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続編'25
ゴールデンウイーク4
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予感は無かった。
予兆も…無かった。
ただ<近いな>とは思ってた。
家から実家までは車で2時間半くらい掛かる。
高速とかではなく、下道を走ってただ国道を真っ直ぐ行って目印を曲がって住宅街に入って見覚えのある道を行けば良い。
その途中に、シロナガと歩いた道が有ったりするけど。
少し手汗が滲んでた事は自覚してる。
それは和己にも陸也にも前もって言った。
もしかしたら。
勿論行きたいから行くし、この前は実家の前まで行けたし、何より写真展の会場は実家からは車で30分程の距離にある。
あの人達が写真展なんかに興味を持つとは思えないし、ばったり会う確率なんて無いに等しい。
それでもーー見慣れた風景は嫌なものを思い出させる。
けど、それだけで済む筈だった。
「良悟、」
今頃、陸也が俺を探してるかもしれない。
「良悟…っ、」
和己が俺を呼んでるかもしれない。
それなのに何も言わずに逃げ出した俺は、一歩も動けずに居た。
此処は、どこだろ。知らない、コンクリの道路と白っぽい建物、それと家の柵、ベランダ、鉢植え…裏路地って奴だ。
気のせいかもしれない…
でも、気のせいじゃなかったら、
似た様な人を見たんだ。
さっき、和己が写真を買ってくれた人と話してる間、陸也と他のひとの写真を眺めて歩いてる時、見た気がしたんだ。
かあさんに似たひとを
ふ、と視界に入ったガラスドアの向こうのひと。
その人がこっちを向こうとしてた、寸前に一歩足を引いた。
一歩ドアから離れて、気配を消して、スッと一歩二歩後ろへ下がった。
嫌な癖だ。
足音を立てない歩き方を知ってる。
視線の合間を縫って誰にも見えない様に歩くコツを知ってる。
ミスディレクション、て言うんだっけ。
人影に回り込んで誰の視界からも消えた俺は、会場を抜け出した。
癖なんだ。
出入り口を探すのが。
広いモールに居ても、南出口の看板を見つけたら北出口はあっちかと目星を付ける。
流石大手の写真展、非常口はきちんと機能してた。
でも所詮は写真展。警備員すら居ない、スタッフオンリーとも書かれていない裏口をスルスル抜けて、建物を出た途端駆け出した。
正面出口とは反対の方向へ。
一応、帰る方角はわかる。
スマホも持ってる。だから走った。
時間が稼げれば良いんだ…っ、あのひとが俺を見逃してくれるその時間さえ作れれば、俺はまた写真展に戻ったって良いっ、
「ふ…っ、ふ、ぅ...、ぅっ、」
戻りたいのに涙なんか流したら駄目だ。
陸也が心配するっ、和己にも何が有ったか聞かれる…泣いたら駄目だって思うのに、涙は出る。
まるで俺がイカれた証明、みたいに涙が出て来て全然っ、止まらないっ、
俺はーーイカれてなんか無いっ、!
