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「ねえ、純くん。中間試験終わったって言ってたよね。そろそろ結果、出たんじゃない?」
「…………」
純也はのろのろと身を起こし、暗い目で指定鞄を引き寄せた。外ポケットにぐしゃぐしゃになって押し込められた上質紙を、関心なさ気に明良に渡す。
明良のマンションそばにある、偏差値の高い公立校の校章。
明良はシワのよった紙片を伸ばし――おそらく見てももらえずに握りしめたのだろう紙片を伸ばし、「見るよ」と言ってそれを開く。
点数。平均値。校内偏差値。そして一番端の、学内順位。
「すごい! 純くん一位じゃないか」
驚きの声は同情と慰撫で甘くなる。
背中を熱心にさすりながら明良は続けた。
「あの学校で一番なんて、純くんはすごいな。本当だよ。勉強頑張ってるんだな」
「…………」
「えらいな、すごいよ、本当だ。一位だなんて関係ない僕まで鼻が高くなりそうだ」
「……俺が一位で、明良さん、嬉しい?」
「嬉しいよ。もちろんだよ。みんなに自慢したいけど、僕友達いないからなあ」
大げさなくらい喜んで、褒めて、感心してやる。彼の成績、行いに衝撃を受けたと態度に表す。
だって純也の人生にそれらはなかったのだ。有名なブレザーに「頭がいいんだね」と言ったとき、純也は異世界の言葉を聞いたように目を丸めた。
それからまるで弁解するように焦る姿は、今まで一度もそのたぐいの言葉をかけられたことがないと、直接語る以上の説得力を持って語っていた。
『俺なんか大したことない。兄さんに比べたらゴミみたいなものだ。嬉しいけど、申し訳ないよ。それは俺への言葉じゃない』
真っ赤な顔で恥ずかしがる言葉を聞いて、明良は彼への態度を決めた。犬にするみたいに褒めてやる。子供にするみたいに応援してやる。彼のすべてに関心を持って、何でも聞いて知りたがる。
「……ちょっと、数学が難しかったから不安だったけど、ちゃんと一位になれたんだ」
子供が幼稚園での出来事を報告するような言葉に、親のように相槌を打つ。
「そうか、不安だったんだ。けど一位だって二位だってすごいよ。頑張ったね、純くん」
「それで英語も……TOEICを受けないかって勧められてるんだ。どうしようかなって思ってて……」
ふっと純也の顔が曇る。受験料の必要なことだからきっと両親に話しただろう。外ではみんなに期待されてるんだ、と。そして――「そんなの取ってどうするの」だとか「お小遣いから出しなさい」という返答をもらったのだ。
勉強をどれだけ頑張っても、彼の両親は次男を見ない。外科医として活躍する長男がまぶしくて、彼ばっかり気になって、純也のことは思い出せない。
「一級とか、準一級とか、合格したら明良さん、褒めてくれる?」
「合格しなくても」
頬にキスをして甘く言う。
「挑戦しなくても、純くんのことは褒めちゃうよ。頑張り屋で、何にでも一生懸命で、褒めるのが追いつかなくて困ってる」
「…………」
「やってみたいならするといい。応援するよ。ご褒美も、用意しないとね」
「ご褒美……」
ぼんやり呟いた純也の想像など予測がつく。若者の好むものはたいていそれだ。
かわいそうな純也。恵まれない彼とそういう関係になったのは、出会ってからすぐだった。
出会ったときにこぼれた涙で、明良は目の前の高校生が瀬戸際にいることを感じた。とっさに次会う約束を取り付けたのは変なことをさせないようにという意図もあった。
付き合ううち――彼の事情を知っていくうち、関心がないことに傷ついている彼が可哀想で見ていられなくなった。足りないものを与えてやりたかったけれど、どう慰めればいいのか、何をあげればいいかわからなかった。
もともとそういう素質があったのか、友人付き合いをはじめて数カ月後、純也は明良に好きだと告げた。自分が欲しいのならと了承してしばらくすれば、キスやその先を求めてきた。欲しいものが手に入れば人はきっと輝くと――明良はそう考えていたから、それも受け入れた。
純也には明良という恋人がいる。優しくて、時間的に融通がきいて、仕事が重なってなければ満足するほど抱ける恋人。
可哀想な純也はきっと、これでもう可哀想じゃない。
「ご褒美って、明良さん、何?」
「……何が欲しい?」
「……俺、あの、俺は……」
ほとんど抱きしめ合った体勢で純也は明良の目を覗きこむ。濡れた瞳はキラキラ輝いていて、明良は内心「おや」と思った。オスの欲望にギラつく瞳とはなんだか違う。
「純くん、何が欲しいの? ……他の誰ともできないことしたい?」
「……そういうのじゃなくて、もっと、な、仲良くなれること」
「仲良く?」
明良の声は訝しげになる。当然だ。セックス以上の「仲良し」なんて想像もできない。
純也は顔を真っ赤にして、それからその色を隠すように明良を抱き締めた。彼の高い体温が服越しにじんわり明良を温める。
「へ、変なこと言っても笑わない?」
「笑わないよ。できるかどうかはわからないけど」
「大変なことじゃないよ。簡単なこと。恋人はみんなやってること」
そう言いながらも純也はもじもじとその内容を告げなかった。聖母みたいに気長にその背をさすってやる。そんなことをしているうちに五分以上経ってようやく、彼の呟きが耳をかすめた。
「あ……明良さんと」
「僕と?」
純也はぎゅうっと明良を抱いた。息苦しさを訴える前に、好きな女の子に告白するくらい気負った声が、「明良さんとデートしたい」と言った。
