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第三部 四季姫革命の巻
第二十五章 冬姫革命 3
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三
了念に事情を話し、柊は捌いた猪肉を託された。
囲炉裏の炭火から種火を貰って竈に火を入れ、湯を沸かす。新鮮な猪の肉は臭みもなく、柔らかい。煮炊きするだけでも美味しく食べられるだろう。
だが、問題は味付けだ。
「平安時代は、ロクな調味料ないもんなぁ。うまいこと料理できるやろうか」
平安時代には、味噌がない。醤油もない。白糖もない。
調味料を作るための技術が発展途上のため、食材の味を引き出す方法というものが、まったくといっていいほど確立されていなかった。
了封寺で、朝に初めて料理を教えた時も、現代の調味料の多さに驚いていたが、その理由が今になってようやく分かった気がする。
せいぜい使えそうなものは、塩や蜂蜜、大豆を味噌や醤油になる以前の状態まで漬け込んだ、醤(ひしお)と呼ばれる調味料くらい。
しかも、どれも人里離れた山奥では貴重品であり、あまり量がないし、たくさん使えない。
臭みが少ないとはいえ、癖の強い猪肉を調理するには、煮るにしろ焼くにしろ、ある程度は濃い味付けが必要だ。
「肉だけでは味が出んしなあ。他に出汁が取れそうなもん、あるかなー」
やむなく、柊は山の中に使えそうな材料がないか、探しに出掛けた。
小屋から少し離れた場所を、急流が流れていた。
水は澄んで美しく、そのまま飲んでも問題なく、美味しい。
岩魚(いわな)か山女魚(やまめ)か分からないが、魚が流れに逆らって泳いでいる姿も見えた。
柊は小屋の外に魚を掴まえる、筒の仕掛けがあったなと思い出す。了念はどこかに出掛けてしまったので、こっそりと借りて、川にセットしておいた。
その後は山の中をうろうろしてみたが、流石に冬ということもあって、草木は枯れて葉も落ちている。食べられそうな植物は、見当たらなかった。
冬の七草、などという感じで、冬でも食べられる雑草はあるだろうが、知識がない柊には、それらを探す手立てがない。
「冬やと、山の幸も、見つからへんもんなぁ。この茸、食えるんやろうか」
木の根元に生えていた大きな茸をむしり取り、眺める。見た目的に派手なものは危険だというが、それなりに地味な色合いになると、素人では見分けが付かない。試しに、傘の先を千切って、舌にのせてみた。しばらく載せていると、ピリピリしてきたので吐き出した。
「痺れるなぁ。流石にまずいか……」
諦めて帰ろうかとした時。ふと側の木を見上げると、熟れた柿が実っていた。
「お、柿あるやん。こらデザートやな」
鳥に突かれてボロボロのものが多かったが、僅かに残った無事なものを見つけて捥ぎ取る。一口齧ると、渋柿ではなかったらしく、すっかり熟して甘い果肉の味が、口の中に広がった。
さらに山を下って、日当たりの良い更地に出ると、枯れた雑草に交じって見慣れた葉っぱを発見した。
「おお、山の中に大根が生えとる。昔は、その辺りに自生しとったんか」
間違いなく、大根の葉だ。
大根は基本的に、畑で育てられる野菜だが、たまに収穫せずに放置していると、花から作られた種子が風で飛び、条件が整っていれば畑以外の場所にも勝手に生える場合がある。
この時代は、あまり栽培も丁寧に行われていなかったのか、種の散布も多く、所々で大根の葉が茂っている。
