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第33話 愛している。でも、ごめんな。
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「母さんっ!親父は!」
病室の前の、通路のソファ。
幽霊のような表情で蹲る母さんを見つけて、俺は身体を揺さぶりながら声をかける。
「きょ……京ちゃん!
ああ!どうしよう!お父さんが、お父さんが!」
「お、おい。落ち着けよ。
一体どうしちまったんだよ、親父の奴!」
「ああ!どうしよう!
お父さん!お父さんに何かあったら、ああどうしたらいいの!」
ダメだ……錯乱している。
病室の入り口にかけられた名札を見て、そこが親父の病室であることを確認する。
……個室かい。流石は院長。
まともに話ができない母さんを宥めながら、なんとかそこに親父と担当のお医者さんがいること、県内に暮らしている兄貴もここに向かっていることを聞き出す。
一緒に病室に入ろうと促すが、親父のあの姿を見ていられないと泣いて拒まれた。
……なんてこった。詳しい話は先生に聞くしかないか。
俺も人のことは言えない。かなり動揺している。
ギルドからこの病院まで運転してきたはずだが、道中の記憶が全くない。
事故を起こしていないのが不思議なくらいだ。
マリのこともほっとけなかったが、気付いたらこの病院に向かって身体が動き出していた。
出る前に、ギルド職員のサナエさんに事情を説明し、代わりの冒険者にマリの保護を依頼したんだ。
そうだ。たまたま近くにいたタナカさんが、マリの保護を買って出てくれたんだ。記憶が戻ってきた。
……あの人にも手間をかけちまったな。
忙しい人だってのに、申し訳ないぜ。
だが、今はとにもかくにも親父のことだ。
「父さん……入るよ」
入室すると、ベッドに親父が、その傍には医者の先生と看護婦がいた。
親父の部下の先生だな。たしか会ったことがある。
親父は意識がなかった。腕には点滴が、顔には呼吸器をはめ、静かに眠っている。
「息子さんですね。
先生……お父さんは、準備ができ次第すぐに手術に入ります。
かなり緊急を要する状態ですが、全力を尽くします」
先生が手短に説明してくれた病状も、半分も理解できなかった。
脳脊髄液減少症……?とか言ったのか。
脊髄の髄液が体内に漏れ出すことで、その髄圧?が下がることで脳や脊髄に負荷がかかる、とか。
難しいことはよくわからなかったが。
肩こり、慢性疲労、起立性頭痛……つまり立った時の頭痛が原因で一日中横になっていること。
これらは全て、この病気の症状だってことらしい。
……マジかよ。
ずっと……ずっとそこにヒントはあったじゃないか!
一緒に暮らしてて!ずっと顔を合わせていて!
肩こりがひどいってんで、揉んでやって!それでいいことした気になって!
ボンクラかよ俺は!何を見てたんだよ!
「父さん……!」
親父は、答えない。
猛烈な不安が俺を襲う。
ガキの頃から、ずっと俺を守ってくれた親父。
部活や勉強をサボった時に、どれだけ怒るんだと思うほど厳しくしかりつけてきた親父。
就職活動で第一志望に落ちて落ち込んでた時に、静かに諭して前を向かせてくれた親父。
親父のこけた頬を見て、一つのことに気付く。
俺は、今の生活が、ずっと続くと思っていなかったか?
親父の真っ白に褪めた肌。力なくぶら下がった腕。体中に浮かんだ血管。力ない呼吸音。
親父だけじゃない。母さんも、あんなに小さく、か細かったか?
