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妖精の森編

聖騎士と言う名のもとに

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 エスカはホーデリーフェとプルシラを従えリトットへ向かっていた。
 道中、大三郎の奇行とロシルの暴走の所為で森で騒ぎを起こしメルロ達に何かないかと心配だったが、別々の場所で別々の問題を起こされるよりは一つの問題で済むよう大三郎とロシルを一緒にしたのだった。だが、その一つが最も最悪な問題にならないかと内心穏やかではなかった。しかし、地位のある者を自分の所へ寄こす程の用事も気になってもいた。
 
 もし、大三郎がメルロ達に何か迷惑をかける事をしでかしていたらキツイお仕置きをしなければと、そんな事を考えながら前を歩くエスカの背中を何か思いにふけるようにホーデリーフェは見つめていた。
 
 「ホーデリーフェちゃ~ん。ど~したの~? エスカさんのお尻をボ~ッと見つめちゃって~」
 「見てない。……ただ」
 「ただぁ~?」

 ホーデリーフェはプルシラの問いに答えず、前を歩くエスカの背中から視線を外し唇をぎゅっとつぐみ自分の足元を見る。
 そしてもう一度、視線をエスカに向け問いかける。
 
 「エスカさん」
 「はい」
 「一つお尋ねしたい事が」
 「何でしょう?」

 ホーデリーフェは一瞬だけ次に言う自分の言葉に躊躇するが真っ直ぐエスカを見つめ問い始める。 

 「何故……何故、私達を助けたのですか?」
 「……。杉田様はドジでおっちょこちょいで救いようのないおバカで変態で、その上、大事な話をしても右から左で、それでもちゃんと考えているのかと思えば何も考えていなくて、まるで本能で生きている虫。虫ですね。杉田様は虫です。カメムシです」
 「い、いや、あ、あの、そう言う事ではなくて……」

 ホーデリーフェは自分の問いにかけ離れた答えが返ってきて驚き戸惑う。
 
 「それでも、あの方は誰かを傷つけるようなおバカではありません。自分が損をしようが傷つこうが誰かの為に何かしようとする人です。ま、そうじゃない場合、実力行使でそうさせますが」
 「あ、いや……、そうではなくて」

 前をスタスタと歩きながら答えるエスカと、戸惑うばかりのホーデリーフェを見ながらプルシラはたわわな胸を揺らしクスクスと笑う。

 「うふふふ。今の救世主様は~、おバカだけど~、とっても良い救世主様なんだね~。うふふ」
 「良いと言えば良いですが、頭も素行も悪く一概に全てが良いとは言い難いですね」
 「うふふ。エスカさんは~、今の救世主様の~、何処が気に入ってるのです~?」
 
 プルシラの質問にエスカはスタスタと歩きながら大三郎の事を思い出す。すると、ピタリと歩くのを止め立ち止まる。

 「あれぇ? ど~しました~?」
 「頭にきました」
 「ふぇ?」

 エスカはそう言うとくるりと反転し、今来た道を戻ろうとした。

 「何か~、忘れものですか~?」
 「ええ。ちょっと杉田様を叩いてきます」
 「ふえ!? 何故ですかぁ?」

 プルシラは自分とホーデリーフェの間を真顔で通り過ぎるエスカを驚きの目で見ているとホーデリーフェがエスカの名を呼ぶ。

 「エスカさん!」
 「すぐに戻ります。先にリトットへ行っててください」
 
 淡々とした口調でホーデリーフェ達に告げると怒りのオーラがにじみ出る背中を二人に見せ、来た時よりも早い足取りで森へ歩く。その背中にホーデリーフェが大き目な声で問う。

 「お答えください!」
 
 エスカはピタリと歩みを止め、少しだけ顔を振り向かせた。

 「遠回しだったとは言え、あの答えでは納得がいかないと?」
 「救世主様のお怒りから救っていただいた事ではありません」
 「では、何からでしょう?」

 エスカはそう言うとホーデリーフェの方へ向き直る。

 「5年前の事です」
 
 その言葉を聞き、エスカはホーデリーフェの目をじっと見る。ホーデリーフェもエスカの目を見返す。
 一瞬の沈黙の後、エスカは口を開いた。

 「5年前……。そんな昔の事は忘れても良いのではありませんか?」
 
 ホーデリーフェは目をカッと開きエスカの言葉に反射するように大声で叫ぶ。

 「良い訳がない! 良い訳がないだろう!」
 「ホーデリーフェちゃん……」
 「プルシラだって納得いっているのか!?」
 「……。いくわけ……ないけどぉ」

 プルシラは下を向き、胸元で両手をもじもじさせるように口ごもる。

 「聖裁判のあの日以来、貴女に会えることは無かった……。今回の任務で貴女にお会いできると知り、本来ならば局長自ら来るところをロシルと私達が局長に無理を言ってここまで来ました」
 「局長?」
 「ビックマウド・アキ・ハズバンド様です」
 「ビックボスが局長? 聖帝大将軍ではないのですか?」
 
