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「良かったのか、ほんとに。」
Tシャツ短パンで過ごしてた都会のマンションとは違う景色。
目の前には岩と、楓の木と、白い玉砂利、めだかのいる水瓶ーーと、最近ずっと気に入って身に付けている紺色に白の点線が入った着流し。
すっかり縁側の似合う男になったな。
「良い。こういうの憧れてたつったろ。」
穏やかな口調で言いながら、途端パチン、と手を振るう。
「蚊が家の中をウロウロしてるのが気に食わないけどなっ、あぁ、また逃したっ、」
無駄に広い家だ。古い物だが丈夫な梁が通っていて、揺れにも強い。その代わり隙間風がどこからともなく吹いて来ては、蚊が好き勝手に俺の同居人の血を吸おうとする。
「楓。」
「あーー?」
「昼寝しよう。」
「俺はここで寝る、お前は?布団行く?」
俺にとっては特別でもなんでも無い、少し荒れた手の入っていない伸びた庭木の枝や飛び石にまで広がっている玉砂利も、楓の目にはずっと眺めていたい景色に見えているらしく、最近はずっとこうだ。
これじゃ何の為に連れて来たのか分からない。
いいや。着いて来てくれたのは楓だが、俺は…もっと違う事もしたい。
「昼間はここで寝て、夜は蚊帳の中で寝るって決めてんの。邪魔すんなよなー。」
そう。都会育ちの楓にとって布団部屋に囲わせた蚊帳は、秘密基地感が有る。俺も子供の頃はそうだったけど。流石にもうこれではしゃげる歳ではなくなったーーが、楓は毎晩楽しそうに眠る。
「蚊帳の中なら蚊に食われないぞ。」
パチン、とまた手を振ったが空振りしたらしい。
楓のマンションに隙間風なんてものは無かったからな。
窓を塞げば殆ど虫の類を見なかった。家で飯を食わないから、と言うのも有ったかもな。そもそも物も少なかった。
有るのは機材一式と机と椅子。モニターだけで3台は有った。予備も含めると5台だ。
それからゲームのコントローラーはコレクションを合わせると20程。ネット配信者というのか。
楓は、動画配信サイトでゲームをしていた。
ーーーーー
会社員、てのになれる気がしなかったんだ。昔から。
まぁ一応はやってみたんだけど。俺がクソガキ過ぎてどれも難しかった。求人を上から下まで眺めても営業職か店長しか募集してなかったから、バイトに応募したら受かったりしてそれで食い繋いでた。
貯金なんか無い。
次のバイト代が入るまで、先月入ったバイト代で食い繋ぐ。
風呂もシャワーだけ。10分も掛からない。飯も安く済ませたかったから、レンチンのチャーハンとかピラフばっか食ってた。
飽きたらカップ麺と唐揚げ。
それにも飽きたらもう栄養ブロックを近くのスーパーの端から1個ずつ買って、それとやっぱりカップ麺。
友達だと思ってた奴は、皆マトモに就職して行った。
俺だけがゲームして、それだけが唯一だった。
他にしたい事なんか無い。他に出来る事も無い。
俺はタイムカードを押すのも、胸苦しくて嫌だった。
制服もワイシャツも嫌だった。
ただ、バイトだから続いた。
金は要るだろ?