一本、引き抜いてみる。栄養があまり行き届いていないせいか、小ぶりではあるが、瑞々しく美味しそうな大根だった。
葉っぱも煮物に使えるし、猪料理にも合うだろう。
持てるだけ収穫して、柊は上機嫌で川まで戻って来た。
さっき仕掛けた罠を引き上げてみると、大きな魚が一匹、中で暴れていた。なかなかの成果だ。
「おっし、魚は、焼いたらええ出汁もとれるし、いけそうやな」
小屋に戻って、捌いた魚を焙って鍋に入れる。塩で味を調えると、しっかりした出汁が出て、味も良くなった。猪肉を一緒に煮込むことで、更にコクが増す。
意外と、基本的な調味料がなくても料理はできるものだ。柊は自画自賛して悦に入った。
そこへ、了念が戻って来た。首には、大きな動物を担いでいる。
「鹿も捕まえてきた、使ってくれ。お冬に、精のつくものを食わせてやらんとな」
「猪だけならず、鹿まで……ワイルドやな」
鹿だって、滅多に襲ってはこないが、攻撃力が高くすばしっこい生き物だ。鉄砲もないこの時代に、よく一人で仕留められたなと、驚く。
「了念は頼もしいのう。益々、惚れ直してしまう」
冬が嬉しそうに、了念に抱きつく。
「これ、お冬。少し離れぬか。獣臭くなるぞ」
困りつつもまんざらではなく、了念も幸せそうに笑っていた。
* * *
猪と魚の鍋の中に、捌いた鹿も加えた、野性味あふれる豪勢な料理が完成した。
「煮えたで。どうぞ食べてや」
囲炉裏の真ん中に鍋を運び、三人で囲む。
器によそった料理を口にした了念が、驚きの声を上げる。
「美味い! 肉の臭みもなく、旨味が引き立っておる」
「せやろ、せやろ。うちも色々と研究してんで。少ない調味料で素材の味をどう引き出すか、とかな。そらもう、苦労したんやで。もっと褒めたってや」
了念に褒められて、柊も上機嫌だ。思った以上に良い味が出たので、かなり気分が昂っていた。
「さあ、お冬も食べよ。腹の子にも精をつけてやらぬと」
別の椀によそって、冬に料理を渡す。
「了念~、腕がだるくて、箸が持てぬぅ~。食べさせておくれ」
冬は甘ったれた声を上げて、了念に肩を摺り寄せた。
「まことに、甘えん坊だな。お冬は」
了念は苦笑しながら、肉を箸で摘んで、冬の口に運ぶ。冬は嬉しそうに料理を食べていた。
「客人、見苦しいところを見せて申し訳ない。身重ゆえ、堪えてやって欲しい」
「構いまへんで。養生せんとな」
笑顔で返したが、内心では苛立ちが上機嫌を凌駕して、胃がムカムカしてきた。
人前でイチャイチャベタベタするカップルというものも、その常識知らずな態度が腹立たしくて気に入らないが、それ以上に、そんな真似がやりたくてもできない現状のもどかしさが、強く溢れ出てくる。
認めたくないが、つまりは羨ましいのだった。
「うちかてな、現代に戻ったら、了生はんと、了生はんと……!」
箸を握りしめる手を震わせながら、柊は食事に集中して気持ちを紛らせた。
食事を終えて腹ごなしをしていると、小屋の隅に立てかけられた薙刀に目が留まった。
昔から習っている分、刃の形や柄の状態には、柊も五月蠅い。ちらりと見ただけだったが、形状がとても整った、美しい薙刀だと思えた。
「ええ薙刀やな。了念はんの武器ですか?」
「いや、お冬が使っていたものだ。今となっては、流石に振り回せぬが。かつては、あらゆる化け物どもを、大刀の一薙ぎで切り倒しておったわ」
「あれ、了念。お止めなされ。恥づかしや」
「何を恥じらう。薙刀を振り回し舞う、其方の姿も美しかった。この世のものとは、思えぬほどにな」
「ふーん、薙刀しはるんか」
