【完結】ずっと遠くの暗闇に見つけた、

にのまえ

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付き合い(2)

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「……いつまでも、甘えてないで」

 西向きのリビングに赤い光がさしこむころ――テレビの中の物語が大団円を迎えるころ、明良はようやくそう笑った。長い間くっついていたから、残暑も去った秋とはいえ触れ合っていた肌がしっとりしている。

 彼の肩をたたいて立ち上がり、明良は次の話を再生する。ドラマはくっつきあうための方便だけではない。純也が帰るまでのタイマーのような役割もある。

「夕飯を温めるよ。ポトフだけど、お肉も多めに入れたから」

「……また子供扱いして」

「子供だろう。十八歳」

 からかうように言い残して明良はキッチンへと入る。あまり使わないそこはきれいだ。

「コンソメで煮るだけだから失敗はしてないと思うんだ。今日のはきっと食べられるものだよ」

 学校を卒業して独立しもう十年になるが、半年前彼との付き合いがはじまるまで明良は自炊らしい自炊をしてこなかった。彼が来るようになって料理の習慣ができた。が、経験不足か味オンチなのか、成功率は高くない。

 リビングからフォローが返る。

「この間のシチューだっておいしかったよ。……シチューっていうか、牛乳煮」

「ちゃんとルウを使ったんだけどなあ。あれ、どこで間違えたんだろう」

「食べられないものじゃなかったよ」

「おいしかったんじゃないの?」

 語るに落ちるとはこのことだ。返答にリビングは沈黙し、明良は皿を用意しながら唇だけで笑む。

 成長期の彼のためスープは大鍋いっぱいに作っている。ふきこぼれないよう見ていたが、煮立つまで待つのに飽き、明良はおたまを片手にリビングへ戻った。

 そこでは画面の中の主人公が無人のソファーに推理を並べていた。「あれ」と呟き明良は左手の仕事部屋に向かう。――右手の寝室には、純也がひとりで入ることはない。

 やはり彼は本棚の前にいた。ドアに背を向け、どうやらハードカバーの本を読んでいるらしい。

 ドアに肩を預けしばらく見ていたが、彼は明良に気づきもしなかった。

 今日最初に入ったときから気になっていたのだろう。彼の趣味はわかっている。

「暗い小説ばかり読む」

「うわっ」

 純也は手にしていた本を取り落としかけた。微笑みながら見ていれば、バツ悪そうな顔が「明良さん」と振り返る。

「ごめんなさい。勝手に」

「いいよ。純くんも読むかなって買った本だから」

 買ったばかりの本もきちんと整理しているから、どの棚の前にいるかで何を読んでいるかだいたいわかる。

 純也が手にしているのは実際の連続殺人を題材とした海外小説だった。殺人鬼――というよりサイコパスの心理を書いたそれは、あたりまえだが陽気なものじゃない。

「たまにはほのぼのしたのも読んだら? 少ないけどうちにもあるよ」

「ううん。いいんだ」

 そう答えるのはわかっていた。純也は明良を見て微笑む。

「こういうのじゃないと、なんていうか、ピンとこないんだ」

「…………」

 ピンとこない。

 おそらく的確なのだろう表現に、明良は無言で彼を見る。それをどう誤解したのか、純也はハッと両手を振った。

「で、でも俺、明良さんの小説が好き。一番好き」

「……ありがとう」

 世辞や社交辞令でないことはわかっている。けれど明良は曖昧に笑んで顔を背けた。

 明良は小説家だ。売れっ子ではないが、新刊が大きな書店に行き渡るくらいには評価されている。

 信じていないと思ったのか、それともそういう話をする友人がいないからか。浮気現場を見られた男のように慌てて本を押し込んみながら、純也は明良の近くまでやってきた。必死の様子で言葉を続ける。

「本当だよ。一番、心にぐっとくる」

「別に疑ってないよ」

「明良さんの本は物語なのに、それとは別にすごく訴えるものがあって……それがすごく重いんだ。煮えた鉄を飲んだみたいな読後感がある。苦しくて重くて……つらいのにやめられない」

「…………」

「テーマが深いって言うのかな。何もかもにリアリティーがあるって言うのかな。うまく表現できないんだけど」

 何かのファンは語らせると長くなる。いつの間にか主題を忘れて感想や考察になるからだ。実際、純也はフォローという最初の目的を忘れたように長々しゃべった。

「――だから、言葉は悪いけど、明良さんの小説には怨念がこもってる。そういう本ってあんまりない」

「娯楽って字を百回書けって、編集さんには言われるけどね」

「それがいいのに」

 ファンが非難的に言葉をとがらせる。「ぜひ編集部にそう伝えて」と笑ったところで、鍋のことを思い出した。

「まずい。沸騰してるかも」

「あっ」

 しゃべりすぎたことに気づいたのか、赤面する純也とともにキッチンへ戻る。鍋はぐらぐら煮立っていたが、間一髪、吹きこぼれる寸前で火を止められた。

 熱くなりすぎたそれを笑いながら皿によそって、ふたりは並んでリビングに戻る。いつも通りほとんど見ないドラマを流したまま「いただきます」と席についた。

「ん。今日のは成功だね、明良さん」

「ポトフになってる?」

「なってる。……明良さん、ポトフ食べたことないの?」

「実はない」

「だから野菜が小さいのか」

 純也は苦笑しながら「これはポトフというより、コンソメスープだね」と教えてくれる。ポトフの定義を聞きつつ、明良は暗くなっていく窓の外を見た。

 ふたりはポツポツと会話しながら夕食をとる。終わればいつものように純也が片付けを請け負った。その間明良は風呂に入って身を清める。

 濡れ髪のままリビングに戻れば、エプロンを外した純也がソファーの上で膝を抱えていた。テレビのストーリーは進んでいるが、明良の足音にビクリとする彼は見ていない。これもまた、いつものことだ。

「明良さん……」

 ドラマ終わったよ、と告げる声は少し緊張している。

「うん。じゃあ寝室に行こうか」

「……あの、あのさ、明良さん」

「うん?」

 子供にするように手を取って立たせてやる。

 胸が触れ合うほど近くに来た彼は、「なんでもない」とうつむいた。その頬に手をやり、きゅっと噛み締められた唇に当然のように口付ける。

「寝室に行こう。……もうこんなだ」

 腿で純也のその部分を示して言えば、彼は赤面して腰を引いた。
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