俺は、可愛い、やれば出来るっ、可愛い、何でも出来るっ、筈なのに…涙一個も止められない、
一個でもこの衝動が治ってくれれば、正気に戻れるのに。
一息毎に吸い込む空気が肺をいっぱいにして、胸がいっぱいになって、嫌な事もいっぱい…っ、いっぱい思い出してたーー。
壁に吹っ飛んだ数、捨てられた私物の数、飛んできた物の数、実際に当たった物と、当たらずに壁にぶつかった物、向けられた嫌悪感、突き刺さるデカい声は俺の耳と息を止めた。
いつか 陸也に言った様に
俺は血の一滴も流さなかった。
痣のひとつも 作らなかった。
怪我はしてない。
折れてもない。
どこも異常は見られない。
痛みは一晩か二晩経てば、何処だったかなって指で押さない限り見つからなくて、それが絶望的でもあった。
せめて折れたり血が出たら、どうにか出来たのに。
それは、しつけだった。
言葉が通じないなら痛みで教え込むしかない。
それが一番手っ取り早い意思疎通だった。
和己や陸也がしてくれる、少し音がするだけのお仕置きとは全く違うんだな、っていまならわかる。
けどあの時の俺は、俺ひとりだったし。
誰かに相談しようにも…言っちゃいけない事の様な気がして黙ってた。
それに。誰か他の大人に助けを求めたとして、その大人がもし家を尋ねて来たとして、その後はどうなる。
俺がチクったのがバレて逆上して酷くなるかも知れない。
ーーそう思ったら、何も言わないまま通り過ぎるのを待つ方が楽だった。
いくら怖かろうが、偶に痛かろうが、大事なものを次々と捨てられようが良かった。高校生の間だけで良いと思ってたんだ。
俺が生きるのは、18歳まで。そうしようと思ってた。
あとは何時やるかだった。
18の誕生日にやるのか、夏休み明けにやるのか、お盆が終わってからやるのか。
そんなことばっか考えてたけど、うるさいチャラチャラした男に付き纏われた。1年の時も、2年の時も。3年になると、どうやって生き延びようかって考え始めてる自分が居て…恋ってすごいなって思った。
和己が俺を好きになってくれたから、俺は18歳を通り越して。
19になった頃に陸也を見つけた。
俺も…少しだけ、和己に楽させたかった。
確かに、俺の両手を嬉々として縛り上げて一晩中抱き潰す様な、ちょっと頭のおかしい男だけど。
何時も何時も俺の心配ばかりしてた。
俺は、それが少しだけ申し訳ないって思ってる。
多分和己はそんな事思ってないと思うけど。俺は、少しだけ悪い事をしたなって思ってる。
…その代わり、色々させたからお互い様かも知れない。
ふ、つうは。
だって、縛ったり命令したり、いやらしい我慢をさせたりしないと思うっ。
やっぱお互い様かも知れない。
俺、謝っちゃダメな気がする…昔、身体中チョコ塗れにされたの忘れてないからなっ、
「か、ずみに会いたい…りくや、ぁ」
会いたい。会いたい…合わなくちゃっ、俺の家族が俺を探してるかも知れないっ、!
鞄から見守りくんを取り出して押す。
スマホは、駄目だった。
スマホは、怖い。音がなるかも知れないし液晶の光が誰かに見つかるかも。
でも、これなら押せるっ、!
ひとひとり見当たらないどっかの路地裏で、でも俺だって動けるかも知れないと期待して…一歩を踏み出そうとしながら、踏み出せない。意気地なしの俺を、なんとかその場に踏み止まらせる。
ここで待ってるだけで良い、
それだけで良い
逃げたり隠れたりしなくて良い…っ、どっちかがきっと、
ーーーーー
桜の花びらが舞う中で真っ赤な傘と真っ赤な長靴を履いた女の子の写真を見ていた。
こういう写真が自分のアルバムに有る、という事がどれだけ嬉しいんだろうな、とそんな事を考えていた。
「良悟、向こうの展示に行…か、な」
見渡した会場。色んな色の服の人混みに目を走らせて良悟を探す。
居ない。居ない、居ない…向こうにも居ない。
何処だ
慌てて自分の右隣と左を見ても、振り返って後ろを見ても良悟が居ないっ、
「良悟、」
ズボンからスマホを取り出してメッセージを見るが…何も来てない。トイレか。
トイレならまだ良いが…俺は、気の小さい男だっ、心配性でもある。完璧な用意がされてないと不安で仕方がない。
不安要素は有る。
良悟が話してくれた、ここは実家から近いと。
10年逃げて向こうからも音沙汰すらない家族が住む家が、直ぐ側にある。
