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第二章「何かと話題のインフルエンサー」
ランカー泰然、スピーチする
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世界最大級のVR技術カンファレンス。
巨大ホールの天井は遥か高く、無数の照明とスクリーンの光が波のように揺れている。
ここに集まっているのは、企業のCEO、政府関係者、研究者、業界の専門家たち。
その錚々たる顔ぶれの中に、ひとつだけ異質な肩書きが混じっていた。
――VRゲーマー。
登壇者リストに、はっきりと刻まれている。
特別講演スピーカー:二条泰然
控え室で、泰然は椅子に座り込み、頭を抱えていた。
「………………なあ」
「どうしたんだい?」
怜司の声は、いつも通り落ち着いている。
この状況で平常運転なのが、逆に怖い。
「やっぱり俺、場違いじゃないか? ここ、明らかに偉い人しかいねえぞ」
「まさか。君は“VRゲームという分野で世界に最も影響を与えている人物の一人”だから、ここに呼ばれたんだよ」
『はい来た怜司の理詰めフォロー』
『洗脳というより事実陳列罪』
『泰然、完全にプロデュース案件』
「いやいや、俺ただゲームやってただけだろ?」
「その“ただゲームをやっていただけ”の君に、今やVR関連企業が列を成してオファーを出しているんだけど?」
怜司はそう言って、スマホを差し出した。
表示されているスライドのタイトルは、やけに簡潔だった。
――泰然の影響力
フォロワー数。
市場への波及効果。
企業コラボ依頼一覧。
そして、一番下。
政府・メタバース政策関連:協力依頼
泰然は目を見開いた。
「……これ、俺?」
「君だよ」
『政府案件wwww』
『泰然、もう国家レベル』
『怜司、本気で世界獲りに行ってる』
「………………マジかよ」
乾いた笑いが漏れる。
笑うしかない。笑わないと、現実の重さに押し潰されそうだった。
そのとき、控え室にも開幕アナウンスが響く。
「二条さん、まもなくご登壇をお願いします!」
深く息を吸い、泰然は立ち上がった。
「……はあ。もういいや、やるしかねえな」
「うん。その覚悟で十分だよ、泰然」
怜司の声は優しい。
だがそれは甘やかしではなく、背中を押すための確かな手だった。
大スクリーンに映し出される文字。
――プロゲーマー・二条泰然
LOIの大君主オーバーロードを彷彿とさせるブラックスーツに真紅のシャツ。
泰然は壇上に立ち、マイクを握る。
視線の先には、国内外の〝偉い人たち〟。
一瞬、喉が鳴った。
だが、ひとつ呼吸をして、口を開く。
「ご紹介にあずかりました、二条泰然です。俺は……ただのゲーマーです。でも、メタバースのゲームを、俺ほど深く遊び尽くした人間はいないと自負しています」
スライドが切り替わる。
操作しているのは舞台袖の怜司だ。
LOIの歴史。
プレイヤーの成長。
ゲームが生み出した経済と文化。
泰然は、初めて自分の歩みを〝外から〟見た気がした。
だから言葉が自然に続く。
普段、ギルドマスターとして語ってきたように。
噛み砕き、実感を込めて。
「VRゲームは、現実から逃げる場所じゃない。現実を生きる力をくれる場所です」
会場が静まり返る。
だが、誰一人として視線を外さない。
最後に、泰然ははっきりと告げた。
「ゲームは、人生を変える力を持っています。俺は、それを身をもって証明してきました。これまでも――これからも!」
『うおおおおお!!!!』
『泰然、カッコよすぎる』
『これは伝説のスピーチ』
拍手が、嵐のように巻き起こる。
舞台袖で、その光景を見つめながら、怜司は小さく微笑んだ。
「……やっぱり君は、僕のヒーローだよ」
その声は、誰にも届かないはずなのに。
不思議と、泰然の背中に届いた気がした。
こうして、VR業界の新しい時代が幕を開ける。
――そしてそれを支えるスパダリは、次の一手をもう考えている。
『怜司、次は何企んでるんだwww』
『泰然、もはや時代の象徴』
控え室に戻った瞬間、泰然はソファに沈み込んだ。
身体というより、魂が先に落ちた感じだった。
ネクタイをぐいっと緩め、喉の奥から息を吐く。
肺の底まで空気が抜けていくような感覚。