2人とも老いている。力を失っている。
絶対的な保護者だったあの2人はもういない。
そんな当たり前のことに、今、ようやく気が付いた。
「親父……そんな、どうして」
背骨に氷水を注ぎ込まれた気分だった。
圧倒的な現実が襲い掛かってきた。
これまで無視してきた、眼を逸らしてきた過去のツケが、群れを成して俺を追いつめてきた。
不安が胸いっぱいに詰め込まれた感覚だ。
信じられない程、呼吸が浅くなっていくのがわかる。
全身の脂汗が、一張羅のシャツをじんわりと湿らせる。
「わからない……わかんねぇよ、俺。
どうしたらいいんだよ……」
頭の中に嵐が吹き荒れる。
同時に抱えている問題が俺の心臓を殴りつける。
会社のこと、元嫁のこと、冒険のこと、マリのこと。
親父のこと。母さんのこと。将来のこと。
気付けば俺は、もの言わぬ親父に向けて、一人語りだしていた。
「……どうしたらいいか、わからないんだ。
仕事も、生活も、人間関係も何もかも。
自分のポカで失ったものが勝手に戻ってきたと思ったら、良かれと思ってやったことで大事なものを失って。
何をやったら状況がよくなるのか、ちっともわからないんだ。
どんな状況になればいいのか、ちっともわからないんだ。
……相棒を救ってやりたいんだ。なのに何がしてやれるのかもわからねえ。
自分自身、何がしたいのかわからねえのに、他人を助けられるわけもないよな……。
俺、情けねえよ。30歳にもなって。」
親父は答えない。
構わず俺は、勝手に話を続ける。
「親父、あんたがいなくなったら俺、どうしたらいいんだよ。
こんなボンクラ、どこ行ったって通用しねえよ。
大事な相棒と一緒に戦ってたのに、あの子の辛さがちっとも見えてなかった。
大事な家族と一緒に暮らしてたのに、あんたの身体がおかしいこと、ちっとも見えてなかった。
頭にあったのは自分の事ばっかりだ。
ははは。俺、自分のこと、親孝行な奴だと思ってたんだぜ?
笑えるだろ。こんなに自分のことしか見えてない奴がよ。
……迷宮じゃあ、”眼”がいいってキャラでやってんだぜ。
本当……笑えるよ……」
「やれやれ、ようやく本音で話したと思ったら……相変わらずだなお前は。
ガキの頃と何も変わっとらん」
「!」
唐突に、親父が話し出した。
絶対安静のはずの体を重たそうに。
深い呼吸を何度も挟みながら、絞り出すような声で。
「と、父さん。寝てねえと!」
俺の言葉を手で制する。
そんな動きさえ、やっとかっとという風情で。
「単純な問題を複雑に考えたがるのは、お前の子供のころからの悪い癖だ」
それでも、眼だけは、しっかりと意思の光を宿らせて。
ーーー
「せぇぇぇぇいっ!やぁぁぁっ!!!」
壁を、天井を蹴り付ける。
ゴブリンもホブゴブリンも、私の動きに反応さえできない。
渾身のトンファーが、本日18匹目の獲物を粉砕した。
「ふぅー、喉乾いた。
ウツミんさん、水とミネラルを……」
いつもの癖でそう言いかけ、気付く。
そうだ。ウツミんさんはもういない。
私が……関係を壊してしまったから。
「私、最低だ……。
ウツミんさんにひどいこと言っちゃったよ……。」
魔物相手に動き回り、少し血が廻ったら、冷静な考えが戻ってきた。
どうしてあんなことを言ってしまったのか。
ウツミんさんが私に、悪意であんなこと言うわけないのに。
就職の書類だって、もし私に隠すつもりなら、こんな所に持ち歩いてるわけがない。
きっと……相談してくれようとしてたんだ。私に、ちゃんと。
ママとのことがあったから、切り出しにくかったんだろうけど。
……大切なことを、ちゃんと相談してくれる。
ママが絶対に、私にしてくれないことだ。
「わかってるよ。そんなことは……」
本当はわかってる。
ウツミんさんの言ってることが、全部本当のことだって。
ママはひどい奴だ。
いっつも私にひどいことばっかり言って、そうかと思ったらやたらに愛してるとか言い出して。
私はあなたの幸せを一番に願ってるのよ、なんて言った翌日には、子供が親を支えるのは当然の事なんだ、なんて言い出して。
会うたびに、話すたびに、言うことがコロコロ変わって。
そのたび私の心はかき乱されて。言葉の意味を必死で理解しようとして。
でもどうしても辻褄が合わなくて。理解できないのは私が悪い子だからだって思って。
だって、信じたくなかったから。
本当にママの言葉に意味がないとしたら。
本当に何も考えてないんだとしたら。
一体あの人は、どんな気持ちで毎日を生きてるの?