此処に来るまで、何度も手を握ったがそのどれでも良悟の手は汗で冷たくなっていた。
トイレなら良い。
俺は良悟のトイレすらGPSを見張っていないと不安になる男になっても良いが、実際にトイレなら何故俺に声を掛けない。
頭のおかしい男に、ひと声掛けもせずどっかに行って取り乱す様な所を見たいと思うか。そもそも、俺達を不安にさせない様に良悟は何時も気を付けている。
よくメッセージをくれる。
和己と一緒にきたくするようになっても、毎日「ただいま」とメッセージをくれる。
だから、これは何か。
良悟の意図しない事が起きているのかも知れない。
俺達を不安にさせて、何処に居る…良悟、
ーーーーー
スマホのバイブが鳴った。
ズボンのポケットで通知はオフにしてたのに。
一個だけいつでもオンにしてる相手が居る。
ひとりだけ。俺の、俺達の黒柴くんからのメッセージ、電話、それとGPS。
俺はね、良悟。
全部バイブの種類を変えてるんだよ。
目の前にはクライアントがいる。俺、いま名前を売るチャンスだよ。なのにバイブの音がGPSを通知する。
「流石に年末というと厳しいだろうから、どうだろう新年度あたりで」
半分クライアントの声を聞きながら、何気なく立ってる位置をずらす。
居た。
陸也と目が合って、ほんの一瞬だと思うけど。
アイツが頷いた。俺も視線を流しただけでまた目の前のクライアントへと向き直る。
大丈夫だ。
アイツなら良悟を捕まえるまで追える。
俺達なら、良悟がどんな目に遭っても癒して愛して溺れさせる。
けど、良悟。
頼むから無事で居て。
ーーーーー
足音がする。
サンダルの踵を引き摺って歩く音。
次のは、スニーカーのガポガポ言う音。
違う、陸也じゃない。
次はハイヒールの音がした。
「ひ、」
何しても動かないと思ってた意気地なしの足が、動いた。
人生で一番ダッシュして角を曲がった。止まって、ハイヒールの音が聞こえないのを耳を澄まして息を止めて待った。
その時、後ろからドカドカと走る足音がした。
しまった…二人組だったのか、!
「やめ」
俺は今更、家には帰りたくない…っ、
ギュッと縮こまった身体を痛いくらい捕まえられた、怖い、怖い、怖いっ、怖いっ、!
「ぃ…」
「良悟…っ、は、ぁ...、!」
匂いがした。
ふわっと、香る和己が選んだ柔軟剤の匂い。
俺が、俺達が選んだ好きな匂いの空気が鼻から、悲鳴か何かを上げようとした口からふわっと入り込んできた。
「りくや、ぁ、?」
ーーそれにしては、痛い。
「陸也、?」
「なんだ、」
ーー息が荒い、胸が俺にもわかる位上下してる。
肺が酸素を取り込んでる。
「びっくりしたぞ…急に居なくなったな、?」
「ん。」
声は怒ってなかった。
責めた風でもなかった。
「どうする…もう少しかくれんぼするか」
「んふっ、かくれんぼ?」
「ああ、和己にもそう言ってやる。何時迄も客の相手をしてるからつまらなくて外で遊んで来る、と言ってやっても良い。その前に自販機探しても良いか…喉、カラカラだ。」
怖くはなかった。
陸也に怖いと思ったとしても、それは陸也じゃない別の誰かの影を見てそう思っただけで。
陸也が怖かった事は無い。
俺には酷い事をしないゴリラなら、ゴリラでも可愛い。
「もう少し、外に居たい。出来ればあの通りは避けて車まで戻りたい。」
「良悟。」
「ん。」
「アレ、見えるか。」
「… …えッ、!?嫌だっ。」
「そうか。残念だな。」
「嫌だ。それなら、車の後部座席の方が良い…っ、!」
「そうかっ。よし、言ったな。」
「ぇ、わ、うわ待って、待ってほんとに」
また隠れたり路地を真っ直ぐ見渡すと、如何にも場違いに綺麗で造りの浮いた建物が有った。
そういうホテルだ、と思う…行った事ないけど。
陸也が建築の勉強にとか、和己がアイデアの参考にとか言うのを交わして来たんだ。だから行った事は無い。外観とか内装をネットで見れる限りは見た事もあるけど。
そんな所に行くくらいなら、陸也の車の後部座席の方が何万倍も安心出来る。外からは見えない様になってるし。陸也が覆い被さったら俺は多分、外からは見えないし。
でも、そんな事しなくても。
家のベッドですれば良い。
陸也が無意識なのか俺の腰を抱いて歩いてる。
いつもはしないのに。
「理由を聞いても良いか。」
「無事に車まで帰れたら言う。」
「鬼ごっこだな。」
俺、必死で逃げてたの…鬼ごっこだった?