「……もう俺、しゃべる仕事とか無理」
言い切ったはずなのに、声に力がない。
疲労が、感情ごと押し潰している。
「君、普段は配信でずっと喋ってるのに?」
「それは別!」
目を閉じると、スポットライトの熱、拍手の音、無数の視線がまだ脳裏でちらついた。
あれは歓声だったはずなのに、今は全部、騒音みたいに感じる。
怜司は隣のテーブルでミネラルウォーターのキャップを開けながら、いつも通りの声で言った。
「でも、君のスピーチ、とても良かったよ?」
泰然は、片目だけ開けて怜司を睨む。
「……お前さ、褒めてもダメだからな。俺はもうやらん」
『泰然、おつかれー!』
『正直めちゃくちゃ良かったぞ!』
『でも終わった直後の虚無顔かわいい』
スマホが震え続けている。
通知音が、心拍計みたいに一定のリズムで鳴り止まない。
怜司はその画面を一瞬見ただけで、何事もなかったかのように泰然に視線を戻した。
「君はね、疲れているときほど素直になる」
「はあ? どこがだよ」
「顔」
「……うるせ」
泰然は背もたれに頭を預けた。
もう言い返す元気すらない。
だから、ぽろっと本音が落ちる。
「俺は……ゲームやってるのが一番楽しいんだよ……」
それは弱音というより、確認だった。
自分がどこに立っている人間なのか、忘れそうになっている。
怜司は一瞬だけ目を細め、それからスマホを泰然の視界に滑り込ませた。
「そうだね。でもね、泰然。君のゲームプレイを、世界中が見ている」
「……またなんか持ち出してきたな?」
泰然は半目で画面を見る。
嫌な予感しかしない。
「次はね。海外進出だ」
言葉の軽さに反して、内容は重かった。
“海外”の二文字が頭に直撃した瞬間、泰然の肩がびくっと跳ねた。
『はい出た!!!!』
『怜司、やっぱり次のフェーズ用意してたwww』
『もう人生プロデューサーじゃん』
画面が切り替わる。
世界のVR市場拡大レポート。グラフ。数字。難しそうな英単語。
そして、最後に容赦なく表示されたのは、
――海外イベント出演オファー:二条泰然。
泰然は目を細めて固まった。
「……これ、俺?」
喉がきゅっと鳴る。
怜司は当然のように頷く。
「君だよ」
「いやいやいや、俺、英語とか無理だからな?」
今世紀最大級の防衛線を張ったつもりだった。
だが怜司は、さらっと言う。
「大丈夫。僕が通訳するから。それにLOIの翻訳機能もなかなか精度が良いし」
泰然は、両手で顔を覆った。
抵抗が音もなく消されていく。
『障害が次々消えていくwww』
『怜司、詰ませに来てる』
「……俺、これもう逃げられねえやつじゃん?」
それは質問じゃなく、悟りだった。
怜司は満足そうに微笑み、泰然の頭にそっと手を置く。
指先で、ゆっくり髪を撫でる。
「大丈夫だよ。全部、僕がついてる」
よしよしと、まるで子どもをあやすみたいな手が優しすぎて、泰然は文句を言う気力を失った。
『よしよしで誤魔化すなwww』
『でもこれ、泰然に効くんだよな……』
控え室の外では、まだスタッフの足音と拍手の余韻が続いている。
それはまるで、世界が次の扉を叩いている音みたいで。
泰然は目を閉じた。
(……怖えよ。でも……)
怜司の手が、そこにある。
こうして、最強ランカー、二条泰然の世界進出は静かに始まった。
本人のメンタルは削られながら。
そのたびに、スパダリに撫でられて誤魔化されながら。
――なお、怜司の計画は、まだ半分も開示されていない。
☆ ☆ ☆
空港ロビーはちょっとした騒ぎになった。
サイン。
写真。
動画。
「ギルドに入れてくれ!」という熱烈な勧誘(※加入済み)。
泰然は完全にキャパオーバーだった。
「え、待って、俺、名前……ローマ字で書けばいいんだよな……?」
『そこからwwww』
『漢字で行け!漢字で!!!』
『海外ファンが「泰然」の字体で沼るやつ』
震える手で書いたサインは、なぜか妙に達筆になったり、逆に子どもの落書きみたいになったりする。
本人の精神状態が、そのまま筆圧に出ていた。
そんな泰然の背後で、怜司は完全に〝仕事モード〟だった。
「一列に並んでください。写真は一人一枚まで。サインは名前のみでお願いします」
めちゃくちゃ流暢な英語に、泰然は思わず振り向いた。
「……なあ」
「なに?」