私達のこと、本当はどう思ってるの?
私達、一体どうなっちゃうの?
明日のママは、どんなことを言い出すの?
それを考えることが、とても恐ろしかったから。
「わかってるよ……。パパがもう、帰ってこないことくらい……」
それでも、信じたくなかったから。
受け入れたくなかったから。
パパがいなくなっちゃったことなんて。
毎日遅くまで仕事して。
家に帰ればママにガミガミ言われて。
いつも疲れた顔をしてたけど、私やヒロ君たちと遊んでくれる時は、凄く優しい笑顔だったパパ。
お小遣いも全然なくて、私たちとこっそり飴を分け合って食べてる時、とっても嬉しそうだったパパ。
パパが学生のころやってたバスケを私が始めたら、疲れてるのに一生懸命練習に付き合ってくれたパパ。
私が試合でシュートを決めるたびに、飛び上がって喜んでくれたパパ。
モミジとカエデが産まれた時、パパはすごく喜んでたけど、ママはずっと不機嫌だった。
どうしても男の子がもう一人欲しかったみたい。なのに産まれたのは女の子の、それも双子。
アンタのセイシが弱いからこんなことになるんだ、と私達の目の前でパパを詰るママを見るのは、すっごく嫌だった。
それでもパパは、モミジ達のことを、私たちと同じにとても可愛がっていた。
私はバスケに夢中だった。
すごく楽しかったし、私がバスケで頑張れば、パパが喜んでくれると思ったから。
タッくんが産まれる位のころから、ますますママはパパを邪険にし始めた。
ヒロ君とタッくんだけを自分のそばにおいて、私たちを近寄らせない雰囲気を出し始めた。
私は育児に疲れてるんだ。今時の男は家事位やるのが当たり前だ、とパパに詰め寄っていた。
きっと、家計も厳しかったんだと思う。
パパは土日の片方、ひどいときは両方にアルバイトを入れることになった。
何度かママにパート位始めてほしいと言っていたが、毎回私は育児で手いっぱいだと突っぱねられた。
私はバスケに夢中だった。
もっと頑張れば、もっと試合で勝てば、パパが喜んでくれると思ったから。
練習量を増やしたがる私に対して、チームメイトの反応は冷ややかだったけど、関係なかった。
私一人ででも、チームを勝たせてやるつもりだった。
私の左膝がパンクしたのは全国大会の一回戦だった。
オーバーワークのツケだと診断された。私はバスケを辞めた。
それまで冷たかったチームメイトたちは、打って変わってやたらに同情的な態度で私を慰めた。
全国大会を経験出来て気をよくしたのか。
まるで壮大な悲劇に参加できたことに陶酔しているかのような、演出過剰な慰め劇場だった。
私はその日に、彼女たちの連絡先を削除した。
あの時、きっと私もパパも、何かが切れてしまったんだろう。
『全国大会出場おめでとう。よく頑張ったな』
今でも鮮明に覚えている。
家族みんなが寝静まったころ。
荷物をまとめたパパが、松葉杖を突く私を、こう言って抱きしめてくれた。
あのパパの優しさが、今は他の誰かに向かっている事なんて、考えたくもない。
『愛している。でも、ごめんな。困ったことがあったら、いつでも言ってきなさい』
……養育費を請求することなんて考えられなかった。
そんなことしたら、本当にパパが他人になっちゃうから。
「わかってるよ……わかってるよ!そんなこと!!!」
……それでも、ウツミんさんだって悪いよ。
どうしてあんなに、キツく言わなきゃいけないのか。
どうしてあんなに、ストレートに言わなきゃいけないのか。
私が一番言われたくないことを、一番聞かなきゃならないことを、オブラードにも包まず、真正面から。
あんなこと言ってくる大人はいなかった。
あんなこと言ってくれる大人はいなかった。
みんな、遠巻きに同情するだけだった。
どうしてあの人は、ズケズケと人の心に入り込んでくるのか。
……こんなこと考えてるからダメなんだ、私。
またウツミんさんに責任転嫁しようとしてる。
『ウツミんさんだって無職じゃない!』
我ながらひどい言いがかりだ。
あの人は、何年も働いてきたんだ。
それもかなり立派な仕事で、結果も出して。
私なんかじゃ行けない大学に行って。
私なんかじゃ取れない資格を取って。
私なんかじゃ就けない仕事について。
色々あって失職したけど、それでもすぐに呼び戻されるような人なんだ。
私や、私の家族とは全然違う。
私が「苦労している子供」だとしたら。
ウツミんさんは「努力してきた大人」なんだから。
どっちの意見が正しいかなんて……考えるまでもない。
そんな人が、あんなに一生懸命、私たちのことを考えて、冒険でも沢山助けてくれて、生活の面倒まで見てくれたのに……私は!
