あたしは蝶になりたい

三鷹たつあき

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やさしさの詰まったノート

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車で走り去る先生とは別方向に人影を感じる。果歩ちゃんだ。白いコートと白いマフラーに覆われているが、身体が震えている。当たり前だ。三月の曇りの日はまだまだ寒い。

 不安そうな顔色をして立ち尽くす彼女にかけよった。心配かけてごめんね。寒い日に足を運ばせてしまってごめんね。握った彼女の手は冷たかったけど、暖かかった。とりあえず家に入ろう。身体を暖めよう。あたしも言わなければならないことがたくさんあるから。

 リビングではなく、あたしの部屋まであがって貰うことにする。部屋に入るなり果歩ちゃんはあたしに抱きついた。全体重をかけられたので、ふたりはベッドに倒れてしまった。

「よかった。」

 あたしに覆い被さり小さな声を出す。ふたりはそのまましばらく抱き合った。

「いやあ。優江が寝込んでいたら困るなあって思っていたんだ。」

 上半身を起こしたときには、いつもの果歩ちゃんの顔になっていた。果歩ちゃんは強いや。大人の大葉先生よりずっと逞しいし、頼りになる。だからなのだろうか。あたしもちょっとだけ安心して表情を緩められた。

 彼女は鞄の中から六冊のノートを取り出して渡してくれた。その中のひとつを開いてみると、たくさんの英文とその和訳が綴られている。英文には至る所に下線が引いてある。それは初めて見る英単語に付けられた印だということがすぐに飲み込めた。

 別のノートには数学の授業の黒板が目の前に浮かぶように丁寧に写されていた。よっぽど急いで記録したのだろう。あちこちに誤字脱字はあるし、因数分解の式も間違いがある。他にも保健体育や家庭科の授業まで細かく書きとめられている。家庭科の先生なんてこんなにたくさん板書しないよ。ノートに書き込まれているのは、板書ではなく教科書に書いてある内容だとすぐに気が付いた。彼女はあたしが不登校になってから毎日、すべての授業の記録をとってくれたのだ。
先生の話を聞く暇もないくらい板書と教科書を書き写すことに集中してくれたのがよく分かる。さらにそれだけではない。彼女が家で復習をした内容まで書いてある。多くの問題を解いてあり、その為に使う公式とか例文が丁寧に添えられている。

 時々、可愛いイラストが描いてあるページがある。早く元気になってね、と猫のイラストがあたしを励まそうとしてくれている。ノートから視線が外せない。果歩ちゃんの顔を見ると涙が出てしまう。彼女は察して笑顔で言う。

「わたしの期末テストの成績も大分上がっちゃったよ。」

 申しわけない。ノートの量が勉強ばかりさせてしまったことを物語っている。

「おかげで成績が学年で九十番まで上がっちゃったよ。」

 そんなこと言ったってうちの学年は百五十人しかいないのに。

「あはははははは。」

 思わず声をあげて笑ってしまう。それこそ涙が出るくらいにね。

「笑うことないじゃん。これでも十位は順位が上がったんだからね。」
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