「お前、英語なんでこんなに喋れるの?」
「言ってなかっただけだよ。独学だったし」
『さらっと怖いこと言うなwwww』
『怜司、何枚カード隠してるんだよwww』
ファン対応が一段落した頃には、泰然の肩はがっちがちだった。
「……俺、今日一日分のHPもう使い切ったんだけど……」
「まだ移動があるよ」
「聞きたくなかった」
車に乗り込んだ瞬間、泰然はシートに沈み込んだ。
高級車の柔らかさが、逆に現実味を奪ってくる。
窓の外には、見慣れない街並み。
でかい建物。
やたら広い道路。
「……なあ怜司」
「うん?」
「俺さ、ちゃんと帰れるよな? 日本」
怜司は一瞬だけ考えるふりをしてから、にこやかに言った。
「もちろん。全部終わったらね」
「“全部”って何だよ……」
『フラグ立てるなwwww』
『怜司の言う“全部”が一番怖い』
ホテルに着いたとき、泰然はもう無言だった。
ロビーの豪華さにも反応しない。
エレベーターの速さにも驚かない。
限界を超えると、人は静かになるらしい。
部屋に入った瞬間、泰然はベッドに倒れ込んだ。
「……俺、明日から普通にゲーム配信していい?」
「もちろん。海外からの配信もいいね」
「そうじゃねえ……」
枕に顔を埋めたまま、くぐもった声が続く。
「俺、こういうの向いてねえって……」
怜司はジャケットを脱ぎ、静かに近づいた。
そして、いつものように、そっと泰然の髪を撫でる。
「大丈夫。君は、君のままでいい」
その一言に、泰然の肩から力が抜けた。
「……ずるいんだよ、お前」
「よく言われる」
『よしよしタイムきたwww』
『泰然、完全に充電されてる』
しばらくして、泰然はぼそっと呟いた。
「……でもさ」
「うん?」
「世界って、でけえな……」
それは弱音でも、愚痴でもなく。
初めて見た景色への、正直な感想だった。
怜司は微笑んで答える。
「だから、一緒に見よう」
『はいプロポーズ!!!!』
『海外編、完全に新章突入』
こうして、最強ランカー、二条泰然は世界の大きさに圧倒されながらも、恋人のよしよしでギリギリ正気を保っていた。
なおこの後――海外ファン向けの〝突発配信〟が予定にねじ込まれていることを、彼はまだ知らない。
『あっ……(察し)』
『怜司、絶対言ってないwwww』
──続く。
巨大ホールの天井は遥か高く、無数の照明とスクリーンの光が波のように揺れている。
ここに集まっているのは、企業のCEO、政府関係者、研究者、業界の専門家たち。
その錚々たる顔ぶれの中に、ひとつだけ異質な肩書きが混じっていた。
――VRゲーマー。
登壇者リストに、はっきりと刻まれている。
特別講演スピーカー:二条泰然
控え室で、泰然は椅子に座り込み、頭を抱えていた。
「………………なあ」
「どうしたんだい?」
怜司の声は、いつも通り落ち着いている。
この状況で平常運転なのが、逆に怖い。
「やっぱり俺、場違いじゃないか? ここ、明らかに偉い人しかいねえぞ」
「まさか。君は“VRゲームという分野で世界に最も影響を与えている人物の一人”だから、ここに呼ばれたんだよ」
『はい来た怜司の理詰めフォロー』
『洗脳というより事実陳列罪』
『泰然、完全にプロデュース案件』
「いやいや、俺ただゲームやってただけだろ?」
「その“ただゲームをやっていただけ”の君に、今やVR関連企業が列を成してオファーを出しているんだけど?」
怜司はそう言って、スマホを差し出した。
表示されているスライドのタイトルは、やけに簡潔だった。
――泰然の影響力
フォロワー数。
市場への波及効果。
企業コラボ依頼一覧。
そして、一番下。
政府・メタバース政策関連:協力依頼
泰然は目を見開いた。
「……これ、俺?」
「君だよ」
『政府案件wwww』
『泰然、もう国家レベル』
『怜司、本気で世界獲りに行ってる』
「………………マジかよ」
乾いた笑いが漏れる。
笑うしかない。笑わないと、現実の重さに押し潰されそうだった。
そのとき、控え室にも開幕アナウンスが響く。
「二条さん、まもなくご登壇をお願いします!」
深く息を吸い、泰然は立ち上がった。
「……はあ。もういいや、やるしかねえな」
「うん。その覚悟で十分だよ、泰然」
怜司の声は優しい。
だがそれは甘やかしではなく、背中を押すための確かな手だった。