「ウツミんさん……謝ったら許してくれるかなぁ……?
……許してくれなくても、謝らなくちゃだよね」
「あのオッサンがなんだってぇ?
ええ、おい。マリよう」
!
突然背後からかけられた声に、私は弾かれたように反応した。
両手のトンファーで半身を覆い、臨戦態勢で警戒する。
「サワタリ……?
なによ、なんでアンタがこんな所に」
「なんでもなにもねえだろう。
冒険者が迷宮にいて、なぁにが悪いってんだ。
お前の方こそ、なに一人でほっつき歩いてんだよ。
いっつもお前の尻を追っかけてる、あのクソオヤジはどうしたよ」
「……アンタに関係ないでしょ。
用がないなら私は行くよ」
「つれねえなあ。ええ?おい。
人が親切に話しかけてやってるのによぉ。ムカつくぜ」
そこで私は違和感に気付く。
……こいつの靴、ショップで見た超高級品だ。
それだけじゃない、こいつの持ってる杖。
見たこともないほど禍々しい"魔素"を帯びているのがわかる。
間違いなく、並の性能じゃない。
……こいつ、どうやってこんな装備を手に入れたの?
「いけねぇなぁ。なぁ、マリよう。
あんまり一人で調子くれてると、ええ?おい。
……”行方不明”になっちまうかもなぁ。オサムの野郎みてえによぉ」
大仰な動作でそう語るサワタリの背後に。
一頭の、巨大な黒狼が出現した。
病室の前の、通路のソファ。
幽霊のような表情で蹲る母さんを見つけて、俺は身体を揺さぶりながら声をかける。
「きょ……京ちゃん!
ああ!どうしよう!お父さんが、お父さんが!」
「お、おい。落ち着けよ。
一体どうしちまったんだよ、親父の奴!」
「ああ!どうしよう!
お父さん!お父さんに何かあったら、ああどうしたらいいの!」
ダメだ……錯乱している。
病室の入り口にかけられた名札を見て、そこが親父の病室であることを確認する。
……個室かい。流石は院長。
まともに話ができない母さんを宥めながら、なんとかそこに親父と担当のお医者さんがいること、県内に暮らしている兄貴もここに向かっていることを聞き出す。
一緒に病室に入ろうと促すが、親父のあの姿を見ていられないと泣いて拒まれた。
……なんてこった。詳しい話は先生に聞くしかないか。
俺も人のことは言えない。かなり動揺している。
ギルドからこの病院まで運転してきたはずだが、道中の記憶が全くない。
事故を起こしていないのが不思議なくらいだ。
マリのこともほっとけなかったが、気付いたらこの病院に向かって身体が動き出していた。
出る前に、ギルド職員のサナエさんに事情を説明し、代わりの冒険者にマリの保護を依頼したんだ。
そうだ。たまたま近くにいたタナカさんが、マリの保護を買って出てくれたんだ。記憶が戻ってきた。
……あの人にも手間をかけちまったな。
忙しい人だってのに、申し訳ないぜ。
だが、今はとにもかくにも親父のことだ。
「父さん……入るよ」
入室すると、ベッドに親父が、その傍には医者の先生と看護婦がいた。
親父の部下の先生だな。たしか会ったことがある。
親父は意識がなかった。腕には点滴が、顔には呼吸器をはめ、静かに眠っている。
「息子さんですね。
先生……お父さんは、準備ができ次第すぐに手術に入ります。
かなり緊急を要する状態ですが、全力を尽くします」
先生が手短に説明してくれた病状も、半分も理解できなかった。
脳脊髄液減少症……?とか言ったのか。
脊髄の髄液が体内に漏れ出すことで、その髄圧?が下がることで脳や脊髄に負荷がかかる、とか。
難しいことはよくわからなかったが。
肩こり、慢性疲労、起立性頭痛……つまり立った時の頭痛が原因で一日中横になっていること。
これらは全て、この病気の症状だってことらしい。
……マジかよ。
ずっと……ずっとそこにヒントはあったじゃないか!
