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誘い 3

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        3

 真鍮色の髪の少女は、真新しい制服に袖を通す。長い髪をかきあげ、ボタンを留める。
 金髪に青い瞳のフィンが、着替えを手伝う。
「フィンは、何故このごちゃごちゃした制服の着方知っているのだ」
「んー。健二さんの記憶見たので」
「やはり。エデンの機能か、わたしよりも深い所が見えるようだ」
 時乃は、頬に手をあてた。ある意味ショックだったのである。健二は、何一つ悪いことをしていないのに、日本人から虐められたと記憶していた。しかし、フィンの言葉から理解すると、普通、男が知らないことも知っていることになる。日本人の言う、変態という領域である。
 
 時乃は、異世界の御使い、男でも女でもない。だが、外見は少女にしか見えない。唯一気になるのは、胸が小さいことである。
「フィン。わたしの胸、人間よりも小さいと思うのだが」
「んー。個性だからいいのでは」
「そうか?」
「そうですよぅ」
 時乃は、着替えも終わり、後藤家の一階におりる。
「おねいちゃん。学校行くの?」
「だよー」
「僕、虫好きだよ」
 輝は、時乃が持っている鞄を見ている。
「あ。これか!何だこれ、クワガタムシのマスコット」
「んー。女子高生は、鞄に何かしら付けてるようですよ」
「そうなのか!」
 時乃は、うなだれながら、マスコットをはずし輝に渡す。
「おねいちゃん、ありがとう」
 フィンは残念そうな顔をしながら。
「これ、スマートフォンね。これからは、普通に生活しないとね」
 時乃は、フィンからスマートフォンを受け取る。
「私のと、着信チエックしてみましょう」
 フィンは、銀色のスマートフォンを取り出す。
「いきますよ」
『あんしんしてくださいはいています』
「フィン、何これ」
「着メロです」
「いや、おじさんの声でこれおかしいだろ」
「健二さんの記憶にあったのですけどね」
「わかった」
 時乃は、健二の記憶の一部を共有している。しかし、多くの時間を休眠していたので、強く印象に残ったことは覚えているが、細かいことは覚えていない。
「んー。あとスマートフォンには、レーザーとナイフも仕込んであります。必要でしたら、使ってね」
「わかった。では、行ってくる」
「はい、気を付けてね」
メルティも送りにくる。
「いってらしゃいませ。澄香様」
「メルティもしっかりな」
「はい」
 時乃は、真鋳色の髪をツインテールに縛り、黒のリボンをしている。これもフィンがしてくれたのである。
 同じ学園の達も、道々増えていく。生徒達は、珍しい髪の少女を見ては過ぎて行く。
 時乃は、学校に着くと、職員室へ向かった。
「おはようございます。転校生の時乃と申します」
 時乃は、棒読みに挨拶した。
「長原先生、転校生来ましたよ」
 まだ若い、三十歳位の眼鏡をかけた小柄な先生が来た。
「一年二組担任の長原綾子です。よろしく」
「よろしくお願いします」
「その髪、染めているの?」
「いえ、生まれつきです」
 時乃は、緊張してきた。心の中では、女言葉、女言葉と唱えている。
「そう。珍しいですね。ハーフなのかな。たぶん」
 長原先生は、自分の机から、色々かき集めてから、時乃を教室へと案内した。
「ここが、一年二組!一緒にがんばりましょうね」
「はい」
 先生は、勢いよく教室のドアを開ける。早足で教室の中に吸い込まれていく。時乃も早足でおいかける。
「起立、礼、着席」
 学級委員の大きな声が響く。時乃の緊張は、最大値になってきた。
「今朝は、まず転校生を紹介しますね」
 長原先生は、黒板に名前をすらりと書く。
「時乃澄香さんです。みなさん、仲よくしてくださいね」
 時乃は、緊張しながらも棒読みに挨拶する。
「時乃澄香です。不束者ですが、よろしくお願いします」
「変わった日本語ね」
 教室の中がざわつく、色んな視線が交差する。時乃は、心の中で思った。この感覚嫌だと。
「席は、石原さんの隣ね。時乃さん。向かって右側の一番後ろね」
 時乃は、真鋳色の髪を揺らしながら教室の中を歩く。
(確かに、みんなマスコットとか付けているな。しかしクワガタはいないだろう)
 時乃は自分の席に座った。先ほどまで気が付かなかったが、隣の石原は、車椅子である。
「石原さん。よろしくお願いします」
「はい。よろしくです」
 セミロングにシャギーたっぷりの黒髪に黒い瞳の目の大きな少女である。
 
 時乃にとって、勉強はかなり難解であった。
健二も成績は良くなかったし、時乃も地球の勉強をしていなかったからである。一時間目は、黒板を写すのに必死であった。
 石原瑠奈は、心配そうに見つめている。
「わからないことあれば、聞いてくださいね」
「そうだな!了解した」
「ふふふ。面白い方ですね」
 休み時間になると、時乃に興味を持った生徒が机の周りに集まってきた。
「時乃さんの髪の毛地毛なの?」
「時乃さんは、趣味何?」
「時乃さん、部活するの?」
 時乃は、このような経験初めてであったが、少し嬉しかった。
「髪の毛は、もちろん地毛。趣味は、オンラインゲーム。部活はー。(部活ってなんだ)…」
「へーゲームするんだ。珍しいね」
「どんなのするの」
 時乃は自慢げに
「オンラインゲームは、マスターオブモエピックと人間クロニクルオンライン。オフゲーは、レース物中心かな」
 そんな感じで、休憩時間は終わった。次の休み時間も皆来るのかと思ったが、時乃の周りは閑散としていた。切り替わりの速さに驚いた。時乃がゲームの話をしたので、皆距離を置いたのである。

 石原瑠奈には、何時も錦野萌が一緒にいる。車椅子を押したり、色々世話をしている。黒髪にボブの元気の良い子である。
 教室で、人の動きを観察しながら、ぼんやり考えていた。こんなことで、日本人のことを理解できるのかと…
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