大スクリーンに映し出される文字。
――プロゲーマー・二条泰然
LOIの大君主オーバーロードを彷彿とさせるブラックスーツに真紅のシャツ。
泰然は壇上に立ち、マイクを握る。
視線の先には、国内外の〝偉い人たち〟。
一瞬、喉が鳴った。
だが、ひとつ呼吸をして、口を開く。
「ご紹介にあずかりました、二条泰然です。俺は……ただのゲーマーです。でも、メタバースのゲームを、俺ほど深く遊び尽くした人間はいないと自負しています」
スライドが切り替わる。
操作しているのは舞台袖の怜司だ。
LOIの歴史。
プレイヤーの成長。
ゲームが生み出した経済と文化。
泰然は、初めて自分の歩みを〝外から〟見た気がした。
だから言葉が自然に続く。
普段、ギルドマスターとして語ってきたように。
噛み砕き、実感を込めて。
「VRゲームは、現実から逃げる場所じゃない。現実を生きる力をくれる場所です」
会場が静まり返る。
だが、誰一人として視線を外さない。
最後に、泰然ははっきりと告げた。
「ゲームは、人生を変える力を持っています。俺は、それを身をもって証明してきました。これまでも――これからも!」
『うおおおおお!!!!』
『泰然、カッコよすぎる』
『これは伝説のスピーチ』
拍手が、嵐のように巻き起こる。
舞台袖で、その光景を見つめながら、怜司は小さく微笑んだ。
「……やっぱり君は、僕のヒーローだよ」
その声は、誰にも届かないはずなのに。
不思議と、泰然の背中に届いた気がした。
こうして、VR業界の新しい時代が幕を開ける。
――そしてそれを支えるスパダリは、次の一手をもう考えている。
『怜司、次は何企んでるんだwww』
『泰然、もはや時代の象徴』
控え室に戻った瞬間、泰然はソファに沈み込んだ。
身体というより、魂が先に落ちた感じだった。
ネクタイをぐいっと緩め、喉の奥から息を吐く。
肺の底まで空気が抜けていくような感覚。
「……もう俺、しゃべる仕事とか無理」
言い切ったはずなのに、声に力がない。
疲労が、感情ごと押し潰している。
「君、普段は配信でずっと喋ってるのに?」
「それは別!」
目を閉じると、スポットライトの熱、拍手の音、無数の視線がまだ脳裏でちらついた。
あれは歓声だったはずなのに、今は全部、騒音みたいに感じる。
怜司は隣のテーブルでミネラルウォーターのキャップを開けながら、いつも通りの声で言った。
「でも、君のスピーチ、とても良かったよ?」
泰然は、片目だけ開けて怜司を睨む。
「……お前さ、褒めてもダメだからな。俺はもうやらん」
『泰然、おつかれー!』
『正直めちゃくちゃ良かったぞ!』
『でも終わった直後の虚無顔かわいい』
スマホが震え続けている。
通知音が、心拍計みたいに一定のリズムで鳴り止まない。
怜司はその画面を一瞬見ただけで、何事もなかったかのように泰然に視線を戻した。
「君はね、疲れているときほど素直になる」
「はあ? どこがだよ」
「顔」
「……うるせ」
泰然は背もたれに頭を預けた。
もう言い返す元気すらない。
だから、ぽろっと本音が落ちる。
「俺は……ゲームやってるのが一番楽しいんだよ……」
それは弱音というより、確認だった。
自分がどこに立っている人間なのか、忘れそうになっている。
怜司は一瞬だけ目を細め、それからスマホを泰然の視界に滑り込ませた。
「そうだね。でもね、泰然。君のゲームプレイを、世界中が見ている」
「……またなんか持ち出してきたな?」
泰然は半目で画面を見る。
嫌な予感しかしない。
「次はね。海外進出だ」
言葉の軽さに反して、内容は重かった。
“海外”の二文字が頭に直撃した瞬間、泰然の肩がびくっと跳ねた。
『はい出た!!!!』
『怜司、やっぱり次のフェーズ用意してたwww』
『もう人生プロデューサーじゃん』
画面が切り替わる。
世界のVR市場拡大レポート。グラフ。数字。難しそうな英単語。
そして、最後に容赦なく表示されたのは、
――海外イベント出演オファー:二条泰然。
泰然は目を細めて固まった。
「……これ、俺?」
喉がきゅっと鳴る。
怜司は当然のように頷く。
「君だよ」
「いやいやいや、俺、英語とか無理だからな?」
今世紀最大級の防衛線を張ったつもりだった。
だが怜司は、さらっと言う。
「大丈夫。僕が通訳するから。それにLOIの翻訳機能もなかなか精度が良いし」