ゲームする為の電気代とWi-Fi台と諸々と、生きてなくちゃゲーム出来ねぇし。
ーーだから、バイトは続いた。
配信は、真ん中くらいの人気でそこそこだった。
固定客が居て、だからって所詮俺らは消費される側。
今か今かと配信を待つコアなファンが居てくれる事がどれだけ俺を救ったか知れないけど、それだけじゃ飯は食えなかった。
けど、辞めなかった。
友達はこいつ以外、皆嫌な顔して俺から遠ざかっていった。
嫌だろうな。こんなバイトとゲームだけしてる同級生を見るのは。辛いよな、お前達は必死で働いてんのにな。
俺は逆にあいつらが羨ましかった。
どうやったらそんな風に生きられる、何をすればタイムカードを押す度に震える手を誤魔化して仕事が出来る。
俺が社会人ってのを辞めるきっかけになったのは、こいつだった。
「ゲームだけして生きれば良いだろ?」
なんて事無い様に、こいつはそう言った。
馬鹿か、って思ったよ。
皆が思ったろ。俺だって思った。
現実見ろよ、馬鹿が。
「現実を見るのはお前だ、楓。」
俺は知らなかったんだ。
皆が皆、タイムカードを押す度に手が震えたりするんだと思ってた。揃いも揃って皆が制服のボタンを留める時に一緒に息が詰まってそれは退勤を押すまで続くんだと思ってた。
「向き不向きってのがひとには有るだろ。」
「仕事に向き不向きとか無いだろーよ。」
「そこまで異常反応を出してまでやる仕事なんか無いだろ。」
「… … なんつった、?異常?俺がか?」
「そうだ。異常だ。」
はて。そんな言葉が俺に向けられるとは。
ああ、所で。
「… … 異常って、何だっけ?」
「ヤバいって事だ。」
「俺、やばいの?」
「少なくとも俺にはそう見える。ゲームしてて手が震えるか、楓?」
「いや。それはねぇわ。」
「息が詰まるか?」
「はぁ、いや、ねぇわ。」
よく考えてみた。
そっか。そう言われてみれば、エイムが狂った事は無いな。
胸苦しくなったりもしないな。
けどそれは、好きなことをしてるからだろ。
それしか出来ないからだろ、遊んでるだけだ。
「俺はお前みたいに、顔を真っ青にして手が震えたり息が詰まったり、しない。気が付いてないのか楓。」
「だから何がだよっ、」
「顔付きが別人みたいだ。」
「んな訳ねぇわ。」
「最近、鏡見たか?ゲームしてる時でも、期末テストでも入試でもお前のそんな顔、見たことがない。なぁ楓。」
「… …おう。」
「好きな事の為に生きたら良いだろ。お前の人生なんだ。」
「おう。」
ーーそうだな。
ズルッと黒いスライムみたいなのが、胸の真ん中から滑り出してボテって地面に落ちた様な絵が頭に浮かんだ。
アイテム何が出っかな、とか思った辺りで、俺の脳味噌はどこまで行ってもゲーム脳だって分かった。
ーーそうだよな。
逆によぉ、ゲームで飯食って行くのはさぁ。
俺しか出来なくね?
ゲームだけで生きてくってさぁ、俺、結構命賭けてんのかもなぁ。
賭けられっかもなぁ、て思った。
だからスッパリ会社員てのを辞めた。
楽じゃねぇよ。好きな事やって飯食ってくのなんか、全然っ、楽じゃねぇ。
けどその後に始めたバイトで、8ヶ月くらいシフトに入って慣れた頃にやっと気が付いた。
嗚呼、俺…あれは向いて無かったんだなぁ、て。
生きる為に社会人にはなれなくても、バイトするゲーマーにはなれた。あとは人気が出て、飯食ってくだけ。
それが出来たら誰も俺の事を笑わない。
笑わせない。
けどゲーム出来て、バイト代で飯も食えて、俺はラッキーだって思ってた。
こいつの目が、俺を見る時だけ…他と違うって気が付くまでは。
ーーーーー
楓は元気になってった。
リクルートスーツを脱ぎ捨てて、Tシャツ短パンで朝方に寝て、夕方からもそもそも行動し始めて、見事に昼夜逆転した。
元々、友達付き合いの良い奴じゃなかった。
只、人の輪の中に居てなんとなく笑って喋って、それだけだった。
特別な仲間意識というものも少しは有った。
同じ高校、同じ大学まで同じメンツで顔を合わせた。
只、段々とそれぞれが付き合う人間を選んだだけだ。
俺は、楓が側に居る事が一番高揚した。
高揚って言うと漠然としているか。
要は、好きだったんだ。
この、栗原楓という男が。
ーーーーー
「なーー山添さんよぉ。」
「うん?」
「ゲーセン行かね?」
「またか。好きだなお前。」
単純に楽しかった。
友達だと思ってた。
友達だから遊んだり、馬鹿言い合ったり、小突いたり。
ゲームの電子音、てのが好きでさ。
ゲームなんか特にピコピコペケペケ音が鳴ってんだろ。
あれがさぁ、好きなんだよ。
ゲームのBGMでテンションが上がる。
偶々、見たんだ。
今まで何の気にもならなかったんだけどさ。
目の前にクレーンゲームしてるカップルが居た。
制服デートって奴。
その彼氏が、デッカいぬいぐるみ取ってやって。
彼女が嬉しそーにそれを受け取ってんの、を彼氏がそれはそれは優しそーな目で見てた。
「あ、れ」
俺、あの目…どっかで見たことあんな、って。
あのトロッと溶けたみてーな目が、優しそーにキラキラしてんの、俺見たこと有ったなって、思って振り向いたんだよ。
「今日はどれにするんだ?」
「な…、ぁ、はぁ゛!?゛」
思わずブチギレた。
お前…っ、いつからそんか目で俺を見てた訳、とか。
お前馬鹿じゃねぇのっ、とか。
俺の何処があんな目で見てぇ訳、とか。
色々有ったけど、あんまり急で。つーか、ビビって思わず回れ右してゲーセンを出た。
「…帰るぞっ、!」
「なんでだ、人を引っ張って来ておいてお前、何なんだ。どうかしたのか。」
「何でもねぇ…っ、!良いから帰ろうぜっ、!」
アレだ、ほら。
普段下ネタにうんともすんとも言わねぇ奴の鞄から、ゴムが出て来た時みてぇな感じだろっ、だろっ、!?
