず振り向いた。

「……なあ」

「なに?」

「お前、英語なんでこんなに喋れるの?」

「言ってなかっただけだよ。独学だったし」

『さらっと怖いこと言うなwwww』
『怜司、何枚カード隠してるんだよwww』

 ファン対応が一段落した頃には、泰然の肩はがっちがちだった。

「……俺、今日一日分のHPもう使い切ったんだけど……」

「まだ移動があるよ」

「聞きたくなかった」

 車に乗り込んだ瞬間、泰然はシートに沈み込んだ。
 高級車の柔らかさが、逆に現実味を奪ってくる。

 窓の外には、見慣れない街並み。
 でかい建物。
 やたら広い道路。

「……なあ怜司」

「うん?」

「俺さ、ちゃんと帰れるよな? 日本」

 怜司は一瞬だけ考えるふりをしてから、にこやかに言った。

「もちろん。全部終わったらね」

「“全部”って何だよ……」

『フラグ立てるなwwww』
『怜司の言う“全部”が一番怖い』

 ホテルに着いたとき、泰然はもう無言だった。
 ロビーの豪華さにも反応しない。
 エレベーターの速さにも驚かない。

 限界を超えると、人は静かになるらしい。

 部屋に入った瞬間、泰然はベッドに倒れ込んだ。

「……俺、明日から普通にゲーム配信していい?」

「もちろん。海外からの配信もいいね」

「そうじゃねえ……」

 枕に顔を埋めたまま、くぐもった声が続く。

「俺、こういうの向いてねえって……」

 怜司はジャケットを脱ぎ、静かに近づいた。
 そして、いつものように、そっと泰然の髪を撫でる。

「大丈夫。君は、君のままでいい」

 その一言に、泰然の肩から力が抜けた。

「……ずるいんだよ、お前」

「よく言われる」

『よしよしタイムきたwww』
『泰然、完全に充電されてる』

 しばらくして、泰然はぼそっと呟いた。

「……でもさ」

「うん?」

「世界って、でけえな……」

 それは弱音でも、愚痴でもなく。
 初めて見た景色への、正直な感想だった。

 怜司は微笑んで答える。

「だから、一緒に見よう」

『はいプロポーズ!!!!』
『海外編、完全に新章突入』

 こうして、最強ランカー、二条泰然は世界の大きさに圧倒されながらも、恋人のよしよしでギリギリ正気を保っていた。

 なおこの後――海外ファン向けの〝突発配信〟が予定にねじ込まれていることを、彼はまだ知らない。

『あっ……(察し)』
『怜司、絶対言ってないwwww』

 ──続く。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

たとえば、俺が幸せになってもいいのなら

夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語――― 父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。 弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。 助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。

ヒートより厄介な恋をα後輩に教え込まれる

雪兎
BL
大学三年のΩ・篠宮湊は、何事も理屈で考えるタイプ。 ヒート管理も完璧で、恋愛とは距離を置いてきた。 「フェロモンに振り回されるのは非合理的」 そう思っていたのに――。 新学期、同じゼミに入ってきた後輩は、やたら距離の近いα・高瀬蒼。 人懐っこくて優秀、なのに湊にだけ妙に構ってくる。 「先輩って、恋したことないでしょ」 「……必要ないからな」 「じゃあ俺が教えますよ。ヒートより面倒なやつ」 余裕のあるα後輩と、恋に不慣れなΩ先輩。 からかわれているはずなのに、気づけば湊の心は少しずつ乱されていく。 これは、理屈ではどうにもならない “ヒートより厄介な恋”を教え込まれる物語。

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。

ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。 高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。 そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。 文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...