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ふかふか1かい50円
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「あ、あのあの『ふかふか』は要りませぬか?」
寒さの厳しい冬の夜、仕事を終えて我が家への人気のない夜道を急いでいると、そう呼びかけられた。ふと、声のした方へ目をやると、歳の頃は10歳ぐらいに見える女の子がこちらを見上げていた。
「どうしたんだい、こんな時間に1人で。小さな子はお家に帰らなきゃいけないよ」
すがる様な瞳でこちらを見上げている姿に心を動かされた俺は、その子の前にしゃがんで話しかけた。
「どうか『ふかふか』を買ってくれませぬか?」
「ふかふか?」
「はい。ふわふわもこもこ、とてもとても心地が良いのですじゃ」
確かに、女の子の脇には「ふかふか1かい50えん」と書かれた紙とお金を入れるためだろうか空き缶が置かれている。そして、さきほどまで座っていたのだろうか。足元にはダンボールが敷かれていた。吐く息は白く。寒さからだろう、体が少し震えている。
「どうしたんだい? お外は寒いだろう。お家はどこだい、お兄さんが送って行ってあげよう」
「……お家はございませぬ」
少し寂しそうな表情を浮かべると、女の子は小さな声でそう答えた。
「え、お家がない。じゃあ、どこで暮らしているの?」
「裏のお山でずっと住んでおりました」
「えええ! 山で寝泊りしていたの?」
駅から少し離れた辺鄙な場所だ、確かにすぐ近くには古くからあるという鎮守の森がある。
「そうじゃ。でも、おまんまがのうなったので『ふかふか』を売って銭をもらおうと思ったのじゃ」
女の子は、まるで名案を思いついた賢い自分を褒めてくれといわんばかりに、得意満面の笑みを浮かべている。どうしたものだろうか。なんだか、この子の言っていることは、よくわからないことが多い。
だが、とにかく真冬の寒空の下、こんな小さな子をこのままにしておくことはできない。男が少女を連れ歩くことは憚られるが、警察か児童相談所に連絡をするにしてもここには置いておけない。一旦は家で預かるしかないだろう。
「とにかく、ここは寒いからお兄さんのお家に来なさい。お腹がすいてるんだね、ご飯を食べさせてあげよう」
「ご飯?おまんまか!? ほんとかや。行く、行く、ついて行く!」
目をキラキラさせて嬉しそうに飛び跳ねている。お尻に付いている尻尾のような4本の飾りと狐耳の帽(?)がふわふわと揺れて、とてもかわいらしかった。私の視線を感じたのだろうか。急に女の子は顔を赤らめ、恥ずかしそうにこう言った。
「その……わらわの尻尾と耳が気になるかや、そちも? わらわは怖いかの?」
「え? いいや、とても暖かそうで可愛いらしい尻尾だと思うよ」
まるで仲間はずれを怖がるいじめられっ子のような、人を怖がる野生動物のような、震えるような弱々しい声。彼女に不安な気持ちを感じさせないよう、俺はことさら明るい声で答えた。寒い夜に1人でいた子供を不安にさせてはいけない。
「可愛い!? 本当にそう思うのかや?」
「嘘なんか言わないよ、とても毛並みがよくツヤツヤしていて美しいと思いますよ、お嬢さん」
そう褒めると、女の子の狐耳はまるで生きているかのように、ピョコンと動いた。狐耳も尻尾もまるで生き物の様に動いている。これはどういう仕組みなんだろう。正直、かなり驚いたのだが、先ほどの不安そうな顔を思い出すと、出来るだけ何事もなかったかのように振る舞うしかなかった。
「えへへへ。そちは変わっておるの。わらわの尻尾を見た者は、やれ化け物だ、やれ妖だといって逃げる者もおったのに」
「そうかい、こんなにかわいらしい子を化け物とは失礼な人だね」
「まったくじゃ。そちは良いお方じゃの、世話になるだけでは申し訳ない。『ふかふか』を差し上げよう」
また、件の『ふかふか』だ。すっかり聞きそびれているが、いったい何のことだろう。
「その、『ふかふか』っていうものだけど、何のこと……」
「そ~れ、『ふかふか』にな~れ」
俺が質問をしようとすると、それに構わず女の子は掛け声をかけて、見事な宙返りをする。一瞬、目が眩むような感覚を覚え、俺は思わず目をつぶった。そして、恐る恐る目を開けると、さきほどと変わらず女の子が満面の笑みを浮かべ、こちらを見ている。
「どうじゃの、『ふかふか』の心地は? 気持ちよいじゃろ」
「心地って? 何が起きたんだ……」
「何をしておる、下を見てみい」
そう促され、俺が下を見ると何かが邪魔で足元が見えなかった。スーツの胸の辺りが大きく膨らみ、視線をさえぎっていた。
「うわ、なんだ、これ。胸が大きくなってる!」
「はい、ふかふかのオッパイでございまする」
服の上から触ってみると、確かにふかふかとして気持ちいい。いやいや、そうじゃなくて!