それならいいな。
ついでに見間違いなら良いなと思いながら、また息を詰めて歩く。
大丈夫。
今度は陸也が守ってくれる。
グッと抱かれた腰が歩きにくいのに、自分ひとりで走って逃げた時より大丈夫だと思わせる。
大丈夫。陸也が居る。
ーーーーー続。
予兆も…無かった。
ただ<近いな>とは思ってた。
家から実家までは車で2時間半くらい掛かる。
高速とかではなく、下道を走ってただ国道を真っ直ぐ行って目印を曲がって住宅街に入って見覚えのある道を行けば良い。
その途中に、シロナガと歩いた道が有ったりするけど。
少し手汗が滲んでた事は自覚してる。
それは和己にも陸也にも前もって言った。
もしかしたら。
勿論行きたいから行くし、この前は実家の前まで行けたし、何より写真展の会場は実家からは車で30分程の距離にある。
あの人達が写真展なんかに興味を持つとは思えないし、ばったり会う確率なんて無いに等しい。
それでもーー見慣れた風景は嫌なものを思い出させる。
けど、それだけで済む筈だった。
「良悟、」
今頃、陸也が俺を探してるかもしれない。
「良悟…っ、」
和己が俺を呼んでるかもしれない。
それなのに何も言わずに逃げ出した俺は、一歩も動けずに居た。
此処は、どこだろ。知らない、コンクリの道路と白っぽい建物、それと家の柵、ベランダ、鉢植え…裏路地って奴だ。
気のせいかもしれない…
でも、気のせいじゃなかったら、
似た様な人を見たんだ。
さっき、和己が写真を買ってくれた人と話してる間、陸也と他のひとの写真を眺めて歩いてる時、見た気がしたんだ。
かあさんに似たひとを
ふ、と視界に入ったガラスドアの向こうのひと。
その人がこっちを向こうとしてた、寸前に一歩足を引いた。
一歩ドアから離れて、気配を消して、スッと一歩二歩後ろへ下がった。
嫌な癖だ。
足音を立てない歩き方を知ってる。
視線の合間を縫って誰にも見えない様に歩くコツを知ってる。
ミスディレクション、て言うんだっけ。
人影に回り込んで誰の視界からも消えた俺は、会場を抜け出した。
癖なんだ。
出入り口を探すのが。
広いモールに居ても、南出口の看板を見つけたら北出口はあっちかと目星を付ける。
流石大手の写真展、非常口はきちんと機能してた。
でも所詮は写真展。警備員すら居ない、スタッフオンリーとも書かれていない裏口をスルスル抜けて、建物を出た途端駆け出した。
正面出口とは反対の方向へ。
一応、帰る方角はわかる。
スマホも持ってる。だから走った。
時間が稼げれば良いんだ…っ、あのひとが俺を見逃してくれるその時間さえ作れれば、俺はまた写真展に戻ったって良いっ、
「ふ…っ、ふ、ぅ...、ぅっ、」
戻りたいのに涙なんか流したら駄目だ。
陸也が心配するっ、和己にも何が有ったか聞かれる…泣いたら駄目だって思うのに、涙は出る。
まるで俺がイカれた証明、みたいに涙が出て来て全然っ、止まらないっ、
俺はーーイカれてなんか無いっ、!
俺は、可愛い、やれば出来るっ、可愛い、何でも出来るっ、筈なのに…涙一個も止められない、
一個でもこの衝動が治ってくれれば、正気に戻れるのに。
一息毎に吸い込む空気が肺をいっぱいにして、胸がいっぱいになって、嫌な事もいっぱい…っ、いっぱい思い出してたーー。
壁に吹っ飛んだ数、捨てられた私物の数、飛んできた物の数、実際に当たった物と、当たらずに壁にぶつかった物、向けられた嫌悪感、突き刺さるデカい声は俺の耳と息を止めた。
いつか 陸也に言った様に
俺は血の一滴も流さなかった。
痣のひとつも 作らなかった。
怪我はしてない。
折れてもない。
どこも異常は見られない。
痛みは一晩か二晩経てば、何処だったかなって指で押さない限り見つからなくて、それが絶望的でもあった。
せめて折れたり血が出たら、どうにか出来たのに。
それは、しつけだった。
言葉が通じないなら痛みで教え込むしかない。
それが一番手っ取り早い意思疎通だった。
和己や陸也がしてくれる、少し音がするだけのお仕置きとは全く違うんだな、っていまならわかる。
けどあの時の俺は、俺ひとりだったし。
