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妖精の森編

最凶の鉾VS最強の盾⑫

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 「メル……」
 「ヒャ。許してくれたよぉ」
 「……分かった。でもだ! だけどもだ!」
 「ヒャ? 今度は何だい?」
 「もう、メル達を傷つける事はするな! それだけは約束しろ!」
 「ヒャ―……」
 
 流石のヘンキロも、これにはお道化て返す事ができないほど驚いた。
 返答に困っているヘンキロに、ダルトは首を少しだけヘンキロに向ける。

 「約束しても良いんじゃないかい?」
 「ま、約束をしても良かろうて」
 
 パハミエスも、髭を摘まみ撫でながらダルトに同調する。

 「ヒャ―。ダルトだけじゃなくパハミエスまで……。分かったよ、約束するよ」
 「信じて良いんだな?」
 「パハミエスの前で約束しちゃったんだもん、信じて良いよ。ヒャヒャ」
 「そっか。じゃあ」

 大三郎はそう言うと、勢いよく深々と頭を下げた。

 「じーさん! パニティーを助けてくれてありがとう! ピエロ! クソぶりットを追い払ってくれてありがとう! イケメン! なんか、色々ありがとう!」 

 大声で感謝を述べる大三郎に、それぞれ言葉を掛ける。
 
 「ふむ。我はお主に興味があるのでな。別に気にする事ではない」
 「ヒャヒャヒャ。お礼を言われるなんて思わなかったよ。悪い気分じゃないね。ヒャヒャヒャ」
 「イ、イケメンて。僕はダルトだよ。ま、それより」

 ダルトはヘンキロを下ろすと、漆黒のローブを脱いで大三郎に渡す。
 
 「なに?」
 「いつもでも女性の前で、その姿のままじゃ見っともないよ。それに、風邪を引いてしまうしね」
 「イケメン……。イケメーン!!」
  
 ダルトに抱き着く大三郎。

 「い、良いから、早く羽織りなよ」
 「ぐす。ありがと、イケメン」
 「僕はダルトだよ」

 大三郎はダルトから渡された漆黒のローブを羽織る。
 足の長い高身長が元の持ち主。
 予想通り、足元の裾は見っともないほど大分余る。
 大三郎が羽織った瞬間に皆が思っていた事なのだが、それを口に出す者は居なかった。エスカ以外は。
 
 「足の長さが大分違うので、ローブの裾が見っともないほど余りますね」

 その一言は大三郎の心を深く抉る。しかし、それで終わらないのがエスカ。

 「新調したら、もう一着ほどローブが出来るかもしれません。良かったですね、足が短くて」

 その一言は大三郎の心を粉々に砕く。しかし、それで終わらないのがエスカ。

 「胴長短足で得した人を初めて見ました。今は見っともな――――」
 「もうやめて! やめたげてよ! 大三郎のHPはマイナスよ! そんに俺をいたぶって楽しい?! ねぇ? 楽しいの?!」
 「はい」
 「わお。驚くほど即答」

 そのやり取りを見ていたパハミエス以外の皆は声を出して笑う。

 「さて、僕達は一度戻ろう」
 「ヒャ。ダルト、僕を庇ってね?」
 「分かってるよ」
 「ふむ。我は用が出来たので、皆を送ってから別行動だ」
 「そうなのかい? 分かったよ」
 「作戦失敗って事だね。ヒャヒャ」
 「まぁ、そうなるね」
 「我はこの件から手を引く。奴と約束したのでな」
 
 パハミエスは大三郎を見る。

 「本当に森には手を出さないよな? じーさん」
 「無論だ。二言は無い」
 「そっか、良かった」

 大三郎はホッとした顔でにこりと笑う。

 「だが、その分、お主には我の好奇心を満たしてもらうぞ?」
 「お、お尻以外なら、頑張ります」
 「尻?」
 「お、お尻は、エスカと同じで処女なんデすンッ!」

 エスカの踵落としが大三郎の頭に降り注ぐ。 

 「余計な事は言わなくて良いですから」

 エスカは鬼の形相で鬼気迫るように大三郎の頭を踏みつける。
 
 「ヒャヒャ。容赦ないねぇ」
 「はは……」

 ヘンキロの言葉にダルトは苦笑いで答えた。
 エスカは大三郎の頭を踏みつけたままパハミエスを見据える。

 「パハミエス」
 「何だ?」
 「礼を言うつもりはありませんが、杉田様の件もありますから、今回はあなたを見逃します」
 
 パハミエスは無表情のままエスカを見返す。
 エスカは返答を待たず言葉を続ける。
 
 「杉田様がこの世界に必要な方だとあなたも――いえ、にも理解できたはず。この先、杉田様の前に立ちふさがる事があれば、全力を持ってあなた方をその場で粛清し排除します」
 