冬の意外な一面を知り、柊は少し、冬について興味を抱いた。
それに、この薙刀。どうも初めて見る気がしない。
複雑な気持ちを抱きつつ、柊は鍋を片付けた。
* * *
食事を終えると、了念は薪を集めに出掛けた。
鍋の後片付けを済ませた柊は、休憩しようと囲炉裏の側に腰を下ろす。
再度、壁に立てかけられた薙刀に目線が向かう。
どうしてもこの薙刀が気になって、目を離せない。
そっと手を伸ばし、柄を掴んでみた。
「やっぱり、この薙刀、知っとる。握った感じも、凄く懐かしい……」
そう感じた時、不意に、頭の中にある仮説が浮かんだ。
「……あんた、陰陽師の――冬姫か?」
柊は、部屋の隅で横になっていた冬に向かって、訊ねた。
この薙刀、どうも、柊が冬姫に変身して戦っていた時に使っていたものに思えてならない。
その直感から想像するに、この薙刀の持ち主は――。
柊の問い掛けの返答代わりに、鋭い氷の刃が飛んできて、すぐ側の壁に突き刺さった。
「お前、妾を殺しにきた刺客か?」
冬の放つ空気が変わった。柊に明らかな殺気を向けている。
「誰か、あんたを殺しに来る奴がおるんか?」
柊は再度、尋ねる。冬からの返事はない。
だが、間違いはないだろう。
「ほんなら、外の気配は、間違いなく刺客やな」
壁越しに、外が何だか賑やかになってきたと感じた。
物音がするわけではないが、騒がしくも嫌な気配が、ひしひしと、冷たい風に交じって伝わってくる。
冬姫としての力が使えなくても、妖気を感じ取れるくらいは、できるみたいだ。
冬も怪しい気配に気付いたらしく、外に向かって神経を研ぎ澄ませていた。
気配の数は多い。十体、いや、それ以上はいるだろうか。
「お冬はん、この武器、借りまっせ」
薙刀を構え、柊は表の戸の前に立つ。
「何をするつもりじゃ?」
「あんたは、動かんほうがええ。お腹の赤ちゃんに障る。あんたもろとも死なれたら、うちも困るんや」
いくら、冷気を自在に操れる力を持っているとしても、身重の冬に戦いなんて無理だ。
燕下の血が断絶すれば、千年後に生まれてくるはずの了生の存在も、消滅してしまう。
冬姫には、了生たちの先祖となる、元気な子供を産んでもらわなければならない。
「うちも多少は、人外の連中と戦う心得があるんでな。力にならせてもらいますわ」
柊は呼吸を整えて、小屋の出入り口に掛けられた御簾を蹴り上げた。
素早く外に飛び出すと同時に、先制攻撃を食らわせる。振り回した薙刀の切っ先に、重いものがぶつかり、吹き飛ぶ感触が伝わって来た。
小屋の周りを取り囲む資格は、狸や鼬といった動物たちが服を着た姿の妖怪だった。手にはこん棒や鎌を握りしめている。
吹き飛ばされた仲間を見て驚きつつ、妖怪たちは突然飛び出してきた柊を、警戒しながら睨み付ける。柊は相手の妖怪たちを牽制しながら、薙刀を軽く振り回し、構えた。
「ちぃと重いけど、やっぱり腕に馴染むな。扱いやすいわ」
重さは恐らく、冬姫に変身していないから感じるものだろう。それ以外は、とても使い慣れた武器だと確信できた。
「なぜ、その薙刀を扱える!? 妾の、冬姫の命でのみ、力を発揮する武器であるのに……」
御簾の隙間から顔を出し、柊が戦う様子を垣間見た冬は、驚きの声を上げた。
「同じ魂を持っとるからとちゃうか? ちゃんと言うこと聞いてくれよるで。ええ武器(こ)やわ」
「同じ、魂……?」
冬は訝し気な声を上げるが、細かく説明している暇はない。
まずは、この妖怪たちを蹴散らさなければ。
「うちは、死に掛けの冬姫はんみたいに、手加減はせんで。骨まで砕いたる、覚悟せいや!」