「お、!アイス食おうぜっ!」
「何がしたいんだ。」
呆れた顔が遠い目をした、事にホッとした。
ああ良かった!俺の気のせいだっ、!
「奢ってやるよ!」
「いいのか。」
「任せろっ、!何食う、バニラ?」
「抹茶。お前は楓。何にするんだ。」
俺は、悩んだ。
31個も有るんだ、実質選び放題だろ。
なのに抹茶ってなんだよ、ジジイかって。
「「クッキークリーム。」」
「あ゛?」
「だと思った。ハハっ!」
レジしてくれたお姉さんまで、微笑んでた。
俺ら、仲良しだって思われただろ、!!
「何で被せるんだよっ、!?」
「面白かったろ?」
「面白くねぇよっ、!」
「嘘つけ、照れるなよ楓。」
「外で俺の名前を呼ぶな!」
ウチは女系家族で、ばあちゃんの姉妹が松竹梅。
母さんと叔母さんは桃と杏子。
俺のねえちゃんは紅葉。だから俺は男なのにカエデ。
産まれるまで女の子だって言われたらしい。
エコー写真で上手い事隠れてたんだと、その…あそこがさ、ほら。
んでそれならもう、楓って名前しかないって、俺の名前は産まれる前から決まってた、それなのにだ。
「元気な男の子ですよ栗原さんっ。」
くたくたのへとへとだった母さんは、まいっかと思ったらしい。
その他の家族は俺が男の子だって事に浮かれて、お祭り状態だったらしい。誰ひとり、男の子にカエデって名前をつける事に違和感なく命名した。
俺は自分のことを「カエデちゃん」って覚えてた。
保育園に通う様になっても、小学校でも、反抗期でも俺の家族は俺を「カエデちゃん」って呼ぶ。
恥ずかしいだろ…っ、別に嫌って訳じゃないけど。
俺だって男だ。カッコいい名前が良かった!
Tシャツ短パンで過ごしてた都会のマンションとは違う景色。
目の前には岩と、楓の木と、白い玉砂利、めだかのいる水瓶ーーと、最近ずっと気に入って身に付けている紺色に白の点線が入った着流し。
すっかり縁側の似合う男になったな。
「良い。こういうの憧れてたつったろ。」
穏やかな口調で言いながら、途端パチン、と手を振るう。
「蚊が家の中をウロウロしてるのが気に食わないけどなっ、あぁ、また逃したっ、」
無駄に広い家だ。古い物だが丈夫な梁が通っていて、揺れにも強い。その代わり隙間風がどこからともなく吹いて来ては、蚊が好き勝手に俺の同居人の血を吸おうとする。
「楓。」
「あーー?」
「昼寝しよう。」
「俺はここで寝る、お前は?布団行く?」
俺にとっては特別でもなんでも無い、少し荒れた手の入っていない伸びた庭木の枝や飛び石にまで広がっている玉砂利も、楓の目にはずっと眺めていたい景色に見えているらしく、最近はずっとこうだ。
これじゃ何の為に連れて来たのか分からない。
いいや。着いて来てくれたのは楓だが、俺は…もっと違う事もしたい。
「昼間はここで寝て、夜は蚊帳の中で寝るって決めてんの。邪魔すんなよなー。」
そう。都会育ちの楓にとって布団部屋に囲わせた蚊帳は、秘密基地感が有る。俺も子供の頃はそうだったけど。流石にもうこれではしゃげる歳ではなくなったーーが、楓は毎晩楽しそうに眠る。
「蚊帳の中なら蚊に食われないぞ。」
パチン、とまた手を振ったが空振りしたらしい。
楓のマンションに隙間風なんてものは無かったからな。
窓を塞げば殆ど虫の類を見なかった。家で飯を食わないから、と言うのも有ったかもな。そもそも物も少なかった。
有るのは機材一式と机と椅子。モニターだけで3台は有った。予備も含めると5台だ。
それからゲームのコントローラーはコレクションを合わせると20程。ネット配信者というのか。
楓は、動画配信サイトでゲームをしていた。
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会社員、てのになれる気がしなかったんだ。昔から。
まぁ一応はやってみたんだけど。俺がクソガキ過ぎてどれも難しかった。求人を上から下まで眺めても営業職か店長しか募集してなかったから、バイトに応募したら受かったりしてそれで食い繋いでた。
貯金なんか無い。
次のバイト代が入るまで、先月入ったバイト代で食い繋ぐ。
風呂もシャワーだけ。10分も掛からない。飯も安く済ませたかったから、レンチンのチャーハンとかピラフばっか食ってた。
飽きたらカップ麺と唐揚げ。
それにも飽きたらもう栄養ブロックを近くのスーパーの端から1個ずつ買って、それとやっぱりカップ麺。
友達だと思ってた奴は、皆マトモに就職して行った。
俺だけがゲームして、それだけが唯一だった。
他にしたい事なんか無い。他に出来る事も無い。
俺はタイムカードを押すのも、胸苦しくて嫌だった。
制服もワイシャツも嫌だった。
ただ、バイトだから続いた。
金は要るだろ?