 一瞬だけ、重苦しい雰囲気になる。
 この場に居る者で、パハミエスに対するエスカの警戒心と敵対心を理解できるものは、アウタル・サクロのメンバーである、ヘンキロとダルト、そしてこの世界の住人であるメルロとソフィーア。
 ただ、メルロとソフィーアはアウタル・サクロの事を知ってはいるが、パハミエスの事までは詳しく知らない。しかし、元聖騎士長であるエスカとアウタル・サクロの因縁は容易に想像できる。
 パニティーは世間に疎い。と、言うより、森の外の事は余り興味が無い。
 大三郎に至っては、同然の事ながら何も知らない。だが、エスカの過去も知っている事もあり、何となく、じーさんは何か罪を犯したのかな? 程度は感じていた。
 
 「私はもう聖騎士ではありません。ですが、使命は変わっていません。それだけはお忘れなく」
 
 エスカは鋭い視線をパハミエスに送りながら、大三郎の頭を踏みつけていた足をどかす。
 少し前までの気の緩める雰囲気は無くなっていた。
 パハミエスはエスカの言葉に興味が無いように無表情だが、に気付いている。それは、パハミエスの興味をそそるものだった。
 エスカはそれを察知したのか、パハミエスは自分の言葉ではなく、他のものに興味を示している事に気付く。

 「パハミエス。あなたが何を考え――――ッ!?」
 「エス、クァアアアアア!!」

 突然、大三郎の大声が聞こえた。
 ただ、それは普通に聞こえている訳ではなく、とんでもない所から聞こえてくる。と、言うか、感じると言うか。
 大三郎はエスカの腰をガシッと掴み、お尻、それも割れ目に顔を埋め叫んでいた。

 「聞こえるかぁあああ! エスクァアア!!」

 エスカは爆乳をぶるるんと震わせながら、下腹部を前に突き出し、つま先立ちになりながら目を白黒させる。
 それを見ていたダルトもヘンキロもメルロもソフィーアも、眼球が落ちてしまいそうなほど目を見開き驚いてしまった。パニティーだけは、この後、大三郎がどんな目に合うか知っているので、フンス! と、鼻を鳴らし”私の出番が来るぞ”と、癒しの準備をしていた。

 「エスカ! あんたって子は、何でそこまで、礼儀知らずなんですか!!」

 大三郎は叫びながら、エスカのお尻に埋めている顔を左右に振る。

 「そんな子に育てたおビョッ!!」

 大三郎の蟀谷こめかみに、エスカの振り向き型トルネード・ロングアッパー(強パンチ)が炸裂し、大三郎は側転のように吹っ飛んで行った。
 
 「あな、あな、あな、あな……あなたは……あなたは……」

 何時もならここで鬼の形相になるのだが、流石に菊の御門に直接響く叫びをされた上、菊の御門を御開帳される勢いで顔を左右に振られてしまい、顔を真っ赤にし、お尻を押さえ動揺しまくっていた。

 大三郎はゆっくりと起き上がると正座をし、エスカに向かい手を合わせ、目を閉じ一言。
 
 「おいしゅうございました」

 更に顔を真っ赤にするエスカ。
 お尻を押さえたまま俯き加減になるエスカは、フルフルと体を震えさせ、震える声で大三郎に問う。

 「な、何が、です、か?」
 
 大三郎は手を合わせたまま目を開け、「かほりでございます」と笑顔で答えた。 
 それを聞いたエスカは、恥ずかしさと怒りが頂点に達した。
 怒りのオーラを出しながら近づいて来るエスカを気にするでもなく、何か悟りを開いたような穏やかな顔をする大三郎。


 「拝啓、父上様。

 お久しぶりです。
 僕は、女性のかほりを体験しました。満足です。
 暴力と罵倒と電撃以外はパーフェクトな美女のお尻のかほりを堪能しました。そして柔らかかったです。
 低反発の高級枕より、人をダメにするソファーの柔らかさより、柔らかく、そして優しい弾力がありました。
 かほりですか? そうですね、例えるのならば、極楽なかほりと言いましょうか。ふふ。分かり辛いですね。でも、極楽浄土。そんなかほり。それ程のかほりでした。
 人生に未練はありますが悔いはありません。 
 今回は短いですが、そろそろお別れの時間です。ええ、目の前に鬼が到着しました。
 父上様もお体にはお気を付けください。
 僕は大丈夫です。異常に丈夫になってしまいましたから。

