【完結】【R18】池に落ちたら、大統領補佐官に就任しました。

mimimi456/都古

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第二章:大統領補佐官

補佐官のお散歩'3

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政府敷地内に戻ると、ホッとした。

その足で向かったパン屋さんはやっぱり良い匂いがして、晩御飯はそこのサンドイッチになった。

グゥルの家、好きなんだよなぁ。

それに、俺とは違う具材の切り方をして出来るシチューも。
ジャガイモの下から刃を当て上へ。
シャリシャリと音がして、俺はそれを聞きながら適当に引っ張り出した本を読む。

グゥルの本棚は、色んな物が突っ込んである。
ボロボロになった絵本とか、童話の分厚い小説とか。
こう言うのもある。

 <冒険者リッテンツェリの旅行記>

俺からしたら、冒険者の旅行記なんてファンタジー小説の分類だったんだけど。
ここじゃエッセイとか観光ガイドに近い。

もしかしてーー。
そんな期待をしてつい、手に取る。
見つからなくても良いけど、似た様な物で良いから桜が見たい。

寒いから余計にそう思うのか?



「トキ。」

「んー?」

「寒く無い?」

暖房は点いてる。効くのにもうすこし掛かるかも、と言われて大人しくしてたけど。

「ちょっと寒い。」

「良い物が有るよ。母さんからトキに。」

「え。すごいな。」

促されて棚からリボンが掛かった編み物を貰う。
重みが有る。それに。

「おっきぃな。」

肩に掛けて包まっても十分なブランケットだった。
しかもこれ。

「手編み?」

「気に入った…?」

翠色と濃い茶色のブランケットは、ふかふかで。
所々に金色の糸が散りばめられている。
言わなくてもわかる。
これ、俺の好きな色を入れてくれたんだ。

翠が多い所がポイントだな。

「ふふっ。」

無意識に声が漏れる。嬉しい。

「気に入った。ありがとうグゥル。ナタリアさんにお礼言わなきゃ。」

こんなに大きくて、ぽこぽことした模様が入って、手触りが楽しい。
どのくらいの時間を掛けてくれたんだろうか。
どんなに頑張っても1週間は掛かるだろうに。

そんな大事な物を俺が貰って良いのか。

「気にしないで、トキ。」

無理だ。俺がお礼を言いたい。

「本当だよ。毎年、黙々と編んで飽きたら辞めるんだよ。それで俺達にに押し付けるんだ。もう一巡したから渡す相手が居なくて困ってたんだ。」

母さんの趣味に文句を言うのは申し訳ないけど、毎年こんなに大きい物を貰っても持て余してしまう、らしい。

「だからお礼を言うのは僕らの方だよ。母さんの趣味に付き合ってくれてありがとう。」

「そうなんだっ。どういたしまして。俺もありがとうっ。」


これ、あったかいな。
少し重いのが良い。
懐かしい布団の重さに似てる。

ナタリアさん編み物が趣味なのか。
だったら余り糸くらい沢山有るかな。

「グゥル。」

「どうかした?」

「何か糸って余ってる?」

「傷口を縫うのと服を縫うの、どっちが良い?」

「服かな。毛糸とか無いよね。」

「無いね。解けば有ると思うけど?」

「… … 。」

ーーーーー

冗談だったんだけどつい。
トキの困った様な眉が見たくて。
揶揄っただけだよ、ごめんねトキ。

「んー…細いな。」

僕の家で、僕が無造作に寝転ぶ様なソファにトキが座ってる。
テーブルにはさっきまで熱心に見てた旅行記。
気に入ったなら前の号も揃えようかな。
トキが行きたい所が有るかもしれないし。