先手必勝。
妖怪たちが怯んで、手を出しあぐねいている隙に、柊は薙刀で素早い攻撃を繰り出した。
了念に事情を話し、柊は捌いた猪肉を託された。
囲炉裏の炭火から種火を貰って竈に火を入れ、湯を沸かす。新鮮な猪の肉は臭みもなく、柔らかい。煮炊きするだけでも美味しく食べられるだろう。
だが、問題は味付けだ。
「平安時代は、ロクな調味料ないもんなぁ。うまいこと料理できるやろうか」
平安時代には、味噌がない。醤油もない。白糖もない。
調味料を作るための技術が発展途上のため、食材の味を引き出す方法というものが、まったくといっていいほど確立されていなかった。
了封寺で、朝に初めて料理を教えた時も、現代の調味料の多さに驚いていたが、その理由が今になってようやく分かった気がする。
せいぜい使えそうなものは、塩や蜂蜜、大豆を味噌や醤油になる以前の状態まで漬け込んだ、醤(ひしお)と呼ばれる調味料くらい。
しかも、どれも人里離れた山奥では貴重品であり、あまり量がないし、たくさん使えない。
臭みが少ないとはいえ、癖の強い猪肉を調理するには、煮るにしろ焼くにしろ、ある程度は濃い味付けが必要だ。
「肉だけでは味が出んしなあ。他に出汁が取れそうなもん、あるかなー」
やむなく、柊は山の中に使えそうな材料がないか、探しに出掛けた。
小屋から少し離れた場所を、急流が流れていた。
水は澄んで美しく、そのまま飲んでも問題なく、美味しい。
岩魚(いわな)か山女魚(やまめ)か分からないが、魚が流れに逆らって泳いでいる姿も見えた。
柊は小屋の外に魚を掴まえる、筒の仕掛けがあったなと思い出す。了念はどこかに出掛けてしまったので、こっそりと借りて、川にセットしておいた。
その後は山の中をうろうろしてみたが、流石に冬ということもあって、草木は枯れて葉も落ちている。食べられそうな植物は、見当たらなかった。
冬の七草、などという感じで、冬でも食べられる雑草はあるだろうが、知識がない柊には、それらを探す手立てがない。
「冬やと、山の幸も、見つからへんもんなぁ。この茸、食えるんやろうか」
木の根元に生えていた大きな茸をむしり取り、眺める。見た目的に派手なものは危険だというが、それなりに地味な色合いになると、素人では見分けが付かない。試しに、傘の先を千切って、舌にのせてみた。しばらく載せていると、ピリピリしてきたので吐き出した。
「痺れるなぁ。流石にまずいか……」
諦めて帰ろうかとした時。ふと側の木を見上げると、熟れた柿が実っていた。
「お、柿あるやん。こらデザートやな」
鳥に突かれてボロボロのものが多かったが、僅かに残った無事なものを見つけて捥ぎ取る。一口齧ると、渋柿ではなかったらしく、すっかり熟して甘い果肉の味が、口の中に広がった。
さらに山を下って、日当たりの良い更地に出ると、枯れた雑草に交じって見慣れた葉っぱを発見した。
「おお、山の中に大根が生えとる。昔は、その辺りに自生しとったんか」
間違いなく、大根の葉だ。
大根は基本的に、畑で育てられる野菜だが、たまに収穫せずに放置していると、花から作られた種子が風で飛び、条件が整っていれば畑以外の場所にも勝手に生える場合がある。
この時代は、あまり栽培も丁寧に行われていなかったのか、種の散布も多く、所々で大根の葉が茂っている。
一本、引き抜いてみる。栄養があまり行き届いていないせいか、小ぶりではあるが、瑞々しく美味しそうな大根だった。
葉っぱも煮物に使えるし、猪料理にも合うだろう。
