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千歳 昴

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プロローグ

EP1

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『ーー…先月未明より、今話題の人物、ヘルメス氏が入国し、その奇跡の技を人々に披露しているとの情報が入って来ました。尚、現在もこのルヴェール王国に滞在しており、ヘルメス氏の今後の動きに国民の注目が集まっています』

カウンター席に置いてある古びたラジオから女性の声が流れている。
無愛想でやや目付きの悪い銀髪の少年がホットコーヒーを飲みながら、胡散臭そうに耳を傾けていた。少年の首には大きくて長いモノクロのマフラーが巻かれている。
ホットコーヒーを飲む少年の隣には肩できっちりと切り揃えられた銀髪、毛先は少しの深い青色が混じっている童顔の少年が足をぷらぷらさせながら椅子に座っていた。此方はラジオから流れる情報に興味がないらしく、黙々とケチャップ増しのオムライスを食している。

「……ホットコーヒーおかわり。ブレンドのブラックで」

「君、まだ若いのにブラック飲めるんだねぇ。隣の子と同じくジュースじゃなくて平気かい?」

どう見ても10代半ばの位にしか見えない少年が普通にブラックコーヒーを、しかも豆の種類まで細かく注文してくるので、店の主人は驚きを隠せなかった。

「別に。好きで飲んでるんだからほっとけ。……ん?お前もおかわりか?後、林檎ジュースも追加で頼む」

はいよ、と短く返事をし店の主人は豆をサイフォンで挽きつつ、冷蔵庫から林檎ジュースを取り出して氷の入ったグラスに注ぎ、空になったグラスを下げて林檎ジュースを置いた。童顔の少年が満足そうに受け取る。

挽いたコーヒー豆から漂う香ばしい香り。
店内のラジオからは繰り返し先程のニュースが流れている。

「どうも最近流行ってるみたいなんだよ、このヘルメスって奴。噂の人だか時の人だが知らないが…全く何しに来たんだか。此処らじゃ見ない子だけど、君達もヘルメスとやらをの追っかけかな?若い子は皆そうだもんなぁ」

迷惑そうにボヤいて少年の前にコーヒーが入ったカップを置いた。

「いや、ただの観光だ。この国はどんな感じなのか見ておきたくてな」

ふう、と軽く息を吹き掛けてコーヒーを啜る。

「へえ、そりゃあ感心だ。何か奢らせて貰うよ。何が良いかい?」

「あー…甘いのか。ディンス、お前何が良い?観光客に機嫌良くしたおっさんの奢りだとよ」

ディンス、と呼ばれた童顔の少年がじっとメニューを見つめ、ちょいちょいとミルクレープを指差した。

「これでいいんだな?おっさん、ミルクレープってヤツを2つこいつに頼む」

「おや、君はいいのかい?さっきからコーヒーばかり飲んでるけども。もし甘いのが苦手だったら軽食でも出すよ」

「俺はいいんだ。腹減ってねぇし。弟がすげぇ燃費悪くてな」

苦笑し、コーヒーを啜る。店主がカチャカチャとデザートの準備をしてる所で、店の扉が勢い良く開いた。



「おや、セフィちゃん。いらっしゃい。何時ものでいいのかな?」

店主は慣れた様子で対応している。セフィ、と呼ばれた女性は大きな溜息をついてカウンター席に突っ伏した。

「キンキンに冷えたの頂戴!…もー、何でヘルメスの情報は流れて来ないワケ!?取材も門前払い、リークすら無いのよ?探ろうとしても変な圧力がかかるし」

「噂のアレ?止めておきなって。お上に目を付けられるよ」

氷が沢山入ったアイスティーを差し出し、店主は苦笑いを浮かべた。
グイッとアイスティーを飲み、セフィは大きな溜息を付いた。

「こんなネタ逃したらいつ美味しいネタに有り付けるかわかんないじゃない!絶対にヘルメスに近付いて情報聞き出してやるんだから!……ってあら?珍しいわね、他のお客さん?」

騒がしいな、と内心思いつつ少年はどうも、と適当に流した。

「ご馳走さん、また近くに来たら寄らせて貰うぜ。2人分の会計」

「………おや?兄ちゃん、あのツレのちっこい子の姿が見えないけども…。御手洗いにでも行ってるのかな?」

「………は!?」

少年は慌てた様子で店内をキョロキョロと見回す。御手洗いやら机の下等、探し回ったがさっきまで隣に座っていたディンスの姿が何処にもない。綺麗に食べ終わった皿と空のグラスだけが残されている。
セフィ、と呼ばれた女性は1人事情がわからず首を傾げていた。

「どうしかした?」

「この兄ちゃんのツレの子が居ないんだよ。さっき迄は居たんだけども…。セフィちゃん、店に入って来る時にすれ違わなかったかい?」

「さあ。バタバタして入って来ちゃったから…」

ふと、店の外で何やら人々がガヤつく声が響いた。セフィが勢い良く入って来た拍子に店の扉が開けっぱなしになっていた。

「まさか…!会計、後で払うからちょっと待っててくれ!」

「もしかしなくてもあたしの所為、よね…。ごめん、探すの手伝うから待って!」

慌てて店を出る少年に、セフィも慌てて続く。店主はやれやれ、と大きく溜息を付いたのだった。


息を切らしながら少年とセフィが店を出ると、大の大人5、6名が倒れていた。風貌からするに真っ当な職の人間では無いだろうが、その様子を見た少年は頭を抱えた。

「な、何これ!?これって盗賊ギルドの連中じゃないの?何でこんな…」

「そりゃあコッチの台詞じゃ、姉ちゃん。ウチの仲間達に何があったんか知らんか?」

堅いが良く、人相もガラも悪い男が大剣を担ぎながらセフィの肩を叩いた。ひっ、とセフィは小さな悲鳴を上げる。

「し、知らないです…!!あたしも今見に来たらこうなってて…」

「逃げ延びた仲間の1人がのう、小さなガキにやられたっと言っとったんじゃ。……ちょうどボウズと同じ位って聞いたんだが、…何か知らんか?」

ドスを効かせた声でガシッと少年の頭を掴む。セフィは恐怖でただただ、怯えて震えるしか出来なかったが、一方で絡まれている少年は表情を一切変える事もなく寧ろ相手を哀れむような視線を送っていた。