行くなら僕も連れて行って欲しい。

シチューが煮えるまでトキの側に居たくて、気配を殺してそっと背後に立つ。

「何してるの。」

「うわっ、」

「ごめん。」

「び、っくりするから気配消すやめろっ。」

「職業柄、どうしても癖でね。抜けないんだ。」


わかってるけど、とトキが怒りながら文句を言う。

やっぱり。
僕の気配は分からないんだね。
良かった。そのままで居てね。

じゃないと<護衛>の意味が無くなっちゃう。

トキは守備範囲が広い。
恐らく目に見える範囲、全部がそうだと思う。
ただの人間にしてはかなり警戒心が強い。察知する能力も有る。

だからこそ護身術を覚えるべきだ。

トキは背後が極端に弱い。それは死角だから仕方ないとして。
僕が守るとして。

気になるのは、真正面1メートル。
この距離、この位置だけトキの身体がほんの少し硬直する事。

1メートルより離れるか、近付いてしまえばその反応は消える。
トキから距離を詰める事も有れば向こうが寄る事もある。
苦手な距離、ってだけなら僕にもある。

僕の2メート以内に近付いて良いのは、僕の家族かトキか大統領。
それ以外は何処かに行け、と思うけど。
硬直する、となると話が違う。

トキは主治医父さんと話す時、少しだけ斜め前に座る。
診療室に入る時も椅子に座る前も視線が、ふっと入り口に向く。

その行動に、理由がある事をトキは知ってるかも知れないし。
知らないかも知れない。
でも偽薬効果、なんて物を知ってるくらいだから。

本当は自分の身に何が起こっているのか、分かってるのかも知れない。


「タッセル作ってる。」

指に僕が持って来た糸をぐるぐると巻き付けている。
タッセルって何。カーテン留めるやつで合ってるかな。


「そうそれ。タッセルは通じるんだな。イマイチ分かんない翻訳機だな。」

黙々と巻き付けて、指の間で縛ると両端を切って整えた。
モップみたいだね。
その頭にまた糸をぐるぐる巻き付けて、縛って、輪っかを作ってまたハサミで切り揃える。

「昔、本なら何でも良いからって色々借りて広げてた時期がある。」

「そうなんだ」

「ん。編み物も…本当はやってみたかった。」

「トキなら直ぐに出来そうだね。タッセルも綺麗だよ。」

「ふっ。直ぐ褒める。」

「褒めるよ。トキは器用だから。」

「ありがとう。でも、編み物は男がする物じゃ無いって言われてから諦めた。どっちにしろ難しそうだったし、道具も揃えないといけなかったから。俺には無理だったろうな。」


ああ、そう言えば。

「母さんが沢山の種類の棒と、箱いっぱいの毛糸を持ってるんだけど、あれってどうみても多過ぎると思うんだけど。もしかして必要な物を揃えたからあの量なの?」

「さぁ。でも、集めちゃうのは分かるな。グゥルも変な資料集めてるだろ。ナイフとか、刺青の図柄とか。」

「あれは資料だよ。仕事で使うんだから必要な物だよ。」

「毛糸だって必要だろ。この翠、グゥルに似てる。」

「そう?」

「ん。綺麗だ。」


肩にかけたブランケットの、僕の瞳と似てるって言う翠をトキの指先が撫でる。

そんな風に撫でるなら僕も撫でて欲しい、

「トキ」

「… … っ。」

柔らかくて、自分から吸い付いて来てくれる唇に、背筋がゾクゾクした。

このキスは誰に教わったの。
大統領がそうさせたのか、元からそうだったのか。
考えただけで嫉妬で羽が騒つく。

それでも僕は、トキに唇を吸われるのが好きだと思った。
繰り返し繰り返し、柔く唇を食みながら待つ。

吸い付かれて、2回に1回くらい唇の間から舌先がぺろっと僕の唇を舐めていく。

「はぁ...可愛い、トキ」

「ん...ふ、... ...っ。」


キスに夢中になって、舌を出してる事に気が付いてる?


可愛い、可愛い、可愛い、
もう、我慢できない…僕も、トキと舌を絡めたい


「トキ、舌だして…」

「ん、駄目。」

「駄目?どうして。キスしたくない、?」

混乱する僕に吐息だけで笑う。胸がドクンと鳴った。
柔らかい表情も相まって、煩いくらい血が騒ぎ出す。

そんな顔で駄目なんて言わないで。
目一杯上を向くトキの頬と顎を捕まえる。

「僕はキスがしたい。」

「俺はシチューが食べたい。」

「んっ、?ふっ!?何、お腹空いたの。」

「笑うなよ。」

「トキは結構、食いしん坊だよね。僕じゃダメなのっ?」

「グゥルは。食べてお風呂入って…その後なら考える。」

「考える?んぅ、そこは欲しがって良いよトキ。僕なら直ぐ用意できるのに。」

「駄目だって!サンドイッチとシチューが食べたいっ。」


可愛いからつい、後ろから抱きしめたままでトキのお腹をなぞる。
今朝、大統領に着せてもらったであろう服の上から手を滑り込ませて、ズボンの中へ指先が入ろうとした所で、ガッチリと手首を掴まれた。