「…………」
純也はのろのろと身を起こし、暗い目で指定鞄を引き寄せた。外ポケットにぐしゃぐしゃになって押し込められた上質紙を、関心なさ気に明良に渡す。
明良のマンションそばにある、偏差値の高い公立校の校章。
明良はシワのよった紙片を伸ばし――おそらく見てももらえずに握りしめたのだろう紙片を伸ばし、「見るよ」と言ってそれを開く。
点数。平均値。校内偏差値。そして一番端の、学内順位。
「すごい! 純くん一位じゃないか」
驚きの声は同情と慰撫で甘くなる。
背中を熱心にさすりながら明良は続けた。
「あの学校で一番なんて、純くんはすごいな。本当だよ。勉強頑張ってるんだな」
「…………」
「えらいな、すごいよ、本当だ。一位だなんて関係ない僕まで鼻が高くなりそうだ」
「……俺が一位で、明良さん、嬉しい?」
「嬉しいよ。もちろんだよ。みんなに自慢したいけど、僕友達いないからなあ」
大げさなくらい喜んで、褒めて、感心してやる。彼の成績、行いに衝撃を受けたと態度に表す。
だって純也の人生にそれらはなかったのだ。有名なブレザーに「頭がいいんだね」と言ったとき、純也は異世界の言葉を聞いたように目を丸めた。
それからまるで弁解するように焦る姿は、今まで一度もそのたぐいの言葉をかけられたことがないと、直接語る以上の説得力を持って語っていた。
『俺なんか大したことない。兄さんに比べたらゴミみたいなものだ。嬉しいけど、申し訳ないよ。それは俺への言葉じゃない』
真っ赤な顔で恥ずかしがる言葉を聞いて、明良は彼への態度を決めた。犬にするみたいに褒めてやる。子供にするみたいに応援してやる。彼のすべてに関心を持って、何でも聞いて知りたがる。
「……ちょっと、数学が難しかったから不安だったけど、ちゃんと一位になれたんだ」
子供が幼稚園での出来事を報告するような言葉に、親のように相槌を打つ。
「そうか、不安だったんだ。けど一位だって二位だってすごいよ。頑張ったね、純くん」
「それで英語も……TOEICを受けないかって勧められてるんだ。どうしようかなって思ってて……」
ふっと純也の顔が曇る。受験料の必要なことだからきっと両親に話しただろう。外ではみんなに期待されてるんだ、と。そして――「そんなの取ってどうするの」だとか「お小遣いから出しなさい」という返答をもらったのだ。
勉強をどれだけ頑張っても、彼の両親は次男を見ない。外科医として活躍する長男がまぶしくて、彼ばっかり気になって、純也のことは思い出せない。
「一級とか、準一級とか、合格したら明良さん、褒めてくれる?」
「合格しなくても」
頬にキスをして甘く言う。
「挑戦しなくても、純くんのことは褒めちゃうよ。頑張り屋で、何にでも一生懸命で、褒めるのが追いつかなくて困ってる」
「…………」
「やってみたいならするといい。応援するよ。ご褒美も、用意しないとね」
「ご褒美……」
ぼんやり呟いた純也の想像など予測がつく。若者の好むものはたいていそれだ。
かわいそうな純也。恵まれない彼とそういう関係になったのは、出会ってからすぐだった。
出会ったときにこぼれた涙で、明良は目の前の高校生が瀬戸際にいることを感じた。とっさに次会う約束を取り付けたのは変なことをさせないようにという意図もあった。
付き合ううち――彼の事情を知っていくうち、関心がないことに傷ついている彼が可哀想で見ていられなくなった。足りないものを与えてやりたかったけれど、どう慰めればいいのか、何をあげればいいかわからなかった。
もともとそういう素質があったのか、友人付き合いをはじめて数カ月後、純也は明良に好きだと告げた。自分が欲しいのならと了承してしばらくすれば、キスやその先を求めてきた。欲しいものが手に入れば人はきっと輝くと――明良はそう考えていたから、それも受け入れた。
純也には明良という恋人がいる。優しくて、時間的に融通がきいて、仕事が重なってなければ満足するほど抱ける恋人。
可哀想な純也はきっと、これでもう可哀想じゃない。
「ご褒美って、明良さん、何?」
「……何が欲しい?」
「……俺、あの、俺は……」
ほとんど抱きしめ合った体勢で純也は明良の目を覗きこむ。濡れた瞳はキラキラ輝いていて、明良は内心「おや」と思った。オスの欲望にギラつく瞳とはなんだか違う。
「純くん、何が欲しいの? ……他の誰ともできないことしたい?」
「……そういうのじゃなくて、もっと、な、仲良くなれること」
「仲良く?」
明良の声は訝しげになる。当然だ。セックス以上の「仲良し」なんて想像もできない。
純也は顔を真っ赤にして、それからその色を隠すように明良を抱き締めた。彼の高い体温が服越しにじんわり明良を温める。
「へ、変なこと言っても笑わない?」
「笑わないよ。できるかどうかはわからないけど」
「大変なことじゃないよ。簡単なこと。恋人はみんなやってること」
そう言いながらも純也はもじもじとその内容を告げなかった。聖母みたいに気長にその背をさすってやる。そんなことをしているうちに五分以上経ってようやく、彼の呟きが耳をかすめた。
「あ……明良さんと」
「僕と?」
純也はぎゅうっと明良を抱いた。息苦しさを訴える前に、好きな女の子に告白するくらい気負った声が、「明良さんとデートしたい」と言った。
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