持てるだけ収穫して、柊は上機嫌で川まで戻って来た。
さっき仕掛けた罠を引き上げてみると、大きな魚が一匹、中で暴れていた。なかなかの成果だ。
「おっし、魚は、焼いたらええ出汁もとれるし、いけそうやな」
小屋に戻って、捌いた魚を焙って鍋に入れる。塩で味を調えると、しっかりした出汁が出て、味も良くなった。猪肉を一緒に煮込むことで、更にコクが増す。
意外と、基本的な調味料がなくても料理はできるものだ。柊は自画自賛して悦に入った。
そこへ、了念が戻って来た。首には、大きな動物を担いでいる。
「鹿も捕まえてきた、使ってくれ。お冬に、精のつくものを食わせてやらんとな」
「猪だけならず、鹿まで……ワイルドやな」
鹿だって、滅多に襲ってはこないが、攻撃力が高くすばしっこい生き物だ。鉄砲もないこの時代に、よく一人で仕留められたなと、驚く。
「了念は頼もしいのう。益々、惚れ直してしまう」
冬が嬉しそうに、了念に抱きつく。
「これ、お冬。少し離れぬか。獣臭くなるぞ」
困りつつもまんざらではなく、了念も幸せそうに笑っていた。
* * *
猪と魚の鍋の中に、捌いた鹿も加えた、野性味あふれる豪勢な料理が完成した。
「煮えたで。どうぞ食べてや」
囲炉裏の真ん中に鍋を運び、三人で囲む。
器によそった料理を口にした了念が、驚きの声を上げる。
「美味い! 肉の臭みもなく、旨味が引き立っておる」
「せやろ、せやろ。うちも色々と研究してんで。少ない調味料で素材の味をどう引き出すか、とかな。そらもう、苦労したんやで。もっと褒めたってや」
了念に褒められて、柊も上機嫌だ。思った以上に良い味が出たので、かなり気分が昂っていた。
「さあ、お冬も食べよ。腹の子にも精をつけてやらぬと」
別の椀によそって、冬に料理を渡す。
「了念~、腕がだるくて、箸が持てぬぅ~。食べさせておくれ」
冬は甘ったれた声を上げて、了念に肩を摺り寄せた。
「まことに、甘えん坊だな。お冬は」
了念は苦笑しながら、肉を箸で摘んで、冬の口に運ぶ。冬は嬉しそうに料理を食べていた。
「客人、見苦しいところを見せて申し訳ない。身重ゆえ、堪えてやって欲しい」
「構いまへんで。養生せんとな」
笑顔で返したが、内心では苛立ちが上機嫌を凌駕して、胃がムカムカしてきた。
人前でイチャイチャベタベタするカップルというものも、その常識知らずな態度が腹立たしくて気に入らないが、それ以上に、そんな真似がやりたくてもできない現状のもどかしさが、強く溢れ出てくる。
認めたくないが、つまりは羨ましいのだった。
「うちかてな、現代に戻ったら、了生はんと、了生はんと……!」
箸を握りしめる手を震わせながら、柊は食事に集中して気持ちを紛らせた。
食事を終えて腹ごなしをしていると、小屋の隅に立てかけられた薙刀に目が留まった。
昔から習っている分、刃の形や柄の状態には、柊も五月蠅い。ちらりと見ただけだったが、形状がとても整った、美しい薙刀だと思えた。
「ええ薙刀やな。了念はんの武器ですか?」
「いや、お冬が使っていたものだ。今となっては、流石に振り回せぬが。かつては、あらゆる化け物どもを、大刀の一薙ぎで切り倒しておったわ」
「あれ、了念。お止めなされ。恥づかしや」
「何を恥じらう。薙刀を振り回し舞う、其方の姿も美しかった。この世のものとは、思えぬほどにな」
「ふーん、薙刀しはるんか」
冬の意外な一面を知り、柊は少し、冬について興味を抱いた。
それに、この薙刀。どうも初めて見る気がしない。
複雑な気持ちを抱きつつ、柊は鍋を片付けた。