ゲームする為の電気代とWi-Fi台と諸々と、生きてなくちゃゲーム出来ねぇし。
ーーだから、バイトは続いた。
配信は、真ん中くらいの人気でそこそこだった。
固定客が居て、だからって所詮俺らは消費される側。
今か今かと配信を待つコアなファンが居てくれる事がどれだけ俺を救ったか知れないけど、それだけじゃ飯は食えなかった。
けど、辞めなかった。
友達はこいつ以外、皆嫌な顔して俺から遠ざかっていった。
嫌だろうな。こんなバイトとゲームだけしてる同級生を見るのは。辛いよな、お前達は必死で働いてんのにな。
俺は逆にあいつらが羨ましかった。
どうやったらそんな風に生きられる、何をすればタイムカードを押す度に震える手を誤魔化して仕事が出来る。
俺が社会人ってのを辞めるきっかけになったのは、こいつだった。
「ゲームだけして生きれば良いだろ?」
なんて事無い様に、こいつはそう言った。
馬鹿か、って思ったよ。
皆が思ったろ。俺だって思った。
現実見ろよ、馬鹿が。
「現実を見るのはお前だ、楓。」
俺は知らなかったんだ。
皆が皆、タイムカードを押す度に手が震えたりするんだと思ってた。揃いも揃って皆が制服のボタンを留める時に一緒に息が詰まってそれは退勤を押すまで続くんだと思ってた。
「向き不向きってのがひとには有るだろ。」
「仕事に向き不向きとか無いだろーよ。」
「そこまで異常反応を出してまでやる仕事なんか無いだろ。」
「… … なんつった、?異常?俺がか?」
「そうだ。異常だ。」
はて。そんな言葉が俺に向けられるとは。
ああ、所で。
「… … 異常って、何だっけ?」
「ヤバいって事だ。」
「俺、やばいの?」
「少なくとも俺にはそう見える。ゲームしてて手が震えるか、楓?」
「いや。それはねぇわ。」
「息が詰まるか?」
「はぁ、いや、ねぇわ。」
よく考えてみた。
そっか。そう言われてみれば、エイムが狂った事は無いな。
胸苦しくなったりもしないな。
けどそれは、好きなことをしてるからだろ。
それしか出来ないからだろ、遊んでるだけだ。
「俺はお前みたいに、顔を真っ青にして手が震えたり息が詰まったり、しない。気が付いてないのか楓。」
「だから何がだよっ、」
「顔付きが別人みたいだ。」
「んな訳ねぇわ。」
「最近、鏡見たか?ゲームしてる時でも、期末テストでも入試でもお前のそんな顔、見たことがない。なぁ楓。」
「… …おう。」
「好きな事の為に生きたら良いだろ。お前の人生なんだ。」
「おう。」
ーーそうだな。
ズルッと黒いスライムみたいなのが、胸の真ん中から滑り出してボテって地面に落ちた様な絵が頭に浮かんだ。
アイテム何が出っかな、とか思った辺りで、俺の脳味噌はどこまで行ってもゲーム脳だって分かった。
ーーそうだよな。
逆によぉ、ゲームで飯食って行くのはさぁ。
俺しか出来なくね?