一緒に暮らしてて!ずっと顔を合わせていて!
肩こりがひどいってんで、揉んでやって!それでいいことした気になって!
ボンクラかよ俺は!何を見てたんだよ!
「父さん……!」
親父は、答えない。
猛烈な不安が俺を襲う。
ガキの頃から、ずっと俺を守ってくれた親父。
部活や勉強をサボった時に、どれだけ怒るんだと思うほど厳しくしかりつけてきた親父。
就職活動で第一志望に落ちて落ち込んでた時に、静かに諭して前を向かせてくれた親父。
親父のこけた頬を見て、一つのことに気付く。
俺は、今の生活が、ずっと続くと思っていなかったか?
親父の真っ白に褪めた肌。力なくぶら下がった腕。体中に浮かんだ血管。力ない呼吸音。
親父だけじゃない。母さんも、あんなに小さく、か細かったか?
2人とも老いている。力を失っている。
絶対的な保護者だったあの2人はもういない。
そんな当たり前のことに、今、ようやく気が付いた。
「親父……そんな、どうして」
背骨に氷水を注ぎ込まれた気分だった。
圧倒的な現実が襲い掛かってきた。
これまで無視してきた、眼を逸らしてきた過去のツケが、群れを成して俺を追いつめてきた。
不安が胸いっぱいに詰め込まれた感覚だ。
信じられない程、呼吸が浅くなっていくのがわかる。
全身の脂汗が、一張羅のシャツをじんわりと湿らせる。
「わからない……わかんねぇよ、俺。
どうしたらいいんだよ……」
頭の中に嵐が吹き荒れる。
同時に抱えている問題が俺の心臓を殴りつける。
会社のこと、元嫁のこと、冒険のこと、マリのこと。
親父のこと。母さんのこと。将来のこと。
気付けば俺は、もの言わぬ親父に向けて、一人語りだしていた。
「……どうしたらいいか、わからないんだ。
仕事も、生活も、人間関係も何もかも。
自分のポカで失ったものが勝手に戻ってきたと思ったら、良かれと思ってやったことで大事なものを失って。
何をやったら状況がよくなるのか、ちっともわからないんだ。
どんな状況になればいいのか、ちっともわからないんだ。
……相棒を救ってやりたいんだ。なのに何がしてやれるのかもわからねえ。
自分自身、何がしたいのかわからねえのに、他人を助けられるわけもないよな……。
俺、情けねえよ。30歳にもなって。」
親父は答えない。
構わず俺は、勝手に話を続ける。
「親父、あんたがいなくなったら俺、どうしたらいいんだよ。
こんなボンクラ、どこ行ったって通用しねえよ。
大事な相棒と一緒に戦ってたのに、あの子の辛さがちっとも見えてなかった。
大事な家族と一緒に暮らしてたのに、あんたの身体がおかしいこと、ちっとも見えてなかった。
頭にあったのは自分の事ばっかりだ。
ははは。俺、自分のこと、親孝行な奴だと思ってたんだぜ?