 エスカが驚き目を見開く。

 「今は~、私達の~、局長なんですよ~」
 「私達? ホーデリーフェさんとプルシラさんは総憲長と参号隊隊長ではないと?」
 「そ~で~す。今は~、ロシルちゃんの~、秘書官で~す」
 「秘書官? 何故です?」
 「エスカさんが~、居なくなったあと~、色々あったんですよ~」 
 「そうですか……」

 エスカは視線を落とし再び森へ歩き出そうとした時、ホーデリーフェが呼び止める。

 「待ってください! 今の私達の事はどうでも良いんです。答えてください。何故、あの時……」
 
 三人の間に暫しの沈黙が流れる。そしてゆっくりとした口調でエスカは話始めた。

 「……。先帝を御救いするためとは言え、帝国に反旗を翻した彼方達を救ったことであれば、別に貴女達が気にする事ではありません。あの内乱は起こりベくして起きたこと。その先頭に立ったのは私です。あの動乱に関わった者が罪を背負うことではありません。背負うべきは私なのですから」
 「違う! 貴女は聖騎士長として帝国のために戦い、帝国を乗っ取ろうとした者共から先帝を救った。帝国を最後の最後まで守ったのは貴女だ! 反旗を翻したと言うのであれば、帝国を乗っ取ろうとした者共ではなりませんか!?」
 「いいえ。先帝を御救いすると言う大義名分を掲げたとはいえ、帝国に剣を向けた事には変わりはありません」
 「どうして……、どうしてそうなる……? ご自分で言っていておかしいと思わないのですか?」
 「どこがでしょう?」
 
 心の叫びにも似た自分の思いに対し、エスカの飄々ひょうひょうとした即答はホーデリーフェを一瞬、力が抜けたような驚きの表情をさせた。
 ホーデリーフェは思考が停止しかけたが、内乱後から今日まで長年に渡り疑問に思い続けてきた事が後押しをし何とか言葉を続ける。

 「どこが……? ……内乱を起こした私達と戦ったのは聖騎士長の貴女だ。……その貴女がいつの間にか内乱の首謀者として責任を取らされた。おかしいではありませんか? 内乱を起こした私達を止め、本当の首謀者を打倒した貴女が何故、聖裁判を受けなければならなかったのですか? 先帝を救い、帝国を守った功績で称えられて当然の貴女が……何故」
 
 街灯の代わりに地球から見る月より明るい、異星の月明かりで照らされたリトットと妖精の森を結ぶ道。
 草影から時折聞こえる虫達の鈴の音にも似た羽音。
 ホーデリーフェの疑問を通り越した悲痛にも感じる問いかけに三人の間に流れる沈黙。
 エスカは真っ直ぐ見つめていた視線を外し、ゆっくりと静かな口調で口を開く。

 「……確かに、宮殿に攻め入った彼方達と戦いましたが、あの内乱を事前に治め止められなかった事、その内乱の原因になった者達の思惑を事前に暴けなかった事、先帝の御身を危険に晒してしまった事、他にも沢山ありますが、どれをとっても聖騎士長の私の責任。……あの内乱を起こす事に関わった彼方達は正しかった」
 「……そうじゃない。私の聞きたい言葉はそうじゃない。……いつもそうだ。貴女に憧れ、貴女の背中を追いかけた頃から、貴女はいつも何かあれば自分の所為にし私達を庇った。それに反論し、自分で責任を取ろうとする私達をいつも……、いつも上手く言いくるめようとした」
 
 エスカの静かな口調に俯きながら拳を握り、震える小さな声で独り言のようにエスカに言い返す。 

 「そんなつもりはありません」
 「現に今がそうではありませんか!? 誤魔化しではなく、体裁でもなく、私やプルシラも他の者もそう、何故”反乱軍私達”を助けたのか貴女の言葉で真意を聞きたいのです!」