誰かに相談しようにも…言っちゃいけない事の様な気がして黙ってた。
それに。誰か他の大人に助けを求めたとして、その大人がもし家を尋ねて来たとして、その後はどうなる。
俺がチクったのがバレて逆上して酷くなるかも知れない。
ーーそう思ったら、何も言わないまま通り過ぎるのを待つ方が楽だった。
いくら怖かろうが、偶に痛かろうが、大事なものを次々と捨てられようが良かった。高校生の間だけで良いと思ってたんだ。
俺が生きるのは、18歳まで。そうしようと思ってた。
あとは何時やるかだった。
18の誕生日にやるのか、夏休み明けにやるのか、お盆が終わってからやるのか。
そんなことばっか考えてたけど、うるさいチャラチャラした男に付き纏われた。1年の時も、2年の時も。3年になると、どうやって生き延びようかって考え始めてる自分が居て…恋ってすごいなって思った。
和己が俺を好きになってくれたから、俺は18歳を通り越して。
19になった頃に陸也を見つけた。
俺も…少しだけ、和己に楽させたかった。
確かに、俺の両手を嬉々として縛り上げて一晩中抱き潰す様な、ちょっと頭のおかしい男だけど。
何時も何時も俺の心配ばかりしてた。
俺は、それが少しだけ申し訳ないって思ってる。
多分和己はそんな事思ってないと思うけど。俺は、少しだけ悪い事をしたなって思ってる。
…その代わり、色々させたからお互い様かも知れない。
ふ、つうは。
だって、縛ったり命令したり、いやらしい我慢をさせたりしないと思うっ。
やっぱお互い様かも知れない。
俺、謝っちゃダメな気がする…昔、身体中チョコ塗れにされたの忘れてないからなっ、
「か、ずみに会いたい…りくや、ぁ」
会いたい。会いたい…合わなくちゃっ、俺の家族が俺を探してるかも知れないっ、!
鞄から見守りくんを取り出して押す。
スマホは、駄目だった。
スマホは、怖い。音がなるかも知れないし液晶の光が誰かに見つかるかも。
でも、これなら押せるっ、!
ひとひとり見当たらないどっかの路地裏で、でも俺だって動けるかも知れないと期待して…一歩を踏み出そうとしながら、踏み出せない。意気地なしの俺を、なんとかその場に踏み止まらせる。
ここで待ってるだけで良い、
それだけで良い
逃げたり隠れたりしなくて良い…っ、どっちかがきっと、
ーーーーー
桜の花びらが舞う中で真っ赤な傘と真っ赤な長靴を履いた女の子の写真を見ていた。
こういう写真が自分のアルバムに有る、という事がどれだけ嬉しいんだろうな、とそんな事を考えていた。
「良悟、向こうの展示に行…か、な」
見渡した会場。色んな色の服の人混みに目を走らせて良悟を探す。
居ない。居ない、居ない…向こうにも居ない。
何処だ
慌てて自分の右隣と左を見ても、振り返って後ろを見ても良悟が居ないっ、
「良悟、」
ズボンからスマホを取り出してメッセージを見るが…何も来てない。トイレか。
トイレならまだ良いが…俺は、気の小さい男だっ、心配性でもある。完璧な用意がされてないと不安で仕方がない。
不安要素は有る。
良悟が話してくれた、ここは実家から近いと。
10年逃げて向こうからも音沙汰すらない家族が住む家が、直ぐ側にある。
此処に来るまで、何度も手を握ったがそのどれでも良悟の手は汗で冷たくなっていた。
トイレなら良い。
俺は良悟のトイレすらGPSを見張っていないと不安になる男になっても良いが、実際にトイレなら何故俺に声を掛けない。
頭のおかしい男に、ひと声掛けもせずどっかに行って取り乱す様な所を見たいと思うか。そもそも、俺達を不安にさせない様に良悟は何時も気を付けている。
よくメッセージをくれる。
和己と一緒にきたくするようになっても、毎日「ただいま」とメッセージをくれる。
だから、これは何か。
良悟の意図しない事が起きているのかも知れない。
俺達を不安にさせて、何処に居る…良悟、
ーーーーー
スマホのバイブが鳴った。
ズボンのポケットで通知はオフにしてたのに。
一個だけいつでもオンにしてる相手が居る。
ひとりだけ。俺の、俺達の黒柴くんからのメッセージ、電話、それとGPS。
俺はね、良悟。