「………おい、オッサン。悪い事は言わねぇから直ぐに離してくれねぇか?このままだと前歯2、3本吹っ飛ぶぞ」

「ああ!?このクソガキ、舐め腐りよって………ふべら!!」

少年の頭を掴んでいた男の巨体が突如、猛烈な勢いで吹き飛んでいき、そのまま露店に突っ込んで行った。ほらな、と少年は溜息を吐く。

「なっ…何!?」

「ディンス。…ちっとは加減しろ。…ありゃ、前歯全部入れ歯コースだぜ…」

少年とセフィの目の前には、小首を傾げたディンスが立っていた。戸惑うセフィやどよめく街の人々を全く気にする様子もなく、履いている厚底の靴の爪先をトントンと整えている。

「なんなの…アンタ達…?」

「ん?俺はグロース。こっちは弟のディンス。あちこちを旅して回ってるんだ」

「アンタ達みたいな小さな子達だけで旅って…物騒にも程が…って、後ろ!」

どうやら先程の盗賊ギルドの者達の増援が来たらしく、刃物や鈍器を持った男数人がグロース達を囲んでいた。
標的はディンスらしいのだが、等の本人はぼんやりと空を見上げている。

「ボスまでやりやがって…!このガキ!」

男達が武器を振りかざして一斉にディンスに襲いかかる。

その瞬間。ふとディンスの眼からハイライトが消え、軽い身のこなしで1人また1人と次々に凄まじい蹴りで赤子の手を捻るかの様に男達を次々に吹き飛ばしていく。
セフィや街の人々らは、ただポカンと呆気に取られるだけであった。

最後の1人の上顎に強烈な脚技をお見舞いした所でグロースがディンスの肩を叩いて止めに入った。

「ディンス、もういい。これ以上やったら死んじまう」


うっすらとディンスの瞳にハイライトが戻り、再度小首を傾げた。よしよしとグロースはディンスの頭を撫でる。

「…えっと…。びっくりする事ばっかりなんだけども…。と、とりあえずお店に戻りましょ?王国騎士団が駆けつけて事情聞かれてもあたし、上手く説明出来そうにないし」

ぐうう、とディンスのお腹から大きな音が鳴った。
動き回ってお腹が空いた、と言いたいのかグロースの服の裾をグイグイと引っ張る。

「わかったわかった、千切れるから止めろ。これ地味に気に入ってんだぞ」

あっさりと折れる兄に、ふんすと得意げに鼻を鳴らす弟であった。
側から見れば幼い兄弟にしか見えないが、ディンスの先程の様子や身のこなしと言い、見た目の割に冷静で肝が座っているグロースと言い、セフィはううむと腕を組んで頭を悩ませる。

「どうした?店に戻るんだろ?」

眉間に皺を寄せて考えていると、不思議そうにグロースが声を掛けた。ディンスは気にする様子も無く足早に店に戻って行く。

「あ…そうね。ごめんなさい。考えてもどうせわかんないし、いっか」

「………?」

なんでもない、と返しセフィも店に入って行った。
グロースは店に入る前にちらり、と振り返って街の様子を伺った。倒れてそのままにされている盗賊ギルドの男達。騒つく人々。グロースを見ながらコソコソ会話している者達も居る。

ディンスから目を離してしまった自分が悪いのだが、派手にやり過ぎたと大きな溜息を付いて店に入って行くグロースであった。

店に戻ると、カウンター席に座ってプラプラと足を動かして暇そうにしているディンスとその隣には腰に細長い剣を携え、黒髪で丸眼鏡を掛けた女性がカランとグラスを鳴らしていた。

「げっ…。王国騎士団長のシグレ・コウゲツ…!何で此処に居るのよ…」

「こんにちは、お邪魔しています」

あからさまに嫌そうな反応を見せるセフィとやや迷惑そうに眉を潜める店の主人。初対面なので特に何も思わないグロースと、そもそも周りに興味がないディンス。

「外で小さな子どもが盗賊ギルドの者に絡まれている、と通報があったので駆けつけたのですが、この坊やがとても強かったので私の仕事がなくなってしまったんですよ。喉が渇いたので此方で一休みしていた所なんです」

ニコニコと笑みを浮かべながらそう話し、隣でぼんやり座っているディンスに微笑み掛けた。ディンスからは全く反応が返って来ない。

「もしもーし?坊や、聞こえてますよねー?生態反応は普通の人間なのに、アンドロイドか何かだと思っちゃう位のスルースキルですねぇ」

「………俺の弟は至って普通の人間だが何か?」

ムスッと不機嫌な表情でシグレとディンスの間に割り込んだ。

「すみません、あまりにも無視されちゃうのでつい。先程の運動神経も人間とは思えない位でしたし」




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