 ホーデリーフェは俯いていた顔を上げ、大声でエスカに訴える。
 エスカはすぐさま答えず、視線を外したまま少し間を置き夜空を見上げた。
 
 「何の為に聖騎士は居るのでしょう?」
 「え?」
 「青星に行く前に少し調べたのです。時間が余り無かったので杉田様のお国の事が大半でしたが、他の国の歴史にも目を通しました。その中で聖騎士の歴史を持つ国もありました。この世界の聖騎士とは大分違ってはいましたが。それと、聖騎士ではないのですが、私が一番印象に残った話があります。大義の為に戦った三銃士の話。……恥ずかしながら童話のように見入ってしまいました」

 思いもよらぬ事を話し始めたエスカに、ホーデリーフェとプルシラはずっと憧れ続けた歴史上初の女聖騎士長じょせいきしちょうの姿ではなく、エスカ・ぺルトルという一人の女性の姿を初めて見る気がした。
 
 「その話を読み終えた後、私は思いました。私にこの三銃士のような事はできたのだろうかと」
 
 ホーデリーフェもプルシラもエスカの話す言葉の一つ一つに聞き入るように黙って聞いていた。

 「内乱の後、全ての責任を背負い聖騎士長の座を降りたのも、帝国の聖騎士とは何か? 当時の私には答えが出せなかった。だから、全てを貴女達に託し帝国を出たのです。その後は貴女達と似ているかもしれません。紆余曲折はありましたが、色んな人の助けもあり私は私の大義のため今の役職に就きました」

 夜空を見上げていたエスカはふと笑みをこぼした後、一度自分の足元に視線を落とし、再びホーデリーフェ達に視線を送る。 

 「ふふふ。いけませんね。大事な所を飛ばす癖、中々治らないものです。正直に言いましょう。今の私には貴女達に応えられる答えを持っていません。……ただ、おバカを見届けたらきっと、きっと貴女達に応えられる答えを見つけられる。そんな気がします」
 「おバカ……? 救世主様の事ですか?」
 「はい。帝国を離れ放浪するうちに自暴自棄とはいきませんが、ある意味、無気力になっていた時、とある筋から神々の信託の事を聞きました。世界が滅亡するかもしれないと。無気力なのに……性分なのでしょうか? 気づいたら救世主の監視人になれるよう方々駆けまわっていました」

 エスカが聖騎士長になる前からエスカの背中を追い続け、聖騎士長に成った時も後も、一挙手一投足を見逃さず改めて己の目標とした人物の初めて聞く、自分達の知らない一個人としてのエスカの素直な言葉。
 
 「ある有力者の伝手で監視人の役職になれ、運よく青星の扉を開けることが出来ました。出会ったのはあのおバカでしたが」

 誰しもが認め一目置いた女聖騎士長。
 歴史上初であり、”エスカの後にエスカ無し”と、誰しもが口々にし称えた憧れの女聖騎士長。
 他の追随を許さぬほど全てにおいて秀でているのにも関わらず、誰よりも己を律し、誰よりも慈悲深く、誰よりも慈愛に満ち満ちていた女聖騎士長。
 その女聖騎士長エスカの言葉はなく、ホーデリーフェもプルシラも隣で語らう友の言葉のように聞こえていた。
 
 「初めてですよ。私にあんな態度や暴言を吐く男性なんて。でも、伝え聞いていた救世主より杉田様で良かったのかもしれません。おバカで変態であけすけで、遠慮が無くて知性の欠片も無い。ふふふ、そんな人が私達の、この世界の救世主なんです」
 「……大丈夫なのでしょうか?」
 「ふふふ。どうでしょう?」
 
 不安がるホーデリーフェにエスカはクスクスと笑い、悪戯っぽく微かな笑みを浮かべ言葉を続ける。

 「青星でのあの方を知りませんが、神々の加護があるとはいえ、この世界で妖精にあれだけ好かれる人は私は知りません。出会う人に必ず誤解されますが、杉田様と少しでも時間を共に過ごした者は不思議と心を開くのです」
 「それは~、エスカさんもですか~?」
 「私は開きませんよ。……ただ」
 「ただ~?」
 「我慢しなくなりました」

 エスカは笑顔でそう答えた。
 ホーデリーフェとプルシラはエスカのその笑顔が答えだと知る。

 「なので」
 「はい?」
 「はい~?」
 「叩いてきます」
 「え?」
 「ふえ?」
 
 エスカはそう言うと再び妖精の森へと歩き出す。
 ホーデリーフェとプルシラはスタスタと歩いて行くエスカの背中を、憧れたあの頃のように追いかけて行くのだった。
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