「いや、なんで俺にオッパイがついてるんだよ」
「はい、わらわがおまんまのお礼に『ふかふか』を差し上げたからじゃろ」
まるで当たり前のことを問われたかのように、きょとんとした顔をして女の子は答えた。信じがたいが、俺の胸がこうなったのは、この子のせいらしい。
「ええっと、お礼はいいからこれを元に戻してくれないかな」
「わらわは『ふかふか』をすぐには元に戻せぬのだが。なにかお気に召さなんだか?」
「な、なんだって? 元に戻せないって」
「はい!」
思わず女の子を肩を掴んで、はたと気付いた。暗い夜道で年端も行かない女の子に掴みかかる20代半ばの独身男性、しかも胸を膨らませた女装癖(?)の持ち主、これでは完全に変質者だ。とにかく人目のつかない自宅に場所を移してから、この子にいろいろ質問したほうがいい。
「えーっと。じゃあ、『ふかふか』のことはいったん置いておいて、お兄さんのお家に行こう。お腹が空いているんだろ」
「そうじゃ、おまんまじゃ。ちょっと待ってたもれ、荷物をまとめるから」
そういうと、女の子は電信柱の陰から少し薄汚れた女児向きのリュックサックを引っ張り出してきて、ふかふか1かい50円と書かれた紙と空き缶を中に放り込んだ。
「さあ、そちの家へ案内してたもれ」
寒さの厳しい冬の夜、仕事を終えて我が家への人気のない夜道を急いでいると、そう呼びかけられた。ふと、声のした方へ目をやると、歳の頃は10歳ぐらいに見える女の子がこちらを見上げていた。
「どうしたんだい、こんな時間に1人で。小さな子はお家に帰らなきゃいけないよ」
すがる様な瞳でこちらを見上げている姿に心を動かされた俺は、その子の前にしゃがんで話しかけた。
「どうか『ふかふか』を買ってくれませぬか?」
「ふかふか?」
「はい。ふわふわもこもこ、とてもとても心地が良いのですじゃ」
確かに、女の子の脇には「ふかふか1かい50えん」と書かれた紙とお金を入れるためだろうか空き缶が置かれている。そして、さきほどまで座っていたのだろうか。足元にはダンボールが敷かれていた。吐く息は白く。寒さからだろう、体が少し震えている。
「どうしたんだい? お外は寒いだろう。お家はどこだい、お兄さんが送って行ってあげよう」
「……お家はございませぬ」
少し寂しそうな表情を浮かべると、女の子は小さな声でそう答えた。
「え、お家がない。じゃあ、どこで暮らしているの?」
「裏のお山でずっと住んでおりました」
「えええ! 山で寝泊りしていたの?」
駅から少し離れた辺鄙な場所だ、確かにすぐ近くには古くからあるという鎮守の森がある。
「そうじゃ。でも、おまんまがのうなったので『ふかふか』を売って銭をもらおうと思ったのじゃ」
女の子は、まるで名案を思いついた賢い自分を褒めてくれといわんばかりに、得意満面の笑みを浮かべている。どうしたものだろうか。なんだか、この子の言っていることは、よくわからないことが多い。
だが、とにかく真冬の寒空の下、こんな小さな子をこのままにしておくことはできない。男が少女を連れ歩くことは憚られるが、警察か児童相談所に連絡をするにしてもここには置いておけない。一旦は家で預かるしかないだろう。
「とにかく、ここは寒いからお兄さんのお家に来なさい。お腹がすいてるんだね、ご飯を食べさせてあげよう」
「ご飯?おまんまか!? ほんとかや。行く、行く、ついて行く!」
目をキラキラさせて嬉しそうに飛び跳ねている。お尻に付いている尻尾のような4本の飾りと狐耳の帽(?)がふわふわと揺れて、とてもかわいらしかった。私の視線を感じたのだろうか。急に女の子は顔を赤らめ、恥ずかしそうにこう言った。
