自分の命の残り 完結

魚口ホワホワ

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母との思い出

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 それから、しばらくすると急に気持ち悪くなったり、めまいを起こしてふらふらするようになってきた。おのずと家で横になっていることが、多くなって、家族の有り難さを感じた。

 横になりながら、母ちゃんの時を思い出していた。あれは、俺が中2の1学期の始め頃に母が仕事中に貧血で倒れた。その日に病院に行き、数日後に検査入院する事になった。

 母ちゃんが入院してから数日して、俺は部活の無い日に姉ちゃんと着替えを持って、病院へ行った。そこには、ちょっと疲れた感じの母ちゃんがいた。そして、大丈夫だから姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くようにと言われた。

 数日の検査入院が、だんだんと伸びていき、お見舞いにまた行きたかったが、姉ちゃんから部活を頑張るようにとの母ちゃんの伝言だからと言われた。親父からは、すぐ戻って来るから、心配するなと言われた。

 入院してから1ヶ月ぐらい経った週に急に母さんのところに行くから、日曜日は、開けておけと親父に言われた。その日曜日は、部活の練習試合だったが、俺は補欠なので休んでも支障なかった。母ちゃんに会えると思い、早く日曜日にならないかと思った。

 そして、日曜日になると朝から姉ちゃんが、母ちゃんに食べてもらうと張り切って、すき焼きを作ってタッパーにつめていた。卵を割っていくか、向こうで割るかを俺に聞かれたが、どっちでもと答えた。俺は、母ちゃんが元気になったんだと思ってたので、嬉しい気持ちで一杯だった。

 親父の車で病院に向かったが、車内は、親父も姉ちゃんもあまり、喋らなく、俺だけお喋りになってような気がする。

 病院に着き、車から降りると3人で荷物を持ち、エレベーターの前まで行ったが、エレベーターは上の方の階にいたので、俺は階段で行くと言い、3階の病室へ階段で向かった。姉ちゃんが何か、言ったような気がしたが、もう母ちゃんの事で頭は一杯だった。

 そして、3階に上がり、病室の前に行き、入口から覗くと全然知らない人が、ベッドに横になっていた。後から来た親父と姉ちゃんが、エレベーター前から、手招きされて、急いで戻った。

 病室が、奥の方の6人部屋だったのが、ナースステーション近くの4人部屋に移っていた。3人で病室に入るとひとつだけ、昼間なのにカーテンが閉められていて、そのカーテンの隙間から中に入った。

 そこには、痩せ細り変わり果てた母ちゃんがいた。俺は唖然として、固まってしまった。母ちゃんは、俺を見てかすれた声で、一言「瞬、ごめんね…」と言った。それで、俺は全てを理解してしまった。

 俺は親父と姉ちゃんの顔を見て、涙が溢れ出してきて、母ちゃんに小さい子供のように抱きついた。母ちゃんは、そんな俺の頭を骨ばってしまった手で撫でてくれた。その日は、何を話したかは、覚えてないが、病室で卵を割り、母ちゃんが、一口だけすき焼きを食べたのを覚えている。

 病院から帰って来て、残ったすき焼きを3人で食べながら、親父が母ちゃんの病気の状況を俺に話してくれた。その時、初めて親父の涙を見た。

 それから、数日して、母ちゃんは眠るように亡くなった。俺は、その日から何かを我慢するようになった。
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