痛い。

ねぇトキ。そう言う所だよ、僕がおかしいって思うのは。

普通の人は手首と言っても少し腕の方を掴む。普通はね。
でも今、トキが掴んでるのは手首の骨の部分。

そこを掴まれると、ちょっと振り解けないんだよね。
なんでそんな所を掴めるのかが僕は気になる。

少しずつあちこちに散らばる違和感を集めても、一向にトキの過去は見えて来ない。
厄介で不思議で可愛いくて、沢山の才能がある事くらいしか僕には分からない。


「もし、僕がこの手を逆に拘束してベッドに運んだら…大統領に報告する?トキに晩御飯を食べさせなかったって。」

「言う。空きっ腹で抱かれたって言い付けてやる。」

「そ、んなにお腹空いた…?待たせてごめんね?」

「んふっ、言わないよ。そこまで心狭く無い。でもお腹空いたのは本当。」


さらっ、と掴んでいた僕の手首を撫でてトキがキッチンへ入って行く。手首はまだ痺れたまま。

やっぱり、何か隠してる。

頑丈な宝箱だねトキ。
カギはいっぱいチラつかせておいて、どれが本物のなのか全く分からない。

「グゥル。」

「どうかしたトキ。」

「こっちのコンロにも、火点けてくれる?」

「良いよ。何するの?」

「え?お茶淹れるだけ。」

「なんだ。」


僕はちょっとだけ期待した。
トキの手料理が食べられるんじゃ無いかって。
だから不意打ちの様に漏らした本音に、自分でも冷や汗が出た。

そして、訂正する前にトキが気付く。

「どうかした?」

「ぁ、っと」

「あ?」

クソッ、
そうじゃないだろっ、なんだって何。
たった一言漏らしただけでトキにはバレるって気を付けてたのに

「嗚呼。そう言う事ー…♡」


ほら。バレた。
相手は頭の悪いゴロツキなんかじゃ無い。
この国の大統領補佐をする、父さんが仕込んだ子だ。

そんな子の恋人兼護衛で居られる僕は、幸運で他に適任なんか作らせない。
その為に鍛えてる筈なのに、ふと甘えた事がしたくなる。
厄介な仕事だよ、本当、

護衛と愛人の両立なんてどうすれば良いんだろ。
それもこれも、トキが可愛いのがいけないんだ。
それに賢くて可愛いくて、可愛い。

こんな失敗をする度に僕は、自分の頭が悪くなった様な気がする。
僕の方が歳上の筈なのに。
全然、格好良く居られない。

「ふっ、言えば良いのに。」

「ちがっ、ぅよ、?」

「違う?何が違うのグゥ。」

「うっ、」

可愛い子が僕を見てる。
楽しそうにキラキラした茶色の目が、ジッと僕だけを見てる。
おかしくなりそうだ…っ、

「分かった。交換条件を出そう、グゥル。」

「その手には乗らない。」

「乗れば、良い物が3つくらいかな...手に入るけど乗らない?」

「乗らない。僕は一度君に負けてるからね。」

「俺に勝つ必要は無い。」

「うん?」

「大統領に勝てば良い。脅すの手伝ってくれるんだろグルーエント。」

「ぇ゛」

「どうする?」

ズィッと、一歩トキが距離を詰める。
やっぱりこれを心理戦、なんて言うのは間違ってると思う。

脳味噌が焼き切れそうだ、
好きな子が胸が当たりそうな程近くにいて、唇が目に映る。
そのキスはさっき味わった所だから、非常に分が悪い。

もう、僕は負けたかもしれない。
というか、僕は抗えない。
トキの言う事を聞けば、ご褒美しか貰えない事を知ってる。

「僕に、何をくれるの」

「ひとつ、明日の昼食。」

「そ、れってつまり」

「ふたつ、俺。」

「嬉しい。それは凄く嬉しい、トキ。」

「みっつ目は、よく分からない。」

「分からない?」

「ん。」

「それは、どうして?」

シューと音がしてやかんのお湯が沸く。
僕がポットに茶葉を入れて、お湯を注ぐ間もトキはキッチリに立って僕の側に居てくれる。

何を悩んでるんだろう。

「今日ずっと、俺を探る様に見てただろ。」


まさかバレた。
もしそうだとしたら、それは色々な方面で不味い。
大統領にも父さんにも殺されるーー。

<護衛>の意味がひとつ減る。それだけは駄目だ。


「俺は今日、具合悪く無いし途中滑って転びそうになったり、初めて敷地の外に出て怖かった事もあるけど。なんでグゥルがそんなに俺の事を知りたいのか、分からなかった。」

「そう、なんだ」

「目が合う度にグゥルの目を見ても、綺麗だなって思ってたら何か探る前に逸れるし。だから、全然分からないからもう自分で決めてくれ、と思ったんだけど。どう?何かある?」

有るどころじゃないよ。
沢山有るよ。

「トキの事は、全部知りたい」

それは、何を聞いても良いんだろうか。
もしかしたらトキは聞かれたくない事かも知れない。
でも、聞けば俺達は少しだけトキの事がわかるかも知れない。

分かれば、手をこまねいてる僕や父さんや大統領も。
トキの為に何をしてあげられるのか、手立てを考えられる。

「グゥルが俺の条件を飲めばな。」

「言ってみて。」

「叶える、とは言ってくれないんだな。」


トントン、と胸を摩られる。
本当っにソレは反則だよトキー!?
ドキドキする、胸が痛い、分かってやってるんだよね。


「ねぇトキ、それなんて言うか知ってる?」

「△△△だろ。知ってる。♡」


聞き取れなかった。
でも、ひゅって片方の眉を上げて、また俺の胸に指を這わせるから多分、同じ事を考えてる筈だ。

分かっててやってるんならーーと、いうか、
初めからトキはそうだっただろ。

僕はあの日、最初からトキに狙われてた。
兄さんまで引き入れて僕を手に入れた。

じゃあ、もう良いかな。
僕はもうトキには勝てなくて良いかも知れない。

条件は飲むよ。
そのくらい何とかして見せる。
だから

「僕が三つ目に欲しいのは、」


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