 親愛なる貴方の息子より」


 
 「何を、言っているん、ですか?」
 「え?」

 何時もは心の中で呟いていた事を、口に出して言ってしまっていた。

 「……何を、言っているのか、聞いているのですが?」
 「何を――ああ。エスカのかほりの事です」

 逃げる事もせず、正座のまま穏やかな笑顔で答える大三郎。
 恥ずかしさもあるが、呆れもある。それに、いくら叩こうが蹴ろうが効き目はそれ程ない。下手に説教をすれば何を言い出すか分からない。
 
 「次は無いですよ」
 「はい。理解しています」

 穏やかな笑顔で即答する大三郎。
 そしてそのまま言葉を続ける。

 「ですがエスカさん」
 「……何ですか?」

 大三郎は穏やかな笑顔から真顔に変わる。

 「どんな相手でも礼は必要だと思う。それが、因縁がある相手でも」

 エスカは黙ったまま大三郎の言葉を聞いていた。

 「さっき俺も、ピエロに礼を言い辛かった。メルやソフィーの事があったからな。エスカも、じーさんとはそのくらいの事があるんだと思う。だけど、じーさんはパニティーを助けてくれた。俺達の大切な仲間を助けてくれた。俺はまだこの世界の事や、エスカを含めたこの世界に住んでる人達の事情を殆ど知らない。だけど……」

 大三郎はエスカを真っ直ぐ見つめ、言葉を続ける。
 
 「パニティーを助けてくれた相手に、礼を言うつもりは無いと言わないでほしい。意味は違くても、そんなつもりはなくても、パニティーを助けた事に対しての礼は言わないと言ってるのと同じだから。それを、お前には、お前だけには言って欲しくない」
 
 ふざける事しか能が無い男の本心。
 パニティーもエスカも、どっちも大切だと思っている男の本心が、エスカの心に届いた。

 珍しく真顔で真っ直ぐ見つめてくる大三郎の目を見る。
 そして、自分が言った言葉に少なからず傷ついた事を知ったエスカは目を伏せ、もう一度、大三郎の目を見る。

 「杉田様の言う通りですね。先ほど、パハミエスに言った言葉は私の失言です」
 「パニティーは俺達の仲間だから」
 「そうですね。パニティーさんを助けてくれたお礼は言わなければなりません」
 
 大三郎はにこりと微笑む。
 エスカも大三郎に笑みを返しながらアイアンクローを炸裂させた。

 「ハがッ!?」
 「それと、杉田様が私にした事は別です」
 「待って。待って、俺、何しダッ!!」
 
 ギリッとアイアンクローが締まる。

 「記憶を失ってしまったのでしたら、痛みで蘇らせましょうか?」 
 「思い出しました! かほりです! エスカのお尻のかほりでギュ」

 アイアンクローをされていた大三郎の頭から、メキョっという音が鳴った。
 人形のように魂が抜ける大三郎。
 壊れた人形のようになっている大三郎の顔を鷲掴みにして、パニティーの下へ歩き出すエスカ。
 
 「パニティーさん」
 「なに?」
 「申し訳ありません」

 エスカはそう言うと、パニティーに深々と頭を下げた。

 「な、なに? どうしたの?」
 「パニティーさんを助けてくれた事に、礼を言わなかった私を許してください」
 「え? そんな事は良いよ」
 「いえ、良くはありません。どんな相手であろうと、大切な仲間であるパニティーさんを助けてくれた礼を言わないなんて、どんな非難を浴びせられても仕方のない失態を犯してしまいました」
 「うふふ。エスカは真面目だな~。私は気にしてないよ。それに、スギタもエスカも私の事を大切な仲間って言ってくれた事の方が嬉しいよ。ありがとう、エスカ」

 何とも可愛らしい笑顔を見せるパニティー。
 それを見たエスカは自然と笑顔になってしまう。

 そして、エスカはパハミエスの方へ向き直る。

 「パハミエス」
 「何だ?」
 「私達の大切な仲間であるパニティーさんを助けてくれた事、心より感謝します」

 エスカはそう言うと、この世界で最上級の礼儀作法である『聖騎士祝儀礼法しゅくぎれいほう』の作法をパハミエスに対してする。
 見る者を魅了するほどの見事な動きで作法を行うエスカの姿は、まさしく『元女聖騎士長』の名に恥じぬものだった。