ゲームだけで生きてくってさぁ、俺、結構命賭けてんのかもなぁ。
賭けられっかもなぁ、て思った。
だからスッパリ会社員てのを辞めた。
楽じゃねぇよ。好きな事やって飯食ってくのなんか、全然っ、楽じゃねぇ。
けどその後に始めたバイトで、8ヶ月くらいシフトに入って慣れた頃にやっと気が付いた。
嗚呼、俺…あれは向いて無かったんだなぁ、て。
生きる為に社会人にはなれなくても、バイトするゲーマーにはなれた。あとは人気が出て、飯食ってくだけ。
それが出来たら誰も俺の事を笑わない。
笑わせない。
けどゲーム出来て、バイト代で飯も食えて、俺はラッキーだって思ってた。
こいつの目が、俺を見る時だけ…他と違うって気が付くまでは。
ーーーーー
楓は元気になってった。
リクルートスーツを脱ぎ捨てて、Tシャツ短パンで朝方に寝て、夕方からもそもそも行動し始めて、見事に昼夜逆転した。
元々、友達付き合いの良い奴じゃなかった。
只、人の輪の中に居てなんとなく笑って喋って、それだけだった。
特別な仲間意識というものも少しは有った。
同じ高校、同じ大学まで同じメンツで顔を合わせた。
只、段々とそれぞれが付き合う人間を選んだだけだ。
俺は、楓が側に居る事が一番高揚した。
高揚って言うと漠然としているか。
要は、好きだったんだ。
この、栗原楓という男が。
ーーーーー
「なーー山添さんよぉ。」
「うん?」
「ゲーセン行かね?」
「またか。好きだなお前。」
単純に楽しかった。
友達だと思ってた。
友達だから遊んだり、馬鹿言い合ったり、小突いたり。
ゲームの電子音、てのが好きでさ。
ゲームなんか特にピコピコペケペケ音が鳴ってんだろ。
あれがさぁ、好きなんだよ。
ゲームのBGMでテンションが上がる。
偶々、見たんだ。
今まで何の気にもならなかったんだけどさ。
目の前にクレーンゲームしてるカップルが居た。
制服デートって奴。
その彼氏が、デッカいぬいぐるみ取ってやって。
彼女が嬉しそーにそれを受け取ってんの、を彼氏がそれはそれは優しそーな目で見てた。
「あ、れ」
俺、あの目…どっかで見たことあんな、って。
あのトロッと溶けたみてーな目が、優しそーにキラキラしてんの、俺見たこと有ったなって、思って振り向いたんだよ。
「今日はどれにするんだ?」
「な…、ぁ、はぁ゛!?゛」
思わずブチギレた。
お前…っ、いつからそんか目で俺を見てた訳、とか。
お前馬鹿じゃねぇのっ、とか。
俺の何処があんな目で見てぇ訳、とか。
色々有ったけど、あんまり急で。つーか、ビビって思わず回れ右してゲーセンを出た。
「…帰るぞっ、!」
「なんでだ、人を引っ張って来ておいてお前、何なんだ。どうかしたのか。」
「何でもねぇ…っ、!良いから帰ろうぜっ、!」
アレだ、ほら。
普段下ネタにうんともすんとも言わねぇ奴の鞄から、ゴムが出て来た時みてぇな感じだろっ、だろっ、!?
「お、!アイス食おうぜっ!」
「何がしたいんだ。」
呆れた顔が遠い目をした、事にホッとした。
ああ良かった!俺の気のせいだっ、!
「奢ってやるよ!」
「いいのか。」
「任せろっ、!何食う、バニラ?」
「抹茶。お前は楓。何にするんだ。」
俺は、悩んだ。
31個も有るんだ、実質選び放題だろ。
なのに抹茶ってなんだよ、ジジイかって。
「「クッキークリーム。」」
「あ゛?」
「だと思った。ハハっ!」
レジしてくれたお姉さんまで、微笑んでた。
俺ら、仲良しだって思われただろ、!!
「何で被せるんだよっ、!?」
「面白かったろ?」
「面白くねぇよっ、!」
「嘘つけ、照れるなよ楓。」
「外で俺の名前を呼ぶな!」
ウチは女系家族で、ばあちゃんの姉妹が松竹梅。
母さんと叔母さんは桃と杏子。
俺のねえちゃんは紅葉。だから俺は男なのにカエデ。
産まれるまで女の子だって言われたらしい。
エコー写真で上手い事隠れてたんだと、その…あそこがさ、ほら。
んでそれならもう、楓って名前しかないって、俺の名前は産まれる前から決まってた、それなのにだ。
「元気な男の子ですよ栗原さんっ。」
くたくたのへとへとだった母さんは、まいっかと思ったらしい。
その他の家族は俺が男の子だって事に浮かれて、お祭り状態だったらしい。誰ひとり、男の子にカエデって名前をつける事に違和感なく命名した。
俺は自分のことを「カエデちゃん」って覚えてた。
保育園に通う様になっても、小学校でも、反抗期でも俺の家族は俺を「カエデちゃん」って呼ぶ。
恥ずかしいだろ…っ、別に嫌って訳じゃないけど。
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