上 下
4 / 23

クロード殿下五歳。

しおりを挟む
庭園の一角に、僕と同じ耳の無い女の子がいた。

 庭園の緑に溶け込むような緑のドレスが派手なドレスで目がチカチカする他の令嬢と一線を画していた。
 まるで、この庭園の主のような、そんな彼女と話してみたくて近付いた。


「耳無しのくせに」

 その言葉を吐いた奴は威圧した。
僕の事を耳無しと陰で色々言う人は多い。
 けど、僕の前でいう人はいない。
王子だからだけではない。
 大人でもまだ子供の僕の威圧に耐えられない者は多いのだ。
 そこにいた奴らはみんな失神した。


 そんな中、彼女だけは平然としていた。そして何かに気付いたように顔をあげた。

 僕を見つめた。そう彼女は僕だけを見つめたんだ。
そして、獣化して気を失った。


 もふもふした動物は僕が近付くと怯える。だから、あまり近付いたことはない。こんなに近くで見るのは初めてだった。
 可愛い。もふもふは大好きだ。しかも、珍しい白い虎の仔だ。猫みたいだけど、前肢が少し大きめで、ピンクの肉球がプニプニでたまらない。



 うちの庭園で気を失った令嬢を、うちの客室で介抱することは、なんら礼儀に反することではない筈。
 そう侍従に言い聞かせ、客室にて、気を失った彼女をもふりたおす。
五歳児で良かった。
そうでなければ、いくら私に怯えているとはいえ、あの有能な侍従が名門サンダーウッド侯爵家のご令嬢と二人きりにするわけがない。


 輝くような毛並みがふわふわでもうたまらない。くぅくぅと聞こえる寝息も堪らなかった。


 この仔、うちで飼っちゃ駄目かな?


 そんな不埒な考えに支配された時、彼女が目を覚ました。

 真っ白なまぶたが震え、真っ青な透き通るような瞳が見えた。そのすべてを見透かすような眼差しに心臓が鷲掴みにされた。


「気がついた?」

 彼女は自分のおかれた状況を上手く呑み込めないようだった。辺りを見回した。

「くぅーん。」

 めっちゃ可愛い。胸が締め付けられる様に愛おしい。
 状況を、説明してあげないと。

「君は獣化して、気を失ったみたいだ。」

 びっくりしたような感じも可愛い。安心させてあげるね。

「誰にも知られないよう、ここに運んだから大丈夫だよ。」

 腕の中で身じろぎする彼女が可愛くてたまらない。ずっと腕の中に閉じ込めておきたい。今なら完全犯罪可能かな?

「ずっと、もふもふを触るのが夢だったんたよ。」

 つい本音が漏れた。普通の動物なら、ここで僕から逃げるのに嫌がる感じがない。だから、勇気を出して言ってみた。

「ブラッシングしてもいいかな?」

 ブラッシングは、獣人特有の求愛行動だ。
獣性のない僕にはそんな衝動は無い筈なんだけど、今、衝動を抑えられそうにない。
 しっぽや耳を番以外が触るのはご法度だ。
わかっている。
 だけど、理性は完全に飛んでいた。

 子供で、獣人として半人前だから、理解できないと思われるかも。それを逆手に取ってでも、ブラッシングしたい。

「くぅーん。」

仕方ないわねっとでも言っているような鳴き声にブラシを手に取った。
 ふわふわの毛並みがブラッシングする度にどんどんつやつやになる。ブラッシングだけでは飽きたらなくなり反対の手で顎の下を撫でてみる。

 良い匂いがした。

 彼女が指先を舐めた。チロチロとした舌の感触が気持ちいい。顔も舐められる。

 何、この可愛い生き物は?
返したくない。サンダーウッド侯爵家にはうちの侍従から既に連絡は行っているだろうけど。うちの仔になって欲しい!

 愛おしすぎる。返したくないない。

 もふりたおした彼女が再び寝落ちした頃、サンダーウッド侯爵が迎えに来た。

 どうしても欲しくて、たまらなくなって婚約を打診してしまった。
しおりを挟む

処理中です...