笑えるだろ。こんなに自分のことしか見えてない奴がよ。
……迷宮じゃあ、”眼”がいいってキャラでやってんだぜ。
本当……笑えるよ……」
「やれやれ、ようやく本音で話したと思ったら……相変わらずだなお前は。
ガキの頃と何も変わっとらん」
「!」
唐突に、親父が話し出した。
絶対安静のはずの体を重たそうに。
深い呼吸を何度も挟みながら、絞り出すような声で。
「と、父さん。寝てねえと!」
俺の言葉を手で制する。
そんな動きさえ、やっとかっとという風情で。
「単純な問題を複雑に考えたがるのは、お前の子供のころからの悪い癖だ」
それでも、眼だけは、しっかりと意思の光を宿らせて。
ーーー
「せぇぇぇぇいっ!やぁぁぁっ!!!」
壁を、天井を蹴り付ける。
ゴブリンもホブゴブリンも、私の動きに反応さえできない。
渾身のトンファーが、本日18匹目の獲物を粉砕した。
「ふぅー、喉乾いた。
ウツミんさん、水とミネラルを……」
いつもの癖でそう言いかけ、気付く。
そうだ。ウツミんさんはもういない。
私が……関係を壊してしまったから。
「私、最低だ……。
ウツミんさんにひどいこと言っちゃったよ……。」
魔物相手に動き回り、少し血が廻ったら、冷静な考えが戻ってきた。
どうしてあんなことを言ってしまったのか。
ウツミんさんが私に、悪意であんなこと言うわけないのに。
就職の書類だって、もし私に隠すつもりなら、こんな所に持ち歩いてるわけがない。
きっと……相談してくれようとしてたんだ。私に、ちゃんと。
ママとのことがあったから、切り出しにくかったんだろうけど。
……大切なことを、ちゃんと相談してくれる。
ママが絶対に、私にしてくれないことだ。
「わかってるよ。そんなことは……」
本当はわかってる。
ウツミんさんの言ってることが、全部本当のことだって。
ママはひどい奴だ。
いっつも私にひどいことばっかり言って、そうかと思ったらやたらに愛してるとか言い出して。
私はあなたの幸せを一番に願ってるのよ、なんて言った翌日には、子供が親を支えるのは当然の事なんだ、なんて言い出して。
会うたびに、話すたびに、言うことがコロコロ変わって。
そのたび私の心はかき乱されて。言葉の意味を必死で理解しようとして。
でもどうしても辻褄が合わなくて。理解できないのは私が悪い子だからだって思って。
だって、信じたくなかったから。
本当にママの言葉に意味がないとしたら。
本当に何も考えてないんだとしたら。
一体あの人は、どんな気持ちで毎日を生きてるの?
私達のこと、本当はどう思ってるの?
私達、一体どうなっちゃうの?
明日のママは、どんなことを言い出すの?
それを考えることが、とても恐ろしかったから。
「わかってるよ……。パパがもう、帰ってこないことくらい……」
それでも、信じたくなかったから。
受け入れたくなかったから。
パパがいなくなっちゃったことなんて。
毎日遅くまで仕事して。
家に帰ればママにガミガミ言われて。
いつも疲れた顔をしてたけど、私やヒロ君たちと遊んでくれる時は、凄く優しい笑顔だったパパ。
お小遣いも全然なくて、私たちとこっそり飴を分け合って食べてる時、とっても嬉しそうだったパパ。
パパが学生のころやってたバスケを私が始めたら、疲れてるのに一生懸命練習に付き合ってくれたパパ。
私が試合でシュートを決めるたびに、飛び上がって喜んでくれたパパ。
モミジとカエデが産まれた時、パパはすごく喜んでたけど、ママはずっと不機嫌だった。
どうしても男の子がもう一人欲しかったみたい。なのに産まれたのは女の子の、それも双子。
アンタのセイシが弱いからこんなことになるんだ、と私達の目の前でパパを詰るママを見るのは、すっごく嫌だった。
それでもパパは、モミジ達のことを、私たちと同じにとても可愛がっていた。
私はバスケに夢中だった。
すごく楽しかったし、私がバスケで頑張れば、パパが喜んでくれると思ったから。
タッくんが産まれる位のころから、ますますママはパパを邪険にし始めた。
ヒロ君とタッくんだけを自分のそばにおいて、私たちを近寄らせない雰囲気を出し始めた。
私は育児に疲れてるんだ。今時の男は家事位やるのが当たり前だ、とパパに詰め寄っていた。
きっと、家計も厳しかったんだと思う。
パパは土日の片方、ひどいときは両方にアルバイトを入れることになった。
何度かママにパート位始めてほしいと言っていたが、毎回私は育児で手いっぱいだと突っぱねられた。
私はバスケに夢中だった。
もっと頑張れば、もっと試合で勝てば、パパが喜んでくれると思ったから。
練習量を増やしたがる私に対して、チームメイトの反応は冷ややかだったけど、関係なかった。
私一人ででも、チームを勝たせてやるつもりだった。