全部バイブの種類を変えてるんだよ。
目の前にはクライアントがいる。俺、いま名前を売るチャンスだよ。なのにバイブの音がGPSを通知する。
「流石に年末というと厳しいだろうから、どうだろう新年度あたりで」
半分クライアントの声を聞きながら、何気なく立ってる位置をずらす。
居た。
陸也と目が合って、ほんの一瞬だと思うけど。
アイツが頷いた。俺も視線を流しただけでまた目の前のクライアントへと向き直る。
大丈夫だ。
アイツなら良悟を捕まえるまで追える。
俺達なら、良悟がどんな目に遭っても癒して愛して溺れさせる。
けど、良悟。
頼むから無事で居て。
ーーーーー
足音がする。
サンダルの踵を引き摺って歩く音。
次のは、スニーカーのガポガポ言う音。
違う、陸也じゃない。
次はハイヒールの音がした。
「ひ、」
何しても動かないと思ってた意気地なしの足が、動いた。
人生で一番ダッシュして角を曲がった。止まって、ハイヒールの音が聞こえないのを耳を澄まして息を止めて待った。
その時、後ろからドカドカと走る足音がした。
しまった…二人組だったのか、!
「やめ」
俺は今更、家には帰りたくない…っ、
ギュッと縮こまった身体を痛いくらい捕まえられた、怖い、怖い、怖いっ、怖いっ、!
「ぃ…」
「良悟…っ、は、ぁ...、!」
匂いがした。
ふわっと、香る和己が選んだ柔軟剤の匂い。
俺が、俺達が選んだ好きな匂いの空気が鼻から、悲鳴か何かを上げようとした口からふわっと入り込んできた。
「りくや、ぁ、?」
ーーそれにしては、痛い。
「陸也、?」
「なんだ、」
ーー息が荒い、胸が俺にもわかる位上下してる。
肺が酸素を取り込んでる。
「びっくりしたぞ…急に居なくなったな、?」
「ん。」
声は怒ってなかった。
責めた風でもなかった。
「どうする…もう少しかくれんぼするか」
「んふっ、かくれんぼ?」
「ああ、和己にもそう言ってやる。何時迄も客の相手をしてるからつまらなくて外で遊んで来る、と言ってやっても良い。その前に自販機探しても良いか…喉、カラカラだ。」
怖くはなかった。
陸也に怖いと思ったとしても、それは陸也じゃない別の誰かの影を見てそう思っただけで。
陸也が怖かった事は無い。
俺には酷い事をしないゴリラなら、ゴリラでも可愛い。
「もう少し、外に居たい。出来ればあの通りは避けて車まで戻りたい。」
「良悟。」
「ん。」
「アレ、見えるか。」
「… …えッ、!?嫌だっ。」
「そうか。残念だな。」
「嫌だ。それなら、車の後部座席の方が良い…っ、!」
「そうかっ。よし、言ったな。」
「ぇ、わ、うわ待って、待ってほんとに」
また隠れたり路地を真っ直ぐ見渡すと、如何にも場違いに綺麗で造りの浮いた建物が有った。
そういうホテルだ、と思う…行った事ないけど。
陸也が建築の勉強にとか、和己がアイデアの参考にとか言うのを交わして来たんだ。だから行った事は無い。外観とか内装をネットで見れる限りは見た事もあるけど。
そんな所に行くくらいなら、陸也の車の後部座席の方が何万倍も安心出来る。外からは見えない様になってるし。陸也が覆い被さったら俺は多分、外からは見えないし。
でも、そんな事しなくても。
家のベッドですれば良い。
陸也が無意識なのか俺の腰を抱いて歩いてる。
いつもはしないのに。
「理由を聞いても良いか。」
「無事に車まで帰れたら言う。」
「鬼ごっこだな。」
俺、必死で逃げてたの…鬼ごっこだった?
それならいいな。
ついでに見間違いなら良いなと思いながら、また息を詰めて歩く。
大丈夫。
今度は陸也が守ってくれる。
グッと抱かれた腰が歩きにくいのに、自分ひとりで走って逃げた時より大丈夫だと思わせる。
大丈夫。陸也が居る。
ーーーーー続。
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⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
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