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花が舞う季節になったら会いに行く
しおりを挟む「……会いに行くね。……」
私は春が嫌いだ。
春が好きな人もいるだろうけど、私は嫌いだ。
いろいろと面倒臭いのだ。
別れがあったり出会いがあったり、花粉が飛んだり。
とにかく、春が嫌いだ。
桃色の花が舞う。そんな日は悲しみを覚えてしまう。
あの日、あの時、私はどうすればよかったのですか、神様?
そう……。神様なんていない。
目を瞑るとチラつく丸くなった小さな背中。手を振り、さよならをしたあの日。長い絶望の年月が過ぎていった。
私は歩いていた。
街路樹が青々と光っている道を歩いていた。
行き交う人々の姿がのっぺら坊に見える。
そんな私がたどり着いたのは小さなカフェだ。
ここは私の思い出の場所でもあり、ほとんど毎日通ってるカフェだ。名前は『憩いの場ルトロヴァイユ』意味はよく知らない。何語かも知らない。
深呼吸をしてから扉を開けた。
――カランコロン
「いらっしゃいませ。あっ、なんだ花ちゃんか。こんにちは。今日もいつものでいいの」
「マスターこんにちは。いつもので」
私は特等席である一番奥の窓際の席に座った。そこから見える山の緑の中に点々と桃色が色づいているのが見えた。
「はぁー」
「花ちゃん。ため息なんてついてどうしたの?」
カウンターの奥にいるマスターまで聞こえるような大きなため息をついてしまった。
「いや、なんでもないですよ。ハハハッ」
私は平気なふりをした。心はもうどこかに行ってしまいそうだった。いや、どこかに行ってしまった方が救われたのかもしれない。なぜこの場所に毎日来るのだろう。何を期待しているのだろう。
でも。たぶん。
言い訳を考えてる自分に嫌気がさす。
そんな退屈な日常。当たり前の日々を過ごしていることが私の通常。
――カランコロン
店の扉が開いた。誰かが入ってきたようだ。
私はその音に少しの期待をした。それはいつものこと。
「いらっしゃい。松田さん」
「マスターいつものね」
「はいかしこまりました」
何だ松田さんか。
何を期待しているのか。ありえないことだってわかっているのに。
松田さんはスポーツ新聞を開いて赤鉛筆で何かを書いていた。何をしているのかは謎だ。
また景色でも見ることにしよう。
そう決めてボーっと景色を見ていた。
――カランコロン
また扉が開いた。
今度は私は見向きもしなかった。ただ景色を眺めていた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
マスターの元気な声が聞こえる。
「カフェオレ一つください。ステアせずシェイクで」
その言葉が聞こえて私は立ち上がった。
「えっ!」
店内に私の驚きの声が響いた。恥ずかしさよりも驚きと喜びが勝っていた。
そこには、肩に桜の花びらを付けた男性が立っていた。
「麗くん!」
「ただいま、花ちゃん」
私は狭い店内を駆け出していた。
そして、麗くんを抱きしめた。
「おかえり!」
「やっと会えたね」
麗くんは笑っていた。
小学生の時に引っ越した幼馴染の麗くん。
ここでいつもブラックコーヒーを頼んでは不味そうに飲んで「美味い」と、言っていた。でもある映画を見てから。カフェオレを頼んでは意味の分からない言葉を付け足して注文していた。
もう出会うことはないだろうと思っていた。
でも再会することができた。
「約束でしょ。また春に会おうねって。帰ってきたよ、花ちゃん」
「忘れていると思ってた」
「忘れるわけないじゃん。家に行ったけどいなかったからここかなって思ってきたよ」
「また変な注文してたね」
「気付いてくれるかなって」
「気付くよ。そんな注文の仕方するの麗くんだけだもん」
「フフッ。そうだプレゼントがあるんだ」
「何々?」
私はそっと麗くんを抱きしめるのをやめてかしこまった。
麗くんは片膝をついて、四角い箱を取り出した。
「もう一つの約束」
麗くんはそう言うと箱を開けた。そこにはクローバーの形をした宝石のついた指輪があった。
「僕と結婚してください」
私は驚いてしまった。そんな約束はもう麗くんは忘れているものだと思っていた。
小学一年生の時の約束。そして、別れ際に放った一言。
「大人になったら春に会いに行くね。その時に僕のお嫁さんになってね」
「はい」
麗くんは指輪を手に取ると私の左手の薬指へはめた。
私は左手を天井の明かりへと上げてまじまじと見た。
指輪がキラキラに光っている。
拍手が聞こえた。
今日という特別な日が私の好きな季節を作った。
「あなたの好きな季節は何ですか?」
その問いに私はこう答えよう。
「私は春が好きだ」
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