私の左膝がパンクしたのは全国大会の一回戦だった。
オーバーワークのツケだと診断された。私はバスケを辞めた。
それまで冷たかったチームメイトたちは、打って変わってやたらに同情的な態度で私を慰めた。
全国大会を経験出来て気をよくしたのか。
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私はその日に、彼女たちの連絡先を削除した。
あの時、きっと私もパパも、何かが切れてしまったんだろう。
『全国大会出場おめでとう。よく頑張ったな』
今でも鮮明に覚えている。
家族みんなが寝静まったころ。
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『愛している。でも、ごめんな。困ったことがあったら、いつでも言ってきなさい』
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「わかってるよ……わかってるよ!そんなこと!!!」
……それでも、ウツミんさんだって悪いよ。
どうしてあんなに、キツく言わなきゃいけないのか。
どうしてあんなに、ストレートに言わなきゃいけないのか。
私が一番言われたくないことを、一番聞かなきゃならないことを、オブラードにも包まず、真正面から。
あんなこと言ってくる大人はいなかった。
あんなこと言ってくれる大人はいなかった。
みんな、遠巻きに同情するだけだった。
どうしてあの人は、ズケズケと人の心に入り込んでくるのか。
……こんなこと考えてるからダメなんだ、私。
またウツミんさんに責任転嫁しようとしてる。
『ウツミんさんだって無職じゃない!』
我ながらひどい言いがかりだ。
あの人は、何年も働いてきたんだ。
それもかなり立派な仕事で、結果も出して。
私なんかじゃ行けない大学に行って。
私なんかじゃ取れない資格を取って。
私なんかじゃ就けない仕事について。
色々あって失職したけど、それでもすぐに呼び戻されるような人なんだ。
私や、私の家族とは全然違う。
私が「苦労している子供」だとしたら。
ウツミんさんは「努力してきた大人」なんだから。
どっちの意見が正しいかなんて……考えるまでもない。
そんな人が、あんなに一生懸命、私たちのことを考えて、冒険でも沢山助けてくれて、生活の面倒まで見てくれたのに……私は!
「ウツミんさん……謝ったら許してくれるかなぁ……?
……許してくれなくても、謝らなくちゃだよね」
「あのオッサンがなんだってぇ?
ええ、おい。マリよう」
!
突然背後からかけられた声に、私は弾かれたように反応した。
両手のトンファーで半身を覆い、臨戦態勢で警戒する。
「サワタリ……?
なによ、なんでアンタがこんな所に」
「なんでもなにもねえだろう。
冒険者が迷宮にいて、なぁにが悪いってんだ。
お前の方こそ、なに一人でほっつき歩いてんだよ。
いっつもお前の尻を追っかけてる、あのクソオヤジはどうしたよ」
「……アンタに関係ないでしょ。
用がないなら私は行くよ」
「つれねえなあ。ええ?おい。
人が親切に話しかけてやってるのによぉ。ムカつくぜ」
そこで私は違和感に気付く。
……こいつの靴、ショップで見た超高級品だ。
それだけじゃない、こいつの持ってる杖。
見たこともないほど禍々しい"魔素"を帯びているのがわかる。
間違いなく、並の性能じゃない。
……こいつ、どうやってこんな装備を手に入れたの?
「いけねぇなぁ。なぁ、マリよう。
あんまり一人で調子くれてると、ええ?おい。
……”行方不明”になっちまうかもなぁ。オサムの野郎みてえによぉ」
大仰な動作でそう語るサワタリの背後に。
一頭の、巨大な黒狼が出現した。
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ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
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ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
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冤罪で辺境に幽閉された第4王子
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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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