「その……わらわの尻尾と耳が気になるかや、そちも? わらわは怖いかの?」
「え? いいや、とても暖かそうで可愛いらしい尻尾だと思うよ」
まるで仲間はずれを怖がるいじめられっ子のような、人を怖がる野生動物のような、震えるような弱々しい声。彼女に不安な気持ちを感じさせないよう、俺はことさら明るい声で答えた。寒い夜に1人でいた子供を不安にさせてはいけない。
「可愛い!? 本当にそう思うのかや?」
「嘘なんか言わないよ、とても毛並みがよくツヤツヤしていて美しいと思いますよ、お嬢さん」
そう褒めると、女の子の狐耳はまるで生きているかのように、ピョコンと動いた。狐耳も尻尾もまるで生き物の様に動いている。これはどういう仕組みなんだろう。正直、かなり驚いたのだが、先ほどの不安そうな顔を思い出すと、出来るだけ何事もなかったかのように振る舞うしかなかった。
「えへへへ。そちは変わっておるの。わらわの尻尾を見た者は、やれ化け物だ、やれ妖だといって逃げる者もおったのに」
「そうかい、こんなにかわいらしい子を化け物とは失礼な人だね」
「まったくじゃ。そちは良いお方じゃの、世話になるだけでは申し訳ない。『ふかふか』を差し上げよう」
また、件の『ふかふか』だ。すっかり聞きそびれているが、いったい何のことだろう。
「その、『ふかふか』っていうものだけど、何のこと……」
「そ~れ、『ふかふか』にな~れ」
俺が質問をしようとすると、それに構わず女の子は掛け声をかけて、見事な宙返りをする。一瞬、目が眩むような感覚を覚え、俺は思わず目をつぶった。そして、恐る恐る目を開けると、さきほどと変わらず女の子が満面の笑みを浮かべ、こちらを見ている。
「どうじゃの、『ふかふか』の心地は? 気持ちよいじゃろ」
「心地って? 何が起きたんだ……」
「何をしておる、下を見てみい」
そう促され、俺が下を見ると何かが邪魔で足元が見えなかった。スーツの胸の辺りが大きく膨らみ、視線をさえぎっていた。
「うわ、なんだ、これ。胸が大きくなってる!」
「はい、ふかふかのオッパイでございまする」
服の上から触ってみると、確かにふかふかとして気持ちいい。いやいや、そうじゃなくて!
「いや、なんで俺にオッパイがついてるんだよ」
「はい、わらわがおまんまのお礼に『ふかふか』を差し上げたからじゃろ」
まるで当たり前のことを問われたかのように、きょとんとした顔をして女の子は答えた。信じがたいが、俺の胸がこうなったのは、この子のせいらしい。
「ええっと、お礼はいいからこれを元に戻してくれないかな」
「わらわは『ふかふか』をすぐには元に戻せぬのだが。なにかお気に召さなんだか?」
「な、なんだって? 元に戻せないって」
「はい!」
思わず女の子を肩を掴んで、はたと気付いた。暗い夜道で年端も行かない女の子に掴みかかる20代半ばの独身男性、しかも胸を膨らませた女装癖(?)の持ち主、これでは完全に変質者だ。とにかく人目のつかない自宅に場所を移してから、この子にいろいろ質問したほうがいい。
「えーっと。じゃあ、『ふかふか』のことはいったん置いておいて、お兄さんのお家に行こう。お腹が空いているんだろ」
「そうじゃ、おまんまじゃ。ちょっと待ってたもれ、荷物をまとめるから」
そういうと、女の子は電信柱の陰から少し薄汚れた女児向きのリュックサックを引っ張り出してきて、ふかふか1かい50円と書かれた紙と空き缶を中に放り込んだ。
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