泰然は、両手で顔を覆った。
抵抗が音もなく消されていく。
『障害が次々消えていくwww』
『怜司、詰ませに来てる』
「……俺、これもう逃げられねえやつじゃん?」
それは質問じゃなく、悟りだった。
怜司は満足そうに微笑み、泰然の頭にそっと手を置く。
指先で、ゆっくり髪を撫でる。
「大丈夫だよ。全部、僕がついてる」
よしよしと、まるで子どもをあやすみたいな手が優しすぎて、泰然は文句を言う気力を失った。
『よしよしで誤魔化すなwww』
『でもこれ、泰然に効くんだよな……』
控え室の外では、まだスタッフの足音と拍手の余韻が続いている。
それはまるで、世界が次の扉を叩いている音みたいで。
泰然は目を閉じた。
(……怖えよ。でも……)
怜司の手が、そこにある。
こうして、最強ランカー、二条泰然の世界進出は静かに始まった。
本人のメンタルは削られながら。
そのたびに、スパダリに撫でられて誤魔化されながら。
――なお、怜司の計画は、まだ半分も開示されていない。
☆ ☆ ☆
空港ロビーはちょっとした騒ぎになった。
サイン。
写真。
動画。
「ギルドに入れてくれ!」という熱烈な勧誘(※加入済み)。
泰然は完全にキャパオーバーだった。
「え、待って、俺、名前……ローマ字で書けばいいんだよな……?」
『そこからwwww』
『漢字で行け!漢字で!!!』
『海外ファンが「泰然」の字体で沼るやつ』
震える手で書いたサインは、なぜか妙に達筆になったり、逆に子どもの落書きみたいになったりする。
本人の精神状態が、そのまま筆圧に出ていた。
そんな泰然の背後で、怜司は完全に〝仕事モード〟だった。
「一列に並んでください。写真は一人一枚まで。サインは名前のみでお願いします」
めちゃくちゃ流暢な英語に、泰然は思わず振り向いた。
「……なあ」
「なに?」
「お前、英語なんでこんなに喋れるの?」
「言ってなかっただけだよ。独学だったし」
『さらっと怖いこと言うなwwww』
『怜司、何枚カード隠してるんだよwww』
ファン対応が一段落した頃には、泰然の肩はがっちがちだった。
「……俺、今日一日分のHPもう使い切ったんだけど……」
「まだ移動があるよ」
「聞きたくなかった」
車に乗り込んだ瞬間、泰然はシートに沈み込んだ。
高級車の柔らかさが、逆に現実味を奪ってくる。
窓の外には、見慣れない街並み。
でかい建物。
やたら広い道路。
「……なあ怜司」
「うん?」
「俺さ、ちゃんと帰れるよな? 日本」
怜司は一瞬だけ考えるふりをしてから、にこやかに言った。
「もちろん。全部終わったらね」
「“全部”って何だよ……」
『フラグ立てるなwwww』
『怜司の言う“全部”が一番怖い』
ホテルに着いたとき、泰然はもう無言だった。
ロビーの豪華さにも反応しない。
エレベーターの速さにも驚かない。
限界を超えると、人は静かになるらしい。
部屋に入った瞬間、泰然はベッドに倒れ込んだ。
「……俺、明日から普通にゲーム配信していい?」
「もちろん。海外からの配信もいいね」
「そうじゃねえ……」
枕に顔を埋めたまま、くぐもった声が続く。
「俺、こういうの向いてねえって……」
怜司はジャケットを脱ぎ、静かに近づいた。
そして、いつものように、そっと泰然の髪を撫でる。
「大丈夫。君は、君のままでいい」
その一言に、泰然の肩から力が抜けた。
「……ずるいんだよ、お前」
「よく言われる」
『よしよしタイムきたwww』
『泰然、完全に充電されてる』
しばらくして、泰然はぼそっと呟いた。
「……でもさ」
「うん?」
「世界って、でけえな……」
それは弱音でも、愚痴でもなく。
初めて見た景色への、正直な感想だった。
怜司は微笑んで答える。
「だから、一緒に見よう」
『はいプロポーズ!!!!』
『海外編、完全に新章突入』
こうして、最強ランカー、二条泰然は世界の大きさに圧倒されながらも、恋人のよしよしでギリギリ正気を保っていた。
なおこの後――海外ファン向けの〝突発配信〟が予定にねじ込まれていることを、彼はまだ知らない。
『あっ……(察し)』
『怜司、絶対言ってないwwww』
──続く。
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