 「うむ。そこまでされたのなら、お主の礼を素直に受けよう」

 パハミエスも威風堂々たる見事な返礼をする。
 二人の作法は、見ていたメルロやソフィーアが、宮殿か大神殿にでも来てしまったかのような錯覚に陥るほどであった。エスカの足元に粗大ゴミのように転がっている、壊れかけの大三郎を除いて。
 
 「じゃあ、パハミエス。僕達を送ってくれないかい? ティリス達も森の中に居ると思うから、一緒に転移してくれ」

 ダルトは二人のやり取りが終わったのを確認して、声を掛ける。
 
 「うむ」
 
 パハミエスは詠唱を始めた。
 ダルトはヘンキロを背負い、大三郎に声を掛ける。

 「杉田君。そのローブは君に贈るよ。そう簡単に手に入る物ではないから大事にしてくれよ。それじゃ」
 「また会おうね。ヒャヒャヒャ」
 
 二人を魔方陣の光が包み込むと姿を消した。

 「では、我も寄る所があるのでな。後ほど会おう、救世主よ」

 パハミエスは大三郎だけに聞こえるよう、言葉に魔力を込めそれだけ言うと消えていった。

 いつの間にか浄化の門も消えており、今までの事が嘘のように静かになった。
 ただ、周りだけは、名残のように戦いの後が残っている。

 「私達も戻りましょう」

 エスカはそう言うと森へ向かい歩き出す。
 ソフィーアを背負っているメルロもエスカの後に続く。
 パニティーは、ゴミのように転がっている大三郎の顔の所に行くと、頬にキスをして、えへへと微笑みエスカの後を追う。

 「パニティーさん」
 「なに?」
 「パニティーさんに誤解の無いよう言っておきます」
 「うん?」
 「私の胸を揉んでも世界は救われませんよ」
 「え? なにそれ?」
 「……。いえ、何でもありません」
  
 あの時、パニティーの言った言葉は無意識なのだろう。
 傷を負い、念疫に侵食され意識が薄れゆく中、無意識に名が出た。
 大三郎だけではなく、パニティーも自分の事を忘れなかった。エスカはそう思い、嬉しさを含む笑みが零れる。
 
 「すみませーん。俺の事、忘れてませんかー? ……。そーですかー。分かりましたー」
  
 後ろの方で大三郎の声がする。
 メルロは明るい声で「救世主様! 早く来ないと置いて行くぞー」と声を掛ける。
 パニティーもそれに合わせ、「スギタ―! 早く来ーい」と楽し気に言う。
 エスカは、に戻ったと微かな笑みを浮かべる。その横を、ソフィーアを背負ったメルロとパニティーが勢いよく駆け抜けた。

 「どうしたのです?」

 エスカは不思議そうな顔をし、自分を追い越して行ったメルロ達を見る。
 
 「後は任せた、エスカ殿!」
 「え?」
 「エスカー! 頼んだよー」
 「え?」

 何の事を言っているのか分からなかったが、後ろから足音が聞こえ始め振り向くと、ローブの裾を捲り、走ってくる大三郎の姿があった。
 多分、ただ走ってくるだけなら、メルロ達はエスカを置いて行かなかっただろう。
 大三郎がローブの裾を捲っているそこから、「任務でありますか! 任務でありますか!」と、ヨーソローがぷるんぷるんと円を画くように上下左右に揺れていた。
 それを見たエスカは走り出す。

 「待てよー」
 「こ、来ないでください!」
 「何でだよー?」
 「見っともない! 本当に見っともない!」
 「何がだよー?」
 「それでも救世主ですか!」
 「そーだけどー?」
 「もー! なんでこの人は、こんなにおバカなんですか!」
 「バカバカ言うなよー。待てよー」
 
 エスカはチラリと後ろを見る。
 ぷるんぷるんがぷるんぷるんしている。

 「もー! バカッ!」
 「馬鹿って何だよー? 待てよー。走り辛いんだよー」 

 大三郎はそう言うと、ローブの裾を更に捲り、エスカは加速する。

 
 知らず知らずに、妖精の森最大の危機を身を挺して守り抜いた大三郎。
 闇落ちと言う出来事が切っ掛けとなり、神々の意志、神技にまつわる事柄、そして、救世主として選ぶべき道。それらが、大三郎を身を切るほど悩ませることになる。 
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