* * *
食事を終えると、了念は薪を集めに出掛けた。
鍋の後片付けを済ませた柊は、休憩しようと囲炉裏の側に腰を下ろす。
再度、壁に立てかけられた薙刀に目線が向かう。
どうしてもこの薙刀が気になって、目を離せない。
そっと手を伸ばし、柄を掴んでみた。
「やっぱり、この薙刀、知っとる。握った感じも、凄く懐かしい……」
そう感じた時、不意に、頭の中にある仮説が浮かんだ。
「……あんた、陰陽師の――冬姫か?」
柊は、部屋の隅で横になっていた冬に向かって、訊ねた。
この薙刀、どうも、柊が冬姫に変身して戦っていた時に使っていたものに思えてならない。
その直感から想像するに、この薙刀の持ち主は――。
柊の問い掛けの返答代わりに、鋭い氷の刃が飛んできて、すぐ側の壁に突き刺さった。
「お前、妾を殺しにきた刺客か?」
冬の放つ空気が変わった。柊に明らかな殺気を向けている。
「誰か、あんたを殺しに来る奴がおるんか?」
柊は再度、尋ねる。冬からの返事はない。
だが、間違いはないだろう。
「ほんなら、外の気配は、間違いなく刺客やな」
壁越しに、外が何だか賑やかになってきたと感じた。
物音がするわけではないが、騒がしくも嫌な気配が、ひしひしと、冷たい風に交じって伝わってくる。
冬姫としての力が使えなくても、妖気を感じ取れるくらいは、できるみたいだ。
冬も怪しい気配に気付いたらしく、外に向かって神経を研ぎ澄ませていた。
気配の数は多い。十体、いや、それ以上はいるだろうか。
「お冬はん、この武器、借りまっせ」
薙刀を構え、柊は表の戸の前に立つ。
「何をするつもりじゃ?」
「あんたは、動かんほうがええ。お腹の赤ちゃんに障る。あんたもろとも死なれたら、うちも困るんや」
いくら、冷気を自在に操れる力を持っているとしても、身重の冬に戦いなんて無理だ。
燕下の血が断絶すれば、千年後に生まれてくるはずの了生の存在も、消滅してしまう。
冬姫には、了生たちの先祖となる、元気な子供を産んでもらわなければならない。
「うちも多少は、人外の連中と戦う心得があるんでな。力にならせてもらいますわ」
柊は呼吸を整えて、小屋の出入り口に掛けられた御簾を蹴り上げた。
素早く外に飛び出すと同時に、先制攻撃を食らわせる。振り回した薙刀の切っ先に、重いものがぶつかり、吹き飛ぶ感触が伝わって来た。
小屋の周りを取り囲む資格は、狸や鼬といった動物たちが服を着た姿の妖怪だった。手にはこん棒や鎌を握りしめている。
吹き飛ばされた仲間を見て驚きつつ、妖怪たちは突然飛び出してきた柊を、警戒しながら睨み付ける。柊は相手の妖怪たちを牽制しながら、薙刀を軽く振り回し、構えた。
「ちぃと重いけど、やっぱり腕に馴染むな。扱いやすいわ」
重さは恐らく、冬姫に変身していないから感じるものだろう。それ以外は、とても使い慣れた武器だと確信できた。
「なぜ、その薙刀を扱える!? 妾の、冬姫の命でのみ、力を発揮する武器であるのに……」
御簾の隙間から顔を出し、柊が戦う様子を垣間見た冬は、驚きの声を上げた。
「同じ魂を持っとるからとちゃうか? ちゃんと言うこと聞いてくれよるで。ええ武器(こ)やわ」
「同じ、魂……?」
冬は訝し気な声を上げるが、細かく説明している暇はない。
まずは、この妖怪たちを蹴散らさなければ。
「うちは、死に掛けの冬姫はんみたいに、手加減はせんで。骨まで砕いたる、覚悟せいや!」
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